12-64 始まる事なく終わった律子の恋
荒木律子はラブコメを繰り広げている黒鬼やヨシノたちを無視し、一人静かな場所で読書を読んでいた。
波の音と賑やかな声が遠く聞こえる。この場所はこんなにも楽しい想いに満ち溢れているというのに自分は孤独だった。
その恋愛小説は内容をそらんじる事が出来る程度に読んできたので結末は知っている。ヒロインが決して報われる事がない事も。
小説は丁寧に扱いながら読んできたが流石に経年劣化で傷んでいた。この状態ではおそらく中古屋に売っても値段はつかないだろう。
わかっていた。黒鬼とギバがビジネスパートナー以上の関係だという事も、自分を見てくれていない事も。そして二人の間には決して入れない事も。
だが別にそれでも構わない。自分は子供を産めないし、荒木の一族には補佐する英雄と結ばれてはいけないという掟があるのでどの道その様な関係になる事は決してないのだろう。
しかし何故こんなアイドルグループの様な掟が出来たのだろうか。一応昔そうなったが故にやらかしたご先祖様がいたとは伝え聞いてはいるが、正直自分もそのあたりの詳細な事情は知らなかった。
もっとも、そもそもを言えば黒鬼と自分が結ばれるには荒木の一族どうのこうの以前の問題がある。
かつて関西では赤月会とその系列の王帝鬼が率いる黒王会というマフィアが抗争を繰り広げられていた。
最終的に戦争で勝利したのは赤月会だが当時は黒王会のほうが勢力は上回っていた。彼らは政財界と密接につながり金も権力もほしいままにしていたのだ。
具体的に言えばその繋がりは姻戚関係によるものである。王は血のつながりを重視し幹部を地元の名士と結婚させ、王もまた関西の検察のトップの荒木を妻に娶ったのだ。
荒木は彼を心の底から愛した。そして本来子供が産めない身体であったはずなのに、どういうわけか身ごもり子供を産んでしまったのだ。
しかし王はその子供に一切の愛情を与えなかった。それもそのはず、彼にとっては家族など自分が権力を得るための道具でしかなかったのだから当然だろう。
彼は荒木より以前に別の女性にも子供を産ませていた。だがそれは極めて暴力的な方法だった。
その女性は素性のわからない身分の低い人間だったがたった一つ他の人物とは違う点があった。それは超情的な力を持った現人神だったという事だ。彼の目当てはその力だけだったのだ。
そう、察しの通り荒木の子供が律子、現人神の子供が黒鬼というわけである。つまり二人は腹違いの兄妹というわけなのだ。
二人が出会ったのは黒王会が壊滅した後だった。だが両者の間に当然家族という意識はなく、かといって他人という程希薄な関係でもなく、なんともいえない気まずい空気のまま日々を過ごす事になった。
そしてそれから数年。そのつかず離れずの関係性は今でも続いていた。
かつてマフィアに恋愛感情を抱いた夢見がちな母親がそうであったように、禁断の恋に一度も憧れる事がなかったかと言われれば嘘になる。けれど律子はその度にその想いに蓋をしてきたのだ。
自分は彼と兄妹であり、そして荒木の一族なのだ。だから恋愛するなどあってはならない。わかっていた事ではないか。
そう遠くないうちに消耗品である自分は短い生涯を終えるだろう。だが愛する人が伴侶として選ぶ人間を見る権利くらいはある。
ギバはやや粗暴だが少女らしく、人情味にあふれ仲間からの信頼も厚い人間だ。幾度となく仕事をしてきた自分は彼女の人となりも知っているし何ら問題はないだろう。
なによりあそこまであからさまなラブコメを見せつけられたのだ。流石に未練たらしい自分でも諦めはつく。
この感情にはため息をつく価値もない。律子はボロボロになった本を読み終えるとそれをゴミ箱に捨てた。




