第66話 東京に到着
時刻は深夜二時。
私たちは深夜の毒々しい極彩色に彩られた渋谷の街を走っていた。
赤信号で停車した刹那、弦巻さんが軽やかに口を開く。
「金原さーん!ここで降りるけどいいよね〜?」
「……本当なら絶対に却下なんだけど。まぁ、私以外にもう一人大人が付いているし、好きにしなさい」
何故ここで降りる必要があるのだろうか?
普通に目的地まで直で行ってほしいと思ったりもしたけど、もう私は流れに身を任せることにした。
「あなたたちが何をしに行くのか知らないしどうでもいいんだけど、とりあえず朝の9時になったら連絡頂戴。私はそれまで車の中で寝てるから」
「はいよ〜」
そして信号が青に変わり、金原さんの車は夜の闇へと滑り去っていった。
車を降りた私は凝り固まった体をほぐすように回し、眠らない東京の街並みを一瞥した。
かつて一度だけ、シオンちゃんのライブを観るために訪れた場所。
でも、あの時の高揚感はもうどこにもない。
今の私を支配しているのは、重く、鈍い贖罪の意識だけだ。
「どうかな茜っち。久しぶりに東京へ来た感想は?」
「深夜帯だというのに人が多すぎです。…………半分くらい減ってくれないでしょうか」
「手厳しい感想だ! だけど今は土曜の3時でおまけにクリスマス前ときた。残念ながらここから数日は人は増えることがあっても、減りはしないよ〜」
聞いているだけで鬱になりそうな補足を無視し、私は本題を切り出した。
「それより、何でこんなところで降りたんですか? 面接時間である13時までゆっくりと休みたいんですけど」
「ふむ、そうだねぇ」
彼女は私の手を強引に掴むと、夜の雑踏へと歩き出した。
「一旦、服でも買ってクラブでも行っちゃう?」
その言葉を聞いた瞬間、私は全力で彼女の手を振り払った。
「……冗談はそのイかれた髪色だけにしておいて下さいよ。こっちは真剣な気持ちでここにいるんです。というかクラブなんかに行ったらストレスで死んじゃいますよ、私」
「いやいや、こっちも真面目だよ?」
「クラブに真面目に行く人って……」
「――だって茜っちは精神を削ってた方が、その後に出るパフォーマンスが、ぐっと跳ね上がるタイプだと思うんだよね」
「……はぁ?」
理解不能な理屈に溜息を漏らすと、彼女は手品のように一枚のカードを取り出し、私に差し出してきた。
私の顔写真が載った運転免許証。だが、生年月日から算出される年齢は21歳となっている。
これは所謂、偽造された身分証明書か。
おそらくクラブに入るために用意したのだろうけど、私の分もあるなんて用意周到なことだ。
いつかこういう機会があるだろうと、彼女に予想されていた事がだいぶ気持ち悪くも感じた。
「思いだしてみてよ。文化祭の時の茜っちは殆ど眠れなかったし、体調最悪だったでしょ〜?」
「そうですね。……プラスでそこら辺の事情を把握してながら、文化祭を楽しみきった貴女が一番最悪で最低ですね」
私はそう皮肉を込めて返すが、彼女はそれを無視して言葉を続けた。
「だったら今回も、少しは精神を削ってから行くべきだと思うんだよね。今日は絶対にミスれないガチの本番なんだから!」
「…………貴女って本当にクズですよね」
「あんまり褒めないでよ。……照れる」
「……何で神様はこんな人を作ったのか、天に問いたくなりますよ」
確かに彼女の言う通り今日は絶対にミスれない。
そして文化祭のあの瞬間、私は間違いなく平常時では到達できない領域にいた。
今あるべき姿は隠キャで誰からも興味を持たれない私ではなく、あの時のように人を騙し、突き動かす私。
いや、それでだけでは足りない。
今回に限っては万人を惹きつけ魅了し『この人だからこそその振る舞いが許され、正当化される』という、傲岸不遜といっていい態度で、自身以外の全員を私の下に叩き堕とし、今起きてる大炎上のソレを完全に鎮火しなければならないのだ。
そういう私になるために、過去に通った自分の軌跡の更に上を行くのも、またアリだったりするのかもしれない。
勿論心情だけで言えば、嫌で仕方ないのだが。
「ふふっ……っていうか神様がいないから、私みたいなのが存在できるんじゃな〜い?」
「神様はいますよ。いてくれないと困ります」
私は偽造された免許証を、彼女からひったくるように奪い取った。
「あぁ、これで今日から私もれっきとした犯罪に……」
「知らないの〜?茜っち。バレなきゃ犯罪じゃないんだよ?」
「はいはい。…………ついでに服を買いに行く理由は?」
今から買いに行くにしても、絶対にまともな店は空いてないだろうに。
「そんなの答えるまでもないっしょ〜?」
「ふっ、確かにそうですね。人を騙すのにハッタリは大事です」
「そういうこと!」




