12-38 白き帝の軍勢と赤月会の抗争
チーム明日花とイナデラたちが青春の汗を流しながら練習に明け暮れている中、麻薬取締官の黒鬼はギバと律子、そして部下と共に神渡市の寂れた雑居ビルの階段を昇っていた。
この陰鬱なビルにはこのあたり一帯を仕切るヤクザ組織の事務所がある。盛者必衰、この暴力団も昭和の時代は栄耀栄華を極めていたが暴対法により立ち退きを迫られ今ではこのような汚らしい場所で細々と冷や飯を食べる生活をしていた。
それだけなら何も問題ない。ただ朽ち果て誰にも看取られずに消えるのを待つだけの話だ。
だが貧しさに耐えかねて先代の言いつけを無視し麻薬の密売に手を出したのが運の尽きだった。それは麻薬をこの世で最も忌み嫌う最恐の麻薬取締官、キンマの鬼兵を激怒させるのに十分だった。
マムシの様に執念深く地の果てまで追い詰め、獄門鬼の様に情け容赦なく徹底的に叩き潰す。泣く子も黙るキンマの鬼兵からは誰一人として逃げられないのだ。
何より彼には誰一人として抗えない法の外側に位置する掟破りの奥の手がある。
その悪鬼の様な深紅の瞳の前は全ての嘘を暴き真実を引きずり出す。そう、そのままの意味で――無論あまりにも荒唐無稽な話であり、同時に非合法な捜査のため徹底的に秘匿されその秘密を知っている人間はごくごく限られているのだが。
そして今回も入念に計画された摘発の後全員が一網打尽という結末になる、はずだった。
「こ、これは!?」
「ふーむ」
部屋に踏み入った部下や黒鬼は困惑していた。何故なら事務所は既に血の海になっており生きた人間はどこにもいなかったからだ。
「あらら、こりゃまた派手にやられてるなあ」
「一歩先を越されましたか」
暴れる用意をしていたギバは肩透かしを食らいひどく残念がる。だが実際これは好ましい状況ではない。
彼らは麻薬の密売においてそれなりに上の立場であったが死人となった以上もう言葉を聞く事は出来ない。つまり彼らの口から密売組織の情報を得る事は永久に不可能になってしまったという事なのだ。
「ひっ、お、うぇっ!」
それにしても酷い殺され方だ。日本刀や銃の様な優しい方法による殺し方ではない。ヤクザたちは生きたまま四肢をもがれ、はらわたをえぐられ――そのどれもがとても人間のする殺し方ではなく一部の部下は嘔吐してしまった。
「ドアホ、現場を荒らすんじゃないですよ。律子さん、」
「もう警察には連絡したわよ。失敗したってね」
「流石です」
自分はあくまでも麻薬取締官で警察ではない。これは殺人事件であり今出来る事は可能な限り何もせず警察に業務を引き継ぐ事だけだった。
「一応防犯カメラとかはありますがデータは残っていますかねぇ」
しかし自分にもプロフェッショナルとして意地がある。彼はこの事件は自分の手を離れる前にせめて犯人の姿を拝もうと映像のデータを調べた。
「ああ、やっぱりこいつらでしたか」
幸いにしてデータはすぐに見つかった。左右対称の肉体を持ち、同じ顔をした少女が機械の腕で笑いながらヤクザを引きちぎり事務所内で暴れまくる姿を。
この特徴的な姿を見間違えるはずがない。二人は闇月影の懐刀にして赤月会日本支部の幹部のツァルとロイだ。ここの住人は白き帝の軍勢の傘下の組織であり、今は対立しているので襲撃したとしてもさほど不思議ではないが……。
白き帝の軍勢と赤月会の抗争。これは始まりなのか、それとも既に始まっているのか、そして何が原因でそうなったのか――それを調べる事は本来警察の組織犯罪対策課の仕事だ。しかしどちらも麻薬ビジネスに深く関わっている以上麻薬取締官の仕事とも決して無関係ではない。
本音を言えば共倒れになれば万々歳だがまずは状況を見定める必要がありそうだ。
ひとまず外に出て煙草でも一服しリラックスしよう。黒鬼は再び鋭い眼光になり事務所を後にした。




