12-80 伝説のバンドの復活
同時刻、ライブハウスにて。
「そーらーいーじーんぐさーん」
「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」
急遽前座という名の時間稼ぎに駆り出されたマタンゴさんズは短い手足を振り回し懸命に躍動感あふれる激しめのダンスを踊る。ただ最初こそその愛くるしさに盛り上がっていたものの、徐々に観客の中に飽き始めた人間が現れた。
「どうする? 流石にこれ以上は厳しいよ。キノコ君たちも疲れてきてるみたいだし。コメント欄にも長いって文句が出てきてるよ」
「うう、サクラギったら本当にどこに行ったのー!?」
配信のコメントを確認したヘイザエモンの言葉にイナデラは叫んだ。このままではライブイベントは失敗に終わってしまう。彼女たちは最悪の展開を予期しその表情に焦りの色が見え始めた。
「せめてあと一グループくらい演奏してくれる人がいればなあ。チラッ」
しかしスイメイだけは期待に満ちた眼差しを父親たちに向ける。そう、彼女はこの状況を打開する事の出来る人物の存在を知っていたのだ。
「シンゴ。行ける? 君がやらないで誰がやるんだ」
「……そうだな」
スイメイ父の言葉にイナデラの父親はようやく覚悟を決める。彼は控室の片隅に置かれていたギターケースを開け、そこから相棒とも呼べるエレキギターを取り出したのだ。
「え? お父さん……?」
音楽に関するものを視界に入れる事すら拒んでいた父親のその行動にイナデラは困惑した。だがすぐに彼女はそのギターが丁寧にメンテナンスされ、いつでも弾ける状態である事に気が付いた。
「それじゃあ皆、行ってくるわね。場をしっかり温めてくるわよ」
「お母さんまで」
そしてケマの母親も含め、かつてのバンドメンバーたちはそれぞれの相棒を手にステージへと向かった。だが突然の事に彼女たちは喜びよりも不安のほうが勝ってしまい、素直に歓喜する事は出来なかった。
「えーと、大丈夫かな。昔取った杵柄っていうけど最後に演奏したのっていつだっけ。アレな演奏だったりしないよね? 炎上しないよね?」
ライブハウスの入場代は決して高くはないが安いわけでもない。お金を取る以上責任は生じる。炎上を何よりも嫌うヘイザエモンは様々な辛辣な意見を思い浮かべ余計に狼狽えてしまった。
「っていうかお父さんはそもそも指……」
それ以前にイナデラは父親がギターを弾けない事を知っていた。確かに昔の父親は神がかり的な超絶技巧で絶大な人気を誇っていたが、ギターの演奏に欠かせない親指と人差し指を失った事で夢を断念した。
もし可能性があるとすれば三本の指で演奏をするか、どこぞのパンクロッカーの様に歯ギターをするくらいか。だがそのどちらも現実的にはまず不可能である。それはつい最近まで自らもギターを弾いていたイナデラ自身が誰よりも知っていた。
そして沈黙。三人は失敗を確信しより一層落ち込んでしまった。だがスイメイは、
「大丈夫よ、あの人たちは」
ギュイイン!
「ッ!?」
そう告げると同時に稲妻の様なギターの音がライブハウスに響き渡る。イナデラたちは慌ててステージ袖に移動し、そこで繰り広げられていた光景に驚愕した。
「お父さんっ」
そのまさかだった。なんと父親は三本の指だけでギターを巧みに演奏していたのだ。その目にも止まらぬ手さばきは目で追う事が出来ず、注意深く見ても指が欠損している事にすら気付かなかった。
「お父さん……なんだ。やっぱ音楽の事全然忘れてなかったじゃん」
その時イナデラはようやく気付いた。父親は夢を諦めていたわけではなかったのだ。その時がいつか来ると信じ、再びギターを弾くために今までずっと血のにじむ様な努力をしてきたのだ。誰にも評価されなくても、夢をつなぎとめるためにたった独りで必死にもがき続けていたのだ。
「まったく、さっきまで不安だった自分がバカみたいじゃん。これはバズるよ、確実に」
「皆カッコいいね~!」
「ふふ、そうだね。でもここまでだと逆に出辛いなあ」
観客席からは割れんばかりの歓声が聞こえる。前座としてはこの上なく申し分ない。強いてクレームをつけるとするならば主役を一口で食べる程にあまりにも演奏が素晴らしすぎるくらいだろうか。
「いいじゃない、超えてみましょうよ。伝説を」
「そうだね」
だがスイメイの言葉にイナデラは奮起する。今すぐは無理だとしてもまずは目の前の伝説を超えてみせよう。きっとそれがこの商店街を救う第一歩になるはずだ。




