第77話 弱い者に生きる価値はない
「普通に考えてありえねえだろ。なんであの配信した後に、男について行こうと思えたんだ? 全く理解できねえ……」
「帰る前に、人というモノをもっと触れて知りたかったんですよ。それに田舎の人と都会の人じゃ価値観が違うって言うのも聞きますしね」
「いやいや……何言ってんだよ。あのな、ガキには分からんかも知れんけど、アイツはお前をホテルに連れ込む気満々だったんだぞ?」
「当然分かってます、そういう手口ですよね。Tmitterで見ました。コンビニでお酒を買って自然な流れでホテルへGO!……てね」
私たちは橋を離れ、数分も歩けば駅に辿り着くという路地裏にいた。
煤けた壁に背を預け、冷え切った空気の中で言葉を交わす。
「……アカリ、お前そんなにあの男とヤりたかったのか?」
「まさか。そんなことに興味なんてありませんよ。ただちょっと鬱憤ばらしをしてやろうと思っただけです」
「鬱憤ばらしでホテルでセックスって……こっちが田舎もんの考えてる事が理解できなくて、頭が痛くなるわ」
「何度言えば理解するんですか。セックスするつもりなんて微塵もありません、と」
「じゃあ何目的で行くんだよ……」
私は溜息を吐き、保存していたツミートの画面をスマホごと彼の眼前に突きつけた。
「ホテルに連れ込まれてから警察に電話すれば、不同意性交等罪でナンパ師が捕まりますよね。それを有効活用できるメソッドが流れてきたんです。この手順を活用してお金を稼ぐという方法がですね」
「えぇ………………」
「ならホテルに連れ込まれたタイミングで、日頃のストレスを発散する。そして存分にボコボコにした後、あのナンパ男に生徒手帳を見せれば、生徒手帳を突きつけて『未成年』という事実を突きつければ、暴力の過失がチャラになる。おまけにその後、警察に通報してしまえば、彼が捕まり私の懐にお金が――あれ?どうかしましたか?」
宮本さんの顔を見ると、彼は口を半開きにしたまま天を仰いでいた。
しばらくして、魂が抜け落ちたような顔が正面に戻ってくる。
「ふぅ……やばい。死ぬかと思った。JKの口から聞いちゃいけない言葉が、滝のように流れてきた気がする」
「はぁ?」
「……悪かったよアカリ、お前を一人にした俺らがマジで馬鹿だった。ずっと事務所に引きこもってる変人かと思ったけど、アレだ。お前は外を一人で歩いちゃいけないタイプの女だな」
彼は心底呆れた様子で、眼鏡を手渡してきた。
「なんで貴方がこれを持ってるんですか?」
「サニーに頼まれたんだよ『これ渡すの忘れてたから、今すぐ走って渡しに行け』ってな。あいつマジで死ねよ」
「なるほど。それにしてもよく私の場所が分かりましたね」
「それはアカリがいつも着けてるマフラーが目印になった」
マフラー。
本来なら、詩音さんの誕生日に贈るはずだったもの。
結局渡す機会を逸したまま、何の気なしに私が使い倒す羽目になってしまった過去の残骸。
……他人の目にこれほど不格好に映るのなら、いっそゴミ箱に捨ててしまった方がいいのかもしれない。
「……ってのは嘘で、それもあのカスが教えてくれた情報だ。あいつは同業の弱みを一通り握ってるからな。いつでも人を使いパシリ放題なんだよ。ってわけで俺がこれを渡しに来たの」
「ふっ……そう言うことですか」
私は彼から受け取った眼鏡を今かけた。
すると彼は白いモヤになってしまった。
うん、しっかり本物のようだ。
「それ俺が着けても人が白く見えるだけだったんだけど、アカリの眼にはなんか見えてんの?」
「えぇ、見えてますね。裸眼で見るより圧倒的に周りが綺麗に見えます」
「ほ〜ん、そんなに視力悪かったのか」
そう言いながら彼は壁から離れた。
「休憩はもう良いんですか?」
「あぁ、充分だ。お前の方こそ俺に時間使ってて良いのか? どうせ新幹線は予約してあるんだろ?」
「……時間的にはそろそろですね」
「そうかい。じゃっ、ホームまで送ってくよ」
当然のように、彼が私の隣に並ぶ。
「は? いらないですよ、連れとか」
「あっそ。じゃあサニーかシオン、それかマネちゃん。どれか好きなヤツを二人選べ。選ばれた2人にさっきのヤバい話を詳細に報告する」
「よし、仲良くホームまで行きましょうか! いやぁ、私は優しい先輩に恵まれて、本当に幸せ者ですね!」
「…………コイツも終わってんな」
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喧騒の渦巻く新幹線のホーム。
発車のベルが、どこか遠い世界の音のように響いている。
「そうだ。帰る前にこれ渡しとくよ」
無造作に差し出されたのは、一本のビニール傘だった。
「傘……ですか?」
「天気予報だとそっちは大雪なんだとよ。なら傘くらい必要だろ? まぁ俺は靴も変えた方がいいと思うけど」
「なるほどです」
私は大人しくその傘を受け取った。
「おいアカリ、次に東京来る時はシオンと一緒に来てくれ。お前を1人で歩かせる事自体が事務所側のリスクに見えて仕方ない」
「失礼な人ですね。まぁそうするとします」
乗車を促すアナウンスが流れ、私は滑り込むように車両の中へ入った。
扉が閉まる間際、背を向けたまま私は最後の手向けを口にする。
「また、会いましょう」
「あぁ……頼むから次会う時はもう少しマシなヤツになっててくれ。サニーみたいなのは2人もいらないんだ」
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弾丸のような速度で新幹線は北上し、私は住み慣れた田舎へと降り立った。
駅を離れ、さらに家へ向かうバスに揺られていた、その時だった。
ポケットの中で端末が震えた。
表示された人は、もう長いこと連絡をとっていなかった私の大好きな人……詩音さん。
彼女の方から連絡が来ることはあまり期待してなかったのだけど、まさか連絡がくるとは。
「あぁ……これで初配信についてボロクソ書かれてたら、いよいよ終わりですよね」
自嘲気味に呟きながら、震える指先でLINEを開く。
だがそこに並んでいたのは、私の予想のような生易しいモノではなかった。
視界に入った瞬間、私の瞳孔は限界まで見開かれた。
全身の血液が沸騰した後に一気に凍りつくような、凄絶な刹那の激情。
あり得たはずの……けれど思考から除外していた最悪の可能性が、現実となってあらわれた。
「………………そうですか、そうきましたか」
画面に映し出されていたのは、一枚の写真。
夜の闇に沈んだどこかの薄汚れたトイレで、床に転がり、額から鮮血を流して意識を失っている詩音さん。
そしてその傍らで、吐き気を催すような笑みを浮かべて自撮りをする清水の姿。
更には詩音さんのスマホを使った彼からの、執念の篭った長文が画面を埋め尽くした。
『――Vtuberデビューおめでとう。
まさかそういうやり方で俺の仕返しを阻止してくるなんて思わなかった。
でも無駄だ。
詩音とお前にはしっかり、これまでの罰を受けてもらう。
というわけで今から詩音と俺は、藤崎には探し出せないところで愛を確かめ合うことにするよ。
詩音に執心してたお前はきっと悔しいと思うだろうが、まぁこれも文化祭でやってくれたツケだ。
今日詩音に会うためこっちに帰ってくるようだが、残念だったな。
俺と詩音が愛を確かめ合うところでも妄想しながら、股でも擦っててくれや。
じゃ、おつかれさん――」
静まり返ったバスの車内で、私は笑った。
乾きひび割れた笑い声が、喉の奥からせり上がってくる。
「ふふふっ……あっははははっ!!!…………神様はまだ、私に罰が足りていないと言うんですね」




