第74話 灯アカリ(月宮:視点)
『今日は初配信ということで、皆さんと仲良くなれたらと思っています。自己紹介……はもちろんするんですが、今言った通り引き篭もりの身であるため世間の事に疎いんです。よければ皆さんのこともいっぱい教えて下さいね?』
間違いない……間違いない!!
この声は茜だ!
この声を絶対に私は聴き間違えたりしない。
「詩音、この声って――」
「あかねぇええええッッッ!!!」
「だよね」
でもなんで??どうして茜がVtuberに???
極度の人嫌いである茜が、進んでVtuberになろうとするはずが……
《《今回の件をド派手に解決してくれるのは――この涙をだらっだら流してる、ファッション隠キャちゃんだからね!!》》
脳裏にアメの不敵な笑みがフラッシュバックする。
「す、凄いなぁ藤崎さん。まさか詩音とのコトがあった後、すぐに自分から事務所に乗り込んで行ったのかな?」
「……っ」
茜が自分からVtuberになろうとするわけがない。
だけど私は、おそらくあの子をそうさせるまで追い詰めてしまった。
文化祭でアレだけ拒否反応を起こし、それを理由に外の世界との繋がりを完全に断とうとしていた茜が、今や私と同じステージに立っている。
しかもこの超短期間で。
……どれだけの負担を彼女に敷いてしまったのだろうか。
楽しんでやっている私と違って、きっと彼女にこの仕事は、苦痛以外の何物でもないはずなのに。
「最低だ、私。やることなすこと全部裏目に――んむ?!」
懺悔を吐き出そうとした口元を、鈴菜の手によって強引に塞がれた。
「夕飯作ろうと思ったのに、ちょっとこっち気になってしょうがないかも」
「ん〜!!!」
「詩音は黙って配信見ようね〜、罪悪感を感じてるなら尚更。藤崎さんが何を考えてそこに立ってるのか、身をもって知るべきだよ」
「…………」
確かにそうかもしれない。
まだどういう意図で茜がVtuberになったのか、はっきりとは分かっていない。
そして私はここまで彼女を追い詰め、更には止めることのできない段階に入ってしまった。
見てられないからといって、追い詰めた私が眼を逸らすわけにはいかない。
『自己紹介カードを作ってきたので、ここら辺で読み上げていきますね!』
画面の中の彼女は、好きなものに私を挙げたり、適当に過去のエピソードを淡々と語っていく。
まずは単純で軽めな自己紹介で、視聴者が集まってくるのを待っているようだった。
活動方針は彼女はメインを私に据えていたりするけど、さしてそれは問題ではなかった。
いわゆる百合営業。
それを茜は配信中に、遠回しながらやっていきたいと語ったのだ。
コメント欄は……
:は?何言ってんだコイツ
:ヤバい、ヤバくない?この新人。
:運営見てるよね? 誰か彼女を止めた方がいいよ!!
:まだシオンの件何も解決してない。っていうかシオンには男が……
約半数が喜びの反応で残りの半数は困惑状態。
いや、コメントだけで言ってしまえばアンチ的な発言が大きく目立ってしまっていると言える。
『さて、皆さん。私は先ほど、炎上によって姿を消しているシオンさんとの活動を積極的に行いたいと言いました。ですが……』
「うわぁ……言っちゃったよ藤崎さん。そこまでズケズケ言っちゃったら、ここから相当上手く舵切らないと、かなり荒れるんじゃないかな〜?」
鈴菜の読みは大方当たっている。
他人の炎上など、同業のVが触れたりしていいものではない。
基本的に誰も触れたりしないのが、業界の暗黙の了解だ。
触れれば大きな火傷負うのが自分。
おまけに火傷を負うのは自分だけで済まず、他のメンバーや事務所そのものにダメージが行く可能性があるのだから。
『私、適当な事を言って誤魔化すのは嫌いなんです。なので単刀直入に喋らせてもらいますね』
「…………」
『今炎上の中心となってる動画、ショッピングモールで撮られた男の映像。アレに映ってるのは――私です』
:は?
:何言ってるんだこの女?
:いや男だろ。
:仮に事実だとしても企業Vとして発言がアウト過ぎるだろ
:何しにきたんだよこの女。
ついさっきまでまだ持ち堪えていたコメント欄は、完全にこのカミングアウトによって混乱の災禍となった。
『な〜んて言っても、皆さんには何のことか伝わらないですよね? なので一旦ここはシオンさんと私の出会いから、今に至るまでの来歴を話させてください』
Vtuberは三次元の自分自身を隠して、二次元のガワを被って行う職業。
その職業人が自分の現実の姿に対して、言及し始めたのだ。
混乱が巻き起こらないわけもなく、ここからどう収拾つくのかが分からない事態となった。
その時、鈴菜がソファを詰め、私の肩が触れる距離まで座り込んできた。
「出会い……そんなの普通に入学式からだよね? 別に特別なこととか無かったくない? それにあの後すぐに暫く藤崎さんは学校に来なくなって……そしてまた気づいたら詩音と藤崎さんで、一緒に居ることが増えてたよね?」
「……私は不登校になった後の茜と一度会ってる、それもぶいれいんの大イベントで」
「え?」
「たまたま面白がって、会場にいる茜にちょっかいをかけたのが全ての始まり、茜はずっと昔から私のガチ恋だった……」
きっと言ってはいけないことだったんだろうけど、鈴菜にはお世話になってしまったし……
住所も知られちゃったから、これ以上隠し事しようとも思わなかった。
……私は後悔してないけど、もしかしたらこの出会いから茜には負担をかけてしまっていたのかもしれない。
「あっ……え? そういうこと!?!? ……今やっと全部ピースが揃った気がする。急に詩音が新しい子と仲良くなり始めたな〜なんて思ったけど、そんなことがあったんだね」
「……うん」
「って、藤崎さんの話に集中した方がいいよね。話逸らしちゃった」
私たちは再び、テレビ画面へと意識を埋没させた。
『つまらなくならないよう、面白おかしくお話ししていくので!』
そう言って彼女は語り始めた。再生数がこれだけあるということは、おそらく10万人はいただろうに。
その全員を置いてけぼりにする形で、話を語る。
一つ目は控室から脱走して、フェス会場を渡り歩いている私との出会い。
二つ目は彼女が私への狂信的な愛を告げた直後、教室で強引に唇を奪っってきた事件。
そして、その件で私が茜を脅した話。
:何を聞かされてるんだこれ。
:この子怖いんだけど
:っていうかシオン脱走してたのかよ。もしかしたら会場ですれ違ってたりしたのかな?
:男の話はどこ?
「藤崎さんってそんなことやってたんだ。ふふっ……ぶっ飛んでるなぁ」
隣で鈴菜が、呆れたような感心したような声を漏らす。
三つ目は初めてのお泊まり会の話。
ガチ恋相手を家に連れてきたことによって、茜が散々家族に揶揄われた、歪で温かい日常の断片。
四つ目は楽しく旅行をした時の話で、ただただ自分の気持ちを伝えるだけの告白をしたと彼女は口にする。
私が彼女にハサミを振り下ろそうとした件は話さず、一緒に京都をただただ観光した話だったり、新幹線の窓越しで告白した話を彼女は語った。
:え? 純愛……か?
:最初にやったキスがだいぶノイズだけど、結構良い感じな関係だな。
:これ全部妄想だったりしない?
:百合営業とかきしょいわ。普通にシオンはシオンとして確立されてて欲しいんだけど。
:男じゃなくて女の子相手ならギリ許せる………………か?
チャット欄の空気が困惑から、奇妙な共感へと変質し始める。
そして話はついにあの文化祭へと至った。
『双方モザイクがかかってますが、動画に映ってる彼の話を少しだけしましょう。彼は春頃、シオンさんに告白をしました。何度目の告白だったか知りませんが、それを実らすことに必死だったようで『付き合ってくれなければ退学する』とまで言い切ってしまったんです。ふふ……勘の言い方ならここで気づくかもしれませんね』
:話が読めない
:え、ちょっと待ってくれ? 怖いんだけど……そういうこと?
:早まるな、まだ何も分かってないぞ。
:っていうか全部コイツの妄想の線がある。
『結局彼は振られてしまい、そのまま1人で退学してしまいました。そして文化祭当日、この時の私達の出し物はメイド喫茶です。残念ながらシオンさんに振られてしまった彼ですが――何とメンタルの強いことでしょうか。メイド喫茶をしてるうちのクラスに顔を出したそうです。後に本人から聞いた話ですが、シオンさんに会いたくて来たと仰ってました』
:やばあああああああ!!!!
:なんでその男は文化祭だけに機会を限定してんの。普通に会いたかったらもっと別にやり方あったでしょ。
:っていうか振られたんなら諦めろよ。男のくせに女々し過ぎる。
:それより好きな女に振られただけで退学を決意するメンタルがガチでエグい。やっぱりこれ作り話、そんな男が存在するわけない。
:ロッカーの鍵が開かなくて短大中退したライバーがいるこの業界なら、告白が失敗した程度で退学する高校生がいても、不思議じゃないのが一番笑えない。
『でも残念ながら、シオンさんは彼のことを記憶から抹消していました。あの動画は記憶が飛んでるからこそ撮った動画で、覚えていたらあんな真似をシオンさんがしたりしなかったでしょう。当時は『アイツ何回告白してくんの? マジで無理』とまで言って毛嫌いしてたので』
:ワロタ。
:シオンちゃんなら全然言いかねない程度の口の悪さしてるな。
:嫌なことは忘れちゃうもんだよね。
『そこで今までのことを無かった事にされた彼は、当時シオンさんと一番仲が良かった私に、矛先を向けてきました。『なんでアイツは俺じゃなくてお前を選んだのか。俺はシオンのために必死に努力したし、アイツに頼まれたことも全部やったのに』などと言って。それで話し合いの最中殴りかかられたので、私は彼を公衆の面前でボコボコにしたんです。更には丁度その場にシオンさんも来てしまったので、それをグッドタイミングと考え、私は彼の目の前でシオンさんの唇を奪いました』
:うわあああああああ!!!!
:脳破壊だああああああああ!!!!!
:あっ……これだわ。
:元凶
:この新人やべぇよやべぇよ。
「噂には聞いてたけど、結構えげつないことやってるよね、藤崎さん」
「……この話は結局、清水って男がキモいってだけのことでしょ。なんで退学したくせに私目当てで学校来てるのって感じだし、意味わかんない」
「まぁそうなんだけど」
「でも茜……」
そこまで正直に話してしまったら、私をストーカーしてた男と茜、双方が悪いって事になる。
ここまで全部話さなくても、いくらでも誤魔化しなんて効いたはずなのに。
その上男の方は一般人で何の発言権もないゴミなんだから、これでは世間の矛が一斉に茜に対して向いてしまうだけ。
…………これだと、ただ茜だけが一方的に殴られてしまう。
『あとは流れるまま今に至りました。まさに私と彼の自業自得で、今ネット上に拡散されている動画は両方彼が撮った物ですす。そしてここまで聞いた方なら理解してもらえると思うんですけど、シオンさんに彼氏なんかいません。……私という彼女候補ならいるんですけどね!』
:こいつ、うるさくない?
:あの動画の経緯ってそんな感じだったんだ。
:シオンに男はいないのか?……なら解散
:ボコボコにしたって話も中々エグいけど、それ以上に盗撮したやつのやってることがやばい。
チャット欄の熱量が疑惑から一種の呆れと、そして奇妙な連帯感へと変質していく。
茜は一度深く、重い呼吸を挟んだ。
『…………今からごく当然な事を言うんですけど、普通は推しに恋人ができたらファンはキレると思うんです。今のネットの流れを見る限り、その傾向は顕著に現れてると言ってもいいでしょう』
「…………」
『ですがっ!! それでも私は、シオンさんを自分だけのものにしたい。――いえ、します』
「おぉ……凄い。いっぱい人がいたと思うのに、よくそんな事言えるね、藤崎さん」
『なので皆さんは、シオンさんにガチ恋するのを諦めて下さい。あの人はもう私の物です。あと今画面の向こうで見ているだろう清水さんも二度と私達に近づかないでください。今回はお互いに度がすぎました。ここらで終わりにしましょう。そうすれば許してあげます』
:おい、本当に俺達は何を見せられてるんだ?
:『俺の女に近づくんじゃねえ、殺すぞ』の超特大スケールVerかな?
『……そしてシオンさん。貴女のことを大好きな私達が馬鹿なばかりに、いっぱい迷惑をかけてしまいました、本当にすみません』
「私も…………ぅぅ」
溢れ出す涙が喉を塞ぎ、私は言葉を紡ぐことができなかった。
『最後に一つ。おそらくここまで言っても私の話を信じない人は5万といることでしょう。なので私は一部の人が大喜びし、更に一部の人が発狂する情報を皆さんに与えましょう』
:おぉ、なんだなんだ?
:俺もうお腹いっぱいだよ
:脳破壊以上の情報って何? 犯罪でもやった。
『それは――既に私はシオンさん抱いているという事です!!!』
「ん?」
その瞬間、鈴菜の視線がレーザーのように私を貫いた。
同時に私の目から溢れていた涙は、あまりに酷すぎる茜の発言によって、秒で引っ込んだ。
「何言っちゃってるのあかねぇぇええええええ!!!!」
鈴菜の顔なんて直視できるはずもなく、私は逃げるようにテーブルへ顔を突っ伏する。
「あなた達って……もう、そういう関係だったの?」
「違うから! そんなことしてないから!! ……茜が適当言ってるだけだからっ!!」
:ちなみにどっちが攻めか教えてくれんの?
『私が攻めで、詩音さんが受けです♡』
:うおおおおおおおおお!!!!
:あっつ〜w
:今冬なのに熱々だな。
:もうお前らが純愛でいいよ。
:アカリ×シオン……アカシオうおおおおおおおお!!!
「違うでしょうが!!! 最後の最後になんて嘘ついてんの?!?! あの時は私から――あっ」
反射的に立ち上がり、画面の虚像に向かって叫んだところで、私は自分の失態に気づいた。
「……いいね、気にせず話を続けなよ。『私から』がなんて?」
薄ら笑いを浮かべた鈴菜が、獲物を追い詰めるような目をしている。
私は急速に脱力し、再び机に顔を埋めた。
「では皆さん、次の配信でお会いしましょう。…………それとシオンさん、私は貴女の事を100億倍愛してます。この言葉、届いてると嬉しいです」
アーカイブ映像が静かに幕を閉じる。
部屋を包むのは、耳鳴りが聞こえてくるほどに静寂だ。
「あああああああぁぁぁぁ!!!!」
私は行き場のない感情を、獣のような叫びとして爆発させる。
「うるさいなぁ……急に何?」
「……私って本当に最低だなって思って」
「まぁ確かに。……それにしても藤崎さん、妙に元気だったな〜。変なことしてないといいんだけど」
「別にいつも通りだったでしょ。心の中は何考えてるか分かんないけど」
「はぁ……詩音、あなたがそうやって他人の心を察するのが下手だから、藤崎さんの胃に穴が開く羽目になるんだよって話……今する?」
「ぅぐ…………」
突っ伏したまま恨めしそうに視線を横に向けると、鈴菜は手元のスマホで誰かにメッセージを送っていた。
「あっ!」
「ん……?」
「藤崎さんからメッセージの返信がきたよ」
私は彼女の端末をひったくるように奪い取った。
画面に表示された短い文字列を、網膜に焼き付けるように凝視する。
『すみません、忙しすぎて連絡を返す暇がありませんでした。今は帰ってる途中なので、お話があるならもう少し後に、電話でもかけてください』
「茜っ!!」
私は鈴菜のスマホをソファへ放り投げると、すぐさま立ち上がり、クローゼットへ駆け寄った。
「え、詩音?」
「なに!!」
「一応どこに行くつもりか聞いていい?」
「茜の家!!!」
茜が帰ってくる。
そのメッセージを見た時、私は居ても立ってもられない衝動に駆られた。
さっきまでは全く外に出る気が出なかったのに。
「はぁ……詩音。もうそこまで行ったら藤崎さんのこと大好きでしょ」
「鈴菜がそれで納得したいんなら、別にそれでいいよもう! 茜と今までの関係に戻れるんだったら何だっていい!!」
着替えは終わった。
パジャマを脱ぎ捨て、手近な服に袖を通す。
シャワーも浴びていないし、鏡を見る余裕さえない。
でもそんな瑣末なことは、今の私にとって本当にどうでもよかった。
「ちょっと〜……夕飯の支度してたんだけど、これどうすんの?」
「大丈夫。私が茜を持ち帰ってくるから、その時みんなで食べよ!!」
「えぇ……?私、お邪魔過ぎない?」
「ううん、こっちはずっとお世話になってたんだし、鈴菜はそんなこと気にしないでいいから!」
そう言って玄関まで一気呵成に走り抜け、扉を力任せに跳ね上げた。
「外は雪降ってるんだよ。傘! マフラー! 靴!!」
「問題ない!!」
「…………恋する乙女はなんとやら、だね」
背後で呆れる鈴菜の声を置き去りに、私は雪降る夜の街へとくりだした。




