第72話 失って気づくこと(月宮:視点)
私はソファで膝を抱え、ただぼんやりと鈴菜の背中を眺めていた。
彼女は私の家を甲斐甲斐しく整えながら、外の世界の惨状を淡々と語ってくれる。
どうやら彼女の話では、既にクラス内では私の正体はバレてしまっているらしい。
でもそれでも大した事にはなってないと、鈴菜は言う。
そもそも彼女が言うには、一つ目の動画に映ってるのは、私達と同じ中学だった男子らしい。
だからそれほどクラス内では騒がれなかったと言うか、その男子に非難が集中してしまっているそうだ。
「本当に忘れちゃったの? 清水くんのこと」
「知らない。覚えてない」
「1ヶ月くらい前にもこの話したし、っていうか一応元彼だったと思うんだけどなぁ……もう完全に忘れちゃった感じ?」
「…………それを言ったら、私は私を虐待してた家族のことを8割くらい忘れてるし、その男もウチの親と同じってだけの話でしょ。記憶から消えて当然の人だよ」
「確かにね。結局ここまでのことをしでかしたんだから、詩音が距離を取ったのは間違いじゃなかったわけだ」
鈴菜はそう言って、新品の皿にドーナツを並べてテーブルに置いた。
「皿まで買ってきたの?」
「お金を出してくれたのは、そっちのお父さんだけどね。お皿を全部割っちゃうくらい暴れたって聞いたから、買ってきたって感じ」
「そっか……ごめん迷惑かけて。でもどうしてわざわざ家にきたの? 何か用事でもあった?」
「そんなの特にないけど。まぁあんなのが出回ってる上に2人揃って学校を休み出したら、心配にもなるよね。うちのグループで藤崎さんと交流あるの、詩音姉妹を除けば私だけだし」
……茜も学校を休んでるんだ。
あんなこと言っちゃった後だし、行かなくなってても不思議じゃない.
茜は家で、何……してるんだろう。
「古い付き合いな上に、別に冬休みすることもないからこうして来たわけ。心配しなくても他の人にここの事を喋ったりしないし、何なら冬休みの終わりくらいまでは面倒見てあげるよ」
「……私なんかに構ってて彼氏はいいの? 嫉妬しちゃうんじゃない?」
「いいのいいの。さっき丁度別れて来たから、今はフリーだし。暇になった分を詩音に当てるだけだから」
別れてきた。
本来なら気遣うべき場面なのだろうけど、今の私には人にそんなことできる元気すら残っていない。
私は鈴菜がこうやって来てくれた事に感謝することしかできない。
「そうなんだ……ありがとう」
「どういたしまして〜」
彼女は軽やかに笑うと、台所でカレーの仕込みを始めた。
「…………」
冬休みの終わりまで面倒を見る……か。
元々の予定では今日くらいから、茜とお泊まりが始まっている頃だ。
それを私はその日の気分で、全部台無しにしてしまった。
茜はただ男物みたいな服を着てただけで、非なんて全くないのに、私は自分の感情のままにキレ散らかしてしまった。
本当に茜に非なんて全くないのに、私はなんて馬鹿な事を……
「あっ、そういえば私好みで辛口を買ってきたんだけど、問題ないよね?」
『詩音さんはカレーの辛さ、どれくらいが好みですか? 私としては中辛が……』
エプロン姿の鈴菜に、無意識に茜の面影を重ねてしまう。
目の前にいるのはただの友人、それも鈴菜なのに。
なんで重ねって見えるんだろう。
「詩音?」
『詩音さん?』
私は茜の心を傷つけるだけに留まらず、おそらくへし折る領域までいったと思う。
あそこまでやって、彼女が私にもう一度会いに来ようとは思わないだろう。
私だったら絶っっ対に二度と顔も見たくない。
……これは自分で断ち切ったような縁だ。
自分から自殺しても良いと思えるところまで、背中を押してしまったのだ。
なのに……私は今彼女の存在を欲している。
失ってようやく、彼女がどれだけ大事なのかを気付かされたのだ。
心のどこかできっとどうにかなると、高を括っていたのだ。
茜は押しに弱いから、少し甘えれば流してくれるだろうと。
その流しやすさを利用して一度は体まで重ね、彼女を思考停止させて、茜が私を拠り所にするよう縛りつけたのだから。
でも、あそこまで追い詰めた茜に、私はどう向き合えば……
「さっきからなんで無視――って、泣きながらドーナツを食べてる?!」
「茜……ごめんなさい、酷い事言って本当にごめん……ごめん…………」
「えぇ……」
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結局、私は抗う気力もなく、涙の理由をすべて鈴菜に打ち明けた。
あの日――クリスマスパーティーがあった日に起きた事を。
「いや〜凄いねそれは。正直ライン越えすぎて擁護のしようがないや」
「そうだよね。……私って最低だよね、死んだ方が良いよね。死ぬね」
虚ろな瞳で立ち上がろうとする私の肩を、鈴菜が即座にソファへと押し戻した。
「ステーイ!ステーイ!!落ち着こうね〜!!」
直後、鈴菜が小さな声で『…………今日の詩音、やりづらいな』と吐き捨てるように呟くのが聞こえた。
「……聞こえてる」
「そっか!!!!!じゃあ一旦、謝ってみるってのはどうかな? 藤崎さんはアレでもマジに詩音一筋だったし。謝ってみたら案外すぐに許してくれるかもよ」
「連絡アプリ全部消しちゃった。仕事の話と混じっちゃうから、今はメッセージ読みたくなくて」
「……道理で連絡が全くつかなかったわけだ」
鈴菜は呆れたように自分のスマホを操作し、その端末を私に突き出した。
画面には茜のLINEが表示されている。
「もしかすると事が事だから、詩音のスマホで電話かけても無視されるかもだからね、貸してあげるよ」
「ぅぅ……」
「今度は何?」
「電話かけるのちょっと怖――」
私が弱音を言い切るより速く、鈴菜は通話ボタンを叩いた。
そのまま、スマホをテーブルの中央に強く置く。
「ちょっとなんでいきなりかけてんの?!?!意味わかんないでしょ!!」
「逆になんで怖気づいてんの? ここで何もしなかったらマジに嫌われておしまいでしょ、アホ」
鈴菜は吐き捨てるように返してきて、私は反論できないまま、心臓の鼓動をBGMに繋がらないコール音を聴き続けた。
だけど結局繋がりはしなかった。
「あれ?出ないか」
「…………」
「なに『助かった〜』みたいな顔してんの? 普通に何も解決してないからね?」
「そんなの分かってるけど……」
「はぁ……これ待ってたら連絡返ってくるのかな? 藤崎さんが学校に来る様子もないし、なんか連絡返ってこない気がするんだけど、気のせい?」
「わかんない。でも最後に茜と別れた時は、アメが無理やり抱えて連れていったから……」
「マキちゃんねぇ……あの子に電話かけてもなぁ、絶対に繋がらないからなぁ……」
そう言いながら、鈴菜はアメのLINEに発信した。
すると1コールもなり終わらないうちに、アメは電話に出た。
「え、出るの?! マキちゃん少しだけ話があ――」
『ただいま電話に出ることができません。ピーッという音のあとに、お名前とご用件をお話しください。ピーッ!!!」
アメは自身の口でそう言うと共に、即座にブツリと通話を切る。
鈴菜はその行動にイラッとしたのか、秒速で電話を掛け直し、置いていたスマホを耳元にまで近づけた。
が、再び繋がる事はなかった。
「はぁ……マキちゃんは平常運転か」
「…………」
「まぁ大丈夫だよ。心配しなくてもそのうち、どっちかとは顔合わせることになるだろうから」
「うん」
そう言って彼女は再び台所へと戻っていった。




