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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第三章 期待の新星、VTuber灯アカリの電撃デビュー 東京編

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第85話 凍らせた思考で

 外に出るとベックさんが駐車場の中央で、大雪に揉まれながら立っていた。

 その手には泥のように伏した清水さんの首根っこが、無造作に握られている。


「終わったのか?」


 無機質な音声に、私は肺に溜まっている濁った熱を吐き出した。

 

「そうですね。……はぁ………………人生で一番最悪な気分です。今日だけで、虐められていた頃の100億倍は酷い」


 目の前の楽しいことを全てほっぽり出して、このまま帰宅する。

 

 最悪だ。

 体が求めているのに、それ以上をする気になれないなんて。


 また今度詩音さんに嫌味を言ってしまいそうだ。

 この前の比にならないやつを。

 

「帰る前に少しだけ待って欲しい」


 ベックさんはスマホを操作し、こちらを見据えた。


「藤崎宅に私達の息のかかった救急車を呼んでおいた。これで問題なくキミたちは治療を受けれるだろう」


 ……冗談じゃない。

 今どうでもいい人と接触するだけで、気がおかしくなってしまう気がする。

 血じゃなくてもいいから適当にお腹に食べ物を入れて、家で何もせず眠りこけたい気分だ。

 

「……詩音さんはともかく、私は必要ありません。しばらくは誰にも会いたくないので、病院とか死んでも嫌です」


 そう言って私は、自身の落ちている荷物や衣服を一瞥した。

 持って帰りたいという気持ちはあるけど、詩音さんを抱っこしているせいで、着て帰るなんてできない。

 残念ながらこのままでは二人揃って、裸での帰宅となってしまうだろう。

 

 まぁ血塗れのボロ布を今更纏うよりは、誰にも会わないことを祈って裸で雪夜を歩く方が、よほどマシかもしれない。


 ベックさんは気を利かせたつもりか、落ちていた私の眼鏡を拾い、私の顔に掛けさせた。

 それから傷だらけの自分の黒いコートを脱ぎ、こちらに被せようとしてくる。


「コートは……詩音さんにかけてあげてください。きっと寒いと思うので」


 私ももちろん寒くはあるけど、ここまできたらどうせ死にはしないし、体の心配なら詩音さんの方を気にかけるべきだろう。

 

 私の言葉に従い、彼は詩音さんにコートを掛けた。

 ……が、直後にベックさんが妙なことを口走った。


「藤崎さん、角を引っ込めることはできるだろうか?」

「角?……そんな物どこに……」


 当然の疑問を吐き出す。

 するとベックさんは私のおでこあたりを、素早くつまむように触れた。

 

 指先が触れた瞬間、そこにあるはずのない異物感が、確かな感覚として脳に伝わった。

 

 ……なんだこれは。


「なるほど? こんなのが生えてたんですね。これでは人じゃなくて化物みたいです」


 私は落胆するではなく、自身で言い放ったそれにどこか安心感さえ覚えた。

 自分でもどうしてそう考えてしまったのか理解できない。

 

 まぁいいか。


 私は意識を頭へと集中させ、その不愉快な痕跡を消そうと試みた。

 内側へ収納することはできる。

 でも今の私の損耗した身体では、それすら満足に制御できなかった。

 不格好に、中途半端に、それは私の額に残ったままだ。


「お腹が空いているのか」

「まぁ凄く空いてますね。おまけに貴方があんなところに殴り飛ばしてくれたせいで、危うく詩音さんを喰べちゃうところでしたよ」

「それはすまない。お返しと言うわけではないが、少し上を向いて口を開けてくれ」


 言われるままに口を開けると、ベックさんが自身の拳を私の口の上で握った。

 彼の手から溢れ出した血が、私の口の中へ流れてくる。

 それをゴクゴクと飲み干した。

 

 確かに彼が言った通り、美味しいのは清水さんの血に限らないようだ。

 うん、美味しい。


 そして血を飲みながらも、ふと考えてしまう。

 正直なところ、目の前の男と今抱えているモノを叩き壊したい。

 そんな感情がちょっとだけ……


「頼む……本当にやめてくれ……」


 先読みで釘を刺されてしまった。

 

「なんで私の気持ちがわかったんですか?」

「瞳孔が開いていた。それは動物が獲物を狩る時の眼だ」


 なるほど。

 そう言われてしまっては仕方ない。本能的な部分なのだから、バレて当然だろう。

 

 彼は一通り流し終わったのか、私の前から手を引いた。

 もう一度頭に意識を向けると、今度は角が引っ込んだ。

 

 ただ今更気づいたけれど、髪の毛も濁った白色に変わってしまっている。

 どうやらこれは、意識するだけでは黒には戻ってくれないらしい。


「そういえば清水さんはどうするつもりですか? まさかそのまま家に返すとか言いませんよね?」


 こちらとしては別にそれでも構わない。

 なんなら私から会いに行っても面白そうだ。

 どんな反応をしてくれるのか、考えるだけで楽しみになってくる。

 

「暗示で彼に今日やったことの記憶処理をした後、そのまま警察に引き渡すつもりだ」


 それを聞いて思わず舌打ちが出た。

 私は彼の横を通り過ぎる。


「あーあ……私から楽しみを奪ってくなんて、本当に最低な人ですね、ベックさん。ここまで私に酷いことをしてくれた人は貴方が初めてですよ」


 警察に行かれてしまったら、清水さんとはしばらく会えない。

 私の楽しみは完全に無くなったようだ。


 …………帰ったらご飯食べて寝たいけど、多分色々と忙しいんだろうな……

 Vtuberになっちゃったし、ライバー用スマホ貰っちゃったし。

 直近でやらないといけない事を挙げるなら、運営さんや同業者達と連絡を取ったり、家に届くだろうパソコンとかもセッティングしたり、放り出していた冬休みの課題も含めて、やるべきことが山積みだ。


 考えるだけでウンザリする。

 

 重い足取りで雪を踏みしめていると、背後から機械的な音声が追いかけてきた。


「ケーキ、美味しかった。ありがとう」


 その不器用な謝辞に、私はふっと、場違いな笑みを漏らした。


「アレは私が作ったわけじゃありませんから……次は私の手料理をご馳走しますよ」


 その後一度も振り返ることなく、私は夜の公園を後にした。




 ---




 暗く、底冷えする冬の帰路。

 雪は音もなく降り積もり、世界の時間が引き延ばされているような錯覚を覚える。

 いっそこのまま、すべてが止まってしまえばいい。

 立ち止まって凍死すれば、どれだけ後が楽になるだろうかとさえ考えてしまう。


 私が一人ならそれも選択肢に入った。

 だけど残念ながらそうじゃない。

 私の腕の中には愛する人がいる。

 重傷でこの寒い中放っておいたら死ぬかもしれない人が。

 だから歩かないといけない。


 どれくらい歩いただろうか。

 ようやく家の玄関にたどり着いたとき、私の体力は底を突いていた。

 

 両手が塞がっていて扉を開けられない。

 大声を出して母や妹を呼ぶ気力も湧かなかった。

 私は仕方なく、玄関のインターホンにおでこを叩きつけて、無理やり呼び鈴を鳴らした。

 

 すると家の中から、猛ダッシュしてくる誰かの足音が聞こえてくる。


「はーい!」


 勢いよく扉を開け放ったのは、案の定、妹の明日菜だった。

 彼女は私の姿を視界に入れた瞬間、目を見開いたまま石のように硬直した。


 当然といえば当然の反応だろう。

 私は全裸のうえに、体のあちこちから血を滴らせている。

 腕の中の詩音さんは、借り物の大きなコートに包まれていて、明日菜からは誰だか判別できないだろう。

 

 立場が逆なら私だって固まる。


「外国人の……変、態……? でも凄い怪我してる???」


 困惑しきった明日菜が、おろおろと後ずさる。

 

 私はこの馬鹿の顔を見て、ため息を一つ吐くと、重い口を開いた。


「ただいまです、明日菜」

「お……お――お姉ちゃんッ!?!?!?」




 ---




 そこから数分後すぐに救急車が来て、詩音さんは病院に運ばれた。

 付き添いとして、母も慌ただしく同乗していく。


「明日菜ッ!!! 私は病院に行くから、茜からどういう事情か全部喋らせておいて!!」

「おっけ〜!」


 というやり取りが目の前でなされた。

 いつものなら適当に流せるけど、今日は怠いことこの上なかった。


「お姉ちゃん! 一体全部どうなってるの!! 早く喋って!!!」


 明日菜が詰め寄ってくる。

 私はもう二階へ上がる気も、シャワーを浴びる気も起きなかった。

 リビングのソファを占領し、体を投げ出すようにして眠りの体勢に入る。

 

「うるさい……一回寝かせてください。起きたらごはん作るので……」

「そうじゃなくて!!――って、マキさんから連絡きた」


 どうやら弦巻さんにも、現状の情報が伝わったらしい。

 あの人が後から全てうちの家族に説明すると、LINE越しで伝えてくれたそうだ。

 そのおかげで私はようやく余計な義務感から解放され、意識を沈めることができた。


 そして後日、公園に放置していた荷物のすべてが我が家へと届けられた。

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