青龍、元の生活へ。
私はぼうっと仮面の不思議な男と担がれた少女の出ていった扉を見つめていた。
ふと今は戦いの途中だってことを思い出して、飛び上がるように立ち上がり、参加者がいたはずの広間に向かった。
そこでは参加していた客たちがシオンや玄武、白虎や芹澤先生に縛り上げられていた。
「…マスター」
「青龍。お疲れ様。捕らえられていた人たちの開放に向かってくれていたんだよね、ありがとう。
暗殺リストに入っていた5名はもう処分したよ」
「…そう、なんですね。シオン、でしょうか」
「シオンくんだね。ヤタさんや玄武、朱雀と白虎は周りの下の人たちの相手をしていたよ」
マスターは子供の成長を嬉しく思う親のような顔をしていたが、その評定に隠された本当の感情は深く読み取ることは出来なかった。
私はシオンの方に小走りで近づいた。
「お疲れ、シオン。手伝うわ」
「…いやお前も疲れてるだろ」
いつもより低い声音。
少しくぼんだように見える目もと。
不自然に私に目を向けないようにする目。
きっとシオンにとって人を殺したのは初めてだったのね。
このメンツで、きっとトドメを刺したことがあったのは私だけだ。
学園に入れば、暗殺の任務も入ってくる。
だけど、1年まではトドメまでは刺さず、引率の教師か殺し屋が殺すことになっている。
でも私は、マスターに育てられ、唯一の例外として、1人で単独任務にも向かっていた。
シオンには始めの段階でバレてしまったが、ヤタちゃんや朱雀はきっと知らないはず。
そして、この暗殺任務は2年になって初の任務だった。
2年に上がって私たちは任務をいくつかこなしたが、そのどれもが警察に引き渡すような任務だったから。
「シオン…」
「セイもこんな気持だったんだな。今まで」
「…そう、ね。私は今まで両手で数えられないくらいの人を殺してきた。始めの方は、罪悪感に潰されそうになって眠れなかったわ」
でも、慣れればいいってもんじゃない。
「私たちは、これからずっともっと人を殺す。これからも、罪悪感に押しつぶされるなんて、そんなの嫌。
だけど、その気持ちの欠片はこころに持っておくべきだと思うわ」
「…そう、だな。ごめん」
「謝るんじゃないわよ。こういう時はお互い様でしょ?バディなんだから」
やっと私の方をみたシオンの瞳を見つめて、私は今できる最大限の笑みをうかべた。
「今日はちゃんと休めよー」
「はーい、シオン行こ」
「おう」
客を全員、警察に引き渡し、マスターと別れ、私たちは直行便で学校へ帰ってきた。
ヤタちゃんや朱雀たちは夕食を食堂で取るらしいけれど、私たちは冷蔵庫に賞味期限ギリギリの食材があったことに気がついて、一緒に食べようと言われたのを断ったのだ。
「何があったっけ。鮭と、玉ねぎとパプリカ?あと味噌もあったし、乾燥わかめとお麩も買ってた気がするわ」
「あと、米は炊かねえと」
「じゃあ、鮭の甘酢煮込みとお味噌汁にしようか。鮭の甘酢煮込みはご飯にも合うし」
寮の部屋に着いて、2人で荷物をおろし、靴を脱いで部屋に入る。
2人、洗面所で手を洗い、キッチンに立つ。
シオンはお米を量り、研いでくれる。
私は、冷蔵庫に入っている鮭の切り身を水で軽くすすいで、パプリカと玉ねぎを切る。
そして諸々の処理が終わり、お酢と醤油を適量、鍋に入れて鮭を置き、最後に玉ねぎとパプリカを入れて、
鍋の蓋をする。
これはマスターがよく私たちに作ってくれた料理の1つでもある。
「俺、先に風呂入ってくるぞ」
「わかった。シオンが入ったら私もすぐ入るわ」
シオンの声を背中に聞いて、私はお味噌汁づくりに入る。
中くらいの鍋に水を計量カップで量り入れ、沸騰してきたら火を止めて味噌を適量お玉にとって
お湯に溶かす。
味噌がすべて溶け切ったら、乾燥わかめとお麩を入れて、弱火で火をつけて蓋をする。
「セイ。あがったぞ」
「早かったわね、お味噌汁を今火にかけてるから、10分経ったら火を消しててくれる?」
「わかった。もう夕飯の準備してても良いな?」
「うん、よろしく!」
シオンがキッチンに向かったのを横目で見て、私はお風呂へ向かった。
この部屋の備え付けのお風呂はシャワーだけで、湯船に浸かりたい時は近くの温泉まで走っていく。
洗面所で洗顔をして、シャワーを浴びる。
髪を念入りに洗い、少し切り傷があるところは避けながら体を洗って、すぐにあがる。
もう5月終盤。少し蒸し暑くなってきて夏物のパジャマや私服も押し入れから出さなければ、とシオンと話していた。
私も少し背が高くなったから、また服を買いに行かなきゃいけないな。
そんなことを思いながら、テディベアの描かれた白いシンプルなTシャツとギンガムチェックの短パンを履いて、脱衣所を出る。
「シオンー、あがったわよ」
「おう、ってお前また髪の毛乾かしてねぇな」
「…いやぁ忘れてた」
入寮してから再三シオンに言われ続けているが中々、忘れてしまうことが多い。
家にいた時は朱雀かマスターが乾かしてくれていたから、自分で乾かすことなんて滅多になかった。
「はぁ、乾かすから、こっち来い」
「はーいママー」
「誰がママだ!」
任務が終わってお金が入った時に2人でショッピングモールに買い物に行って買った、2人用の
落ち着いたベージュ色のソファ。
そこにシオンが座り、その下に私が座る。
シオンの慣れた手つきで髪を乾かすのが心地よくて、何だか寝入りそうになってしまったが、
どうにか起きて、シオンの髪が乾いたという言葉で立ち上がった。
シオンはドライヤーを片付けて料理が並べられたちゃぶ台の前に座ったが、私は私の荷物の中から、綺麗にラッピングされた箱を取り出してシオンの真横にぺたんと座った。
そして手に持っている紺色の小さめのジュエリーボックスをシオンに突き出した。
「これ、俺に?」
「うん、女子で東京観光している時に買ったの。お揃いで私も買ったのよ」
珍しく早口でまくしたてる私を物珍しそうにシオンは見ていたが、すぐに手元のジュエリーボックスを開ける。
「シルバーバングルか、綺麗だな」
「気に入った…?」
「ああ、明日から付けておくよ」
そう言い、箱を閉じたシオンは私の方を何か覚悟したような目で見つめた。
2人の視線が空気中で絡まる。シオンの瞳は何によるものかはわからないけれど揺れていた。
「俺も、セイに渡そうと思ってたものがあったんだ」
シオンは立ち上がって、シオンの棚から何かを持ってきて、さっきと同じ位置に座った。
「セイ。いつも俺と戦ってくれてありがとう。俺を、信じてくれてありがとう。
俺に、名前をくれて、ありがとう。あの頃から、ずっとセイのことが、好きです。殺し屋という職業を目指しているけれど、明日の命を保証できない俺だけど、これからもそばにいてくれませんか…」
シオンの瞳が不安げに揺れる。
きっと私も私が思うよりもずっと動揺しているだろう。
ずっと、シオンは私に相棒という愛情は抱いていても、異性としての好意は抱いてないだろうと思っていたから。
目の奥が熱くなって、何かが私の中から溢れてくるような気がする。
私は、小刻みに震えているシオンの両手を私の両手で包んで、精一杯の笑顔を浮かべた。
「私も、私も、シオンが好き。ずっと一緒にいましょう!」
大好きな人と、一緒にいる時間を手放したくない。
そんな強い感情が私を、シオンと突き動かした。
きっと、私たちを引き離そうとする何かが現れても、きっと私は大丈夫だ。
そんな単純で馬鹿で純粋な考えが、その時の私を映していた。




