12-28 やる気のない商工会会長との親子喧嘩
イナデラの思い付きでライブイベントを行う事になり、僕らはまず会場を押さえるため商店街にある彼女の家でもあるライブハウスに行くことにした。
「さてと、まずは会場を準備しないとね。お金とかはどれくらいかかるんだろう?」
「その辺は大丈夫じゃない? あたしの実家だし。タダとか割引じゃなかったとしても一人アタマ数千円くらいだから何とかなるよ」
協力してくれるA子が提案した最初の条件である会場の確保。言うまでもなくこちらはさほど問題ではないだろう。普通に代金を払ってもいいけど上手く交渉をしてタダとまではいかなくても安くなると嬉しいんだけどな。
再びシャッター商店街を歩く事数分。蓑呂木商店街はかなり小さいから移動が楽ちんだね。昼でも暗いからどこに何があるのか見にくいけどさ。
「着いたよ、ここがうちのお店。まあライブハウスっていうか文字通りハコだけどね」
「おおー、なんていうか確かにこれはハコなの!」
「ハコですねー」
さっそく舞台となる予定のライブハウスにやってきたけどそこは数十名程度しか収容出来ないかなりこぢんまりとしており、クレーンでも持ってきたらそのまま運べそうなくらい小さかった。
これでは立ち見だとしても百人も入れないだろう。場所を考えればそれでも十分なんだろうけど随分と寂れた、もといアットホームな会場である。正直こんな場所でイベントをしたところで上手くいくのかは怪しかったけど本人たちがここでいいっていうならいいのかな。
「あ、イナデラちゃ~ん。聞いたよ、面白い事考えたね」
観客のいない薄暗い会場では先にケマが訪れており豚キムチ丼を食べながらご機嫌な様子で手を振った。あまり人を待っている間に食べない料理ではある。
「うん! もちろんバンドに参加してくれるよね? ドラムとか!」
「いいよー。でもなんでドラム? 確かにお母さんが使ってたのが家にあるけど」
そして詳しい説明をする前にケマは申し出を承諾する。もちろん付き合いのよさそうな彼女の事だから友人の頼みを引き受けてくれるとは思ったけど有無を言わさずドラム担当になった事に首をかしげてしまった。
「じゅるる、それすっごく美味しそうなの!」
それよりも実に美味しそうな匂いだ。ミヤタはさっきあんなに食べていたのにまた食欲が湧いてきたらしく彼女が食べていた豚キムチ丼に熱い眼差しを向けていた。
「えへへ、あなたも食べる? ここのお店は牛すじカレーと豚キムチ丼が美味しいんだ。テレビでも紹介された事もあったしこれを食べるために遠くから来る人もいるんだよ」
「それは結構な事だけどここって飲食店じゃなくてライブハウスだよね? なんか間違ってない?」
ケマの話ではどうやらこのライブハウスは本来の形とは違ってはいるけれどそこそこ繁盛している様だ。まあ副業が儲かってそっちが本業になるってパターンは結構あるし商売が成立しているのならいいのかな。
「後でいくらでも食べさせてあげるよ! よーし、これでまず一人だね! それよりもお父さん見なかった?」
「さっき煙草を買いに行ったからもうすぐ帰ってくると思うけど」
「俺に何か用か? 随分と騒がしいが」
ケマの勧誘を済ませるのとほぼ同時に店主であるイナデラの父親が戻ってくる。
僕は勝手にライブハウスの人はなんかピアスとかして髪も染めて悪そうな人ってイメージを持っていたけど、彼は目の下にクマがありやせ形でいかにも不健康そうなおじさんだった。
ただそれよりも気になるのが彼の右手だ。親指と人差し指がないけどそういう人じゃないよね? その先入観があると途端に死んだ目も七人くらい殺した道を極めた方に見えてくるから不思議だ。
「あ、お父さん。ちょっと今度はライブイベントをしようかなって!」
「誰が」
「あたしたちが! これからスイメイたちも誘うつもりだよ!」
「そうか」
イナデラの父親はさほど興味がなさそうに短くそう言った。借りる事は難しくないだろうけどこれはどういうリアクションなんだろう。
「やりたいなら好きにやるといい。基本的にいつでも空いてるからな。金はとらん。だが俺はそれ以上の協力はしないぞ」
そして彼はタダで会場を提供するというかなり魅力的な提案をしてくれた。協力はしないとは言ったけどこっちとしてはそれで十分だ。当然イナデラも喜ぶかと思ったけど……。
「え、協力してくれないの? 商工会の会長なのに?」
彼女はかなり不満そうな表情になってしまう。そっか、この人が商工会の会長だったんだ。
僕は肉屋でのやり取りを思い出した。見るからにやる気がなさそうなこの人がトップなら他の人間もそうなってしまうのも無理はないな。
「やる人間がいなかったから無理やり押し付けられただけだ。お前も適当な所で無駄な事はやめて受験勉強でもしておけ」
「……なにさ、それ」
「言葉の通りだ。この商店街がこうなったのは『あの日』だけが理由じゃない。不景気、時代の流れ……そうしたいろんな理由がある。今更もうどうしようもないんだよ」
父親はなかなか辛らつな言葉を投げかけ空気はかなり悪くなってしまう。ただ僕はその言葉を否定する根拠を何一つ持っていなかった。
ほとんどの店のシャッターが閉まった蓑呂木商店街は一言で言えば廃墟そのものだ。正直に言ってこれはもう地域振興でどうにか出来るレベルではない。もう何もかもが遅すぎたのだ。
「お父さんは何かしたの。人がいなくなっていく商店街を見ながらお父さんは何もしなかったじゃん」
「そうだな。俺たちの怠慢も理由の一つかもしれないな」
イナデラは喧嘩をしようとしたけど彼はあまりにも無気力すぎてそれすらも出来なかった。彼もこの商店街と同じ様にもう立ち直る事は出来ないのだろう。
「……ああそう。その通りだね。一応タダにしてくれたお礼は言っておくよ。絶対にこのイベントを成功させるから覚悟してよね!」
「ふにっ」
イナデラはそれ以上何を言っても無駄だと判断したのだろう、彼を放置し施設の外に出て行った。
「ふににっ、なんか悲しい気配がするから行ってくるの!」
「そう」
お節介なミヤタはすぐに彼女の後を追いかける。ここでフォローをしておかないと今後にも響きそうだから話くらいは聞いておこうか。




