第41話 準備期間から超大忙し
「助っ人のファッション隠キャ担当、藤崎茜っちだよ〜! 仲良くしてあげてね!」
「文化祭準備期間の間だけ、表立ってお手伝いさせてもらおうと思ってます。適当に仕事を押し付けてください」
「そうそう、この人はとても器用で仕事をすぐに終わらせられる優秀な子だから! みんなも遠慮せず茜っちにどしどし仕事を振るんだよっ!」
文化祭準備期間の初日、五時間目。
私と弦巻さんは、今更ながら黒板の前に立って、茶番じみた自己紹介モドキを繰り広げていた。
結論から言えば、私は弦巻さんにお金で「買われた」のだ。
もともと学校行事など、準備期間含め適当にやり過ごすつもりでいた。
しかし弦巻さんが我が家に泊まりに来た次の日の朝、彼女はまるでオークションでも楽しむかのような手口で私を勧誘……いや、買収したのだ。
提示額は跳ね上がり、最終的に十万円という破格の報酬で私は落札されてしまった。
……ついでにプラスαで、昨日の私が出したお願いも付随されている。
「…………」
もちろん私は文化祭などに全く興味ないけど、参加することを決めてしまったわけだし、こういうことも人生経験としてやってみるべきなのだろうと思い、とても嫌々ながら参加させてもらうことになった。
それにバイトと違って、ゼロから人間関係を構築せずにお金が手に入るのは楽でいい。
クラスのみんなが私をどう思ってるか知らないけど、月宮さんが言うには悪いようにはなってないっぽいし。
ただ、問題があるとすれば……人前に立つという行為そのものが、私の魂をじわじわと削り取っていく。
「みんな口をぽかんと開けて驚いちゃってるね〜。茜っち信用ないんだって。『今まで口を開かなかったガリ勉に何ができるの?』ってさ』
……なるほど。
私のテストの点数はどうやら周知の事実化してるらしい。
これまで誰とも関わってこなかったから、自分がどうラベリングされているかすら知らなかった。
「そうですね。あんまり下手に仕事を押しつけられても困りますし、方向性を決めておきましょう」
私は教室の壁に掛かったスクリーンを棒で引き下げた。
それと同時に弦巻さんがプロジェクターのスイッチを入れる。
白光の中に浮かび上がったのは、私がこれまでに描き溜めたイラストだった。
「私の得意なことはお絵描きです。……文化祭はみんなで楽しむものだと思いますし、それぞれが自分にできることを取り組むことでしょう」
「うんうん、そうだね〜」
淡々と演説する私の背後で、弦巻さんが嫌な手際の良さで次々とスライドを切り替えていく。
「なので『この分野は藤崎に丸投げした方が効率がいい』って思ったら、遠慮せずに言ってください。絵を描く以外にでも、私にできそうなことなら頼んでくれて構いません」
その時だった。
弦巻さんの悪戯心により、どこから引っ張ってきたのか分からない私の「天野シオン」のファンアートが、一秒だけスクリーンを支配した。
――ガシャンッ!
私は反射的にプロジェクターが置かれた机を蹴り飛ばして光軸をずらした。
画面はあらぬ方向を向き、映像は霧散する。
「……それと、どうやら私は弦巻さんのお願いで全学年を連れ回されるようなので、用がある方はお早めに言ってくださると助かります」
私は平然を装ってスクリーンを元の状態に戻した。
そして静まり返っていた教室が、一拍置いて爆発した。
「上手すぎるだろおおおお!!!」
「勉強もできて絵もプロ級ってマ?」
「えええええええ!!??」
「はいは〜い。みんな驚いてないでさっさと仕事に掛かってね〜」
---
しばらく作業をこなし、私は束の間の休憩をもらって廊下で一人、夕陽に黄昏れていた。
「ふぅ……怠いことこの上ないですね」
最近は妙に食べ物が喉を通らない。
胃の奥には常に不快な重みがあり、言いようのない疲労感が私を苛む。
原因は考えるまでもない。
十中八九、人前に立たなければいけない状況に追いやられたからだ。
『茜ちゃんって絵とか描けたんだ。知り合って結構経つのに知らなかったなぁ』
片耳のワイヤレスイヤホンから、入院中の月宮さんの声が届く。
「弦巻さんは知ってたみたいですけどね」
『え、なんでっ?! どうしてアメが知ってるの!?』
「月宮さんは旅行前日に弦巻さんに私のTmitterアカウントを特定して、メッセージを送るよう言いましたよね?」
『…………言った。その時は茜ちゃん、私の通知オフにしてたみたいだから、アメに任せた方が上手く進むかなって思って』
「結局、月宮さんはその後私のアカウントを気にするようなことはなかったようですが......」
『もしかしてそのアカウントでファンアートを投稿してたから、アメだけが茜ちゃんの特技に気づいてたってこと?!』
「です」
『何それ意味わかんない。隠さずに言ってくれれば良いのに』
「本人に言うとか、普通に恥ずかしくてできないですよ。……まぁでもシオンちゃんのアカウントからいいねがきてるので、気づくタイミングはあったと思いますけどね」
けど……月宮さんとの出会いを境に、私はその手の推し活をやめてしまった。
元々はシオンちゃんとちょっとでも繋がれればいいな、って思いから始めた事だし、たぶんもうファンアートを描いたりすることはないと思う。
『はぁああああ?!?!――ゲホゲホッ!!』
「もう......私と喋ってないで寝てたらどうですか? 月宮さんは喘息で入院してるんですから、あんまり喋るのは良くないですよ」
『...........そんなこと言って、なんだかんだ授業中も片耳イヤホンつけて私とずっと通話繋げてるじゃん』
「まぁそれはそうなんですけどね。いつ先生に指摘されて怒られるか、ヒヤヒヤですよ、ほんと」
そんなこんなでスマホ越しに軽口を叩いていると、背後から声をかけられた。
「その〜......藤崎さん?」
振り返ると、そこには茶髪を緩くハーフアップにした女子生徒が立っていた。
「マキちゃん伝手で他のクラスのやつらが『うちのクラスの装飾も手伝ってほしい』って頼みに来てるよ」
「......それ、どこのクラスとか言ってましたか?」
「確か2年のB組だったような......」
「そうですか、ありがとうございます。えっと――」
私はそこで言葉に詰まった。
彼女が誰なのかが分からない。
自分のクラスメイトだというのは覚えているのに、名前が出てこないのだ。
『.......どうせ「この人誰だっけ」とか考えてるんでしょ。クラスメイトの坂本 鈴菜だよ。私と結構話してる子なのに分からないの?』
はい、神。
「……坂本さん」
「私の名前覚えてたんだ、意外。詩音からは『人に話しかけられるのを極端に凄く嫌がる人』って聞いてたのに、結構喋れるんだね」
坂本さんは興味深げに目を細め、私をじっと観察するように眺めた。
『あっ、それ本人に言うの!? ……茜ちゃん、鈴菜は自分に正直な面喰い女だってことを覚えておけばいいよ! 遠慮せずにモノを言ってくるけど、悪気があるわけじゃないから!』
私は雑な詩音さんの紹介を無視して、坂本さんに言葉を返した。
「あはは......弦巻さんも自分で言いにこればいいのに」
「あの姉妹は人使い荒いところあるからね。それ込みで面白い人達だから別にいいんだけどさ」
月宮さんと弦巻さんの関係まで知ってるのかと驚いたけど、この人はアレだ。
おそらく小学校、もしくは中学校くらいから友達だって言ってた幼馴染の人か。
確か月宮さんと知り合って間もない頃に、ずっと付き合いのある友人何人かと一緒にこの高校に入ったって言ってた気がする。
それにしても月宮さんや弦巻さんと関わる人にしては、纏ってる雰囲気がだいぶクール寄りだ。
その雰囲気であの人――っていうか主に弦巻さんのノリによくついていけるものだ。
「それに詩音は性格悪くてあざとい、顔が良いだけののうたりんだからね。藤崎さんも苦労しないように頑張りなよ――って思ったけど、プロジェクターを派手に蹴飛ばしてたから、心配する必要はないかな?」
……あぁうん。
配信の時のシオンちゃん並みに口悪いし、クールとか関係なかったかもしれない。
「......坂本さん」
「ん、なに?」
「今イヤホン越しで月宮さんと通話してるので、全部聞かれてます」
『そうだよこの阿呆! いつものほほんとしてるくせに陰口だけは一丁前だね! あんたの彼氏に悪い噂でも流してやろうか?!』
月宮さんはいつになく言葉が汚い。
坂本さんは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに取り繕うことなくスッと表情を戻すと、私の耳元に唇を寄せた。
「喘息で入院してるんだって? 今週の土曜日にケーキでも持ってお見舞いに行ってあげ――あ、ごめん。土日文化祭だったわ」
『◯ね』
「早く退院しないと、詩音にしか開かない藤崎さんの心。私が奪っちゃうかもねー」
『あんたみたいな性格ブスに、期限付きの茜ちゃんの心を奪えるわけないでしょ。っていうか茜ちゃんは私に惚れてるんだから、そんなこと考えるだけ無駄!」
「はぁ......」
耳元でごちゃごちゃとうるさい。
互いの声が聞こえないことをいいことに、二人して言いたい放題だ。
私は坂本さんの体を軽く押し距離を置いた。
「あれ?」
「ちょっと話しすぎちゃいました。そろそろ作業に戻ろうと思います」
「そだねー。それが良いかも。じゃあマキちゃんと詳しい話をしに教室に戻ろうか」
「はい」
......それにしても今日だけで一生分他人と会話してる気がしてならない。
これが文化祭終了まで続くというのだから、本当に辛い。
だけどこれも月宮さんと、お金のため。
頑張らなくては。
気合を入れ直し、教室へ戻るべく数歩歩き出した――その時だった。
急に片足の感覚が消え、膝から崩れ落ちた。
「えっ、大丈夫?!」
『?......何かあったの?』
返事をする余裕もなかった。
胃から熱い何かがせり上がり、強烈な吐き気に襲われる。
「だ......大丈夫です」
私は震える手で通話を切り、脇目も振らずにトイレへと駆け込んだ。




