第88話 どんな顔をして会えばいいのか
冬休みが終わり、私は久しぶりに学校へ向かった。
詩音さんはまだ入院していて、当然学校なんか進んで行きたくないわけだけど、私がここに顔を出すのには理由があった。
私が学校に顔を出した理由は、詩音さんの身の回りの情報が、下手に学校内に回らないようにするためである。
詩音さんがVtuberであるという騒動は冬休み前にSNSに振り撒かれた情報であるため、まだ火消しの余地はある。
私が学校に向かって、その話題性を消し飛ばさなければいけないと考えてのこその行動だったが。
「心配する必要はないよ、藤崎さん」
「ぅぅん?」
「別にあなた達二人が、誰かに嫌われてるってわけでもないからね。事情は詩音を通して聞いてるから気にしないでいいよ」
「あっ……そうなんですね」
「それにしても大怪我を治す薬の影響で、髪色が変わってるって話も詩音から聞いてたけど、中々エグい変わりようだね」
どうやら坂本さんが協力してくれたようで、クラス内にはそれほど影響はないらしい。
学校全体は後々どうにかしなくてはいけないけど、それはそこまで心配する必要はないんだそうだ。
ちなみに、坂本さんからは元日の夜中にお怒りのLINEが届いていた。
私はそれを未読無視していたのだが、詩音さんから事情を聞いたのか、のちに彼女の方から丁寧すぎるほどの謝罪を受けた。
「あと藤崎さんがVtuberであることもこのクラスの大体は知ってるし、それを踏まえてもみんな協力的だから安心してほしい。あの馬鹿にやられて詩音は最低でも1ヶ月は退院できないって聞いてるし」
「あぁ……みんなに情報が回っちゃってるんですか。ということはつまり、配信の最後で言った夜の営みのことも……」
私が恐る恐る尋ねると、坂本さんは無言のまま、力強く親指を立ててみせた。
まぁいいか。
協力的なら全部問題ない。
「きっとどっちも結構な有名人だから、みんなちょっかいをかける気も無いんだろうね。あとは人間性補正かな」
坂本さんはそう締めくくった。
そしてこの詩音さんの入院が与えた影響は、学校だけに止まらない。
Vtuber業の方にももちろんある。
あろうことか事務所は、詩音さんがストーカー被害で重傷を負い、当面の間活動を休止する旨をそのままTmitterで公表したのだ。
通常なら伏せるようなスキャンダラスな理由をあえて明かしたのは、一連の炎上の火消しと、詩音への同情票を集めて信頼を回復させようという、運営側の打算だろう。
もちろん被害者として発表されている中には私も含まれているので『当然の報いだろ』『自業自得』という声も少なからずある。
自分でそういう風に情報を操作してしまったのだから仕方ないとはいえ、もうここから後戻りはできない。
あとは流れに身を任せるのみである。
「ふぅ……」
私は椅子に座る。
弦巻さんの言った通りではあるけど、流石に日の光が私に与える影響は結構大きい。
メリットデメリットの差が大きすぎるのだ。
昼間限定とはいえ、デメリットの大きいモノではまず慢性的な頭痛、歩行不調とそして筋力低下。
そのうち慣れるのだろうけど、常にストレスの原因が体にあるのを感じて、少しだけイライラしてしまう。
「大丈夫? 体の調子あんまりよくないでしょ。早退した方がいいんじゃない?」
「大丈夫ですよ。これは一生付き合っていかないといけない薬の副作用だって、弦巻さんも言ってましたから」
「そうなんだ。それは……辛いね」
「別に悲観することばかりじゃありませんけどね。死ぬかもしれなかった大怪我で、どうにか助かることもできましたし、それに――」
私は掛けていた眼鏡を、ゆっくりと外した。
「ふふっ……」
あぁ……やっぱりそうか。
私はもう、大丈夫なんだ。
他人を見てもおかしくなったりしない。
目障りだけど、ただそれだけ。
これがこの体のメリットの一つ。
……まぁ、ただ私の人に対する見識が変わっただけかもしれないが。
「あれ?眼鏡とっても大丈夫なの?」
大きなメリットはもう一つある。
それは他者を自由に操れるようになったことだ。
制限を掛けられたこの体でも、それが可能になってしまった。
とはいえそれは夜限定な上に、口で命令しないと発動しない欠陥付き。
「…………」
「藤崎さん?」
だから今この場で坂本さんに下手な命令をしようものなら、盛大に失敗する。
妹相手に試した時は、誤魔化すのに苦労した。
それでもかなり有用な術であることに、変わりない。
弦巻さんは私に、教えてはいけない情報を与えてしまったのだ。
使用用途は今のところ、明日菜をパシリにしているのみだが。
「はい。薬の影響で目が少しだけ良くなったんです。付けてた方が楽なので、まだ眼鏡は続行ですけどね」
文化祭終了後の私は、自己理解が足りずに狂った挙句、自分の善心から目の前にいる人達が、自分が求める食材達である事に目を背けた。
でも今は違う。
私はもう自分という存在に諦めがついている。
そして彼ら彼女達を、見下すべき生き物として認識しているのだ。
…………そしてその全てを理解して尚、私は動かない。
私は詩音さんを抱き上げたとき、人間社会で生きることを選んだのだから。
だから心を凍らせて、自分が渇望する道から目を背けないといけない。
「おぉ……」
私が席に深く腰掛けて脱力していると、坂本さんが手元のスマホを覗き込んで、何やら声を上げた。
「藤崎さん……」
「はい」
「そろそろ詩音のお見舞いに行ってあげたらどう? 今学校に来てること伝えたんだけど、あの子の機嫌……控えめに言っても相当悪いよ」
あぁ……その話か。
それを振ってこないで欲しかったのに。
きっと坂本さんは詩音さんに連絡してしまったのだろう。
私が学校に来ていると。
「…………」
私はあの日から、一度も詩音さんと顔を合わせていない。
自分の目に今の詩音さんがどう映るかなど、分かりきってしまっているからだ。
「今度行きます」
「『今度』? それはダメでしょ。なんなら今すぐ早退してでも行きなよ。……まぁ今日は登校日だから放課後でもいいんだけどさ」
「うちの学校の冬休み明けは、初日から普通に授業ありますよ」
「えっ、そうなの? そしたらたぶん、私のグループの連中、誰も教科書持ってきてないかも……」
よし、このまま話をずらしてしまえばいい。
「一年生はみんな同じ科目を受けるんですから、他クラスにでも借りれば……」
「藤崎さん――今、話を逸らせるって思ったでしょ」
「思ってません」
「じゃ、帰り一緒に行こうか」
有無を言わさない態度だった。
坂本さんが語るには、冬休み中の詩音さんの態度は相当面倒くさかったところがあるらしい。
おそらく坂本さんは、これ以上その面倒くさい状態に付き合わされるのを防ごうと、元凶である私を差し出そうとしているのだ。
こっちもこっちで心情的なところがあるので、放っておいてほしいけど……
「…………はい」
今はまだ忌々しい太陽が空にある時間帯だ。
弱体化した私には、彼女を黙らせるほどの力も、食い下がる気力も残っていない。
何より、VTuberとしての活動を休止している今の私には、真っ当な拒絶の理由が見当たらなかった。
母からも「そろそろ顔を出せ」と釘を刺されている。
もう私の周り全体がそういうムードだ。
おそらく詩音さんが私に手招き――というか、綱引きするように、本気で私を手繰り寄せようとしているのだろう。
みんな強引すぎる。
私の事情なんて何も考えてくれもしない。
…………こっちはどんな顔で詩音さんに会えばいいのか、全く分からないのに。




