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ロウとジャズバー

今夜もほぼ見知った顔ぶれの客席。

見慣れない顔もあるが、スラムのバーに集まるくらいだから、この界隈に住んでいる似た者同士には違いない。


ロウは受けた注文の酒をフージエに伝えると、カウンターにもたれて酒が出来上がるのを待った。

満席ではないものの、ステージではバンドマンたちが軽快なジャズを演奏し、客はそれぞれ思い思いに過ごしていた。


「まずはレイモンドさんとトニーさんの!他は何だって?」

「ウイスキーとビール2つ」

常連客の注文するものはほぼ毎回決まっているため、いつの頃からか二人の間では酒名ではなく人物名でやりとりをするようになっていた。


「…なあ、ハイリーってラムの何だと思う?」


やや険しい表情でステージを眺めながら、ロウは酒を作っているフージエに話を振った。

「気になるなら本人に聞けばいいじゃん」

「聞くわけねーだろ、お前みたいに叩かれるつもりはないね」

「ハイリーじゃなくてラムに!」


当のラムは定位置である客席の一番後ろ、バーカウンターから少し離れたところに椅子を置いて座っている。腕組みをし、下を向いて居眠りをしているようだったが、偶然なのか一つくしゃみをした。


「シュエガオもかなりなついているしさ」


ロウはラムを大いに慕っていたため、自分が必要とされなくなり、居場所がなくなってしまう事が不安で仕方なかった。

ラムに必要とされなくなったら、また黒社会に戻ることになるのか?いや、そもそも無理やりラムを追ってきた自分にいつまでも自分を使ってもらえる理由はない、といった思考がぐるぐると巡る。


「それよりお前のけんかっ早いところを何とかしたほうがいい。ついこの前だっていきなり客を殴りつけたろ。お前にビビッて自分から逃げ出して行ったけど、もし面倒な奴だったらどうする?新客が来るたびに手を出してたらいつか本当にラムに追い出されるかもよ?」

「あいつはクズだ。ラムの見てないところでデイジーを触りやがって。うちはそういう店じゃねぇっての!常連のミナサマだって自分たちの行きつけが荒らされたら不愉快だろうが」


まだラムとロウが組織にいた頃、何気ない話から家族の話になったことがある。普段自分の事は一切話さないラムだったが、この時だけはなぜか話してくれたため余計に覚えていた。

ラムは一番上で、下に兄弟が何人かいること。ラムの母親は学校の音楽教師をしていて、小さい頃から自分も何かと音楽に触れる機会があったこと。そして、家計を助けるために半グレになって稼ぐようになり、そのまま家族との縁を切ったこと。

まさか黒社会から足を洗ってクラブを開き、それが風俗系ではなく堅気のジャズバーだと知ってロウは妙に納得したものだった。

ロウだけに教えてくれた、ロウだけが知っているラムの過去。それゆえに、ラムのクラブを汚すような行為をする輩は許せなかった。


「あ!」

ロウは突然声を上げるや、勢いよく客席に向かって駆け出した。

客の合間を強引に通り抜け、ある男の腕を掴むとそのまま背後へと捻り上げた。

突然の痛みに呻き声をあげる男。

ホールは騒然となり、バンドマンたちの演奏が止まる。


「お前、今盗ったろ!」

ロウが捻り上げたその男の手には、黒い皮の財布が握られていた。

隣のテーブルに座っていた常連客のレイモンドは、その財布を見るなり慌てて全身に手を当て、持ってきたはずのそれを確認する。

が、レイモンドはすぐに表情をこわばらせた。

「それ、俺んだ!返せ!」

レイモンドは力まかせに自分の財布を奪い返すと、ロウに掴まれているスリの男の顔をぶん殴った。

すると、スリの男は殴られたことに腹を立て、ロウを振りほどくとレイモンドに殴り返した。

「殴りやがったな、この野郎!スられて気づかねぇ方が悪いんだろがぁ!」

男に殴られた勢いでバランスを崩し、レイモンドは床に倒れ込んだ。

これを見た連れのトニーは、家族とも言える飲み仲間がすられた上に危害を加えられ頭に血が上る。レイモンドの仕返しとばかりにスリの男の顔に拳を入れた。

「レイモンドを殴りやがったな!」

するとそれを皮切りにロウはもちろん他の常連客にも連鎖し、あっという間に殴り合いへと発展した。

しかし、一人が多数に勝てるはずもなく、あっけなくスリ男はうずくまった。

そこへ、ラムの声が割って入った。

「もう、今夜は店じまいだ。悪いがみんな帰ってくれ」

ラムの言葉に客達はしぶしぶ従い、ボロボロになったスリの男も逃げるようにして店を出て行った。



客達が全員帰ったところでロウは目の前の惨状に、ばつが悪そうに声を絞り出し、ラムに謝罪する。

「ラム、悪い…」

常連たちを止めなかったうえに自分も乱闘に加わり、店を守るどころかめちゃくちゃにしてしまったことに事に言葉が見つからない。自分の気の短さを恨んだが、自業自得だった。

「言っただろ、今日は店は終わりだ。みんな帰れ」

全員ラムにそう言われるものの、目の前の有様をそのままにして帰るのも気が引けていた。

テーブルと椅子はめちゃくちゃに倒れ、グラスは散乱して床があちこち酒で濡れている。

「でも…」

実は、ロウが店をめちゃくちゃにしたのは一度や二度ではなかった。

ついにラムに愛想をつかされ追い出されたと覚悟をしたロウは裏口に向かって歩き出した。

「俺は寝てたから何が起きたのか知らねぇが、酔っ払いが暴れたんだろ?お前はそれを止めた。ならこんなになっても仕方ねぇだろ。酔っ払いをいちいち気にしてたら店なんかやってらんねぇよ。明日片付けるから、みんな早めに来てくれよ」


予想外のラムの言葉に、ロウは一瞬目を丸くした。

「ラム!俺はあんたのそういうところが大好きだ~!」

「気色悪い!」

ロウはお咎めなしのラムの言葉に歓喜し、勢いでラムに抱き着いたがあっさりと身をかわされる。

デイジーは緊迫した空気が緩んで胸を撫でおろし、フーもロウが追い出されなかったことに喜んだが、ほれ見たことかと呆れてもいた。


次の日はラムに言われた通り、みな営業時間より早くやってきた。めちゃくちゃになったテーブルや椅子を元に戻し、割れたグラスをかき集め、ぶちまけられた酒をモップで拭く。

そこへレイモンドやトニー、乱闘に加わった住人たちもやってきた。

「俺たちも片づけ手伝うよ」

「ここがなくなったら俺たちも困るからなぁ」

ロウはみんなの集まるこんなラムの店が好きだった。

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