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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第二章 文化祭編

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第64話 自殺

 ゆっくりと背後に振り返る。

 私を見下ろす彼女の瞳、それはもはや生き物を見る類のものではなかった。

 ただ無機質な物体を検分するような冷たさが、そこにある。

 

「なんて………………言いましたか……」

「何でもしてくれるんでしょ? じゃあ責任とって死んでよ」


 その言葉が引き金だった。

 室内の空気が凝固し肺の奥まで凍りつく。

 あまりの辛さから心の奥底に沈めていた記憶が、濁流となって溢れ出した。


『お前急に話に入ってきて気持ち悪かったんだよ』

『藤崎さん臭〜い!』

『なんでずっと挙動不審なの?……アスペ?」

『こういう空気読めない人ってなんて言うんだっけ? 精神障害者?』

『障害者だ!障害者!!』

『障害者は生きちゃダメなんだよ。早く死ななきゃなんだよ?』

『お前気持ち悪いんだよ。俺たちに関わってくるな、死ね』

『『『『『死〜ね!!!!』』』』』

『……あはは。ひどいですね、みんな』


 ――あぁ……あったなぁ、こんなこと。

 小学生の頃、様々な方向から浴びせられた罵声。

 当時の私は顔を引き攣らせて笑って誤魔化すしかなかった。

 蔑まれ踏みにじられても、そうして構ってイジってもらえる、必要としてもらえるという歪な居場所に、しがみついていたのだ。


 だが罵倒してくる者の中には、それが当然の振る舞いだと信じて疑わない、無垢ゆえに残酷な正義感を持つ者が少ないながらもいた。

 だから私は降り注ぐ悪意の雨の中で、少しでも体温の残る傘を選び取り、必死に縋り付いていたのだ。

 

 ……これは思い出したくもなかった、弱者としての記憶。

 生まれてきたのが間違いだった、私という人間の心奥。

 

「だって自分で悪いって言ってたもんね? おまけに私の帰って欲しいってお願いも聞けない上に、この最低最悪な状況もどうにかできない無能。…………なんで今私の家に居座ってるわけ?」

「…………」


 他人の言葉なら、今の私なら一度くらい笑い飛ばす芸当もできたかもしれない。

 それにただの暴言程度で、普通は傷ついたりもしない。


 だが、最愛の人に面と向かって突きつけられた矛。

 今の詩音さんが纏っている空気は………過去に私を虐めていた人達と、何ら変わらない。

 絶対的な加害者としての在り方で、彼女は立っている。

 そこには今まで積み上げてきたものなど、何も無かったように。

 それがどうしようもなく悲しかった。


 こんなことは想像だにできなかった。

 したくなかった。


 ほんの少しだけ……塵ほどにだけ残っていた人の善性を信じていた私の思いが、そこで完全に砕け散ったような気がした。


「ほら、のんきに座ってないで早く死――あっ……」


 彼女の追撃さえ、もはや遠い世界の雑音に聞こえた。

 私は両腕から力を失い口を開けたまま、ただ溢れ続ける涙で視界を滲ませることしかできない。

 言葉すら発することもできず。


「あ、かね……」


 指先がそこに置かれた包丁に触れた。

 皮肉にも手元は震えなかった。

 ただ鮮明に私を終わらせるための刃が、網膜に焼き付いていく。

 

 やがて目の前の彼女の歯を鳴らす音が聞こえ、剥き出しの殺意が耳に届いてくる。


「何をグズグズしてるの早くやりなよ、早く!!」


 その叫びに突き動かされるように、私は目を閉じた。

 切っ先を己の胸へ迷わず突き立てようとした――その時。


「――おい」


 低い声が静寂を裂いた。

 胸を貫くはずだった衝撃は訪れず、掴んでいた包丁の重みが霧のように消える。

 

「え?」


 閉じかけた視界を無理やりこじ開けると、視界の端で銀色の人影がゆらりと揺れた。

 詩音さんが何事かと背後を振り向こうとした、その瞬間――。


「かはっ……」


 短い悲鳴が響く。

 

 そして詩音さんの体は銀髪の主に襟を掴まれ、まるで羽毛のように軽く、PCデスクの向こう側へと叩き飛ばされた。


「……詩音さん」

「しおっち、それはギルティすぎるよ〜。過去の分と今回の分を含めて、最低五回は警察のお世話になっててもおかしくないね」


 カチリ、と音がして部屋の電灯が点いた。

 眩い光の中に浮かび上がったのは、場違いなほど軽やかな笑みを浮かべた弦巻さんだった。

 

 なぜか彼女は私の眼鏡をかけ、私が編んだマフラーをその首に無造作に巻きつけている。


「言いたいことは沢山あるけど……とりあえず()()()、しおっちからライバー用スマホを取りあげて、あとはpcを使えないように電源コードも持ってって」


 彼女が淡々と命じると、背後に控えていたボディーガードが音もなく動き出した。

 抗う術を持たない詩音さんから、情報のライフラインが次々と剥ぎ取られていく。


「……アメ」

「分かってると思うけど、アカウントにログインして変な投稿したりしないでよ?」

「…………」

「な〜んて忠告する前に、こっちから運営さんにパスワード変更するよう頼んどいたんだけどね〜。しおっちが運営さんの連絡無視した挙句、勝手に配信なんか始めちゃって……みんな何しでかすか心配で、お偉いさん方もヒヤッヒヤよー」


 弦巻さんはそう言い捨てると、床にへたり込む私を冷ややかな、けれどどこか慈しむような目で見下ろした。


「ね、絶対に後悔するって言ったでしょ〜? しおっちは天性の屑なんだから、こういう悪い部分もあるって、頭に入れておかないとっ!」


 彼女は私の頭を子供をあやすようにペシペシと叩くと、そのまま両手で軽々と抱え上げた。


「じゃっ、辛いとこ悪いんだけど茜っちは借りてくよ。いいよね〜?」

「…………勝手にして」

「おけ〜い。しおっちは私達が事態を収拾させるまで、家でアニメでも休んでてねー」

「事態を……収拾?」


 弦巻さんがそう言うと下を向いていた詩音さんの顔が、グッと上に向かって上がった。

 まるで救いを見出したかのように。


 …………あぁ……私ではやっぱり、駄目だったんだ。

 

 積み上げてきた時間の重みが違う。

 彼女の弦巻さんに対する信頼は、私へのそれとは絶望的なまでに乖離している。

 

 敗北感が、新たな涙となって頬を伝った。


「アメ…………ごめん、いつもありがとう」

「何言ってるの? 感謝するのは早いよ〜。今回の件をド派手に解決してくれるのは――この涙をだらっだら流してるファッション隠キャちゃんだからね!!」

「え?」

「へ……?」


 弦巻さんの唐突な宣言に私も、そして床に伏せたままの詩音さんも呆気にとられる。

 すると彼女は、耐えかねたように叫んだ。

 

「おいこらベック!!!!いつまで私に持たせてるの? 早くこれも担いで!!」


 慌てて駆け寄ったボディーガードに、私は米俵のように脇に抱え込まれた。


「ちょちょ――ちょっと待ってよアメ!!?? それってどういうこと????!!」

「は? そんなの教えるわけないじゃ〜ん。一番面白くなるところなんだから。ということで――バイバイ」

「まっ――」


 縋り付こうとする詩音さんに対し、弦巻さんはその額へ、そっと人差し指で触れた。

 それだけで彼女は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。


「しっ、詩音さん!!」

「落ち着きなよ。しおっちは眠らせただけだって。明日の朝には今よりマシな気分になってるはずだよ」

「ね、眠らせただけ? 指で触れただけでどうやって眠らせるって言うんですか?!」

「ん〜……催眠術?暗示とか?」

「適当言わないでください!!」

「適当じゃなくて事実だよ〜ん。って言うかこれ、だいぶ昔にも言ったと思うけどなー」

 

 言って…………たかもしれない。

 確か一緒にボーリングへ行った日に、そんなことを言われたような気もする。


「茜っち、実は私」


 彼女はそう言いながら、自分の首元からマフラーを外した。

 そして米俵のように担がれている私に歩み寄り、それを押し付けるように手渡してくる。


「――魔法使いなんだよ」

「…………」

 

 ついでにそこで私の眼鏡も奪い返してやろうともがいたが、ベックと呼ばれる男に捕まってるせいで無理だった。

 私の沈黙に対し、弦巻さんは愉快そうに目を細める。


「やだその顔。絶対に『何言ってんだコイツ』って顔してるじゃ〜ん」

「……別にどうとも思ってないですよ。ここまできたら、もはや現状を現実として受け入れるのみです。それよりも詩音さんに言い放った話の続きを聞かせてください」

「あっそう? じゃっ外に車置いてあるから、そこでみんなで話そっか」

「その前に眼鏡返してください」

「それはあとでね」


 抗う術もなく、私はそのまま外へと運び出された。





 ---





 マンションを出てすぐ、ようやく地面に下ろされた。

 ありがたいことに、ベックさんが私の靴を持ってきてくれていたらしい。

 再び靴下だけで冷たいアスファルトを歩くという、面倒な事態だけは避けられた。

 

 静まり返った夜の街。

 自分の足音だけが空虚に響く中、隣を歩く弦巻さんが唐突に口を開いた。


「今更なんだけどさ〜、しおっちを助けることができるとして、キミはそれを実行するだけのモチベがあるのかな〜?」

「何をするか方法も聞かされてないのに、モチベってなんですか?」

「そういう話じゃなくて、さっきあの子にいっぱい悪口言われちゃったじゃん? あれだけ言われたのに、助けようなんか思えちゃうのかなって」


 私はそう言われて一度歩みを止めた。

 

「そう……ですね……」

 

 ……確かにアレは酷かった。

 いや、酷すぎた。

 過去一と言ってもいいだろう。


 ……彼女が私にやったことは、過去に私を虐めていた獣達と何一つ変わらない。


 落ち着いた今、改めて思い出し、考えるてみるとキツいモノがある。

 正直、次に顔合わせる機会があっても、遠慮したいと頭の奥底で考えてしまうほどに。


 でもこれは私が蒔いた種でもある。


「悩んでるようだから、少し助け舟を出してあげよっか?」


 弦巻さんの視線が、私の内側を透かし見るように注がれる。

 

「またお得意の暗示ですか? 今度こそ記憶を消してもらえるとありがたいんですけど」

「違うって。……今回ここまで言われてしまったのは、結局のところ全部茜っちが悪い」

「…………」

「だってしおっちは何度も釘刺してたし、最低限だけど何度もライン引きしてたよね?」

「してましたね。『帰って欲しい、一人にして欲しい』って」

「あそこで帰るまでは行かなくても、最低限一人になれる空間は作ってあげるべきだったよ。って言うか黙って一日寝かせるべきだった。ストレスの解消に睡眠は大事だからね〜」


 私は沈黙し、逃げるように夜空を仰いだ。

 月は残酷なほどに綺麗だった。

 

 ……こう言う時くらい雪でも降って曇ってくれれば、もっと落ち着けるのに。

 

「………………難しいですね、人間関係。人それぞれ考える事が違ってて、本当に難しいです」


 弦巻さんの言いたいことは分かる。

 

 悪いのは詩音さんではなく、私だ。

 

 そう定義してしまえば、彼女に対する不信感や疑心に収まりがつくと言いたいのだろう。

 

 まぁ、今回の件は全体的に見ると、どう考えても私が悪い。

 それで結論づいてしまう。

 ならば、やっぱり彼女のいう通り『私が悪い』で片付けるのが一番手っ取り早いはずだ。


 ……………………それでも尚さっきの詩音さんを思い出すと、()()()()()という感情が拭いきれない自分がいる。

 胃の底から、生理的嫌悪感がせり上がってくるみたいだ。


「はぁ…………」


 重い溜息を吐き出すと同時に、私は自分の頬を思い切り叩いた。

 乾いた音が夜の静寂を切り裂き、鋭い熱によって思考が強制的に再起動する。


「ははっ……それ他の人前でやるのやめてよね〜。マジでドン引きだから」

「大丈夫です。人を選んでやってるので」

「っていうか、人間関係が難しいと思うなら、文化祭の時みたいに完全に自分ペースに相手を持ち込んでしまえばいいじゃん。そういうの、得意でしょ〜?」

「あんな気持ち悪いこと、二度とやりませんよ」

「ううん、やらなきゃダメだよ。しおっちを助けたいと思うならね」

「え?」

 

 その言葉の真意を、問い返す気力はなかった。

 会話を続けながら歩を進めるうちに、不意に視界が開ける。

 

 目的地の駐車場。

 白線に区切られたアスファルトが、夜露に濡れて鈍い光を放っている。

 その街灯の下、一台の高級車の傍らに、一人の金髪の女性が佇んでいた。

 

 指先に挟まれた煙草から、白く細い煙がゆっくりと夜気に溶けていく。

 ツンとした特有の冷たい匂いが、風に乗って鼻腔を突いた。

 

 ……私は、彼女を一度だけ見た覚えがある。


「金原さん。いつも思うんだけど、煙草とかマジでありえないよ〜。もし、しおっちを連れてきたらどうするつもりだったの?」


 彼女はそう指摘されると、口から煙草を離して、ゆっくりと口を開いた。

 

「はぁ……こっちの予定引っ掻き回した馬鹿に、何も言われたくないわね。もともとは私だけで詩音に会うつもりだったのに、何でこうなったのやら……」

「上手くいけば会社側の損失を抑えれるんだから、安いもんでしょ〜」

「それをただのマネージャーに言われてもねぇ……で、その子が例の?」

「そっ……ほれ、挨拶しなさい!」


 なんだこの状況。

 私の理解が追いつかないまま、トントン拍子に話が進んでいる。

 

「…………えぇっと、藤崎 茜です」


 私が名乗ると、彼女は頭の先から足元まで値踏みするように視線を滑らせた。

 その視線には遠慮がなく、まるで商品を確認するみたいだった。


 視線が止まり、ゆっくりと彼女の唇が開かれる。

 

「言っちゃなんだけどあなた、全くパッとしないわね」

「でも、なんか眼を惹いちゃうところあるよね〜?」

「ん〜……確かに。妙に目が離せないような気もするわ」


 なぜ、出会って早々にこんな評価を下されなければならないのか。

 ……こっちは別にあなたに顔を売りたくてここにいるわけじゃない。

 

 胃の底に沈殿していく卑屈な感情。

 それを見透かしたように、弦巻さんが背後から私の両肩にポンと手を置き、無理やり姿勢を正させてきた。


「まぁまぁ金原さん、決めるのは上の人達だし。それにまだ茜っちには何をやるかも伝えてないしね」

「あら、伝えてなかったの? あなたも大概クズね」

「すみません、話が見えないんですけど、結局私は何をやらされるんですか?…………詩音さんの炎上をどうにかするって話で進んでると思うので、たぶんプログラミング的な何かとかだったりするのでしょうか?」


 必死にひねり出した私の推測に、金原さんは耐えかねたように吹き出した。

 

「ふっ……くく」

「何言ってるの茜っち。斜め上の回答すぎて、金原さん失笑しちゃったよ〜」

「……いいわね、この状況でそんな言葉が出てくると思わなかった」

「茜っちに天然系バカキャラで期待しないでほしいな。もっと相応しい席があるんだから」

「そう? じゃあ、これからの未来に期待しちゃおうかしら」


 金原さんは短くなった煙草を地面に投げ捨て、靴の先で無造作に踏み消した。


「さて、自己紹介といきましょう。私は金原恵。藤崎さんと言ったかしら? 貴女にはこれからVTuberとして活動してもらうわ」


 そのまま獲物に狙いを定めるように私へと歩み寄り、白い手を差し出す。


「そのための準備として、今から私と一緒に東京に来てもらう。――暫くの間、よろしくね」

「……………………………は?」

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