第73話 画面の中の彼女(月宮:視点)
それから数日間、鈴菜は泊まり込みで私の世話を焼き続けてくれた。
「正直、詩音の私生活がここまで終わってると思ってなかった。これ藤崎さんが来た時になんか言われなかったの?」
「言われたけど……癖だからそう簡単に直らないし……」
「でも近くにゴミ箱無いからって、その辺に使ったティッシュ投げ出した時は、マジにぶっ飛ばしてやろうかと思ったよね」
「そこまで言う?!」
「……たぶん藤崎さんは私より潔癖強いだろうから、仲直りした後は本気でその癖を直した方が良いと思うよ」
鈴菜はスマホを弄りながら、ふと声を上げた。
「あっ、詩音」
「……何?」
「なんかTmitterで話題になってるんだけど、1月1日に新しく女の子がデビューするんだってさ。知ってた?」
「……知らないし興味ない」
私がVtuberなのがバレてから、鈴菜は遠慮なくぶいれいん!の情報を追うようになっていた。
復帰した後のことを考えると、妙な気まずさが付き纏う。
「知らなかったの?本当に?」
「……知らない、どうせ見限られてたって事だよ。こんな最悪なこと起こしちゃったし、おまけに私は誰とも連絡取ってないしね」
……新人デビューね。
そんな話があがっているなんて。
これは少し前までしっかり働いていた私に、この情報が共有されていないという事になるのだろうか?
うちの事務所では通常、新人オーディションの面接に3、4名ほどの既存ライバーが面接官として同席する。
看板である私はその筆頭として駆り出されるのが常だったが、元日にデビューするというその少女については、欠片も聞き及んでいなかった。
そうなると、やっぱり少し前から切り捨てられていたと考えるのが妥当に思えてくる。
「見限られてるっていうのは、流石に被害妄想な気がするけど――あっ、デビューする子の初ツミートあがってる」
「…………読み上げて」
「興味ないんじゃなかったの?」
「早くして」
「はいはい。ちなみに名前は灯アカリって子で、内容は――『今日もシオンさんのことを100億倍愛してます』だって」
「………………は?」
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現在時刻1月1日、18時頃。
「あぁもう、ヤバすぎだって雪!ガチでどうなってんのさこれ!!」
「雪降ってるの?」
「大雪も大雪。流石は降雪量ランキング五位の県って感じ。詩音も一回外出てみれば?」
「…………やめとく。人に見られたくないし」
「そっか。確かに顔を拡散されてるもんね」
もうアレからずっと外に出ていない。
言ってしまってなんだけど、今の私は昔の茜みたいな状態だ。
私は重い腰を上げ、窓の外を覗いた。
確かに雪がいっぱい降っているようだ。
「――あぁ!」
「鈴菜うるさい」
「忘れてた!! 12時からの新人の子の初配信…………もう、終わっちゃってるよね」
「どうでもいいでしょ、そんなの」
「いやいや気になるでしょ、今詩音が所属してる事務所? 結構イベント祭りで面白い感じだし」
「……」
「ってことでテレビつけといて。ちょろちょろアーカイブ見ながら、夕飯作っちゃうから」
促されるままに厚手のカーテンを閉め、テレビのリモコンを握る。
画面に映し出したのは、例の新人のデビュー配信。再生数は既に四十五万を超え、プラットフォームの急上昇ランキングにその名を刻んでいた。
配信準備段階でのコメント欄は、突然の新人発表をお祭り感覚で楽しむ者もかなり多いけど、やっぱり……
:なんで急に新人?
:新人よりシオンちゃんの件をどうにかしろよ
:コイツの初ツミート、確かシオンのこと言ってたよな? あれマジで何?
:今頃シオンは彼氏と楽しく初詣でも行ってんだろうな〜
:クリスマス配信や年末特番も急遽休んで、ダンマリ決めてるシオンってマジでヤバくね? 普通に解雇案件だろ。
否定的な意見も多かった。
それもこれも全部私のせいだ。
何も悪いことをしていない新人が、私のせいで荒らされるなんて……
「最悪……」
「どうなんだろう」
「……?」
「そのコメントの言う通り、今このタイミングでシオンについて言及するの、あまりにリスキー過ぎると思うんだよね。普通ならできないと思うんだけど」
「……簡単な話、私の事を心酔してる人だっただけの話でしょ」
「ははっ……凄いポジティブ思考」
それこそ初めて出会った頃の茜みたいに、ありえないくらい私に心酔している子の可能性だってある。
……あぁ。
思い出すだけで懐かしい。
あの春のウブで馬鹿で揶揄い甲斐がある茜。
純真な瞳でずっと私だけを見てくれていて……
「茜ぇ……茜ぇぇ…………」
「最近の詩音はそればっかりだね。口を開くといつも藤崎さんのことばかり。家知ってるんなら会いに行けばいいのに」
「……外怖い、茜に嫌われるのが確定するのも怖い。だから無理」
「はぁ……」
鈴菜の呆れた溜息が背中に届く。
「詩音って本当に変わ――」
彼女が水の入ったグラスをテーブルに置こうとした、その時だった。
『あーあー、皆さん初めまして。この度ぶいれいんからデビューすることになりました、引き篭もり系女子高生の灯アカリと申します!』
「はぁああ?!」
「嘘……そんなわけ……」
この一週間余り。
焦燥と自責に焼かれ、恐怖でまともに眠ることさえ許されなかった日々の中で夢にまで見た、死ぬほど聴きたかったはずの声。
それがあまりにも遠い画面の向こうから、凛として響いてきた。




