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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
終章 決して届くことなき憧れの人

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第93話 わからされたので13㎞を猛ダッシュで逃げる人でなし

 湿ったコンクリートの臭いが立ち込める闇の奥。

 私は逃げ場を塞ぐように彼女を壁へと叩きつけた。


「痛っ……」


 詩音さんは背中を強打して、顔を歪ませる。

 私は咄嗟に心配をしようとして駆け寄ろうとした。

 だがそれが間違った行為である事に気づき、その矛盾した行為の苛立ちから自身の唇を噛み、そこから血が流れていく。

 そしてそれは夜の影響で、すぐに自動で修復された。


「貴女は人として取り繕った私しか見てないから、そんな事が言えるんです。化物としての私を見ても同じ事が言えますか!?」


 私は詩音さんの眼前で、強引に肉体を変質させた。

 頭蓋を突き破るように白い角が生え、手のひらには粘膜を震わせる小さな口が、腹部には並び立つ牙を備えた獣のような顎が出現する。

 

 さらには、あの巨漢との殺し合いですら見せなかった、硬質でしなやかな二本の触手を背中から解き放った。


「よく考えてください。私と一緒にいるって事は、隣でずっと包丁を持った殺人鬼と過ごすのと、全く変わらないという事に」

「…………たとえ隣でずっと包丁を持ってるヤバい人でも、これまでの積み重ねがあれば私は許せるよ」


 詩音さんは壁から身を離し、痛みに耐えながら、うつむきつつゆっくりと歩み寄ってくる。


「…………茜には今まで積み重ねた信用がある。私はその分の勘定の計算をしたら、茜とは死ぬまで一緒にいるべきだって結果になった」

「馬鹿みたいな概算ですね。小学校から算数やり直した方がいいですよ」


 吐き捨てた時には、彼女はもう私の目の前に立っていた。

 これほどの異形を晒してもなお、詩音さんは私から離れない。

 

 もうとっくに自分一人で生きていけるだけの能力と心の余裕があるのに、この人はそれでも私に執着する。

 それならもう、私は彼女に暴力を振るうしかないのかもしれない。


 ……でも、あの日以上の恐怖を彼女に遭わせるなんて、今の私には。

 

 分からない。

 どうすれば良いのか、全ッ然分からない。


 限界まで張り詰めた思考が、音を立てて停止しようとしていた。

 

「この――ッ!」

 

 半ばヤケ気味に、黙らせるためだけにその細い首へ手を伸ばそうとした。

 だが、詩音さんの身体がガクリと崩れる。

 

 体調を崩したのか、それとも私の威圧に当てられたのか。

 動揺した私の隙を突くように、彼女は地面に座り込んだ体勢のまま、私の腰を強く抱きしめた。

 

「へ?」


 意図を掴めず、ただ視線を落とすことしかできなかった。

 だが、その数秒の傍観が致命的なミスだった。


「ちゅっ」


 ――あろうことか詩音さんは、私のお腹から剥き出しになった悍ましい牙へ、触れるだけのキスしたのである。

 その突然の行為に脳が少し活動を止めた後、体中が沸騰するように熱くなった。


「な――何をしてるんですぁあああああッッッ!?!?」


 私は彼女の手を荒々しく振り払い、弾かれたように壁際へと飛び退いた。

 背中を冷たいコンクリートに強打し、そのまま無様に尻餅をつく。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……!」

「あーあ、もうちょっとそのままが良かったのになぁ」


 詩音さんは気圧される様子もなく立ち上がり、捕食者のような足取りで再び私の元へと歩み寄ってくる。


「私の頭の中に一月以降、茜とこういう事をした覚えが一つもない。そしてさっきその答えが分かっちゃったけど……どうせまた、都合よく消されちゃうのかな?」

「貴女って人は本当にどこまでも――!」

「でもその慌てよう。……人外としての茜に触れたのは、きっと今の私が初めてなんだね」


 不敵に満ちた笑みを浮かべ、彼女は私の手のひらにそっと指を這わせた。

 そのまま掌中に潜む舌を優しく引きずり出し、粘膜の熱を愛撫するように弄ぶ。


「うぐぅ――ッ!?」

 

 指先から脳を直接焼くような、痺れる電流が全身を駆け巡った。

 

 さらに彼女の左手は、私のお腹に生えた禍々しい牙を、愛おしげに撫で下ろす。


「――はじめまして、化物としての茜ちゃん。もし良かったら、私のモノになってくれませんか?」

「っ――」


 耳元で囁かれた甘い呪い。

 もはやどちらが正気でどちらが化物なのか判別がつかない。

 詩音さんの瞳に宿る熱は、私が許しさえすれば、この路地裏の闇の中で、直ちに交尾を始め、貪り尽くしてしまおうという狂熱に満ちていた。


「ぁ――ぃ――――」


 ダメだ。

 ダメだダメだダメだダメだ。

 ここで絆されてしまえば、私は二度と自分を取り戻せない。

 

 早く詩音さんの記憶を消さないと。

 ここで彼女を寝かせて、一度なかった事にしないと!


 私は自ら後頭部をコンクリートに叩きつけ、それによって生じる微かな痛みで、辛うじて理性を繋ぎ止めた。

 そして掠れる声を振り絞り、言霊を紡ごうとする。


()()()()()()()()()()――」


 だがその言葉が完成するよりも早く、詩音さんはお腹から手を離し、私の唇を手のひらで力任せに塞いだ。

 

「なるほどね。今の茜ちゃんは言葉で私を操れるんだ。自分の記憶の粗を探して多分そうじゃないかって思ってたけど、やっぱりだったね」


 ――怖い。

 心の底からこの人が恐ろしい。

 

 捕食する側は私のはずなのに。彼女の底知れない執念に震え上がりながら、同時にそれ以上に詩音さんに惹きつけられている自分を自覚して、理性が音を立てて崩壊していく。

 

 こんな真似をされたのは初めて。

 詩音さんはずっと牙を隠して、私を追い詰める機を窺っていたのだ。


「……まぁでもこれだけ抵抗しても、きっと後から茜に記憶を消されちゃうんだと思う」


 そう言って彼女はゆっくりと手を離し、二歩分ほど距離を取った。


「そしてまた私は振られちゃう。……私はあと何回、自分に正直になれない茜に振られ続ければいいのかな?」

「そんなのずっとに決まって――」

「あぁ、ごめん。もしかしてネガティヴなことを言ってるように聞こえたかもだけど、茜の事を諦めるつもりは全然ないんだ」


 詩音さんは呆然と座り込む私に、立ち上がるよう促す手を差し出してきた。


「今日はまた茜の勝ちでいいよ。でも、私も譲らない。これから先、何度目かの私が絶対に茜を私のものにしてみせる」

「…………」

「あとさっき、私に諦めてほしいって言ったよね。もう一度言うけど、それはこっちのセリフだよ。――私が諦めるのを諦めなよ、茜」


 あぁ…………ダメなんだ。

 この人と対話を試み、着地点を探そうなどという甘い考えは捨てなければならない。

 思っていた通り詩音さんは絶対に折れない。

 

 折れるくらいなら、他人の世界を歪めてでも突き進む女なのだ。

 

 ならば私に残された手段はあるのか?

 

 いや、一つだけある。


 それは話し合いの余地など一切与えず一方的に、完全に、彼女との縁を断ち切る。

 それしかない。


「ッ――!!」


 私は差し出されたその白く美しい手を、憎しみを込めて振り払った。

 そして変質させた身体を強引に人間へと戻しながら、弾丸のように夜の街へと躍り出た。


「絶対に逃さないから」


 背後から、そんな小さな呟きが聞こえてきた気がした。

 

 だけど振り返らない。

 バスを待つ時間も、タクシーを拾う数秒ですら彼女に追いつかれる可能性に恐怖し、待つという選択肢は私の脳内から消滅していた。


 家までおよそ13km。

 私は全力疾走を続けて、およそ20分ほどで家に辿り着いた。

 たぶん、人間世界の記録を更新できる速さだったと思う。




 ----


 


 リビングに飛び込んだ私は、滝のような汗を流しながら家族の前に立った。

 

「酷い汗ね。もしかして体調悪いの、茜?」

「お姉ちゃん汚い、さっさとシャワー浴びてきて」

「その前に…………少し…………はぁ……お話があるんですけど…………はぁ……いいですか?」

「いいけど……この状況で改まれると、ちょっと怖いわね」


 私は膝に手をつき、肺を焦がす熱い吐息を無理やり整えてから、喉の奥に張り付いていた決意を吐き出した。


「今日で私は――学校を退学しようと思います」

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