12-49 偽ヨシノについて
腹ごしらえを終えた後僕らはする事がなく、というか何も出来ずただただ黒鬼さんの隠れ家でじっとしていた。
『乳首ドリルせぇへんのすんのかいッ!』
「ねーねー、ヨシノくん。これってどういう意味なの?」
「ミヤタ、こういうのに意味や面白さを求めちゃいけないよ。伝統芸はする事に意味があるんだよ」
「そっかー」
出来る事と言えばこうしてテレビを見て暇を潰す事くらいか。ただ今回の新喜劇は外れだったらしくミヤタは退屈そうにあくびをしていた。
「ブタ成分が足りないのー。そろそろブタのニオイを嗅がないと寂しくて死んじゃうのー」
「そんなにいいニオイでもないでしょ」
「わかんないかなー? あのほどほどの臭さがいいんだよ」
彼女は早速ホームシックになり家族の温もりを求め切なそうにゴロンと転がる。それはコミカルなようだけど僕はそれ以上に罪悪感を抱いてしまった。
「ジュースでも飲む? 自由に飲んでいいって言ってたし。はい」
「わーい!」
彼女の精神状態を案じた母さんも同じだったらしく、瓶ジュースの蓋を開けてガラスのコップに注ぐとミヤタはすぐに機嫌を直してごくごくと飲み始める。
「あれ? リンゴっぽい名前なのにミカンっぽい味がするの?」
ミヤタはそのジュースの名前とは異なる味に首をかしげていた。ひとまずはこれでいいけど追手に怯えながら隠れて生活し自由に外に出れないというのはかなりのストレスに違いない。
こうなったのは僕のせいだし早めに解決して何とかしてあげたいんだけどな。まだジュースで誤魔化せる間に……。
「ごめんね、ミヤタ。母さんも巻き込んで」
「どうして謝るのー? 悪いのはヨシノくんの偽物なの。確かに今は大変かもしれないけどわたしは大変な事もヨシノくんと半分こしたいの!」
でもミヤタはニコニコしながらまるで意に介さず僕の謝罪をはねのける。情けないけどこんなに優しくされたら泣きそうになっちゃうよ。
「うふふ、子供を護るのは親の役目よ」
「というか母さんも信じてくれるんだね、僕の事を」
自分で言うのもなんだけど普通の人間ではない僕は人生において何度も大失敗をやらかしたろくでなしだ。その事は一番迷惑を被った母さんが誰よりも理解していたはずなのに。
「親が子供を信じる事に理由なんて必要ないわよ。ほら、ゆう君も今はゆっくり休んで。ジュース入れてあげるから」
「うん」
母さんはいつもの様におおらかな笑顔でそう言い切ったけど僕にはそんな母さんの優しさが少しだけ辛かった。いい加減親孝行の一つや二つしておかないとなあ。
ガラスのコップに注がれたアップルジュースの様な色をしたジュースに映った顔を僕はじっと眺める。その時の表情は随分と人間染みた情けないものだった。
「ねえ、ヨシノくん」
「うん?」
「実は私、セントマリアに戻る前にヨシノくんと桜の木についてお話ししたんだけど……もしかしてしてない?」
「いいや」
ミヤタはふと身に覚えのない話をした。僕は一切記憶にないけど状況を考えればその人物が何者かであるかはすぐに理解出来る。
「そっかー、もしかしてあのヨシノくんは偽物だったのかなあ」
「だろうね。危ない事はされなかった?」
偽物の僕の目的はわからないけど人を殺しまくっている人物と接触したと考えるとそれはかなり危険な状態だったに違いない。僕は良からぬ想像をしたけどミヤタはううん、と首を横に振って否定した。
「そういうのはなかったよ。けど偽物だったと思うんだけど……偽物じゃなかったかもっていうか」
「え、どういう事?」
「ちょうど出会った頃のヨシノくんみたいだったっていうか、なんか寂しそうだったの。それに偽物だったとしてもわたしにはあのヨシノくんが悪い人には思えなかったんだけどなあ」
「ふーん……ミヤタがそういうのならそうなんだろうね」
ミヤタの主張には根拠らしい根拠はない。だけど曇りない眼と純粋な心を持つ彼女はなんだかんだで人を見る目はある。彼女がそういうのならきっとそうなのだろう。




