第34話 ロマンチックな告白とは何か?
「月宮さん、今日は本当にありがとうございました」
「…………」
「人生で一番と言って良いほど、充実した日々でした。これから暫く会えないのがとても寂しいです」
それは自分でも驚くほど素直な本音だった。
馬鹿でかいお金の借りや、ハサミで怪我した痛みさえも、全てが愛おしい記憶に変わっていく。
しかし、月宮さんの反応は冷ややかだった。
「……『寂しい』は絶対私に気を使って言ってるでしょ。
「なんでそう思うんですか?」
「なんとなく」
彼女は私の腕を振りほどこうともせず、ただ投げやりに吐き捨てた。
「なんとなくで私の気持ちを否定されても困りますよ……」
「だって……あの日以降、私のことを好きって言わないじゃん」
「…………は?」
「茜ちゃん、実は女の子だったら誰でも良かったりするんでしょ。どうせっ!!」
「いやいやいや…………」
えぇ……
なんで今その話にシフトするんだろう。
……その話を続けてしまったら、収拾をつけるのが難しくなってしまう。
そして私は行動での好きはもちろん自分が満足するまで伝えたい派だけど、言葉での『好き』はここぞという時に言いたい派だ。
正直、前回の告白は色々と投げやりな流れだったので、私としては全く納得していないシチュエーションだったりする。
そうなると、やっぱり『好き』って言葉にする機会を得るのは難しくなったりするし、言えなくても仕方ないっていうか…………なに、この状況。
とりあえず、愛の告白は重くあるべきなのだ。
しかもそれが月宮さんは相手だとしたら尚更。
月宮さんは人に依存するだけ依存して、人を好きになってくれない、最低な鈍感女なのだから。
「心外ですよ。私は貴女に嫌がられるかなって思って、わざと好意を伝えてなかっただけなので」
「……どうだか。茜ちゃんがもう私のこと友達として見てないことくらいお見通しだからね」
月宮さんはそう吐き捨てると、私の腕を強引に振り解こうとした。
私は必死に抗い、彼女の背中の温もりに執着する。
「それは月宮さんが勝手に感じてるだけであって、私はちゃんと貴女のことを友達だと思ってますよ!」
「嘘つき!」
月宮さんがそう悲観的に感じるのは、私の態度が前まで激変してるせいだからなのだろう。
私の脳をぐちゃぐちゃにしてくれた全ての元凶はあのアル中がなので、怒りをぶつけるならそっちの方に当たって欲しいものだ。
そうこうしているうちに、新幹線が到着し、ブレーキ音が私達の会話を遮断する。
プシュウ、と音を立ててドアが開く。
それを合図に、月宮さんは渾身の力で私を引き剥がした。
「じゃあ! 今度こそ、またね!」
「はい。次の夏はうちの地元の花火大会にでも行きましょう、二人で」
これはイライラしてる彼女を諌めるための嘘。
来年にはどうせ引きこもってるので、花火大会に行くつもりなど毛頭ない。
「来年の今頃にはいないくせに……期待しないで待っとくよ! ふんっ!」
月宮さんは怒りに任せた捨て台詞を残し、キャリーケースのキャスターを激しく鳴らして車内へと消えていった。
ドアが閉まる警告音が鳴り始める。
「…………暫くの別れだというのに、これですか。人間関係っていうのは、やっぱり思うようにいきませんね」
ホームに取り残された私は、呆然と下に顔を向けて立ち尽くす。
これは失敗しただろうか。
こんなことなら抱きしめている時に、唇の一つくらい強引に奪っておけば良かったかもしれない。
いや。
まだだ。
……まだ、終わっていない。
私は迷いを断ち切るように顔を上げた。
確か、月宮さんの指定席はホーム側の窓際だったはずだ。
「月宮さんには、分かるはずもありません」
独り言を吐き捨て、私は人混みを掻き分けて疾走した。
新調した青いロングスカートが足にまとわりつくのも構わず、彼女が座る車両の窓を目指す。
「私が貴女と出会って、どれだけ世界の色が変わったのか。どれだけ貴女に、この空っぽだった人生を無茶苦茶にされたのかを」
見つけた。
月宮さんがちょうど席に腰を下ろすのが見えた。
彼女は窓の外で必死に追いついてきた私の姿に気づき、驚愕に目を見開く。
「――――――!」
分厚いガラス越しなせいで声は聞こえない。
彼女はむすっとした顔のまま、追い払うように「シッシッ」と手を振っている。
まだ怒っているようだ。
一体、さっき言葉のどこに沸点があるのか、正直私には全く理解できない。
私は彼女の拒絶を無視して、スマホを取り出した。
メモ帳アプリを開き、震える指で文字を打つ。
この数日間……いや、出会ってからの数ヶ月間、ずっと喉元でつかえていた言葉。
今も尚。退学して関係を切ろうとしている私が、絶対に口にしてはいけない言葉。
それを今伝える。
そして私はこのまま温度感で一ヵ月会えないままに放置など、こっちのメンタルが耐えきれない!
「告白上等! そっちが求めるなら、こっちもとことんやってやりますよ!!」
私は文字を最大サイズに拡大し、スマホの画面を光らせた。
そして、それを自身の顔に仮面のようにし、押し付けるように掲げた。
彼女の瞳に私の顔よりも先に、この文字が焼き付くように。
『月宮さんのことが大好きです! 私と付き合ってください!』
私は画面を右手で掲げたまま、左手で小さく手を振って微笑んだ。
月宮さんの動きが止まる。
彼女はスマホの画面を凝視し、次に私の顔を見て、また画面を見た。
次の瞬間、彼女の綺麗な顔がくしゃりと歪んだ。
両手で顔を覆い、肩を激しく震わせる。
彼女はその場に突っ伏すように崩れ落ちた。
ガタン、と重厚な車体が揺れ、巨大な鉄塊がゆっくりと滑り出す。
突っ伏したままの彼女の姿が、加速する闇の中へと遠ざかっていく。
私はその背中が見えなくなるまで、腕が痺れかけるまでスマホを掲げ続けた。
「ふふっ……」
一人取り残されたホームで、自然と笑みがこぼれた。
「なんで月宮さんが泣いていたのか全く分かりませんが……」
私はスマホを下ろし、画面の文字を見つめる。
「これで少しは愛を理解できない月宮さんにも、私の想いが届いてくれていると嬉しいですね」
送信ボタンのない、ただのメモ書きの告白を――
「ん?…………んんん???」
……あれ、おかしいな。
私が打った文字数は4文字で大好きという言葉のみ打ち込んだはず。
私は目を擦ってスマホの画面を4度見くらいした。
『私と付き合ってください』
……見間違いじゃないようだ。
「……ま、まずいです。ありあまる欲が先行しすぎちゃいました!!」
私はただ、好きという言葉を伝えるだけで終わるつもりだったのに!!
ここに来て最後の最後で欲が先走ってしまった!!!
急いで訂正しないといけない。
私はメモ帳のスクショと共に、謝罪の文を送った。
――付き合って下さいはミスです。ちょっと欲が出過ぎちゃいました。もちろん私達は今まで通り友達なので安心してください。旅行、本当に楽しかったです!!――
「これでよし!」
返事は暫くこないだろうけど、これでなんとか釈明できた。
私は好きな人を嫌々、私の恋人にする趣味などは無いのだ。
ここ数日で少しばかり彼女の弱みを握ることができてしまったが、それを利用するつもりは無い。
付き合うなら、ちゃんと彼女が私に恋していると、私自身が理解してからであるべきだ。
「ふぅ……私も家に帰るとしましょう」
一息つき、私は誰もいない番線のホームへと足を向けた。
そうして新幹線に乗り込み、京都を後にしたのだった。




