間話 私の名前は弦巻アメ
自覚したのは産まれて間もない頃。
結論から言えば、私は天才だった。
生後二ヶ月で親の会話とテレビの音から言語体系を完全に理解し、齢0歳にして外の世界への渇望を抑えきれず、脱走を繰り返した。
泣きじゃくって私を探す親の姿を見ても、抱くのは同情ではなく「なんでこんなのから私が産まれたんだろう」という思いだけ。
「アメ! 待ちなさい!!」
「あうあ〜、|あうあうあ《私は楽しいことがしたい》〜!」
もちろん保育園という名の動物園にも通わされたが、自分と同等レベルの思考回路を持つ人間が一人もいない空間など、苦痛以外の何物でもなかった。
保育士たちは私の異常な利発さを気味悪がり、代わりに手のかかる愚鈍な子供ばかりを甘やかす。
そんな場所に居続けるなど、時間の無駄でしかない。
そして鼻のつく大人たちを翻弄しながら二歳を迎えたある夜。私はいつものように寝床を抜け出した。
最近は親からお金をパチってヒトカラに行くことが多かったけど、それも飽きてきた。
「今日は何しよっかな〜…………そうだ!大人達と鬼ごっこしよう!」
退屈な時間が続けば、ド派手なことをしたくなる。
今の自分はそういうお年頃なのだ。
私は駅前の交番に向かい、ありったけの悲鳴を上げて警官たちの注意を引く。
そこからがゲームの始まりだ。
自分より圧倒的な身体能力を持つ警官達との追いかけっこ。
曲がり角の先にある死角、群衆の隙間、ゴミ箱の陰。
二歳の小さな身体を駆使して追跡を振り切るスリルは、これまでのどんな娯楽よりも脳を焼いた。
やがて数人がかりの警官を路地裏で撒き切り、私はマクドナルドの看板の下で荒い息を整えた。
「はぁ……はぁ…………よし、しばらくはこれで暇を潰せそうかも……」
「凄い幼女だね、警察から逃げきるの全部見てたよ」
「ん?」
横を向くとそこには30代前半か、あるいはもっと年上に見える背の高い女が立っていた。
死人のように疲れ切った顔。
今にも崩れ落ちそうなほど疲弊しているのに、表面だけ無理やり「自分は元気です!」というメッキを塗りたくったような、不格好な笑顔の女性。
私に話しかけてる暇があるなら、家に帰って寝てればいいのに、って思ってしまう。
「う〜ん。あんま気乗りしないけど、これも人助けの一つってやつかな…………警察を捕まえる悪い子ちゃんめ、私が捕まえてやるぞ〜!」
女はわざとらしい動作で手を伸ばしてきた。
きっと、お転婆な子供相手にはこうして遊んでやれば喜ぶとでも思っているのだろう。
多少、幼児のごっこ遊びに付き合ってやれば、懐かれると驕っていたのだろう。
……舐めた大人だ。
さっさとお家でおねんねしていればいいものを。
私はその節くれだった手を、紙一重の差で躱してみせる。
「ばーか、歳食ったおばちゃんに捕まるわけないじゃん」
「あぁんっ?! 私はまだぴちぴちの26歳だ!!!!!」
「え、嘘でしょ…………まっ、でも私より24も歳上のババアじゃん」
これが20代の顔?
老けすぎだ。
きっとまともな人生を送ってないに違いない。
「もう20年若返ってからやり直してきて、べろべろば〜っ」
まぁこれも追いかけっこの延長線。
今はアドレナリンドバドバで、体が超上機嫌だ。
ここが一番楽しい瞬間だし、このまま限界を超えて逃げ切ってやる。
私は散々煽り散らかしながら、複雑な路地裏へと逃げ込んだ。
ここを曲がれば、完全に撒ける――
そう考えた瞬間、私の身体は重力から解放され、不自然な力によって空中に吊り上げられた。
「な、なにこれぇぇぇえええええ?!?!」
「驚いた? お姉さん、実は魔法使いなんだよ?」
魔法使い?
そんなものはアニメでしか聞いたことないし、今までおしゃべりしてくれた大人達の中には一人もいなかった。
だからそんなことを言われたって、普通は信じたりしない。
けれど私の合理的な思考は今、目の前の事象に敗北している。
私は確かに手足をバタつかせながら、何もない空間に浮いている。
これはもしかして本物の魔法なんじゃないだろうか?!
「す……」
「す?」
「すごぉぉぉいいいい!!!! 私にもそれ教えて!!」
私は今まで出会った事も見たこともない未知。
目の前の魔法使いという存在――その深淵に、私の魂はかつてないほど激しく脈打ち、歓喜に震えていた。
「教えてって言われても……才能がないと使えないし、お姉さんは魔法が下手すぎて仕事貰えなくなっちゃった側だしなぁ」
「大丈夫、私天才だから! お姉さんは基礎だけ教えてくれれば、あとは私が上手くやるよ!!」
私は宙吊りにされながら、自信満々にそう豪語する。
この機会を失う手はない。
というか、死んでも逃すわけにはいかない。
私はもっと未知に触れたい。
「……………ごめんね。部外者に魔法を使ったり教えたりするのは禁止されてるの」
「え〜、そんなぁ!」
「まっ、でも、私に仕事を回してくれなくなった上の連中マジでキモいし死んで欲しいから、当てつけに特別に伝授しちゃおっかな〜…………なんちゃって」
「ほんとっ???!!」
「ほんとほんと」
女はニヤリと口角を上げると、宙を泳いでいる私に歩み寄ってきた。
「私の名前はメリア。気軽にメリアお姉ちゃんでもメリアお姉様で好きなように呼んでね」
メリアと名乗った女は、私の鼻先に細い手を差し出してきた。
握手を求めているのだろうか。
他者から対等な対話を要求されるなど、二年の短い人生で初めての経験だった。
……これこそが、私が求めていた知性ある者同士の対話なのかもしれない。
「メリアね。私の名前は弦巻アメ、私のこともアメって呼んでよ!」
私は空中を掻くようにして手を伸ばした。
指先が触れ合う――そう確信した刹那、メリアの手は私の掌を無慈悲に通り過ぎ、そのまま私の細い首を鷲掴みにした。
「ぐぇっ、んんぅぅっ!!??」
「おいクソガキ。メリアお姉ちゃんかメリアお姉様と呼べつったろ。私の声が聞こえなかったのかなぁ?」
「むむむぅぅぅ!!」
「私の事を三度も年増扱いするガキは初めてだよ。これはお仕置きする必要がありそうだね?」
その後私は尻百叩きの刑という、あまりに前時代的で屈辱的な罰を受け、そのまま彼女の家へと引きずられていった。
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それからというもの、私は外界との接触を断ち、彼女の家に半ば監禁される形で生活を共にした。
その間、私は寝食を忘れて魔法の修練に没頭する。
言ってなんだけど、一度たりとも自分の家へ帰ろうなどとは思わなかった。
親の顔より、魔力の奔流を見極めることの方が重要だったからだ。
正直、天才である私なら三日で極められると踏んでいた。
だが、魔法の魔の字を掴むのに、予想に反して約2ヶ月ほどかかってしまった。
そしてある夜のこと。
「メリア!メリア! これ見て!!」
「……んぁ? なにさ……」
深夜、仕事から帰宅したばかりのメリアは、眼窩をどす黒くへこませ、幽霊のようにげっそりとやつれていた。
私はその膝に縋り付くようにして、二ヶ月にわたる思考の結晶を披露する。
水を無から生み出す魔法だ。
「ねえ、私凄いでしょ? 天才でしょ……っ!?」
メリアは椅子に深く身体を沈めたまま、ひどく億劫そうに私へ視線を落とした。
「うん、凄い……本当に凄い才能だよ。きっと私なんか、あと数日のうちに抜かされちゃうんだろうね」
「メリア……疲れてる?」
「ちょっとね…………今日のお客さんは、ちょっと乱暴だったから」
彼女はいま何の仕事をしているのか、具体的には教えてくれなかった。
ただ『魔法使いとしての仕事がなくなった後、彼氏に養って貰っていたけど、自分の性格の悪さに愛想を尽かされて捨てられた』と、少し前にお酒を飲んでいたメリアが嘆いていたのを覚えている。
「アメ。あんた、いい加減に家に帰りなよ。親御さんもきっと心配してるよ?」
「やだっ! 魔法を完全にマスターするまで、絶対に帰らない!」
「マスター……か。あと数年はここに居座られそうで、困っちゃうなぁ……」
「困る? なんで?」
「だってお金ないし、もしかしたら警察のお世話になっちゃうかもしれないからね」
「お金か〜。お金はまだどうにもできないけど、家事なら頑張れるよ!」
「あんたってそんな事してくれるタチだったんだね。驚きだよ」
「メリアは私にいっぱい色々教えてくれたからね。恩返しはしないといけないでしょ? お金……も、そのうち私がいっぱい稼いできてあげるから、私がもっと大きくなるまで待っててね!!」
この二ヶ月間、投げやりで不真面目な彼女の講義を受けながら、私はどうしようもなく彼女に惹かれていた。
それは世間一般で言うところの、恋心だったのだと思う。
これは私の最初で最後の初恋。
彼女を好きになってしまった理由を深く追求するなら、やっぱり私に知らない世界を教えてくれた一点に尽きるだろう。
偶然通りがかったメリアと出会わなければ、今の私は存在しないのだから。
だから彼女のためなら何だってしてあげたい。
自分を心から求めるように、彼女の心を動かしたい。
……でもメリアが私の秘めた想いに気づくはずもないし、この感情が実ることも決してない。
だから私は、それを心の奥底に隠し通すことに決めたのだ。
「お金…………お金もどうにかしてくれるの?」
「え?……うん、体がもっと大きくなってからの話だけど。私天才だから、メリアのためにパ〜っと一億くらい稼いできてあげるよ!!」
私がそう告げた瞬間、メリアは椅子から崩れ落ちるようにして、私を力任せに抱きしめた。
彼女の目からは、とめどなく涙が溢れていた。
「お願い……お願いね…………無能で馬鹿でどうしようもない私より、いっぱいお金を稼いで…………私を一生、楽させてね?」
「一生、楽させる!」
「アメは自信過剰でちょっとウザいクソガキだけど……それでも私は、すっごく期待してるんだから」
「クソガキは余計!!」
2歳の子供に向かって、平然と「一生養ってほしい」と縋り付く大人。
本当にロクでもない屑だ。
でも…………私は、そんなクズのことがたまらなく愛おしかった。
だからその期待に応えたい。
たとえいつか私が彼女を追い抜かしたとしても、メリアが唯一の師であることに変わりはない。
もし彼女が馬鹿で間抜けでどうしようもないほど社会に向いてないカスでも、私を一生必要としてくれるのならそれでもよかった。
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3歳になった時、私はメリアが教えてくれる大体の魔法を学び終え、自身の成長に伸び悩んでいた。
もう彼女が私に教えれることは何もない。
これからは私自身の思考を研ぎ澄ませ、独力で新たな魔法を編み上げていくしかない。
そしていつか、メリアの隣に胸を張って立てる立派な大人になるのだ。
「ん〜……まずはいつも疲れてるメリアを癒す魔法を考えないとなー」
癒す魔法……癒す魔法…………いや、待てよ?
今普通に対処療法をしようとしたけど、効率を考えるなら、原因療法から始めた方がいいのではないだろうか?
とどのつまり、彼女をそこまで摩耗させている仕事の正体を見定めればいい。
だけどメリアに何度問いかけても、彼女がその詳細を口にすることはなかった。
ならば、答えは一つだ。
メリアに悟られぬよう、彼女の職場を特定する。
「よし、メリアをストーキングしよう!」
私は習得したばかりの隠密魔法を総動員し、夜の闇に紛れて彼女の背中を追うことにした。
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だがそこで目にしたのは、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。
不衛生な路地裏、ネオンが明滅する安宿。
彼女が生業としていたのは、見も知らぬ複数の男にその肢体を差し出し、尊厳を切り売りして日銭を稼ぐ――風俗嬢という職業だった。
魔法の才に見放され、他に何一つ成し遂げる気概も持てなかった彼女が、手っ取り早く生を繋ぐために選んだ最悪の選択。
私は三歳という年齢ながら、それがどれほど低俗で、愚かな行為であるかを理解していた。
私の愛する人が、本来ならば愛の結晶であるはずの行為を、お札と引き換えに消費されている。
その事実は幼い私の胸を掻きむしるほどに悲しく、そして何より許しがたかった。
だから私は、帰宅したばかりの彼女を激しく糾弾した。
いかにその労働が将来性を欠き、愚行であるか。
残酷なまでの正論を並べ立て、もっと他に道はあるはずだと、私は必死に懇願した。
だが、その言葉は彼女の心に届くことはなかった。
「今の私には、こうするしかないのっ! 風俗を辞めてほしいって言うなら、今すぐあんたが稼いできなさいよ!!」
「稼いでやるから、あと数年待ってほしいって言ってるじゃん!! だからそのヤバい働き方するのやめて!…………私、メリアの苦しんでる姿なんて、見たくな――」
それを最後まで言い切ることは叶わない。
激昂した彼女の手のひらが、私の小さな顔面を容赦なく弾き飛ばしたからだ。
「一体誰のおかげで飯を食べれてると思ってるの?!?! 私でしょ!!? 私だよね???」
「………………」
「たかだか三年しか生きていないひよっこが、大人の世界に口を出すんじゃないよ! この生活が嫌だって言うなら、今すぐここから出ていけっ!!」
そう言われ、逆上したメリアの手によって、私は夜の路上へと無造作に放り出された。
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追い出された私は、近くの公園にあるブランコに、独り揺られていた。
深夜の静寂の中、冷え切った鎖を握りしめて。
明日の朝になれば。陽の光と共に彼女の昂ぶりも収まり、またいつものように笑ってくれるのではないか。
そんな天才らしからぬ淡い期待を抱きながら、私は凍える夜を数え続けた。
「はぁ……」
……振り返ってみれば、確かに今回は私が悪かったのだ。
どれほど正論を並べ立てようと、現状の私は彼女の生活において、ただの重荷でしかない。
そしてこんなこと頭ではとっくに分かっていたはずなのに、メリアのやっていることを全く容認できなくて、強く当たってしまった。
そんなことを言う資格も無いのに。
あぁ……やっと理解した。
大人になってからでは遅すぎる。
メリアは今すぐに助けが必要なのだ。
私は早く上を目指さなければならない。
私が養えるだけの金をして、メリアを仕事から解放して安心させてあげなければならない。
そのために今できること――作り上げるべき魔法は何か?
一度、手っ取り早く考えれて、パッとギリ実現できそうなことを妄想してみる。
まずは子供が純金を作ったとしよう。
それが何の伝手もなしにお金になるだろうか?
いや、ならない。
その上、その手の魔法はきっとすごく難しい。
なら当初の予定通り、メリアの為に作り上げようとした、癒しの魔法で稼げるだろうか?
いや……それも結局私の体が小さすぎて、お金のやり取りになるところまで持っていくのが難しいだろう。
たとえメリアありきで考えても、それは難しい。
彼女は馬鹿だから。
ならば、導き出される最適解は――
「人を……操る魔法」
これだ。
他者の精神に直接干渉し、その意志を書き換えてしまえばいい。
暗示だろうが記憶操作だろうが、ベクトルはなんだっていい。
そうすれば無能な大人から金を吸い上げるなど造作もないし、何よりメリアにその術をかければ、彼女をあの悍ましい仕事から一瞬で救い出せる。
「これだ…………これだあああああっ!!!」
史上最高の閃きを得た歓喜に、私はブランコから飛び降りた。
そのままメリアの待つ部屋へと、縋るような思いで駆け出す。
この支配の魔法で、メリアを億万長者にしてあげる。
そう伝えれば彼女はきっと安心してくれる。
そして私たちは元通り、笑って仲直りができるはずだ。
「メリアっ! 私、超良いこと思いついた……の……」
私は勝利を確信して家に勢いよく転がり込んだ。
だが。
「メリ…………ア…………?」
視界に飛び込んできたのは、垂れ下がった一本の縄と、その先で無静かに揺れる彼女の輪郭だった。
メリアは自らの命を絶っていたのだ。
殺風景なテーブルの上には、殴り書きのような一通の遺書が残されている。
『ごめんなさい、アメ』
たったそれだけの掠れた文字。
私たちの歪な関係は、このあまりに短い遺言を最後にして、唐突に幕を下ろしたのだ。
「…………私のせい、か」
私がメリアの職を徹底的に馬鹿にして、そこから引きずり出そうとしたから。
私がメリアに人としての正しい在り方を説いたから。
彼女は夢から覚めるようにして、絶望の果てに死を選んでしまった。
つまりメリアは、私の想像するより遥かに救いようのない馬鹿だったのだ。
そして私はそんな馬鹿女のことを愛していた。
世界でたった一人、私に新しい景色を見せてくれた師として、尊敬していた…………のに…………。
――私は最愛の人に、死を選ばせた。
「……ぐすっ、…………ごめんなさい……ごめんなさい、メリア。……ごめんなさい」
私は彼女を縄から解き放ち、その冷たくなった亡骸を抱いて、日が昇るまで泣き続けた。
これは私が人生で流す、最後の涙でもあった。
---
そこから6年経ち、小学生3年生になった。
特筆するべきことなんてあまりないけど、メリアの死を除き、この長くて短いような時の中であった一大イベントはアレだろう。
風俗関係者と、私のメリアを見放した魔法使い関係者をぶち殺して回ってたら、遂にガチの化物魔法使いに殺されそうになるも、死ぬギリギリで実力を買われてスカウトされたイベントだ。
両手にケーキを持った変態に私が殺されそうになったのだから、世界は広い。
『このケーキを食って、うちの当主様の言いなりになるか、今すぐここで死ぬか――好きな方を選べ』
『ケーキ食べたい』
アレは警官と鬼ごっこしていた時の百倍は怖かった。
まあ、特筆すべきイベントと言えばその程度だ。
それからは、死者を甦らせる魔法とか研究したり、過去に行く方法も探したりした。
全てはメリアにもう一度会いたい一心で。
だけど研究から1ヶ月も経たないうちに出た結論が、絶対に無理ということだった。
「はぁ…………」
メリアには、二度と会えない。
そんな無気力感でただただ魔法使いとしての仕事を死ぬほど回されながら、やりがい無しで小学生3年生になってしまったこの頃。
面倒くさいけど始業式くらいは顔を出してやるか。
そんな気紛れで教室の扉を開けた、その時だった。
「メリ…………ア……?」
視界の端、窓際の席に座っていたのは、黒髪に青のメッシュを混ぜた、ひどく薄汚れた身なりの少女だった。
その顔立ち、睫毛の落とす影、何より世界を諦めたような表情。
それらすべてが、私の記憶に焼き付いたメリアの残像と、あまりに酷似していた。
もし私の愛したあの馬鹿な女が、小学三年生だったとしたら……きっとこんな、残酷なまでに愛らしい顔をしていたに違いない。
だけどメリア本人なはずがない。
たとえ輪廻転生という概念が存在したとしても、この年齢であるはずがないため、絶対にありえない。
だけど、私はその汚い女の子に興味を持ってしまった。
私は静かに歩み寄り、冷たく……でも確かな熱を帯びた声で彼女に問いかけた。
「ねえ、どうしてそんなに汚い格好で学校に来れるの〜?」
「……お父さんに身体を触られて、それを見てお母さんが私を殴るから」
なるほど。
この子もこの子で問題だらけのようだ。
普通ならこんな垢の他人、見捨てて当然。
だけどメリアは――あの馬鹿女は、退屈だった私の日々に彩りをくれた。
死んだ女の面影を他人に重ねるなんて、吐き気がするほど非合理的で、気色の悪いことをしている。
誰に言われなくても、その自覚は十二分にある。
でも、これも人生でまた一興だ。
メリアに酷似したこの少女を、今度は私が、私の手でまともな人生のレールへと押し上げてやる。
メリアに果たせなかったすべての恩返しを、この少女を検体にして、徹底的に試してやろうではないか。
だから私は、この薄汚い女の子に手を差し伸べた。
「いいね、面白そうじゃん。……今、私超機嫌良いから、キミの事を助けてあげる。というわけで名前教えて〜?」
「私は…………月宮、詩音」
「詩音ね。じゃあこれからはしおっちって呼ぶことにするよ」
「うん………………あんたの、名前は?」
「え〜、教えたくないなぁ……ってのば冗談で。私の名前は――」
◇あとがきです。
ここに書く内容でもないですが、詩音が茜に自殺するよう強要していたところを見ていた弦巻さんは、メリアを殺した時との自分と今の詩音を重ねて、苦虫を潰したような顔をしてたと思います。
弦巻さんが詩音に暴力を振るったのは、今回が初めてでしょうから。
それとメリアさんは死亡後、亡骸抱いていた弦巻さん共々、隣の部屋の人に空いていたドアから中を確認されて通報されます。
そしてメリアさんは、幼児を年単位で拉致監禁していた犯罪者としてテレビに報道される......みたいな流れだったりします。
このエピソードは短編として終わらせたかったので、本文には書きませんでした。




