第60話 みんなでクリスマスパーティー
イオンでの一件から数日。私の家はかつてないほどの色に満ちていた。
普段はモノトーンに近い私の生活範囲が、赤や緑の飾り付けと、騒がしい声によって侵食されていく。
「メリークリスマスだね、お姉ちゃん」
「正確にはクリスマスイヴは3日後なんですけどね」
「そんな細かい事はいいの。早くみんなこないかな〜」
「…………お母さんもよく、うちでやろうなんか言えましたね。明日菜と違ってまだ静かな方が好きだと思ってたのに」
「祭りごとくらいははしゃぎたい派よ、私。まぁ私は遠くから見てるだけだから、若いもん若い者同士で楽しんで」
気づけば、我が家でクリスマスパーティーを開催する流れになっていた。
事の発端は数日前に、教室で弁当を食べていた時のこと。
『家でクリスマスはケーキでも食べようよ。当日に予定を入れると、配信の時にファンに怒られる可能性があるから……その数日前くらいに!』
という詩音さんの提案だった。
そこに、いつもは学校に来てないはずの弦巻さんがなぜか隣にいて『ほな私も参加か〜』などと言い出し、眼鏡をタダでくれた恩もあるため拒否れず、なし崩し的に決定。
さらにその話を家ですると、母と妹が『『うちでやればいい!』』と、揃って歓迎ムードになってしまったのだ。
「ちなみに私はマキさんとは、少し前から遊ぶ約束してたんだよね」
「まだ連絡取ってるんですか、貴女達。特に話すことなんか無いでしょうに」
私の呆れ声を、ピンポーンというインターホンの音が遮った。
「噂をすれば……」
重い腰を上げてドアを開けると、そこにはあまりに不釣り合いな二人が立っていた。
完璧なサンタコスプレにフサフサの白髭を蓄え、両手に特大のピザ箱を抱えた弦巻さんと、その横で少し控えめに、けれど瞳を輝かせた詩音さん。
…………さらにその背後には、弦巻さんのボディーガードが1人突っ立っているが、それは視界の端へ追いやることにする。
「お邪魔するよ、茜っち! ほら、今日は私の奢りだ、遠慮なく食べたまえ!」
「おっ、お邪魔します。……あ、お母さん、これ、つまらないものですが」
丁寧な手土産を母に差し出す詩音さんと、土足で上がり込みそうな勢いでリビングへ突進していく弦巻さん。
もう少し落ち着きというのを、持ってもらえないだろうかと思ってしまう。
「マキさん待ってました!」
「おぉ明日菜ちゃん、良い返事だ。今日は無礼講だよ!」
……本当にこの二人の波長がどこで合っているのか、私には理解不能である。
「茜……その服……」
二人を横目に、詩音さんは私のパーカーを見て、またもや小言を零そうとした。
「いやいや、部屋着ですからね。部 屋 着 !! それにここは私の家なので、文句は受け付けません」
「まぁ……その通りだから別に良いんだけどね」
納得していない顔のまま引き下がる彼女を置いて、全員でリビングへ移動する。
「で……クリスマスパーティーって、何をすれば正解なんですか」
私が椅子に座ってぼやくと、詩音さんは当然のように隣の席を確保し、楽しそうに小皿を並べ始めた。
本来なら私がすべきことなのだろうが、彼女たちの流れるような作業を前に、口を出す隙もなかった。
「基本はみんなで美味しいものを食べて、お喋りして……あとはプレゼント交換とかかな? 人によって過ごし方とか違うし、一概には言えないけど」
「プレゼント交換……?」
聞き返すと、弦巻さんがピザを頬張りながら頷いた。
「そうそう。予算を決めて買ってきたプレゼントを、音楽に合わせて回すんだよ。誰のが当たるか分からないワクワク感……まさに人生の縮図だね!」
「大げさすぎますよ」
「ちなみに私が持ってきたプレゼント、ざっと100万円はするからっ!!」
「あーあー、何も聞こえないで〜す!!」
母と妹が席を外した刹那を狙って、とんでもない爆弾を投下してきた。
一々真に受けていては精神が保たない。
私は全力でスルーを決め込んだ。
……そもそも私はクリスマスプレゼントなんて用意していない。
そういうお約束があるなら、事前に家族の誰かが教えてくれてもよかったのに。
「茜……もしかしなくてもプレゼント用意してないんでしょ」
「………………すみません」
「まぁ今回は私達が押しかけるような形になったわけだし、しかもアメがサンタコスしてるからね」
詩音さんが鞄から、手のひらサイズの小さな包みを見せびらかすように取り出した。
受け取ろうと手を伸ばすと、するりと躱される。
「今日はプレゼント交換会とかじゃなくて、私達がサンタとして、良い子の茜と明日菜ちゃんにそれぞれプレゼントを渡してお終いかな」
「……中身、何が入ってるんですか?」
「それは後のお楽しみ。みんなで食べ終わってから、プレゼントしてあげるね」
食卓には弦巻さんが持ち込んだピザとチキン、そして珍しく母が作ったサラダやスープが並び、一気に豪華なものになった。
詩音さんは時折、私の口元にチキンを運ぼうとしたり、耳元で「これ美味しいよ」と囁いたりと、相変わらず距離感がバグっている。
向かいで弦巻さんと明日菜がニヤニヤしながら観察しているのが、最高に居心地が悪い。
「お姉ちゃん、顔がちょっと赤いよ? 照れてるの?」
「……チキンのスパイスが効いてるだけです」
そう適当に濁すと、詩音さんは私の顔を人差し指でふにふにと突いてくる。
「茜って本当に私からされるの苦手なんだね。かわいい〜」
「分かってるなら触らないでもらえますか。こっちは慣れてないんです」
「それならまた泣いちゃうまでやっちゃおっかな〜――なんちゃって」
「……はぁ」
やがて食後のデザートであるクリスマスケーキを平らげ、部屋の明かりを少し落としたところで、弦巻さんが手を叩いた。
「さて! 腹も膨れたところで、聖夜のメインイベント……『運命のクリスマスプレゼント授与式』を始めようじゃないか!」
どこから用意したのか、彼女は卒業式のような仰々しいBGMを流し始める。
「わくわく!……わくわく!……」
「………………」
いつもながら、この人のテンションには脱帽する。
詩音さんはよくもまあ、小中学時代をこんな人とと過ごせたものだ。
「どんだけ人を甘やかせば、こんな風に育っちゃうんでしょうか。……親の顔が見てみたいものです」
「わ、私は普通だからね?」
「別に詩音さんのことは責めてませんよ」
というか、詩音さんの家族関係は複雑なんだから、こっちにつっこませないでほしい。
彼女の複雑な家庭環境を思い出し、慌てて言葉を飲み込む。
「クリスマスプレゼント授与っ!」
私と明日菜はソファに並んで座らされ、弦巻さんの芝居がかった長ったらしい口上を聞かされる羽目になった。
弦巻さんは途中、ボディーガードに何か持ってくるよう頼み、少しして彼が帰ってきた。
ボディーガードが持ってきたのは、クリスマスプレゼントというにはあまりに似つかわしくない、大きな箱。
「藤崎明日菜くん、これがキミへのプレゼントだ。開けてみなさい」
「はい、マキさん!!」
明日菜が緊張した面持ちで蓋を開けると、そこには見事な色艶のマンゴーがぎっしりと詰まっていた。
その数、およそ三十個。
「おおぉぉぉ!!」
「…………」
背筋が凍った。
ここでマンゴーを持ち出してくるということは、この人は本当にうちの祖母と接触したのだろうか。
じゃないと私達の好物を、こうもピンポイントにプレゼントしようとなんて思えないだろうし。
お婆ちゃんはありえないくらい気難しい人だから、誰もうちのお婆ちゃんに近づかないのに……よく私達の話まで引き出せたものだ。
全く……タガログ語を急に喋り出したのといい、気持ち悪いことをしてくれるものだ。
「ちなみにこれ……北海道産の超ウルトラ高級品なので、全部でざっと100万円以上はしました〜!!」
弦巻さんが叫ぶと、後ろで椅子を揺らして眺めていた母が驚きのあまり転倒し……
「うわあああああああぁぁぁぁ!! 神だあああああああああァァァ!!!」
妹はマンゴーを一個掴んで狂気乱舞しながら、弦巻さんに抱きつき掛かった。
「いっぱいあるし、みんなで分けて食べるんだよ〜?」
「うん!」
狂騒の中、詩音さんが不思議そうな顔で私に問いかけてきた。
「私よく分かんないんだけど、マンゴーでそんな喜ぶものなの?」
「……マンゴーは私と明日菜の大好物ですよ」
「えっ、でも茜って好きな食べ物は沢庵じゃなかったっけ?」
「沢庵ももちろん大好きです。でも果物にジャンルを絞れば、やっぱりマンゴーが一番ですね、私は」
「あ〜、そういうこと」
祖母の母国へ一度だけ行った際、初めて口にしたこの黄金の果実。
私と妹はその国で出される食べ物が全部苦手だったけど、マンゴーだけはあまりに美味しくて、2人でずっと食べてた記憶がある。
でも日本に帰ってからマンゴーを買おうとしても、あまりに高くて買う気にならない高級品となった。
ただ、あちらでは一個五十円程度だったそれが、日本では手が出せないほどの高級品であることを帰国後に知り、私たちは絶望したものだ。
「そう言えば詩音さんが用意してくれたプレゼントって、なんですか?」
私が思い出したように尋ねると、彼女は少しバツが悪そうな表情を浮かべた。
「……アメに場の雰囲気持ってかれたから、ここで渡すの気が引けるな〜」
「あっ――」
その時、私も唐突に思い出した。
「ん?どうかした?」
『気が引ける』という言葉で連鎖的に思い出した。
誕生日プレゼントのマフラーを、未だに渡し損ねたままだったことを。
だが、今さら「これがプレゼントです!」と差し出すにはあまりに時間が経ちすぎているし、何よりさっき「何も用意していない」と言い切ってしまった。
あぁもう……最悪。
なんで私はこの代替が効く選択肢を、頭に入れなかったのか。
ここまで日が経ってしまったら、渡すのはもう諦めよう。
折角作ったのだし、マフラーは自分で身につけようと思う。
マフラーなんて巻いてる時間が面倒くさいし、すぐつけなくなりそうだけど。
「……いえ、なんでもありません。それよりも詩音さんが用意してくれた物を見せて欲しいです」
「えぇ〜、どうしよっかなー」
「………………詩音さん、それは流石にちょっとめんどくs――」
焦らし始めた詩音さんに対しつい本音を零すと、彼女は私の顔に小さな小包をぐりぐりと押し付けてきた。
「茜はもっと私に気遣って発言してね。特にこれを渡すの、すっごい悩んだんだから」
「ひゃい…………しゅびまばせん」
「ふんっ!……じゃあ自分の手で開けてみて」
解放された私は、恭しく小包を両手で受け取る。
「分かりました」
慎重に包みを解き中から出てきたのは、金属製の小さな鍵だった。
「……鍵?」
「そう! それはうちのマンションに入るための鍵。冬休みは一緒に過ごすんだし、あった方が便利でしょ」
思考が停止した。
……え?
なにこれ。
合鍵ってこと?
…………こういうのって家族に近い関係相手にしか渡さないのが常識じゃないだろうか?
だって絶対に信頼してない人に渡せないし。
しかも詩音さんは100万人規模の登録者がいるVtuber。
不用意に合鍵を渡すなど、自らの生命線を晒すに等しい暴挙。
例え恋人ができたとしても、そう簡単に決断できることではないはずだ。
「………………」
なんというか凄い反応に困る。
正直に言ってしまえば、この鍵があまりに重く感じると言ってもいいだろう。
絶対に無くせない代物だ。
私の命一つの価値より遥かに高い。
「ジロジロあげた物見つめて……もっと他に反応無いの!?」
「………………こんな大事な物、本当に私なんかに渡して良いんですか?」
私が悲観的な問いを投げると、詩音さんは私の肩に両手を置き、真っ直ぐに私を見据えた。
「『なんか』って何? こっちは茜の価値をそんなに低く見積もったつもりはないんだけど?」
「……詩音さん」
「ん?」
「好きです」
「知ってる」
そんなやり取りをしながらふと隣を向くと、マンゴーで狂気乱舞していた妹達は既に静かになっていた。
「アメ……?」
「貴女達、一体なに気持ち悪い被り物してるんですか。ちょっと怖いので普通にやめてください」
なぜかゴリラとオウムのお面を被り、虚無ってる目でこちらを見つめている。
「雰囲気がゲロ甘で、口角が天井に突き刺さるところだった!!」
「ハヤクツキアエ〜」
あぁ……なるほど。
そういう悪ふざけの感じね。
ホント、多種多様なふざけ方をしてくるな、この人達。
「そんなことを言われても、詩音さんは『女の子と付き合うのはちょっと……』というスタンスですから。無理なものは無理なんですよ」
私はいつも通り、適当に受け流す。
「そうですよね、詩音さん」
同意を求めるように話を振ると、彼女の纏う空気が、ふわりと変化した。
「詩音さん?」
「……………………最近は本気で付き合っても良いかなって考えてる」
「え?」
あれ?
聞き間違いかな。
それともお試しでの付き合いとかの話かな?
だったら全然こっちが無理だが。
そんなことを考えてると、詩音さんの方から隣に座ってきて、私の肩に身を寄せてきた。
「でも、もう少し待ってほしい。冬休み中一緒に過ごすんだから、それ終わった後までに決めるつもり」
落ち着いたトーンで彼女は言った。
……なんというか。
「茜っち、もしかして順序ぶっ飛んでるって思った〜?」
「貴女はちょこちょこ人の心を先読みするのやめてください。……まぁ思いましたけど」
だって簡単に言ってしまえばこっちから告白したけど保留にされて、でも流れでセックスはして、そして擬似的に同棲体験を経てから、付き合うことを決めるって話になってるのだ、これ。
一般常識的にみたら中々えぐい気がする。
しかも私達高校生なのに。
「でも詩音さんが私を受け入れてくれるのが大事なので、それで納得してくれるなら別に構いません」
私がそう言うと彼女は私の肩に頭を預けながら、少しクスりと笑った。
私は体重を預けてくる彼女に視線を移した。
「何かおかしかったですか? 自分でも結構まともなこと言ったつもりなんですけど」
「ううん。ただ昔のことを思い出してね、今の茜と比較すると落ち着き具合が半端なくて」
「あの頃は今みたいに人と話したりしなかったですからね。色々焦ってたんだと思います」
「うわぁ……確かに。もしも未来から来た私に『数ヶ月のお姉ちゃんはここまで変わるんだよ!』って言われても、絶対に信じれないかも〜」
「ふふっ……明日菜。そんなこと言い出したら、中学時代の私に『高校に入学したら推しと友達になれますよ』なんて言っても、絶対に信じないと思いますよ。こんなのは考えるだけ無駄なことです」
私はそう言いながら、自身の思考の海へとゆっくり浸かる。
もう詩音さんと出会ってから、結構時間が経った。
入学当初の私は、自分でも持て余すほどの寂しがり屋のくせに、人への耐性が皆無で友達など一人もいなかった。
けれど今は望まぬ経験ばかりが積み重なり、人間関係がわずかに増えてしまった。
そしてその経験に比例するように、私の人嫌いにはますます磨きがかかっている。
たぶん……これが詩音さんと向き合う気になれない、一番の大元。
詩音さんのことが好き。
それは揺るぎない事実だ。
ただ同時に、私は自分自身を含めた人間という種が、反吐が出るほど嫌いなのだ。
だからこそ私は人以外に救いを求め、神を夢想し、吸血鬼Vtuberという偶像にのめり込んだ。
メンタルが豆腐だった頃の私にとって、それは唯一の生存戦略だったから。
過去を思い返すと、やっぱり滑稽すぎる経歴だ。
「茜……大丈夫? 少し辛そうな顔してたけど」
「大丈夫です。……友達とこういうことをするのが初めてで、ちょっとだけ酔っちゃったのかもしれません」
「そっか……キツかったら言ってね。アメを連れて家に帰るから」
「そこまでしなくていいですよ。今日は泊まりって決めてしまってますから、その必要はありません」
私はソファからゆっくりと立ち上がった。
「少し洗い物片付けてくるので、詩音さんはそこでゆっくりしていてください」
「私も手伝うよ」
そう言って詩音さんは私の隣についててくれた。




