第52話 文化祭の反省(月宮:視点)
茜が入院してからのメイド喫茶はとても忙しかった。
それもこれも全部あの子が暴れ散らかしたせいである。
前回メイド喫茶での活躍、よく分からない劇の披露、最後にステージの歌。
持てるカードのすべてを使い、茜は知名度0の状態から私より目立ち切ってしまった。
その余波は凄まじく、翌日は朝から人が波のように押し寄せた。
「ごめんなさい。昨日のステージでもご覧頂いた通り、あのあと藤崎茜さんは入院してしまって」
《あ、そうなんだ。残念》
《えー?いないの。面白い子いるって聞いてきたのに》
《私の彼ピが入院?!?! お見舞いに行かなきゃ!!》
押し寄せる客、客、客。
対応に追われながら、私は自分の顔が引き攣るのを感じていた。
そしてそれは文化祭が終了して、茜が復帰した後も。
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放課後、人影のまばらになった教室。
私と鈴菜は二人で、床を掃く箒のリズムを合わせながら言葉を交わしていた。
いつもグループで固まっている私達が二人きりになる機会なんて滅多にないけれど、今日に限っていえば他の人達はインフルエンザで休んでるので、茜について唯一話せる友人との、またとない機会だった。
「藤崎さん、とんでもない人気だね」
鈴菜が感心したように、あるいは呆れたように呟く。
「………………錯乱してたとはいえ、ここまで自分で自分の首を絞めるなんて」
「入学した時から変人オーラ満載で超目立ってたけど、まさかこうなるとは思ってなかったな〜」
結局、茜が文化祭で蒔いた厄災の種子達は、私がクラスのみんなに呼びかけて、なんとかことなき終えた。
みんな別に茜とは友達でもないのに、やっぱりノリが良いのか、彼女が登校を再開した後も流れ作業のように、人を捌いていってくれた。
もはやクラスメイト全員が陰のSP。
もし茜がどこかで一人になるタイミングがあって、そこで誰かが話しかけようものなら、秒でうちのクラスの誰かがその厄災を祓いに行く。
そんな徹底したガードを、私たちは二週間近くも継続していた。
「けど……あれだけファンを増やしておいて、本人は究極の人嫌いなんだもんね。お天道様は何を考えてるのやら」
「でもやっぱり、こうなったのは私のせい……」
「詩音……話をブルーな方向に持ってくのやめて欲しいんだけど――あっ、そうだ!」
鈴菜が人差し指を顎に添え、悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「……な、何?」
「詩音はさ、藤崎さんに告白しないの?」
「なっ、なな、いきなり何を言ってるの!?」
「私、あの子から聞いたんだよね。詩音が好きってこと。詩音も別に藤崎さんのこと悪く思ってなさそうだし、どうせなら付き合っちゃえば良いんじゃないかな〜って思ったり」
「あ、あの茜が、自分からそんなこと鈴菜に話すわけが……」
「うん、もちろん鎌をかけたよ」
「…………最低だよ」
何してくれてるんだ、コイツ。
いや、それよりも私が茜と付き合う??
……ありえないでしょ。
それも女の子同士なんて。
「中学の時は付き合ってたじゃん。そろそろ新しい人を見つけようって思わないわけ?」
「だったら普通、男の子を選ぶでしょ!!!」
反射的に声を荒らげてしまったけれど、ふと冷静になる。
私、中学の頃に誰かと付き合っていたっけ?
思い出そうとしても記憶の底は霞んでいる。
覚えていないということは、その程度の相手だったのだろう。
「あんまりデカい声出すと、廊下にいるあの子に聞かれちゃうよ」
鈴菜の言葉に、私は慌てて口を片手で塞いだ。
「それに今の藤崎さんの評判なら、たとえ女の子同士で付き合ってるのがバレても、誰も文句言わないと思うよ。いま凄い人気者だし」
「…………いやいや、そもそもキスの件の火消しとかだいぶ面倒くさかったけどね? あれがまた再来するんだよ?」
文化祭の後、私に告白してきた男子の中には、断った途端に『もしかして女の子の方が好みなの?』と探りを入れてくる者も少なくなかった。
アメやクラスメイトの協力のおかげで、文化祭の噂の広まり自体は最小限に抑えられているけれど、それでも神経を磨り減らすような事態であることに変わりはない。
「その程度の理由で藤崎さんを振るんだ。かわいそ〜」
「……別に振ってないけど」
「え、キープってこ――」
調子に乗って煽り続ける鈴菜に、私は黙って蹴りを繰り出した。
しかし彼女は、軽快な身のこなしでそれを回避する。
「分かってるって。今は悩む時期だもんね」
「…………だるぅ」
「そういえば昔付き合ってた人のこと覚えてる?」
「覚えてない」
「だよね。本人を前にして『誰?』って言ってたって他の子から聞いたし」
鈴菜は呆れ顔で、手元のスマホの画面を私に差し出してきた。
そこに映っていたのは、中学の卒業式で撮られた、どこにでもある集合写真だ。
「これがあなたの元カレの寛太くん」
「あぁ……居たね、こんな顔の奴。振った後もしつこく私に粘着してきて、凄くキモかったのは覚えてる」
私はいつの間にかその元カレとやらを接客して、そのまま気づかずに終わったらしい。
「詩音って八方美人の割には、興味のない人間のことは一瞬で忘れるよね」
「こっちはVtuberで馬鹿みたいな数の人と関わってるの。どうでもいい奴の事なんか、一々頭に入れないでしょ」
「でたよバイト。私としてはそのバイトの内容を教えて欲しいんだけど――あっ、そうそう。ちなみに藤崎さんが廊下で嬲り倒した相手も、寛太くんだったらしいよ。私は現場にいなかったから事実か分からないけど」
「えええええぇぇぇぇっっ!?!?」
肺にある空気がすべて漏れ出るような絶叫が、教室に木霊した。
どういう因果でそうなったんだろう。
っていうか、茜……あの粘着男の前で私の唇を奪ったのか。
やってることがカラオケの時のアメより、1ランクぐらい上でエグい。
「二人していつまで駄弁ってるんですか。さっさと終わらせてくださいよ」
気づけば、教室の引き戸の向こうに茜が立っていた。
流石に二度も大きな声を出せば、嫌でも耳につくようだ。
復帰以来、彼女が肌身離さず身に着けているあの眼鏡が、夕陽を反射して嫌に目立つ。
アメの話によれば、あのレンズ越しに見る鈴菜の姿はまともに映っていないというのだから、恐ろしい道具だと思う。
……機会があれば、一度奪い取って身につけてみたい。
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃった。どうせなら藤崎さんも手伝ってくれていいんだよ?」
「はぁ?……なんで私がそんなこと」
「超嫌そう。でもあなたが蒔いた面倒ごと、みんなで片付けてるしな〜。少しくらいはお返し貰っても良いと――」
「いや、本当にあの時はすみませんでした。もう、是非手伝わせてください!」
「だよね」
現金なものである。
結局、私たちは三人で放課後の掃除を早々と終わらせることになった。
掃除を終え、いつものように茜と並んで歩く。
「あ〜、今日も配信だー」
「ふふっ……時間まで楽しみに待ってますよ」
私が茜と恋愛をする。
鈴菜に言われた言葉が反芻されるが、正直まだ現実味がない。
この自分の慎重さは、過去の両親から受けた虐待と、家族の関係を通して色恋に幸せを感じなかったの原因だと思う。
……けれどもし、もしも茜が「恋人になってくれないなら、関係を終わりにする」なんて言い出したら、私はたぶん自分の尊厳――体さえも差し出して彼女を引き止めるだろう。
この一年限りの誓約も、私は自分のすべてを賭して更新するつもりだ。
それくらい、私は茜に強く惹かれている。
あとなんだかんだ言っても、正直文化祭の時の彼女はとってもカッコよかった。
……もちろん二度とあんなことあって欲しくないから、死んでも本人には言わない。
私は茜が周囲を引っ掻き回す様を見て、嬉しくなったり、複雑な気持ちになったり……自分でも制御できない感情が胸の中で渦を巻いていた。
けれどこの今を、現状を、私は茜という存在を通して、心から楽しんでいる。




