第40話 一旦、三人でおねんねしときますか
「何しにきたんですか……貴女は!!」
二階に逃げ込み、荒い呼吸を整えてから数分。
私は覚悟を決めてリビングに戻り、ソファで我が物顔をして座る銀髪の不法侵入者――弦巻さんを指差した。
ボディーガードの方は何故か部屋の隅に立たされ、放置されている。
「三者面談ですよ。茜っちが学校でお友達と仲良くできてるか、心配で夜も眠れなくてね」
そう言いながら髭メガネを取り出し、身につけ、ふざけながら言った。
「大嘘を吐かないでください。っていうか、お母さんも! 何でこの馬鹿を家に入れたんですか?!」
私はダイニングテーブルに突っ伏し、夕飯が出来上がるのを待っているであろうお母さんに問う。
お母さんは「えー?」と、緊張感の欠片もない声を返してきた。
「だってこの子、すごく丁寧な挨拶をしてくれたし、何より茜の大好きな友達のお姉さんって自己紹介されたしね〜」
「え?..............え?」
……目眩がした。
どうやら私が旅行中に弦巻さんはうちの家族と出会ってたらしく、おまけに弦巻さん自身と月宮さんが義理の姉妹的なものだというのも自分で語った挙句に、月宮さんの過去の境遇まで弦巻さんはうちの家族に簡潔に話し切ったらしい。
更にこのボケカスは、私と月宮さんで行った旅行の全容を話したという。
でもうちの家族は、一度として私に旅行の内容を質問してこなかった。
そのことを考えると、本当に知っているとは思えない。
「お母さん。……私が旅行中にやったことの一つ、例を挙げてみてもらっていいですか。何を聞いたのか、確認したいので」
「そうねぇ……駅のホームでスマホを使って、あまりに大胆でロマンチックな愛の告白をしたって聞いたわよ? これを聞いた時、茜ってそんなに情熱的だった――」
「あー! あー!! もういいです!! それ以上聞きたくありません!!」
どうやら弦巻さんの話は本当らしい。
この人達は別に興味がないから聞いてこなかったのではなく、全部知っていたから私に聞かなかったのだ。
…………私はあの日のことを何も聞いてこない家族に、不信感を覚えるべきだったのだろう。
もっともそんなのを覚えたところで、神出鬼没のこの人から逃れる術はないように思えるが。
「マキさん、シスター・サニーの声で歌ってるところ見てみたいかも。歌ってみてよ!」
「ふふん、いいよ。でも明日菜ちゃん、私がVtuberなのは内緒だよ?」
「ダメです。騒がしくするなら、今すぐ二人で近所のカラオケにでも消えてください」
吐き捨てるように言い放つ。
何が歌だ。
こっちは今から夕飯を作るんだから、うるさくするんだったら全員、一旦いなくなって欲しいと思ってしまう。
「お姉ちゃん、それは酷いよ。バスで行っても近場のカラオケまで25分はかかるのに」
「じゃあもう大人しくしててください。これ以上騒がしくされたら、私の精神が持ちません」
……それにしてもこの人が、妙に家に馴染んでるのが気色悪い。
お母さんも月宮さんの時は結構警戒してたくせに、弦巻さんを顔パスみたいな感じで家に通すのはやめて欲しいものだ。
しかもお母さんなりに、この状況で私がどう動くのか観察して楽しんでいる節すらある。
そんなことを考えていると弦巻さんは、私の顔をじっと覗き込み、ニヤリと口角を上げた。
「……あれ? 茜っち、目元赤くない? もしかして、帰り道に泣いちゃった?」
その言葉に心臓がドキリと鳴った。
バス停での月宮さんからの、押し付けがましい前払い。
首筋に落とされた熱い感触と、脳を焼かれた末のあの情けない嗚咽。
……思い出しただけで恥ずかしくて嫌になる帰りの出来事だ。
気づけば弦巻さんは見透かしたような視線を送ってきていた。
私は咄嗟に顔を背ける。
「……泣いてません。帰ってる最中に目にゴミが入っただけです」
「えっ、お姉ちゃん泣いたの? 失恋? それとも学校でいじめられた!?」
「だから違いますって!!!」
家族が食いつく前に私は強引に話題を切り替える。
しかし、そんな私の抵抗をあざ笑うかのように、弦巻さんのスマホが短く震えた。
彼女は画面を確認すると、さらに深く嫌な笑みを浮かべる。
「おぉ〜ん、しおっちから連絡だよ。送られてきた長文を要約すると『茜ちゃんを泣かせちゃったんだけど、私の何が悪かったのか分からない』だって」
「…………っ!!」
最悪だ。
私の脳内シミュレーション通りの展開が、今このリビングで繰り広げられている。
「やっぱお姉ちゃん泣いてるじゃん。すぐそうやってバレる嘘吐く♪」
私のほっぺをつんつんしながら、調子に乗った明日菜がそう言った。
私はツンツンしてくる指を片手で掴み、射殺すような声色で言葉を返した。
「……黙らないと今日の夕飯、ピーマンカレーにしますよ」
「ごめんなさい」
妹を黙らせ、弦巻さんに向き直る。
すると彼女は楽しそうに指を動かし、返信を打ち込んでいた。
「『それはしおっちの対価?が重すぎて、茜っちの限界を超えちゃったんだよ。今度からはもっと優しくしてあげてね。夜の通話はいつも通りに接するんだよ?』……っと。よし送信」
「余計なことを送らないでください!!」
そう言ったあと、少しだけ自身の息を落ち着かせた。
私はため息を吐きながら彼女に問う。
「……弦巻さんは結局、何をしにきたんですか?」
「遊びに来たんだよー。ちょっとしたドッキリも兼ねてね〜」
「ドッキリ?」
「茜ちゃんが部屋を開けてから閉めるまでの流れは全部撮影済みなの〜。後ですっちーに送るからそのつもりでー」
「お姉ちゃん、すっごく酷い顔してたよ♪」
「......あぁ、怠い。ダルすぎますよこの人達」
もはや家に帰りたいって思ってしまう。
ここが家なのに。
「それと今日泊まってくね?」
「ダメです」
「お姉ちゃん! マキさんは私の部屋に泊めるから、それならいいでしょ?!」
「.......明日菜、一つ忠告しておきますけど、この人碌な人じゃないですよ」
「大丈夫だって! 私、人を見る目はあるから!」
「......そうですか。それなら勝手にしてください。ただしあんまり騒がないでくださいね」
夜中、特に弦巻さんに騒がれると面倒くさい。
私の家に泊まるなんてこと、彼女が月宮さんに言ってるとも思えないし、それを月宮さんに知られるのもアレだ。
……別に月宮さんにこれを言ったところでどうこうなったりしないだろうけど、私が他人を軽々と家に泊める軽い女だとは思われたくない気持ちがあった。
そして自信満々に胸を張る妹。
『人を見る目はあるから!』と言い放った明日菜であるけど、その目は今まさに節穴だと言いたい……が、何を言っても無駄だろう。
結局、なし崩し的に弦巻さんの宿泊が決まってしまった。
私は不本意ながらも、ボディガードさんと弦巻さんを含めた全員分の夕飯を作る羽目になった。
そして夜、就寝時間。
自室で月宮さんとの定例の通話が始まった。
だが、一言目から飛んできたのは、予想を上回る言葉だった。
『旅行の時はそっちからいっぱい触ってきたくせに、なんで私からはダメなの?! 意味わかんないんだけど!?!?』
おそらく弦巻さんの助言を得た上での、彼女なりの抗議なのだろう。
ぐうの音も出ない正論パンチだ。
確かに、旅行中の私は彼女に対してかなり踏み込んだことをした。
だけどそれはそれ、これはこれだ。
私が私のタイミングで触るのは許されるべきだけど、月宮さんから不意打ちで激しいのをやられるのは、あまりに心臓に悪すぎる。
スキンシップをとってくれることはとても嬉しいけど、あまり激しいのは......なんて本人に言ったら怒られるの確定なので、言えるわけもなく......
「帰りのことは申し訳ないんですが、忘れてください!」
「無理」
「そうですよね、無理ですよね。でもそこをなんとか......月宮さんのお願いをなんでも聞くので、どうか」
「じゃあ文化祭の日、学校を休まないって約束できる?」
それ、今日の帰りで行くって約束したはずなんだけど......信用されてなかったみたいだ。
まさかの追い約束を交わすことになるとは。
まぁうちの高校は3年に一回、結構大きめな文化祭をやるって感じだし、ここで参加しなかったら後がないし、月宮さん自身も結局は相当楽しみなのだろう。
私としては本当に超嫌だけど……
「............ ハイ」
承諾の返事をすることにした。
月宮さんは私の返事に満足したのか、そこからはいつも通りの穏やかな声に戻り、私たちはそのまま寝落ち通話へと流れていった。
通話の向こうで彼女の寝息が聞こえ始めたのを確認し、私は静かに部屋を出て、妹の部屋へと向かった。
「アレ、なんでお姉ちゃんも来たの?」
「弦巻さんと貴女を二人きりにするのが怖いからですよ」
「私の心配なんかしなくていいのに〜。茜っちは優しいんだね」
「......私は妹の心配をしてるんですが」
私は弦巻さんの揶揄いを無視し、三人分の布団を敷いた。
しばらく他愛もない話をしていたが、私は以前から抱いていた根本的な疑問を口にする。
「弦巻さんは結局、なんで私にちょっかいかけてくるんですか? 月宮さんの話はもう大体済んでますよね?」
「ちょっかい?」
「キミは今更そんな事を気にしてるんだ。私はただ面白い方の人についてるだけだよ〜」
「......貴女が私のどこに面白さを見出してるのか、見当もつきませんね。例えばどんなところですか?」
「えー、例えば......しおっちの事を好きって自覚した日に、私のことをレイプしてくれた事とか?」
その言葉が放たれた瞬間、部屋の空気がほんのひとときだけ凍った。
「レイプッ?!?!?! お姉ちゃん、女の人が好きだからってそこまでしたの?!」
明日菜がガバッと跳ね起き、驚愕の眼差しを私に向ける。
「そうそう茜っちはね、雨の日ずぶ濡れになりながらも、私にあーんなことやこーんなことをしてくれたんだ」
「……あぁ、もう。これだから」
怠い、だるすぎる。
これだからこの人を泊めるなんてしたくなかったのだ。
弦巻さんは自分に都合の悪い部分は伏せ、私が悪者のように聞こえるエピソードだけを抽出して演説しだした。
「おまけに私は続きをせがんだのに『飲み物を買ってくる』なんて言って放置――んむ」
私は寝返りをうつように体を横にしたタイミングで、弦巻さんの口を片手で閉じた。
「口を開かないでください、倒錯者。私は貴女がセットした変態チックな罠に、まんまと嵌められただけです」
「でもお姉ちゃん、詩音さんのことが好きなのにそんなことできるんだ。ちょっと意外」
妹のその皮肉寄りの発言が、私の胸に突き刺さる。
「明日菜......当時の私はこの人の悪戯に踊らされて、失恋したと勘違いしたんですよ。あの時はもう真剣に、月宮さんにも弦巻さんにも死んでほしいって思ってましたからね」
「そうなの、マキさん?」
口を封じられた弦巻さんは、楽しそうに目を細めて首を横に振る。
「おまけにこの人、私の目の前で月宮さんとキスしやがったんですよ。普通に許せなくないですか?!」
「......う〜ん」
「で、その後に私が同性愛者なのを知っていながら、この人は興味半分で私に自分からキスしてきたんです! ここまで挑発されたら鬱憤を晴らすしかないじゃないですか! ねー、弦巻さん!!?」
「今回の勝者、お姉ちゃん!!!」
私と明日菜でそう結論づけて弦巻さんに返すと、彼女は少しだけ微妙そうな顔をしていた。
「……キミたちってちゃんと二人揃って姉妹してるんだね。結論がそこに行き着く家庭、他にないと思うよ」
「貴女にそうやってドン引きされる謂れはないと思いますけど……全部そっちが悪いんですから」
私は吐き捨てるようにそう返すと、もはやこれ以上の不毛な問答は無用と考え、消灯用の紐へと手を伸ばした。
……が、暗闇に沈む直前、重要な懸案事項を思い出し、指を止める。
「そうだ。弦巻さん……寝る前に一つお願いがあるんですけど」
「な〜に?」
「文化祭終了後『数日ほど休みを貰えないか?』と、月宮さんに相談して欲しいんです。頭を休める時間が欲しいので」
流石に文化祭という地獄みたいな期間終了後に、普通に学校に顔を出すのは難しい。
そう思ったからこそも提案だった。
どうせ私から月宮さんに直接お願いしたところで却下されるのがオチだし、彼女を通せばすんなり話が通るのでは?……と思ったのだ。
「うーん…………それは寝てる間に考えておくよ!!」
「寝てる間に考える――は?」
私が疑問に思った時にはもう、規則正しい寝息が聞こえてきた。




