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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第三章 期待の新星、VTuber灯アカリの電撃デビュー 東京編

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第87話 長い時を経て証明終了、茜は私の物である。(月宮:視点)

「あかね!!」


 叫びながら、私は上体を跳ね起こした。

 

 真っ白な天井と鼻を突く消毒液の匂い。

 また病院なのだと、意識が覚醒するより先に身体が理解した。

 どうして私は、こんな場所に――。


 疑問を埋めるように、昨夜の記憶が濁流となって押し寄せてきた。

 あの男に殴られ、嬲り抜かれた体。

 泣き叫んでも終わらない、狂いそうになるほど長かった夜。

 思い出しただけで指先が震え出し、私は剥き出しの恐怖から逃れるように、自分の肩を強く抱きしめた。


 その時不意に、視界の端に人影が映った。


「――ッ?!」


 声にならないか細い悲鳴が漏れる。

 一瞬、あの男が追いかけてきたのかと、心臓が凍りついた。

 だが、ベッドの端に丸まって座っていたのは、見覚えのある少女――明日菜ちゃんだった。


「わわっ、びっくりしたぁ……」

「あ……明日菜、ちゃん……」

 

 彼女の顔を見て、ようやく肺から熱い息が漏れた。

 けど安堵した直後に、一番聞かなければならない人物の不在に気づく。

 

「おはよう、詩音さん」

「おっ、おはよう。……ねえ、茜は?」

「お姉ちゃんなら体調不良で来てないよ。っていうか、誘ったんだけどあまり乗り気じゃなかったなー」

「そっ…………か……」


 乗り気じゃなかった。

 つまり、私には会いたくないということだろうか。

 

 一気に血の気が引いていく。

 あの地獄のような夜の果てに待っていたのが、彼女からの拒絶なのだと思ったら……胸の奥が締め付けられるように痛む。


「あーっ! 違うからね!! 落ち込まないでよ詩音さん!!!」

「大丈夫だよ、私は大丈夫だから……」


 強がってみたものの、一度溢れ出した涙は堪えきれなかった。

 私は骨折してギプスで固められた腕を無理やり動かし、滲む視界を乱暴に拭った。


「待って待って、落ち着いて!!お姉ちゃんが帰って来た時、裸で身体中に血がついた状態で詩音さんを抱えて帰ってきたんだよ!! あんな状態で一緒に帰ってきたお姉ちゃんが、詩音さんを嫌いとか絶対にないから」


 それを聞いてすぐさま涙が引っ込んだ。

 

「裸で帰ってきたって何?!明日菜ちゃん、どういうことか全部説明してっ!!!!!」

「え……そうなるの? いや〜ちょっと私の口から説明するのは…………」


 明日菜ちゃんは「しまった」という顔をして、逃げるように病室の出口へじりじりと後ずさる。


「早く私の質問に答えて」

「でも信じないかも?」

「早く」

「目が怖いよ詩音さん……全部ちゃんと本当のことを話すけど、驚かないでね?」




 ---


 


 明日菜ちゃんが語り始めたのは、およそ現実離れし過ぎている物語だった。

 それは茜とアメの二人が、家族に説明した内容をまとめたものだという。


 東京での出来事。

 そこで極限状態だった茜が、アメから不思議な薬を譲り受けたこと。

 

 帰宅途中に私の危機を察知して現場へ急行したが、返り討ちに遭い――そこで一度、命を落としたこと。

 

 けれど薬の効果で蘇生した茜は、そのまま私を嬲っていたあの男をそのまま叩き潰したこと。

 

 そしてそのまま茜は、男の家族にも同じ目に合わせるべく公園を後にしようとしたが、それを制止したアメのボディーガードと、今度は殺し合いにまで発展したという。

 その最中に茜は偶然私を見つけて、そこからそのまま一緒に帰ってきたという話だった。


「は?………………は?」

「だから言ったじゃん。説明しても簡単には信じられない話だって! お姉ちゃんなんてこれが事実なのを伝えるために、自分で自分の骨を折って、そこから腕を再生させたんだからね!!」


 あまりに突拍子もない話だ。

 でも茜のその奇行を聞くと、いきなりリアリティがバカみたいに増した。


「……写真とかって、ある?」


 喉の奥が熱くなるのを感じながら、私は絞り出すように聞いた。

 

「あっ、あるよ!!」


 明日菜ちゃんが差し出したスマホの画面には、ソファで深く眠りこける一人の少女が映し出されていた。

 

 毛布に包まれ、顔は横を向いていてはっきりとは見えない。

 けれど、そこにはまるで雪に近い髪色をした少女がいた。

 その姿は痛々しいほど現実離れしていて、どこか神聖ささえ感じてしまう。


「凄いよね、これ」

「すごい……本当にこの人が茜なの?」

「そう。まるでどこかの国のお姫様みたいだよね」


 明日菜ちゃんはきっと嘘をついていない。

 だから全部真実として受け止めようと思う。


 だとすると私は茜にとんでもない迷惑をかけて、一生かけても返せないだけの恩ができてしまった。

 

 絶対に嫌だったと思うのにVtuberという道を選んで、血反吐を吐きながら勉強して失敗しないよう備えて、私のために全部彼女はやり遂げた。


 ……どうしよう。

 私はどうすればいいんだろう。


 混乱する思考の中で、ふと病室のテーブルの上に置かれたマフラーが目に留まった。

 

 見覚えはない。

 少なくとも私のものではない。


「マフラーが気になる?」

「……アレってなんでここに置いてあるの?」

「血で赤くなっちゃってるから分かんないかもだけど、このマフラーは元々お姉ちゃんのやつ。二人して帰ってきた時には、詩音さんの首に巻かれてたよ」

「そう……なんだ……」

「看護師さんが一生懸命洗ってくれたんだけど、赤くなっちゃったのはどうしようもできないんだって。――っていうか、もっと言うとこれ、実はお姉ちゃんが詩音さんの誕生日に渡すつもりだったやつらしいよ」

「え?」


 あれが私に渡すつもりだったマフラー?

 急に手作りで編み物を始めた時、おかしいと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ。

 

「それなら私に渡してくれればいいのに、なんで……」

「うっかりして渡すの忘れてたんだって。自分で『なんで忘れてたんだろう、馬鹿すぎます』ってごはん作ってる最中に自虐してたし、嘘じゃないと思う」

「ふふっ……なら、仕方ないかな」

「結局は別の物で間に合わせたんだろうけど、お姉ちゃんが最初に渡そうとしてたのは、それだったのかな?」


 私は明日菜ちゃんの言葉に頷き、サイドテーブルに置かれたマフラーへ手を伸ばそうとした。でも身体中に走る激痛がそれを阻む。

 私は結局、それを取ることを諦めた。


 見かねた明日菜ちゃんが、代わりにそれを私の手元へ運んでくれた。


「ありがとう……ねぇ、一応聞きたいんだけど、これって誰の血なの?」

「お姉ちゃんだと思うよ。身体中がバラバラにされたことをさも当然かのように語ってたし、その場合ならまぁ……マフラーもそうなるって感じだよね」

「そう……だね」


 受け取ったマフラーを指先でなぞり、そっと顔を埋めて匂いを嗅いだ。

 

 入念に洗浄されたのか、鉄臭さは微塵もなかった。

 指先に当たる質感が少しだけパリパリと硬くなっている気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。


「私馬鹿だったな。迷ってばかりで人を引っ掻きまして、全部が中途半端」


 私は血濡れのマフラーを右手でぎゅっと抱きしめた。

 

 茜がここまで酷い事をされて色んな物を犠牲にしたにも関わらず、全て私のためにやり遂げてくれた。

 それなのに私は、どうすれば良いか分からずに迷っている?

 ……阿呆らしい。

 笑止千万と言っても過言ではない。


「お姉ちゃんは全部自分のせいって責任負ってたけど、この騒動の中核は詩音さんにもだいぶ寄ってるからね。歳下の私が言うのもだいぶ変だけど、変な人と関わり持っちゃったのは反省してもいいかも」


 言い方は柔らかい。

 でも彼女は警告しているのだろうと思う。

 

 思い返せば明日菜ちゃんと最後に別れたのは、あのクリスマスパーティーの日だ。

 不機嫌を隠そうともせず勝手に帰宅した自分を思えば、こうした手厳しい言葉を投げられても文句は言えない。

 

 何より私は、彼女の姉を一度死に至らしめた原因そのものなのだ。

 茜の家族からの心象は、最悪と言っていいだろう。

 

「ちょっと言い方キツくなっちゃった? でもうちのアルティメット頑固お婆ちゃんに、白い髪になったお姉ちゃんの話をするの本当に苦労したから、大目に見て!」

「分かってる」


 棘のある言葉を真っ向から受け止め、私はこれまで茜と積み上げてきた時間を反芻した。

 

 何をするでもなく、ただ隣に座っていただけの日々。

 渋々ながら膝枕を受け入れた、茜の真っ赤な顔。

 旅行中、剥き出しの欲求を理性で必死に抑え込んでいた姿。

 文化祭や初配信で、その圧倒的な才覚によって多くの人を魅了した瞬間。

 

 そしてあの夜。

 光のない暗がりで、確かに聞こえた彼女のか細い声。


 私は手の中のマフラーをじっと見つめ、胸元へ強く引き寄せた。

 彼女が私にとってどれほど替えの利かない存在であるかを、こぼれ落ちないように体で確かめる。

 

「……明日菜ちゃん、私の首にこのマフラーを巻いてもらえる?」

「う、うん。良いけど……」


 明日菜ちゃんは困惑した様子ながらも、私の首元にゆっくりとそれを巻いてくれた。

 

「大丈夫なの、それ? 普通に汚いし、捨てていいレベルだと思うよ。お姉ちゃんだってここにいたら、絶対に私と同じこと言うはずだし」

「汚くない…………すごく綺麗だよ」


 これは茜が私を助けてくれた証明になる物でもあり、そして形残る物としてこれ以上が無いくらいのプレゼント。

 おまけに茜が私に初めて贈ろうとした物が、これだと言うのだから、捨てるという選択肢だけはありえない。

 

「えぇ……お姉ちゃんがそれ見たらなんて言うかなぁ。たぶんドン引きすると思うけど」

「なんか言ってきても、家族の前で自分の腕を折って見せる人に、何も言う資格なんてないって言うから大丈夫」


 私はマフラーを巻いた自分の首周りに、意識を向けた。


 ――あぁ、暖かい。

 まるで本物の茜に、抱きしめられているような錯覚さえする。


 思えば本当に茜は凄い事をしてくれた。

 私にやってくれたここ暫くのことは、もはや凡人のソレから見れば偉業と言ってもいいほど。

 

 なら私はどうか?

 茜にそこまでしてもらえるほどの価値が、私にはあるのか?


 茜は過去、Vtuberとしての私を太陽のように見ていた。

 その憧れとして輝いていた私が、茜に追い抜かされ、おまけに守られるだけの弱虫として扱われる?


 その事実に胸の奥で燻っていた何かが、激しく拒絶反応を示した。

 

「……そうじゃないでしょ、私」

 

 茜がかつて私に抱いてくれた夢も、私自身が誇ってきた表現者としてのプライドも、このまま守られるだけの一般人として朽ちることを許してはくれない。

 

 彼女が身を削ってまで繋ぎ止めてくれたこの命。

 それを惨めな敗北感で汚すことなど、絶対にあってはいけない。

 そも茜に下に見られたまま、ただその優しさに縋るだけの存在で終わるなんて、死んでも御免だった。

 

 かつての私が彼女を照らしたように、今度もまた私が彼女を――。

 

 ……今を以て新しく生まれた、この矜持。

 それはたとえ、それは茜がよく口にする神様が相手でも、絶対に譲るつもりはなかった。


「ふっ、ふふ……あははっ!」


 不意に笑いが込み上げ、私はありったけの力を込めた右拳で、自分のお腹を本気で叩きつけた。

 

「し、詩音さん!?!? 急に何してるの!!」


 鈍い衝撃が走り、骨折している他の部位にまで激しい負荷が伝播する。

 あまりの痛みに意識が白濁しかけたが、おかげで澱んでいた思考の霧は一気に晴れた。

 

「茜……。私、茜がしてくれたことの恩返しをするよ。それも100億倍返しでね」


 呆然と立ち尽くす明日菜ちゃんを置き去りにして、私は独り言を吐き捨てた。

 

 これは自分自身の不甲斐なさを断ち切り、覚悟を刻みつけるための儀式だ。

 

 さあ、ここで大人になろう。

 茜にばかり負担をかけさせるのは、もう辞めにする。

 

 もちろん、惨めったらしく泣き叫んだあの夜も、痛みに耐えきれずにあの男の要求に従う道を選ぼうとした自分も、絶対に忘れはしない。

 

 それでも、あんな屈辱は二度と繰り返さない。

 これまで私が培ってきたすべての経験と、表現者としての才覚を総動員して、私はあの子が安心して生きていけるだけの最高の箱庭を作ってやる。

 

 ――大好きな、茜のために。


「いきなり自分のお腹をパンチして、頭がおかしくなっちゃったのかと思ったけど、その顔を見ると全然大丈夫そうだね」

「藤崎さんのご家族には、いっぱい迷惑をかけちゃったね。でも、もう大丈夫だから。これからの私で、茜の隣に居るにふさわしい人間だって証明してみせるよ」

「別に縁を切れって言ってたわけじゃないんだけどなぁ」


 明日菜ちゃんが呆れたように苦笑する。

 

 それから、少しだけ意地悪そうに目を細めて続けた。

 

「けど、ちょっとの不安で泣きそうになってた詩音さんには、荷が重いんじゃない?」

「泣いたのを持ち出すのやめてよ。まぁでも……」


 私は右手の指先で、首のマフラーを力強く握りしめた。


「もう――泣いてる暇なんてないかな」

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