第70話 初配信目前
《そろそろ配信時間だね、緊張とかしてる?》
《名前なんだっけ?》
「灯 アカリ……だったろ。確か設定は引き篭もり系女子高生だったか?」
《なんだよ引き篭もり系女子高生って……》
《流石ヤリチン、女のリサーチだけはしっかりしてる》
「逆になんで後輩になる奴の情報を、お前らは知らないんだよ」
「というか、それくらいDiscordなりTmitterで確認するなりしてくださいよ」
私はタイムラインに流れる情報の濁流を片手間で捌きながら、素っ気なく応じた。
《……この後輩、口悪くない? 気のせい?》
《気のせいじゃない。初期の頃のシオンと比にならないくらい酷い》
《サニーの話だとこの子、類を見ないほどの人嫌いって聞いたよ。たぶんこれが平常運転なんだと思う》
《えっ、そうなん? じゃあごめん。ちょっと馴れ馴れしすぎたよね》
《アカリちゃん、ちょっと私のことを罵ってみてくれない? そしたらお姉さんは良い感じに興奮できるからさ!》
「…………」
初配信スタートまで残りはおよそ2時間。
絶対に失敗できない配信且つ、詩音さんのこれからを大きく左右する運命の岐路。
それを前に私はしっかりとガチで休憩に挑みたかった。
だというのになぜだろうか。
控室には10人以上の先輩方が居座っている。
どうやら全員揃いも揃って私に興味津々らしく、鬱陶しいことこの上ない。
……まぁ私はどうやらただの新人ポジではなく、この事務所のこれからを大きく左右する重要な位置にも立っているそうなので、目立つのは仕方ないのかもしれない。
それに彼ら彼女らは鬱陶しいくらいに色々配信で大事なことや、アドバイスをくれたので邪険にするわけにもいかない。
「……今日は元日ですよね。先輩方もこんな場所で油売ってないで、実家に帰ったらどうですか? 家族も喜ぶと思いますよ」
《いやいや、今ここにいるメンバーは暇人の道明寺を除いて、大体が年越し3D特番終わり組と新年マリカ杯抽選会組だよ? 正月休みなんて概念、この業界にはないの♪》
《その隙間に突如ねじ込まれた超大型新人デビューの初配信。気にしないって方が無理でしょ》
《おまけに君は、俺たちの今後を左右する大きな歯車だ。見届けない手はないね》
《それだけじゃなくて、みんな普通にシオンの心配もしてるんだけどね》
《10代後半に入ったばかりの学生。まだまだ子供なあの子に、今のSNSの状況は心に大きく響いてしまうだろうな》
今この控室にいるVtuber達は当然、今の大炎上の件を知っている。
そして二つの映像の概要も、ここにいるメンバーには全部私の口から伝えた。
Vtuberとしてのキャリアを積んできた彼らの反応は様々だったが、誰一人として否定的な言葉を投げかける者はいなかった。
「過去にはたった一つの炎上で、その企業V全体の視聴数が8割ほど減った例がある。アカリが知ってるかどうかは知らんが――」
《……おいレン、その話はマジでやめろ。縁起が悪すぎる。絶対に元日にする話じゃない》
「……」
彼の言わんとしたことは理解できる。
私は詩音さん以外のVtuberなど見たりしないが、歴史としてここ数日の間に過去にいた人達について少しだけ学んだ。
炎上から立ち直れずそのまま引退していった者。
冤罪によって起きた炎上によって、やむえず事務所に席を置けなくなった者。
全ての罪の元凶となり、事務所と共に対消滅した者。
他にも様々な人がいる。
そして、そのどれを取っても思うことが一つある。
「……真偽が確定していないカレカノ問題で、よくここまで炎上させられるものです」
「ん?」
私は再び検索欄に『シオン』と打ち込んだ。
@kurione0820
シオンのクリスマス配信が告知もなく無くなった上に、年末特番も不参加か。……なんかツミートするくらいしろよ普通に
re: 0 rt: 5 fav: ♡30
@amanochan_suko
天野シオンはお前らバチャ豚共に叩かれすぎて耐えられないってよ。今頃ブサイク彼氏のチ◯ポしゃぶってるって絶対。
re: 30 rt: 1000 fav: ♡12000
@love_and_Peace
天野シオンは謝罪一つできないのかよ。俺らファンを差し置いて、急に配信休んでごめんなさいも一つも言えないとか、配信者失格すぎる。
re: 15 rt: 563 fav: ♡6676
@panda_sasa11
シンプルに彼氏共々死んでくれ。
re: 7 rt: 67 fav: ♡456
「……群れれば群れるほどに、人は自分が強いと過信する。どこまでいっても人は個人としては弱者でしかないのに……そもそもVtuberやアイドルなんか追っかけてる人の殆どは、社会的弱者でしかない」
ただ私は彼らの気持ちも理解できてしまう。
だからこそ、私はそこまで怒りに振り切れず、この騒動を引き起こした男に対する怒りあまりない。
もし立場が逆だったのなら、私はきっと彼の立場に立っていた可能性を否定しきれない。
いや……臆病者の私にはできなかったか。
私は口先だけの女でしかなく、きっと立場が違っても、SNSで負け組として呪詛を吐いていただけに違いない。
あぁ……なんで社会はこうも不合理で、複雑なのだろう。
もっと……もっと単純なら、私も生きやすいのに。
「……結局のところ私を含めて、弱者は一律に首でも吊って死ぬのが正しいんですよね」
弦巻さんがくれた薬の効果もあって、体がかなり楽になった。
そのせいで余分に頭が働いてしまう。
神様は意地悪だ。
考えれば考えるほど、この世界が醜く汚い物に見えてしまう。
人という醜い獣は、どれこれも本質的には変わらない。
本能という原典はみんな同じものを共有しているのだから、私も他人もみんな等しく汚れているのである。
そう頭で咀嚼していても尚、今はすこぶる気分が悪い。
《や、やばい……この子、思想が強すぎる》
《本当にこの子、あの詩音と仲良かったの?……相性が良いとは全く思えないんだけど》
《マネージャー!! アカリちゃんまだコンプラ研修たりてないです〜!!!》
《俺らの未来がこの子の発言一つで大きくブレると思ったら、すっごく怖いな》
視界がチカチカと明滅し、周囲の景色が毒々しい赤に染まる。
他人が醜い獣の形をして、蠢いているように見えた。
「あぁ……本当に気持ち悪――」
その瞬間、左頬に鋭い衝撃が突き抜けた。
《あああ!??》
《何をやってるんだか……》
視線を向けると、そこにはピコピコハンマーを構えた宮本が立っていた。
彼は私の手からスマートフォンを、ひったくるように奪い取った。
「配信前にこんな劇物見てんじゃねえよ、馬鹿が」
《レンが女の子を殴った!!!》
「ちげえよ、ハンマーで叩いただけだ」
《……女子高生殴ったことには変わらんやろ》
「ッチ……せえな。お前らもエゴサしながら駄弁ってないで、もうちょっと新人の緊張がほぐれることしろよ」
《例えば?》
「そう――だなっ!」
宮本さんはそう言いながら、テーブルを大の字で占領して爆睡している弦巻さんを目掛けてハンマーを投げつけた。
弦巻さんは意識を眠りに沈めたまま、脊髄反射だけで跳ね起きると、飛来した凶器を即座に蹴り返した。
宮本さんの顔面を直撃しかけたそれを、私は無言で手を伸ばし、空中でその柄を搦め取った。
「アイツはなんで寝ながらアレができるんだよ、怖すぎる…………っていうか、めちゃくちゃ反射神経いいな、お前」
「…………いえ、別に」
「で、緊張がほぐれることだったか。こんだけ人数いるんだったら、人狼ゲームでもやればいいんじゃね?」
《怠い》
《眠い》
《あと、うざい》
「――人狼側で勝利したやつは今日の飲み無料で」
《よしやろう、今すぐやろう》
「……だそうだ。アカリも当然やるよな?」
はぁ……
ゲームなんて時間が無駄になることは、あまり好きではない。
だけど宮本さんは私に気を遣ってくれているみたいだし、それにここで私が冷たい態度をとって、詩音さんの評判を落とすのは非常によくない。
それは詩音さんの今後に響いてしまうから。
私が彼女の居場所を作ってあげないといけない。
「いいでしょう。飲みには興味ありませんが、人狼には参加します」
《あっコンプラちゃんって、そこは乗り気でくるんだ》
「コンプラちゃん…………アカリです。それか茜って呼んでください」
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結局、人狼ゲームで勝利を収めたのは私ともう一人の先輩だった。
《もう一戦っ!!》
「そりゃ無理だ。もう時間だろ」
宮本さんが人狼のアプリを落としたタイミングで、金原さんが静かに控室のドアを開けた。
「藤崎さん、時間よ」
「分かりました」
私は迷いなく立ち上がり、控室の出口へと歩を進めた。
一度足を止め、部屋に居残る面々に向かって深々と頭を下げた。
「色々教えてくださりありがとうございます」
《すっごい堅苦しい新人だな》
「では行ってきます」
《うぃ〜、頑張ってこいよ》
《私達はここで配信を見守ってるからね〜》
「……それはだいぶ嫌ですね。人狼の続きでもしててもらえると助かるんですが」
《初配信をどんなテンション感でやるのか、結構見ものだな》
《おまけに初手で百合営業宣言を挟むんでしょ? 難易度たっけ〜!》
「……たぶん今日の配信は、冬休み、炎上、新人デビューってのも重なって、視聴者数はおよそ10万人は余裕で越える。緊張して馬鹿をやらかすなよ」
宮本の忠告を背中で聞きながら、私は扉の向こう側へと一歩踏み出した。
「10万だろうが100万だろうが、関係ありません。……全員騙し通してやりますよ、詩音さんと私の贖罪のために」




