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【百合】最推しが同級生だった挙句、弱みを握られ抵抗虚しく性的にタコ殴りにされるまでのお話。  作者: 中毒のRemi
第一章 出会い編

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第28話 忘れるべき記憶

 ホテルまでの道すがら、私の頬には常に突き刺さるような視線があった。

 月宮さんは約束通り、一言も喋らず、ただじっと私の横顔を見つめていた。

 その瞳は雨に濡れた街灯の光を反射して揺れていたけれど、そこにあったのは疑いではなく、何かに縋るような切実な光だった。

 

 雨音と靴音が響く中、私たちはホテルへと滑り込む。

 豪奢なエントランスの暖かさと乾燥した空気が、冷え切った肌を包み込んだ。

 スタッフに軽く会釈をし、チェックインを済ませて部屋へと向かう。

 カードキーを差し込み扉が開く。

 そこは外の嵐が嘘のような静寂と安らぎに満ちた空間だった。

 

「……ふぅ」

 

 部屋に入った途端、張り詰めていた糸が切れたように、二人同時に小さな息を吐く。

 お互いの服は肩や袖口が雨で湿っていたし、足元も少し濡れている。

 風邪を引く前に身体を温めなければならない。

 

「月宮さん、先にシャワー浴びてきてください。身体、冷えちゃいますし」

 

 私がそう促すと、月宮さんは濡れた前髪をかき上げながら、首を横に振った。

 

「……ううん。茜ちゃんが先に入って」

「え? でも」

「私、ちょっとだけ……今の気持ちを整理したいから。少し一人で頭を冷やす時間が欲しいの」

 

 その言葉は拒絶ではなく、彼女なりの誠実さからくるものだと分かった。

 さっきの散歩で私が伝えたこと、彼女自身が抱えてしまった重さを、一人で噛み砕く時間が必要なのだろう。

 

「……わかりました。じゃあ、お言葉に甘えますね」

「うん。ゆっくり入ってきて」

 

 私はタオルと着替えを持ってバスルームへと向かった。

 熱いシャワーを浴びながら、私は深く息を吐き出す。

 お湯が冷えた身体を解かしていくのと同時に、さっきまでの緊張感も少しずつ和らいでいく。

 

 ――大丈夫だ。

 目を閉じると、帰り道での彼女の視線が蘇る。

 あの視線は、私の言葉を信じようとしてくれていた。

 私の「楽しい」という感情が嘘ではないと、確認するような目だった。

 

 私の想いはちゃんと届いている。

 そう確信できたことで、私はようやく心から安堵することができた。

 

 手早く髪と身体を洗い、バスルームを出る。

 部屋に戻ると、月宮さんはソファに浅く腰掛け、窓の外の雨をぼんやりと眺めていた。

 私が戻ってきた気配に気づくと、彼女は少しだけ表情を緩めた。

 

「お待たせしました。月宮さんもどうぞ」

「うん、ありがとう」

 

 彼女がバスルームに消え、しばらくするとシャワーの音が聞こえ始めた。

 私はその間にドライヤーを準備し、彼女が上がるのを待った。

 

 二十分ほど経っただろうか。

 水音がおさまり、少し上気した顔の月宮さんがバスルームから出てきた。

 

 白いバスタオルに包まれた体。

 そして湿った髪がうなじに張り付いているその姿は、同性の私から見ても不吉なほどに色っぽかった。

 

 彼女が鏡の前でどうしようかと手を止めたのを見て、私は自然と身体が動いていた。

 

「お疲れでしょうから、私がしますよ」

「え……でも、悪いよ」

「いいんです。私がやりたいだけですから」

 

 私は彼女をベッドの縁に座らせると、背後に回ってタオルを手に取った。

 濡れた髪を優しく包み込み、水分を吸い取っていく。

 

「……ありがとう」

 

 月宮さんの小さな呟きが聞こえた。

 彼女は抵抗することなく、私にすべてを委ねてくれている。

 

 タオルドライを終え、ドライヤーのスイッチを入れる。

 低いモーター音と共に温風が吹き出し、私は彼女の細い髪を指で梳きながら乾かし始めた。

 

 さらさらとした黒と青が混ざった髪が、私の指の間を滑り落ちていく。

 その感触が心地よくて私は丁寧に、慈しむように手を動かした。

 

 彼女の背中とただ向き合う時間。

 ドライヤーの音が、二人だけの世界を外界から遮断する壁のように感じられた。

 八割ほど乾いたところで、私は一度ドライヤーを止め、櫛に持ち替えた。

 

 静寂が戻った部屋に衣擦れの音と、櫛が髪を通る微かな音だけが響く。

 

「……ねぇ、茜ちゃん」

 

 不意に月宮さんが口を開いた。

 背中越しでも、その声が真剣な響きを帯びているのが分かる。

 

「はい?」

「どうして茜ちゃんはシオンのことが好きなの?」

 

 私の手がぴたりと止まる。

 ふっと湧いて出たその質問は、あまりに私の本質を突いたものだった。


 一体何を思って、その言葉が口に出るに至ったのだろう。

 だいぶ理解に苦しまされる。

 

「え~、言いたくないです。空気が重くなっちゃいそうですし」

 

 私は努めて軽薄に、おどけた調子で返した。

 硬直した空気を解きほぐすように、櫛を動かす手を再開させる。

 

「好きな理由話すだけなのに重くなるの?」

「まぁ……理由が理由なので」

「そうなんだ」

 

 月宮さんは短くそう言うと、少しだけ身体を捻ったかと思うと――。

 つねり、と。

 私の太ももを、彼女の細い指先が躊躇なく摘み上げた。

 

「いっ……!」

「別に空気重くしてくれても良いよ。私がさっき散々重くしたんだから、茜ちゃんも合わせてくれないと不公平でしょ」

 

 少し意地悪そうに、でもどこか甘えるような声色で彼女は言う。

 太ももに残る痛覚と熱が、彼女の「逃がさない」という意思表示のように感じられた。

 

 ……本当にこの人は。

 どこまでもどこまでもズルい人だと思う。

 

「あはは……自覚あったんですね」

「いいから、言ってよ」

「……仰せのままに、です」

 

 私は観念して小さく息を吐いた。

 髪を梳かす手は止めない。

 彼女の美しい髪に触れていると、不思議と昔の傷跡も冷静に眺められるような気がした。




 ---

 


 

「……私は、生まれた時からずっと根暗だったんです。クラスの隅っこで息を潜めているような、そんなごく普通の子供でした」

 

 ぽつりぽつりと、私は語り始めた。

 誰にも話したことのなかった、私の澱んだ原風景を。

 

「長い長い孤独の中、小学生のとある頃にクラスの中心にいる明るい子たちを見て、気の迷いから『楽しそうで良いな』って思ってしまったんです。だから無理してその輪に入ろうと頑張りました。私の拙いコミュ力で、必死に笑顔を作って」

 

 櫛が小さく絡まった部分に引っかかる。

 私はそれを解くように、慎重に言葉を選んだ。

 

「でも、その時に出会った人たちは……今思えば、少し悪い子たちだったんでしょうね。突然関わりだした空回りな私が面白かったのか、小学校卒業まで、私は様々ないじめの標的になりました」

「……」

「中学校からはクラスが離れましたけど、もう人間関係そのものがトラウマになってしまって。そこからずっと一人で誰とも関わらず、全てを自分の中だけで完結させるようになりました。心はずっと限界でしたけど、それが一番マシな状態でしたから」

 

 月宮さんは何も言わない。

 ただ静かに、私の言葉に耳を傾けてくれている。

 私は彼女の髪を指で整えながら、記憶の中の光景を辿る。

 

「そんな時です。たまたまスマホを開いた時に、おすすめに出てきたのが『天野シオン』の初配信でした。YouTubeのライブ配信なんて一度もタップしたこともなかったのに、何故か指が動いて……気づけば、私はシオンちゃんの声に聞き入っていました」

 

 あの時の衝撃は今でも覚えている。

 画面の向こう側にいた自信に満ち溢れた、キラキラとした存在。

 いや……衝撃というよりは、じんわりと私を侵蝕してくる感覚と言った方が良いのかもしれない。

 

「……私はどうしてVtuberというコンテンツを――シオンちゃんを好きになってしまったのでしょう。……今思えば、彼女に自分の夢を重ねていたのかもしれません」

「夢?」

「そうです。彼女に自分を重ねて……人に愛される自分、誰からも後ろ指を指されない自分、中心に立って誰かを照らす自分。シオンちゃんが人気になればなるほど、彼女に向けられる称賛が大きくなればなるほど、まるで私自身の無価値な人生が肯定されているような、そんな甘美な錯覚に耽っていたんです」

 

 それはあまりに歪で、身勝手な人の形だと思う。

 

 空想に自身を重ねて……現実から眼を背けて、先へ進み続けるシオンちゃんを見ながら、あたかも自身が成長しているかのように錯覚する。

 

 弱肉強食は世の常で絶対不変の真理。

 強者は生き弱い者は首を吊って死ぬべきだ。


 そんな弱い私は、強く生きようとする彼女に自身を重ねて、甘く昏い夢を見ていた……のかもしれない。

 

 これが自分の口で説明できる限界だろうか?

 

 気づけばもう後戻りが出来ないところまで、私の頭はおかしくなってしまった。

 

「もしくは、他のファンと同じように貴女の周りに集まっていれば、それだけで一種の仲間意識が生まれて孤独感が紛れていく……というのもあったかもしれません」

「そんなに寂しかったんだ」

「はい。そして貴女のファンでいれば、貴女を見続けていれば、それだけで私は自分に存在理由を感じることが出来ていたのかも……」

 

 私は最後の一房を梳かし終え櫛を置いた。

 彼女の髪は今はもう完全に乾き、天使の輪のような艶を放っている。

 

「……反吐が出るほど、独りよがりで歪んだ恋ですよね。言語化してみると、改めて自分の醜さが浮き彫りになって、自分でも少し引いてしまいます」

 

 私が自嘲気味に笑うと、月宮さんはゆっくりと俯いた。

 

「……ごめん。たぶん、聞いちゃいけないことをいっぱい言わせちゃったよね」

「大丈夫です。私は誰にも言ってこなかった本音を話せて、結構スッキリ出来ましたから」

 

 これは本心だった。

 ずっと胸の奥に沈殿していた泥のような感情を一番知られたくなかった……けれど、一番知ってほしかった人に受け止めてもらえたのだから。

 

「そっか……」

「ここまで悲観的な事をいっぱい語りましたが、今は人生で一番幸せな時間なので、そんな嫌な過去の事を考えたりはしなくなりましたけどね」

「友達がいっぱいいるわけでも、人気者になったわけでも無いのに、茜ちゃんは今幸せなの?」

「はい」

 

 私は迷わず返事をする。

 

「今の私は月宮さんが隣にいてくれているだけで、充分幸せですから」

 

 月宮さんはその言葉を聞いてすぐ、振り向いてきた。


 あまりに無垢で切実な瞳と視線がぶつかり、私は心臓が跳ね上がるのを感じて、慌ててそっぽを向いた。


「なんでこっち向くんですか!」

「えっと、どんな顔して今の台詞言ってるのかなって思って」

「確かにちょっと言い過ぎたと、自分でも思いました。……こう言うのは顔が見られない状態を作ってから言うべきでしたね」

 

 チラッと横目で彼女を見ると月宮さんも何か言いたげに口を開きかけたけれど、私はそれを遮るようにスマホを手に取った。

 

「っ……と、そろそろ良い時間ですね! 語りすぎちゃいました」

「あ……」

「お腹、空きませんか? 夕ご飯の時間にしましょうか」

 

 私は照れ隠しのために少し早口になりながら提案する。

 月宮さんは一瞬きょとんとした後、ふふっ、と柔らかく笑った。


「お金払うのは私なんだけどね〜」

「すみません……」

 

 まだ外の雨は降り止まない。

 せっかく乾かした髪や身体を濡らしてまた外出するのは億劫だった。

 そう伝えると月宮さんも同じ意見だったようで、彼女が少し背伸びをしてルームサービスを頼んでくれた。


 メニュー表を見ながらあーだこーだと悩み、結局運ばれてきたのは、二人でシェアできそうなクラブハウスサンドとポテトフライ、それに食後のデザートだ。

 ワゴンが部屋に運び込まれ、スタッフが退室すると、広い部屋に再び二人きりの静寂が戻ってくる。

 ただ、そこには温かい料理の香りと、さっきよりも少しふんわりとした空気が漂っていた。


 ......それにしても、ホテルの宿泊料の時もそうだったけど、今夜の夕飯の値段を聞いただけでも目眩がしそうだった。


「いただきまーす」

 

 向かい合って食事を進める。

 これが高級ホテルの味か、などと感慨に浸りつつ空腹を満たしていくと、ふと月宮さんがフォークを止めて口を開いた。

 

「……あ、明日の予定はどうしよっか」

 

 唐突な問いかけだったけれど、少しだけどもったその声には、どこか迷いのような色が滲んでいた。

 いまだ彼女は私に気を使っているのかもしれない。

 

「最初に立てた計画通りに進むのでも全然良いと思いますし――というか、私はいない想定で一人旅行でもする前提で、計画を立て直してもらって大丈夫ですよ。そこら辺は月宮さんが負担にならない方向で合わせます」

「本当に?」

「はい。それにホテルに戻るまでの間に、私がどう感じてるかは理解して貰えましたよね?」


 私がそう返すと、月宮さんは少し拗ねたように顔を歪ませた。

 

「そうだけど……また今日みたいな事になったら嫌だし、私は一人で旅行とか行かないし。どうせならそっちが行き先を全部決めてよ」

「良いんですか? ほぼ全額奢られる側の私が、行き先まで決めてしまっても」


 私は苦笑しながら問い返す。

 正直私が今から一から組み立てると、絶対に元の予定から大きくズレることになるだろう。

 完璧主義そうな彼女のことだ、私の行き当たりばったりなプランがストレスにならないか心配でもある。

 けれど月宮さんは私の心配をよそに、穏やかに微笑んだ。


「良いよ。私は茜ちゃんが楽しんでる顔を見てたいし」

 

 そのサラッと言われた湿度の高い言葉に、一瞬頬が緩みそうになった。

 

 ……そこまで言われて、遠慮するのは野暮というものだ。

 私はポーカーフェイスで返事をする。

 

「そうですか? ならまずは神社巡りでもして、神様に挨拶でもしてまわりましょうか」

「神社? 京都の神社ってことはやっぱり……」

「まずは王道の伏見稲荷神社に行ってみましょう。朝早くからにでも行って、誰もいない千本鳥居の写真でも撮れることが出来たら良いですね」

「夏休みが始まったばかりだし、みんな同じこと考えてそう……」

「そこはまぁ……神社ですし、それこそ神頼みするしかないって感じですね」

「そういうところは茜ちゃんらしく、ちゃんと終わってて良いね」

 

 ふふっ、と二人で顔を見合わせて笑い合う。

 そんなこんなで次の行き先について話しながら食べているうちに、気づけばお皿は空になり、窓の外の夜も更けていた。

 

 明日は早起きしないといけないので、早寝をしようと思う。

 それに今日は色々なことがありすぎて、なんとも言えない疲労感が身体を包んでいた。


 食事を下げてもらい、歯磨きを済ませる。

 部屋の明かりを落とすと、豪奢な客室は足元のフットライトと、枕元の間接照明だけが灯る薄暗い空間へと変わった。


 部屋にある二つのベッドにそれぞれで潜り込んだ。




 ---




 ベッドに入ってからどれだけ時間が経っただろうか?

 30分くらい?……1時間くらい?

 スマホで時間を確認してしまうと眠気が冷めそうなので触っていないが、私はいまだに眠れずにいた。


 やっぱり普段とは寝る環境が違うせいなのだろう。

 シオンちゃん…………の舞台を見に行くためにホテルで寝泊まりした時も、あまり寝付けなかった。


「…………はぁ」


 私はとても小さな声で溜息を吐いた。


 ……それにしても今の一瞬、シオンちゃんのことを考えただけで、脳がフリーズを起こしそうになった。

 

 私がシオンちゃんと月宮さんの好意が、かなり微妙なところで乖離してるせいで、二人の事について同時に考えると、変なバグが発生する。

 これはシオンちゃんにも月宮さんにも、私は両方に好意を抱いているからなのだろう。

 …………同一人物なのに。

 

 考えるだけ嫌になってくる。

 

 そして考えるだけ嫌になってくるのは、それだけじゃない。

 月宮さんに対する好意を押し殺している今にも、苛立ちを感じてしまう。

 

 彼女からすれば傍迷惑極まりないかもしれないが、私は自身の()()という感情には全力でいたい。

 

 それは推し活同様に。

 そしてそれは失恋が確定している事だとしても。

 

 今日一緒に雨の中を歩いてる時にも思った事だけど、なんかもう推しとして好きを超えて『ずっと今みたいな二人だけの時間が続いてほしい』なんて考えてしまっていた。


 正直自分の好意に制限を掛けるのは苦痛でしかない。

 この思いをポーカーフェイスで隠しきれるのは、もって数日が良いところだ。

 

 一回告白して派手に玉砕する方向性も、近いうちに一度模索しておくとしよう。

 

 どうせ叶わない恋なら、ここで派手に振られて全部お終いにしてしまうのもありなのだ。

 それでキスの件も有耶無耶になって、私が退学して推し活に戻れば全部元通り。

 

 とても完璧で最高に杜撰な計画である。


「…………」


 月宮さんの寝息が全く聞こえないのが若干不気味だが、私もそろそろ寝ようと思う。

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