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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
終章 決して届くことなき憧れの人

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第94話 退学した茜ちゃん(月宮:視点)

 茜とはあの日以降から、また連絡が取れなくなった。

 もう少しで夏休みが始まるというのだから、一緒にまたどこかに行く話でもしたかったのに。

 怪我のこともあって、私のライブ復帰は冬頃になっていて、夏休みは割と自由が効くのだ。

 それでも一度は東京には出向かないといけないけど。


《藤崎さん、学校に来なくなったね〜》

《本当に詩音は何も事情を知らないの?》

《また喧嘩してるとか?》


 私は今、茜のいない教室で一人、友人たちに囲まれていた。


「喧嘩はしてないけど……う〜んって感じ」


 確かにあの路地裏で少し追い詰めすぎた自覚はある。

 でも、自分の気持ちに嘘をつき続ける茜も大概だ。

 

 悪いのはきっとお互い様。

 そんな風に楽観視していた。

 

《まぁ女の子同士で恋愛って難しいよね》

《文化祭でホストやってた時の藤崎ちゃんと話したけど、結構楽しかったんだよねー。私もあの子とちょっと付き合ってみたいかも……なんちゃって》

「茜を取ろうとしたヤツは、私が全員ぶっ飛ばすよ」

《《《こわ〜い》》》


 私たちは高校二年生となった。


 クラス替えで多少の顔ぶれは変わったけれど、空気感はそう違わない。

 私と茜の関係はもはや学校中の知るところとなっていたが、文化祭での活躍や茜の初配信、そしてあのストーカー騒動を経て、周囲の目は驚くほど温かかった。

 そこに有名人としての求心力に加え、私たちが「二人だけの完結した世界」を築いていることが周知されているおかげで、嫉妬を挟む隙すら消えていたのだ。

 

 おかげで同性同士の交際を隠さずに済むのはとても楽だった。

 

 だけど茜は納得していない。

 人を辞めて髪が白く変質してしまったせいで、以前にも増して他人の目を引くようになった現状をひどく嫌悪している。

 

 これでも他に良い条件がないくらい、ほぼ理想的な学校生活だと思うんだけど。


《小動物みたいで、見てるだけで癒やされるんだよね。早く来ないかなぁ》

《分かる〜》

《病気で体つきとか髪の色変わっちゃってからずっと外見てるし、ちょっと猫っぽいところあるよね》

「……お願いだからソレ、本人がいるところで絶対に言わないでよ」


 それが彼女なりの愛着から来る言葉だとしても、茜が聞けば内心で「は? 死ね」と毒づくのが目に見えている。

 あの子に余計な負荷はかけたくないから、そこら辺で止まっていてほしい。

 

 そんなことを考えていると、ようやく担任が教室に姿を現した。


《お前ら席に着け〜――と、ひとつ大事な報告がある》


 みんなは気怠げに、あるいは茶化すような声を上げながら自席へと戻っていく。


《大事な報告って、先生が結婚したとかですか〜?》

《違う……大事な報告っていうのは》


 先生はそう言いながら、茜の席に視線を送った。


《――藤崎が退学したって事だ》

「は?」

《〈《はぁあああああああ??!!》〉》




 ---




 私達は放課後になっても帰ったりせず、一旦友達のみんなと野次馬達だけが教室に残って、お話し合いをする事になった。

 その中心、教卓の前に私は立つ。

 

 クラス替えで他クラスに行った友人達も含めて、総勢20〜30人ほどいる。

 ありがたい人望である。


《茜さんが退学したってマジ?》

《俺、アカリちゃん推してたんだけど》

《くそっ、守りきれなかったか。あの子を守るために俺ら一年の時、先輩グループと殴り合いまでしたのにさ》

《っていうか退学の話、なんで詩音が知らなかったのって感じなんだけど》


 詰め寄る声に、私は重い溜息をついて肩を落とした。

 

「一応知ってるっていうか、心当たりはあるって感じだけど…………それ、言わないとダメ?」

《〈《ダメ》〉》


 私は観念したふりをして、ゆっくりと口を開いた。

 もちろん嘘を混ぜながらである。


 私が用意した筋書きはこうだ。

 茜は元日のあの大怪我以来、自分の繊細な感情と向き合うことを病的に恐れるようになってしまった。

 死の淵を彷徨った恐怖の反動で、深い人間関係を拒絶する心の病を患っているのだ、と。

 

 そしてその拒絶の対象には不運なことに、茜が最も愛しているはずの私も含まれていた。

 茜は私のことを愛しているけれど、その気持ちが重なり合う瞬間が怖くてたまらない。

 数日前、その臆病な心を少しだけ厳しく急かしてしまった。

 そうしたら、彼女の細い糸はぷつりと切れて、連絡が途絶えてしまった……。

 

 悲劇のヒロインを演じる私の告白に、教室がしんと静まり返る。


《それってつまり……》

《お前のせ――》


 もちろん私の解釈はそうじゃない。

 

 これは憶測。

 多分だけど茜は自身の捻り曲がりきった理想のために、恋の否定をしたいんだと思う。

 

 病院で初めてお見舞いしに来てくれた時、彼女は言っていた。

 途轍もなく歪みきった自身の根源を。

 自分はどう歩いていけばいいのか分からないと。


 でもそれは少し違う。

 おそらく茜の中の本能は、理想をほとんど形作ってしまっている。

 しかも話してた相談の内容からして、絶対にロクな事にならない道だ。

 茜を放置すると、たぶん間違いなく死人が出る。

 それをあの子自身が全く理解していない。

 

 茜はよくも悪くも私に似て一直線。

 今のあの子が何を考えているかは正直分からないけど、これだけは言える。

 

 過去のあらゆる出来事を含め、茜が私から逃げようとする真の理由はただ一つ。

 

 それはどんな形であれ『自分の気持ちを裏切られる』ことが、死ぬほど怖いのだ。

 

 あの旅行の夜も、私の家に泊めた時も。彼女がただのファンに戻ろうとしたのは、私への信頼の欠如ゆえに、裏切られる恐怖から先回りして逃げたに過ぎない。

 そしてクリスマスパーティーの時には、茜の私に対する信頼度が合格点に達していたというのに、それを他ならぬ私が裏切ってしまった。

 

 ならば、責任をとって引き摺り出さなければいけない。

 暗い海の底に自らを投げ出そうとしている茜を。

 そして私だけしか見えないように、彼女を魅了する。


 言ってしまえば、私は茜のたった一つの生きる理由にならなければいけないのだ。

 茜にそれ以外の思考を自ら手放したくなるほど、私自身の価値を上げないといけない。

 

 難しい難題である。

 けれど、これ以外に彼女を繋ぎ止める術はない。

 

「はい!!ここで一つ私からも大事なお知らせがありま〜す!!」

 

 私に責任を追及しかけていた淀んだ空気を、底抜けに明るい声でぶち壊す。


「私と茜の関係を元に戻す方法を、みんなには考えて欲しい!! 面白そうな案でそれが成功した暁には! ここにいるみんなに私から焼肉を奢――」

《〈《うおおおおおおおおッッッ!!! 焼肉奢りだああああ》〉》


 ……現金なやつらめ。

 まぁこれで協力的になってくれるなら、別に構わない。

 お金ならいくらでもあるし。


「じゃあ誰か思いついたら、適当に案出してって。良いって思ったやつは採用するから」


 私の言葉に一人の女子が気楽に手を挙げた。

 

《家に押し掛けるか、鬼電すればいいんじゃない? ブロックとかされてないでしょ。いつかは繋がるって》


 結果は火を見るより明らかだった。

 でも私はあえてLINEのギフト機能を使ってブロックの有無を確認する。

 そしてその結果を、教室のみんなに見えるよう高く掲げた。

 

《ブロックされてるんだ。割と徹底してるんだね》

《脈なしだろこれ。普通なら巻き返せねえよ》


 教室に落胆が広がる中、私のスマホが短く震えた。

 マネージャーの金原さんからの通知だ。

 内容を一瞥し共有しても問題ないと判断した私は、そのまま読み上げた。


『藤崎さんがVtuberを辞めようとしてたけど、こっちで「籍だけは置いておいていいから、引退だけは踏みとどまって。一度ゆっくり休みなさい」と必死に引き止めておいたわ。

 引退の意思をあなたには伏せるよう口止めされたけれど、一応伝えておくわね。

 何が原因で辞めようとしているのかは話してくれなかったけれど、喧嘩しているならさっさと仲直りしなさい。仕事なんだから』


 あまりにも絶妙なタイミングだった。

 

 教室の温度が一気に数度下がる。


《Vtuber辞めようとしてるってことは本気じゃん》

《ハードル上がったな》

「でも茜っちがしおっちを好きなことは、変えようのない事実だから、心配する必要はあまりないよ〜。あとはどうお膳立てして『そこまでするんだったら、仕方ないか』ってあっちに諦めさせる事だけを考えればいい」


 不意に聞こえるはずのない声が混じった。

 誰も座っていないはずの茜の席。

 

 そこから発せられた言葉に、教室が凍りつく。

 そこにいたのは、三月にこの学校を去ったはずのアメだった。


 アメは学校指定の制服なんて着ておらず、シャツと適当な短パンで、茜の机に足をかけて座っていた。

 

 一年時から同じクラスだった者たちは、一様に背筋を正した。

 出席日数が極端に少なかったにも関わらず、アメは暴力と情報の網を張り巡らせ、このクラスに実質的な恐怖政治を敷いていたのだから。


 それを知らない他クラスからの新参の反応は、予想に難くない。


《誰だよこのガキ》

《先生〜!学校に不法侵入者がいま〜す》


 そう言って彼女に突っかかろうとした男子や、廊下へ助けを呼ぼうとした女子の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 アメの手から弾丸のような速度で放たれたチョークが、正確に彼らの急所を撃ち抜いたのだ。

 

 呻き声すら上げられず、二人の生徒が地面に崩れ落ち、沈黙が教室を支配する。

 

「私のことはいいの。気にせず話を続けてね〜」


 アメが愉快そうに告げると同時に、私の手元でスマホが短く震えた。

 彼女からのメッセージだ。

 

『茜っちが好き勝手やってるのは、こっちでも把握済み。しおっちが手綱を握れないようなら、私も重いおっっっも〜い腰を上げて、()()として対応しなきゃいけなくなる。そろそろ本気で頑張ってね』


「…………」

 

 アメが特殊な人の向けの、専門的な医者をやっていることは、茜がああなった後すぐに彼女の口から聞かされた。


 このメッセージから読み取れる意味は、問題行動ある患者には強制入院してもらう、みたいな意味が込められてるんだろうけど……茜を人間扱いしてない可能性を考慮して、意味合いは殺処分になるとも取っておくべきだろう。


 私はそれを想像しても焦りはしない。

 大丈夫。

 絶対に今回で成功させてみせる。


 私はそういう思いを込めて、アメに微笑みかけた。

 

 するとあのアメが珍しく、花が綻ぶような笑みを私に返してきた。

 いつも私に笑いかけたりしないのに。

 

 教え子の成長を見守る保護者のようなその視線が、今は少しだけ面痒い。


「他になんか面白い案ないの?」

「詩音は藤崎さんに手編みマフラーを貰ってたよね」

「あぁん?!……どっかの誰かさんが茜の方についてなければ、アレがすぐ私の物になるって事に気づけてたんだけど!!それが何?」


 食ってかかった相手は鈴菜だ。

 

 この馬鹿はあろうことか、マフラー制作の進捗を視察させた日に、私の依頼を放り出して茜とイオンへ買い物に行く約束を取り付けていたのだ。

「なぜ編んでいるのか」という事実をサプライズの為に隠し通した茜は仕方ないにしても、まんまと丸め込まれた鈴菜はマジでふざけている。

 ……まぁいいけど。


「寛太くんのせいで、だいぶ血で汚れちゃってたぽいけど、詩音はそれを冬の間ずっと使ってたじゃん? なら今度は詩音の方から何かプレゼントしてあげたらいいんじゃないかって思って」

「あ〜……中々に良い案かも」


 それがメインにすることはないけど、悪くない提案だ。


「ちなみに血で染まったマフラーと価値が同等以上且つ、季節関係なく普段使いできるものが良いかな」

「……いきなり難しくなってない?」

「アレに匹敵する物を贈るなら、それくらいの条件じゃないとダメでしょ。天秤に血塗れのマフラーが乗ってる前提で考えないとダメだよ、詩音」


 確かに彼女の言う通りかもしれない。

 だが、それに匹敵する物……その条件で探すのはとても難しいのではないだろうか。

 

 私が思案にくれていると、クラスのみんなはどうするべきか分かっているようだった。

 もしくはこうすれば面白くなるんじゃないか――という確信をみんな持っていると言うべきか。


《しお〜ん。みんなもう察してるのに、アンタは分かんないの〜?》

《付き合うとか付き合わないとか、そういう前提がぶっ飛ぶような話だけどね》

《人は大切な人を人生の伴侶とする時に、渡すものがあるだろ? ここまで言えばお前にも分かるはず》


 向けられた言葉の真意を理解した瞬間、私は目元を片手で覆い、堪えきれずに吹き出した。

 

「あんた達ってホント最低だね。他人事だからって私で実験しようとしてるでしょ」


 理解した。

 ようやく分かった。

 確かにそれなら釣り合う……かもしれない。

 元々ちゃんとした関係になったら、そうしてやるつもりだったし。

 それがちょっと時期が早くなったと思えば、問題ない。


「しおっち。ついでに一つ情報を追加しておくけど、茜っちの家はいま家族以外の誰も入れなくなってる」

「大丈夫。想定の範囲内だから」

「これで想定の範囲内? 連絡も取れず会うこともできず、贈り物を渡す?……しおっちは魔法使いか何かなのかな〜?」

「連絡なら回せるでしょ。大丈夫、茜は私からは逃げきれない」


 私は迷いを振り払うように、教卓を――バンッ! と力強く叩いた。


「みんな!私は最高のシチュエーションを思いついた。これが終わった暁には約束通りで焼肉は奢りだ!! 内容は今日帰った後【重要なお知らせ】ってタイトルで配信するから、全員配信を見て欲しい!!!――以上、解散!!!!!」

《〈《〈《うおおおおおおおおおッッッッッッ!!!!!》〉》〉》


 雷鳴のような歓声が、校舎を震わせた。

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