忘れたい人
シュエガオが風邪を引いてしまった。
ハイリーは薬を買いに、近くの薬局に向かった。
「風邪薬くれるかしら」
薬局につくと恰幅のいい女性店主にそう伝える。女性店主はやってきたハイリーをじっと見た。
「いくつ?」
「…私?」
「違うよ、薬だよ。大人なら2錠、子供なら1錠」
「こ…子供用の。三日分お願い」
てっきり自分の年齢を訊かれたと勘違いし、顔を赤くする。
「ってことは、これはシュエガオのだね」
ここ近隣では、親戚のような距離感の付き合いをしているため、お互いほぼ顔見知りの間柄だった。シュエガオを知っていてもなんら不思議はない。ところが。
「あんた、外から来てラムのとこに身を寄せてるんだって?あちこちで噂になってるよ」
まさか自分のことまで知られていることに、正直驚いた。
店主は小声でさらに続ける。
「ここはごろつきどもがふらふらしてるから、先にラムに見つけてもらってよかったよ」
ハイリーは店主の言っていることがよくわからず、無言のまま視線を返す。
「悪いけどうちはあんたを面倒見てあげるほど余裕ないから。ラムは今でこそ落ち着いてるけど、昔はごろつきみたいなのとつるんでたんだ。でも、そのせいであっちの方には顔が利いてるからね、安全だよ」
そして、ラムの過去を少し聞くこととなった。
子供の頃からゴロツキの小間使いにされていたこと。いつしか黒社会連中の用心棒として生計を立て、しょっちゅう大怪我をしていたこと。
そして、ある日突然シュエガオを引き取り、黒社会から足を洗い、今に至る事。
薬局からハイリーが戻り、薬を受け取ったラムは早速シュエガオに飲ませた。
睡眠成分の影響もあり、しばらくすると寝息を立て始めた。薬が効いてくれると良いのだが…。
シュエガオの体調を気遣い今夜のクラブ営業は休みにすることにしたのだが、ラムは突然出来た時間を持て余したのか、台所に入るとひとまずテレビの電源をつけた。
画面ではちょうど漫才がやっていた。
ハイリーもラムに続き、席を一つ空けてラムの隣に座る。
「せっかくゆっくりできる時間ができというのに、なんだか退屈そうね」
ラムは頬杖をつき、画面から聞こえてくる笑い声とは反対に、つまらなそうな視線を漫才に向けていた。
「さっき薬局で、ラムの過去を聞いたの」
ラムはちらりとハイリーを見たが、再びテレビに視線を戻す。
「私、あなたのこと誤解していたのかもしれない。てっきり悪党のなりそこないかと」
「面と向かって本人に言うことか?」
ラムは笑った。
ラムとの初対面はハイリーにとってとても最悪だった。馴れ馴れしく礼儀知らずで不愛想。
それからラムに対して嫌悪感のようなものを覚え、何かにつけて突っかかってしまうことが多々あった。
でも、嫌悪感だと思っていたものは、実はあの人と似ているところがあったからなのかもしれない、とだんだんとそう思い始めていた。
実際こうやってラムと過ごしていると、いかつい外見とは違い、日々垣間見る隠れた優しさに気づく。いくらハイリーがラムに冷たく接して突っかかっても、結局最後にはいつも見守られている。
「バカ真面目もいいけど、いつか痛い目見るわよ。そういう人を一人知ってるから」
「一体どんな話を聞いてきたんだよ?」
ラムはあきれ顔で笑う。
あの人がラムだったらよかったのに、なぜがそう思ってしまったハイリー。
「お願いだから、今だけ…。何も聞かないで」
ハイリーはラムの背後に立つと、おずおずと、そっと頭をラムの背中に乗せた。
温かく大きい背中。
こんなに似ているのに全くの別人。
でも、いつも重なるのはどこか懐かしいあの人の面影。
忘れたいのに忘れられない人。
脳裏によみがえるあの人の姿を思い出し、涙が静かにハイリーの頬を伝う。
ラムは言われた通り何も聞かず、ただただ黙ってハイリーの気の済むままに背中を預ける。
テレビ画面からは相変わらず漫才が聞こえていたが、二人を和らげる心地よい雑音になっていた。
※あの人:ハイリーが生活していた清朝の時代の人。ハイリーの許嫁で、特に恋愛感情はなかったが、亡くしたあとで大切だったと気づいた元夫。




