第65話 ターニングポイント
え?は??え?????
今の言葉、本当に現実で聞かされていい言葉なのだろうか?
弦巻さんの魔法使いカミングアウトの、100億倍酷い話が聞こえてきた気がする。
「す、すすすすすす……すみません! もう一度、同じことを言っていただいても……」
「だからあなたには、Vtuberになってもらうって言ってるのよ」
「な、何でそんな馬鹿げた話になるんですか……!」
「さあ?何故でしょうね。上の人が秒で許可しちゃったから、もう話はドンドン進んでってるわよ。――ちなみに発案者は私の後ろにいる馬鹿よ」
金原さんは振り返りもせず、親指だけで背後を指した。
そこでは弦巻さんが私の動揺ぶりを肴にでもするように、必死に笑いを殺しながらアスファルトの上でのたうち回っていた。
「…………ッチ」
私は反射的に舌打ちを漏らしていた。
足元の小石を掴み、一切の加減を排して彼女へ投げつける。
が、難なく避けられてしまった。
「元気なのは良いことね」
「……すみません。一度詳しい話を全部聞かせてもらって良いですか? どうして私がVtuberになる必要があるのか。どうして東京に行く必要があるのか……とか」
「良いわよ。とりあえず寒いし車の中で話しましょ。……本当は高速道路を走りながら話したいけど、同意なしに東京に連れてくのはあまり良くないでしょうしね」
「……お気遣いありがとうございます」
---
車内は、エンジンの微かな振動と暖房の乾燥した熱に満ちていた。
語られる計画はどこまでも非現実的で、とても受け入れ難いものであった。
少しまとめるとしよう。
要約その1
・まず私がVtuberになることで詩音さんが助かるという理由の裏。
どうやら弦巻さんの計画では、炎上のインパクトを新人Vtuberの登場で払拭するというモノらしい。
「インパクトにはそれ以上のインパクトで叩き返す。じゃないとこの火は消えないかな〜。放っておいたらどっかの大手事務所みたいに、自分の首を絞める火種になりかねないし」
「新人Vtuberが必要って言うなら、私以外でも役は足りると思うんですけど」
「何言ってるの。茜っちをただの新人として電撃デビューさせるわけないでしょ? 考えなしにそんなことやる企業とか馬鹿すぎるじゃん」
……ただの高校生に騒動の命運を託そうとする企業も、十分に正気を疑うべき大馬鹿だと思うが、私はその言葉を喉の奥に飲み込んだ。
「……なら私に何を求めてるんですか?」
「そりゃあアレよ。しおっちとの百合営業よ」
その言葉の衝撃で一瞬意識が飛び、私は前の座席に勢いよく頭をぶつけた。
「運転中に暴れないでもらえるかしら? 事故るわよ」
「……すみません」
「で、まぁ百合営業してもらうんだけど〜」
弦巻さんのイカれた計画の全貌はこうだ。
初配信で、例の「文化祭の動画」と「イオンの盗撮写真」の差異について私自身の口から言及し、そこから詩音さんとの関係性を百合営業として再構築する。
燃え広がる醜聞を、新たな物語の熱狂で叩き消すのだ。
デビュー日は企業側が必死に努力し、急ピッチ且つ事が順調に運ぶ事ができても、最短最速で元旦。
だが、仮にその狂気の沙汰に乗るとしても、あれほど私を拒絶した詩音さんが、私とそんな真似をしてくれるのかという根本的な問題がある。
「とりあえず初配信ではしおっちとの出会いからこれまでを、適当にエモく話してもらおうかな。茜っちの裁量で、手際よくやってくれるのを期待してるよ」
「最悪ですよ。言ってることの全部が」
「でも、インパクトは絶大だよね〜。半年間の濃密な日々を数え上げれば」
「……ただ、それを視聴者が納得する形に組み立てようとすれば、どう話を矮小化しても、私が『激ヤバ女』であることを隠しきれないのが嫌すぎます」
「それは仕方のないところ〜」
「……貴方達のこれまでに、どんな事があったのか知らないけど、むしろ話を誇張してみるのも良いんじゃないかしら?」
「誇張なんかしたら、デビューと同時に卒業待ったなしですよ……」
そして追い打ちをかけるように、当然ながらVTuberになる前に、面接という名の最終試練があるという。
「スカウトされる側なのに面接とか……」
「あって当然でしょ〜」
「ビジネスなんだから、当たり前よ」
「まさか、面接が嫌だからってこの話をなかったことにする、なんて言わないよね? 茜っち」
私は窓側に体重を預け、流れていく漆黒の景色を見つめた。
「…………」
面接。
実はこれが本っっっっっっっっ当に嫌ではある。
なんであんな馬鹿みたいに緊張する場に、自ら進んで立たなければいけないのだろう。
高校に入学するための面接やそれの練習をした時も、本当に地獄だったし。
今回のコレは確実に、人生のターニングポイントとなり得る。
高校の面接など、おままごとと見做してしまってもいいレベルだろう。
未来を想像しただけで喉が焼けそうだ。
……それでも。
弦巻さんの提案は客観的に見れば、やってみる価値があるように思えた。
彼女ならもっと効率的な解決策を知っているはずだという疑念はある。
だが、炎上から半日も経たないこの極限状態で、これだけの妄想をある程度実現できそうな形に整えたという点では、評価せざるを得ない。
「なに? もしかして逃げんの? 逃げちゃうの〜???」
懸念は今までにないほど大勢の人間と関わることで、また病院送りになるリスクくらいだろうか。
準備期間を含め、最低でも一週間は拘束される。
配信の頻度によっては、私のストレス値は容易に限界を超えるだろう。
でも詩音さんのため――
『死んで?』
というより私が犯した失態の責任として引き受けるなら、これ以外の選択肢はない。
私の頭で彼女を救うための別の手立てを捻り出すことなど、到底不可能なのだから。
――私は自ら進んで、地獄への道を選び取る。
「は?……逃げませんよ」
「ほおん」
「あら?」
「じゃあ、どうするのかな?」
私は両手で自分の頬を二回叩いた。
乾いた音が車内に響き、覚悟が熱となって全身に巡る。
「…………やってやりますよ。やればいいんでしょう?!やれば!!! 貴女が語った妄想の数々、私が現実にしてやろうじゃないですかっ!!!!」
叫びと共に、私は拳を天へと突き上げた。
それは屋根に突き当たり、車体が少し揺れる。
「おおおおぉぉぉ〜〜!!!」
「結局そうなるのね」
『凄いよお姉ちゃん!Vtuberになっちゃうんだね!!』
『高校生にして一気に家の稼ぎ頭なっちゃうのかあしら? これじゃあ、お母さんと家事交代することになるわね?』
「へ?」
視線を向けると助手席に座るベックさんが、黙って背後の座席に手を差し出していた。
その手には弦巻さんのスマートフォン。
画面にはLINEの通話画面が開かれ、相手の名前は明日菜となっていた。
「わぁ〜……気持ち悪すぎますよ、弦巻さん」
「わざわざ伝える手間が省けた事に、感謝してほしいくらいだけどねー」
『お姉ちゃん達の話は、車に乗った時からずっとミュートで聴いてたよ!」
『茜……学校のズル休みはこっちで誤魔化しておくから。あなたはあなたのやるべきことを、精一杯頑張ってきなさい。いいわね?』
「あっ……ハイ。あの、心の準備をしたいのでもう通話は切らせてもらいますね」
『その前にお姉ちゃん!東京から帰ってくる時にお土産を買っ――』
私は明日菜の声が全部聞こえる前に、画面をスワイプして通話を強制終了させた。
「明日菜はお土産が欲しいんだって」
「……わざわざ確認しなくても聞こえてますよ」
明日菜め……さっき高級マンゴーを食べたばかりのくせに、何を言っているのだろうか。
こっちは遊びに行くわけじゃないというのに。
「私のメンタルに余裕があったら考えます」
「さて、話はまとまったかしら?」
「いえすっ!」
「………………はぁ。そうみたいですね」
「じゃっ、東京へ突っ込むわよ〜!」
そうして加速するGと共に、車は夜のハイウェイへと滑り込んだ。
◇あとがきです。
次回から【第三章 期待の新星、VTuber灯アカリ 東京編】に入ります。
一応今日中に弦巻アメの過去を間話として投稿しますが、本編とはあまり関係ない話なので、メイン二人にしか興味ない方は飛ばしてもらって構いません。
とはいえ弦巻アメの話は、この作品の実質的な物語の始まり的立ち位置になるかもしれないので、少し難しいですね。
最後にこの作品に『期待できる』『面白い』と思っていただけたなら、下にある☆☆☆☆☆から作品への応援やブックマークなどをいただけると本当にうれしいです。
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