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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第三章 期待の新星、VTuber灯アカリの電撃デビュー 東京編

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第84話 帰りましょうか(三人称視点)

 茜は緩慢な動作で、背後の公園へと振り返った。

 遠く、トイレの傍らに清水が打ち捨てられるように横たわっている。

 そしてその隣には、夜の闇よりも深い影を纏った大柄の男が、微動だにせず立っていた。

 

 茜は欠損した右腕を瞬時に再構築しながら、静かに男へと歩み寄る。


「ふふっ……本当にここへ飛ばされてたんですね、貴方。弦巻さんが自称魔法使いの可能性である線が、これで完全に消えちゃいました」


 男との距離が数メートルにまで縮まったところで、茜は足を止めた。


「昨日ぶりですね――ベックさん」


 男の装束に目をやる。

 夜の闇に溶け込む黒いロングコート、威圧的なサングラス。

 そしてその手には、月光を鈍く弾く長大な薙刀。

 先ほど自分の右腕が消滅した原因が何であるか、茜は即座に理解した。


 ベックは主人である弦巻アメから《茜っちが帰宅するまで、私のところに戻ってこなくていい》と放逐され、手持ち無沙汰にこの周辺を徘徊していた。

 主人の帰りを待つ忠犬のごとく時間を潰していた彼は、立ち込める異様な悪寒を察知し、この公園へと駆けつけたのだ。

 物陰から惨劇の一部始終を静観していた彼だったが、茜が男を引き摺って公園の外へ出ようとするに至り、もはや看過できないと判断し、一閃の下に彼女の腕を断ち割ったのである。


 ベックは苦虫を噛み潰したような顔で、片手で端末を操作した。

 合成音声が冷淡に夜気を震わせる。


「もう充分満足しただろう。これ以上は見過ごせない。大人しく愛する者と共に家へ帰れ」

「満足?……まさか盗み見してたんですか、貴方」


 そう言われ一瞬、茜は不機嫌そうに顔を歪める。

 自分がなぶり殺しにされていた最中、この男は高みの見物を決め込んでいた可能性があるという憤りが、脳を掠めたからだ。


 だが、そんな感情もすぐさま霧散した。


「というか満足なんてしてませんよ。 丁度新しい発見もしたので、尚更このまま引き下がるなんてできません!」

「新しい発見?」

「そうです! 聞いて驚かないでくださいね。さっき彼を殴り飛ばした時、手が血でびっしょりになってしまったのですが……なんと、それを舐めてみたところ、とっっっても美味しかったんですよ!!」


 茜は自身が全裸であることすら意識の外に追いやり、身振り手振りでその感動を表現した。

 ベックがその光景に頭を抱え、酷く困惑していることにも気づかぬまま。


「藤崎さん、キミは何か勘違いをしている。それはお嬢様が渡した薬の副作用でしかない」

「副作用……薬…………あぁ、そういえばなんか弦巻さんが言ってましたね。亜人の血が入ってるとかなんとか」

「そうだ。だから彼の血が特殊なのではない。君の肉体が投薬の影響で変質し、狂ってしまっただけだ。あの方に代わって、私がそれを謝罪する』


 ベックの解説により茜は理解した。

 自身の身に起こった奇跡の正体を。

 死の淵から引きずり戻されたカラクリを。


「なるほど。弦巻さんには大きすぎる借りができてしまったようです」

「そうだ。理解してくれたのなら、大人しく家に帰るんだ。そうすれば何も問題なく日常に――」


 ベックが続きを言おうとした、その刹那。

 茜の体がバネのように跳ね、その鋭い爪をベックの腕へと突き出した。

 だが、巨躯に見合わぬ迅速さで繰り出された薙刀の柄が、その一撃を冷酷に弾き返す。


「まだ清水さんとのお話は続いてるんですよ。ここで終わりになんて出来ません。そんなのあまりに消化不良がすぎます」


 茜は不満げに唇を尖らせた。

 その瞳は獲物を前にした獣のそれだ。

 

「やめてくれ、お願いだ。それ以上暴れられると俺もあの方も、キミを殺すために動かなくてはいけなくなる」

「貴方が邪魔するのをやめてくださいよ。こっちだって本気なんです!」

「このままだとお嬢様は他人に無断で薬品を渡し、世に化物を解き放った件で、間違いなく上から糾弾される。その上藤崎さんが他人を殺して回ったとなっては隠蔽にどれだけのコストを割くハメになるのか。……もし助けられた事に恩を感じているなら、ここで止まって欲しい」


 茜はその言葉を、退屈な講釈でも聞くように聞き流していた。

 そして返答の代わりに応じたのは、全身の筋肉を爆発させた強烈な蹴りだった。


「…………っ……!」

 

 腕を断ち割られたことへの、容赦のない返礼。

 

 人体の限界を超えたその一撃は、明確な殺意を孕んでベックの巨躯を雪原の彼方へと吹き飛ばした。

 ベックは雪に埋もれながらも、辛うじて体勢を立て直す。

 薙刀を杖代わりに地面に突き立てて立ち上がると、彼は口内に溜まった血を雪の上へ忌々しげに吐き捨てた。


「他人の事情なんて知りません……なんて言うのは簡単ですが、まぁそうですね」


 茜は雪を踏みしめ、彼に向かって一歩、また一歩と距離を詰める。

 その足取りには、先ほどまでの無邪気な子供の面影など微塵もない。

 そこにあるのは冷徹な捕食者が放つ、肌を刺すような重圧のみだった。


「なら、力づくで止めてみてください。人とは他人を蹴落として進む生き物です。目の前に不利益があるなら、自身の加害性を以ってそれを打破しないと――ですよね?」

「違う。人は他人と手を取り合い助け合う生き物だ。私たちは他人の助けなくして生きる事はできない」

「ふふっ。誠に申し訳ないんですが、他人と問答を交わすつもりはないんです。貴方は同じ土俵にいる方じゃないですからね」

「そうか、それは残念だ。…………ならば、力づくで止めさせてもらう」


 激突はもはや、対話の余地を完全に失った殺し合いへと変じた。

 茜は鋭利な爪で男の喉笛を裂こうと躍りかかり、ベックは彼女を戦闘不能に追い込むべく、重い一撃を繰り出す。

 

 ()(薙刀)の猛烈な交錯。

 茜は何度も腕を飛ばされ足を断たれるが、その度に超常的な速度で肉体を再構築していく。

 対するベックは、防戦一方で着実に自身の体に傷が蓄積していった。

 

 致命傷こそ避けているものの、物量と再生能力の差で茜が圧倒的に優位に立っているのは明白だった。

 茜に武術の心得などない。

 ただ、己を形成する吸血種の遺伝子が命じるまま、剥き出しのセンスのみで動いている。


「…………」

「いいですね! いいですよ、ベックさん!! もっと私に社会を教えてください!!! 私は貴方の教えを通して更に人として進化するんです!!!!」


 歓喜に瞳を血走らせた茜は、本能のままに彼を屠る瞬間を確信していた。

 そして激しい攻防の末、ついにベックが耐えきれず膝をついた、その時だった。


「頼む、もうやめてくれ」


 端末を叩き、ベックは必死の訴えを投じるが、狂気の頂点に達した茜に届くはずもない。


「ベックさんっ! 貴方の血はどんな味がするんでしょうかァ!!!!」


 狂喜の叫びと共に、息の根を止めるべく跳躍しようとした、その刹那。


「かはっ……?!」


 茜は突如、肺からせり上がる鮮血を吐き出し、地面に膝を突いた。

 目から、鼻から、溢れ出した赤黒い液体が雪を汚していく。


 茜はもう限界だったのだ。

 

 数日間の絶食と不眠。

 その代償を、覚醒したばかりの肉体が耐えきれるはずもなかったのだ。

 これ以上の戦闘続行は彼女にとって死と同義だった。

 

 アドレナリンという麻薬が切れた瞬間、忘却していた肉体の悲鳴が一度に押し寄せ、彼女を苛む。

 

「なんで……今になって……」


 茜は突然の機能不全に、困惑の表情を浮かべた。

 当然の帰結である。

 だが戦場においてその一瞬の空白は、死神に招待状を出したに等しい。

 

 ベックはその隙を逃さなかった。

 地を蹴り、鋼のような拳を彼女の鳩尾へと叩き込む。


「ごは――っ!」

 

 凄まじい衝撃。

 茜の体は弾丸のように吹き飛び、石造りのトイレの壁を貫通して、内側のタイルへと無残に叩きつけられた。




 ---




「げほっ……げほっ…………やってくれましたね、あの肉ダルマ……はぁ……絶対に、ぶち殺してやりますよ……」


 洗面台に叩きつけられた衝撃で火花を散らす頭を抱え、茜は湿ったタイルの上を這いずる。

 手放してしまったマフラーを手繰り寄せ、自身の首筋を隠すように力なく巻き直した。


「お腹が……空きました…………早く、何か食べないと……」


 鉄錆の匂いが混じった鮮血が、視界を真っ赤に染め上げる。

 それを乱暴に拭い去り、自身を打ち倒した男への報復を遂げるべく、彼女は出口へと体を引きずった。

 するとトイレから出ようとしたその時、物音がした。


 振り向いた方向にあるのは、便器のある一室。

 そこは、詩音が囚われているはずの場所。

 

 重度の飢餓に支配された茜の鼻腔に、濃密な(食糧)の香りが届いた。


「食べ……もの…………」


 本能のままに這い寄り、震える手でその個室の扉をこじ開ける。

 目の前には拘束されたまま意識を失っている詩音がいた。


「あぁ……オイシ……ソウ……」


 極限まで削られた理性は、目の前の獲物が自身の愛する少女であることすら判別できなかった。

 飢えた獣にとって、それは単なる鮮度を保ったままの肉塊に過ぎない。

 

 もはや彼女の思考を統制する機能は、瓦解していた。


「ハヤク……コレヲ……タベテ…………アイツ……ヲ……」


 壁を支えに、震える四肢でようやく体を立て直す。

 茜は倒れ伏す詩音の上へと、のしかかるように覆い被さった。

 詩音の華奢な肩を両手で押さえつけ、露わになっている白い首筋へ、剥き出しの牙を添える。

 

 あとはその喉笛を食い破るだけ。

 温かな鮮血を啜り、失われたエネルギーを満たせば、外にいる敵を排除できる。

 

 茜がその絶対的な本能に従い、牙を沈めようとしたその瞬間。


「あ……か……ね……なの?」


 不意に、詩音のまぶたが持ち上がった。

 体にのしかかる重み、自分に触れる手の感触。

 それが自身を助けに来てくれた誰かのものであると、詩音は微睡みの中で直感したのだ。

 

「っ!?」


 皮膚を貫く寸前だった茜の牙が、その震える一言に凍りついた。


「た……すけに……きて…………く……れ……た?」


 その掠れた声に導かれるように、茜は無意識のうちに詩音を縛る縄を爪で断ち切っていた。

 拘束から解放された詩音の腕が、重力に従ってタイルの上にぽたりと落ちる。

 

 光のない田舎の公園。

 暗闇に閉ざされたトイレの中で、詩音には茜の顔は見えていない。

 

「あ……か……?」

「――ッ!」


 二度目の呼びかけが、茜の混濁した視界を強引に引き戻した。

 彼女は詩音の体から飛び退くように距離を取り、周囲の壁や備品に激突しながら後ずさる。

 

 本能のままに愛する者を食い散らかそうとした自分自身への、理性が放つ生理的な嫌悪と恐怖から、そうさせたのだ。


「はぁ…………はぁ…………」

「だい……じょう……ぶ……?」


 茜は透き通った人外の視界で、詩音の身体を見る。

 彼女の眼に暗闇など関係ない。

 茜の視界は真実を映し出す。


 そこに横たわる詩音の姿は、あの殺人鬼に嬲り抜かれた結果、あまりに無惨に損壊していた。

 腫れ上がった顔、全身を覆うどす黒い痣、不自然な方向に折れた四肢。

 欠け落ちた歯の隙間から、絶え間なく血が滲んでいる。


 見るに耐えないその姿を、茜の本能は「極上のご馳走」と定義した。

 ほどよく弱り抵抗の術を奪われ、芳醇な血を垂れ流す加工食品。

 今の詩音は茜の掲げる理屈に照らせば、慈悲をかける価値もない社会的弱者そのものだ。

 

 経験と本能が茜の脳内で、冷徹な結論を導き出す。

 

 ――この人をここで喰らい、自らの糧にしろ。

 

 だが、茜は自身の頬を爆ぜるような音を立ててぶっ叩き、湧き上がる欲求を無理やりねじ伏せた。

 

「……ふふっ。大丈夫ですよ。全部、終わりましたから」

「う…………ん………………」


 微かな吐息を漏らし、詩音は再び深い意識の闇へと沈んでいった。

 一度目を覚ますことさえ、今の彼女には耐え難い苦痛だったに違いない。

 

 茜は震える指先で、詩音に服を着せようとして手を止めた。

 至る所に重傷を負った彼女に触れれば、その激痛でまた目を醒まさせてしまうかもしれない。

 彼女は致し方ないといった風に、自身が身に纏う唯一の防寒具――赤黒く汚れたマフラーを解き、詩音の首元へ壊れ物を扱うように優しく巻きつけた。

 

 それから細心の注意を払って、彼女を抱き上げる。


「…………では、帰りましょうか」


 本能は今なお、耳元で詩音を貪れと耳障りに囁き続けている。

 だが、茜は応じない。

 

 自分の招いた災厄で傷ついた彼女が癒えるまでは、一度完全に見出したはずの弱肉強食という真理から、あえて目を逸らすことに決めたのだ。

 

 目前の愉悦と快楽を捨て、自ら弱者を抱えて歩むという矛盾。

 本能に屈しきれぬ己の甘さに、茜は心底落胆し、自嘲の笑みを浮かべる。

 

 そうして茜は、静かにトイレを後にした。

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