12-44 おパンツフィロソフィアのMr.ハロウィン
しばし悩んだ後、僕はとにかく行動する事に決めた。
「あのー、すみません」
「ちょっ、お兄ちゃん」
うん、ボス戦になるかもしれないけどここは勇気を出して話しかけてみよう。こんな事ならもうちょっと弾丸を用意しておくべきだったよ。
「あの、そんなところで何してるんですか?」
「風を待っているんですよ。天使を地上に拘束する全ての枷を解放する導きの風を」
「はあ」
大男は穏やかでありながら力強い声で僕の質問に答える。これがシリアスな漫画ならこの男はこの後とんでもない大災厄を引き起こすに違いない。こんな大御所声優さんみたいな声の人が端役の訳がないのだ。下手をしたらこいつとの因縁は最終章まで続くかもしれないな。
「ぽてちてぽてちてー」
そこにスカートをはいた可愛らしい幼女がとことこと走ってくる。今は夏だから薄着で何ともロリコンを誘惑する素敵なお召し物だ。いやこれは冗談だけど通行人も多いしここでバトルになったら困るな……。
ふわっ。
「きゃっ」
そこに一陣の潮風が吹き、その妖精の様に無邪気な風は幼女のスカートに悪戯をする。詩的な言い方をしたけどまあ要するに――スカートがめくれたのだ。
「ふんッ!」
「え」
「ぴゃー!?」
直後、大男は目にも止まらぬ速さでスマホを取り出し瞬時におパンツを撮影した。幼女は何が起こったのかわからない様子だったけど本能的によろしくないものを察したのか慌てて逃げ出してしまう。
「えーと……あんた今何したん?」
「天使を庇護する聖なる衣を写真に収めたまでです。ありがたやありがたや。おお主よ、この祝福を感謝します」
大男は十字を切り神に祈りを捧げた。十字架っぽい銃もそうだしこの男はクリスチャンなのだろうか。神様もこんな事で感謝されて迷惑でしかないだろうけど。
僕たちは確信する。この変質者に深い動機は存在しない。そこに幼女のおパンツがあった、だからおパンツを奪った。変態がおパンツを手に取る事に理由は存在しないのだ。
「ねーねーヨシノくん。このおじさんおまわりさんの所に連れていこうよ。多分おパンツ泥棒もこの人だろうし」
「だね。よし紗幸、連行するよ」
「イエスマイブラザー。オラとっとと来い変態」
紗幸はビシッと敬礼をして大男を連行しようとした。だが彼はその手を力任せに振りほどく!
「変態の……変態の何がいけないんだァー!」
「ひゃわわ!?」
「ぴゃ!?」
大男は街中に響き渡る大声で世界中の変態の想いを代弁するかの様に叫んだ。紗幸とミヤタはびっくりしてしまったけど、その信念の宿った瞳に僕は思わずその男から目を離せなくなってしまったんだ。
「かの哲学者は言いました、信念に従えばそれは全て正義になるとッ! 幼女のおパンツを盗撮する、そして奪い取る、そんな私の行いは確かに犯罪ですッ! しかしそれは確固たる信念に基づくものなのですッ! これは運命を切り開き世界を救うために必要な事なのですッ! 私は全人類に言いたいッ! 変態こそ我が人生ッ! 変態である事は罪だとしても決して恥ではないとッ!」
「「なんだこいつー!」」
堂々と開き直った変態に一般的な倫理観を持つ女性二人はドン引きしてしまう。だけど僕はその魂の叫びに自然と涙を流してしまったんだ。
「あんた……漢だよッ! 変態と書いて変態だよッ! よくぞ言ってくれたッ! 僕たちは変態のままでいいんだッ!」
「同志よォォォオオッッ!!」
僕は変態大男と暑苦しい抱擁を交わす。僕たちを理解しようともしない有象無象の大衆の眼なんて一切気にせずに。
「さっちゃん、この変態どもどうしよう」
「ボコればいいと思うよ」
「そだね。ボマイェエエッ!」
「ぐべー」
そして世界にとって害虫でしかない僕らに最高の膝蹴りが飛んでくる。だけど僕にはその痛みすら心地よかったんだ。
「アアァン……気持ちいいれす~! 幼女に蹴られるなんて生きててよかったあッ!」
「ひぃい! こいつキモいの!」
それは大男も同じだった。どうやらこいつはマゾでもあったらしくその痛みで体力を回復してしまう。共感は出来るけど救いようのない変態だね。
「さあ! もっともっと蹴って殴って罵ってぇええッ! もっと汚物を見るような目でッ! 私は神子様の様に全ての痛みを人類のために受け止めますッ!」
「ぴゃあああっ!? はよ死ねファッキンド変態クソペドゴミカスやろーッ!」
ミヤタは半狂乱で闇雲に殴り飛ばすけど大男は完全にノーダメージだった。でも変態だとしても最強の物理アタッカーであるミヤタの攻撃を微動だにせず受け止めるだなんてこの男ただものじゃないな?
「わわ、私も加勢するよ! とおお!」
「むほー!」
紗幸もたまらず攻撃に加わり放置自転車を武器にして大男を殴りつける。けれど結果は同じ、大男にとっては中学生も守備範囲だった様だ。
「お兄ちゃんも手伝ってよ!」
「クッ! 僕には出来ない……同志を攻撃するなんてッ!」
「てめぇふざけた事言ってると兄妹の縁とポコチン切るぞボケッ!」
一方僕は見守るに留める。個人的に戦いたくなかったっていうのもあるけどこの男は僕如きでは倒せない。何よりも彼はただの変態でそんなに悪意は感じられず緊急性もないように見えたからね。
「ここですね、変態がいるっていうのは……ってMr.ハロウィン!? 何でこいつがここに!?」
「ありゃハナコ。知ってるのこいつ?」
しばらく変態怪人と交戦していると他のエリアにいたハナコとひかげがやって来た。彼女のリアクションを見る限りこいつも一応正史には出てくるっぽいけどボスキャラなのかな。いや確かに見た目と声は大ボス感はあるけども。見た目と声だけは。
「は、はい! 希典さんの元部下で現在は白き帝の軍勢の軍門に下っています! ただ実力はあるのですが度重なる不祥事によって更迭された、具体的には組織の品位を落とすそのはい、ええとつまり要約するとただの安全な変態です!」
「安全な変態って日本語おかしくないかな。とりあえず皆こいつシバいて」
「わかったぞ! ってハロウィン久しぶり! 元気にしてたか?」
「おや、あなたは……ああ、ヤツカさんの所の。今の名前はサバトさんでしたっけ。随分と愛らしい見た目になりましたねぇ。ハストルードさんも。ぐふ、ぐふふ」
「は、はい……」
白き帝の軍勢である彼はサバトやきぃとは顔見知りだったようだ。性的な眼差しに怯えているきぃはともかくサバトが親しくしてるって事はハナコの言う通りそんなに悪い奴じゃないのかな。
「ちなみにどうやったらこいつを倒せるの? かなりタフだけど」
「うーん、超速再生持ちなので普通の方法では多分無理です。でもミヤタさんのあの大技ならもしかして!」
「う、うんわかった! こぉおおおおっ!」
ハナコのアドバイスを聞いたミヤタは拳に力を込めて必殺技を繰り出す準備をする。この技は発動まで時間がかかるから実践ではサポートが必要だけど、ハロウィンは避けようともせず嬉々としながら両手を上げ一切抵抗する素振りを見せる事はなかった。
「おお、これがあの! バッチコイでーす!」
「お望み通り……ぶっとべ、とおーッ!」
「ああんポンポコピーッ!!」
当然ハロウィンは直撃、一撃で吹っ飛ばされて遥か彼方に吹っ飛ばされてしまう。普通の人間なら死ぬだろうけどまあ彼なら何も問題ないだろうな、変態だし。
「ひぃ、ふう。これで世界の平和が保たれたのー」
「ぷひ」
「ぷー」
「ぴー」
「ぷぎー」
「ねえお兄ちゃん。これ何のイベントだったんだろう。蛇足としか思えなかったけど」
「さあねえ」
ミヤタは幼女とは思えない程疲れ切った表情をしていて、全てをやり切った後に残ったのは虚しさだけだった。何も出番がなかった僕は取り合えずぶた連中をもにゅもにゅし、とっとと帰る支度を始めたのだった。




