12-20 失われた理想郷ネオユートピア
自由時間のタイムリミットはもうすぐだったけど、てくてくと歩き続け僕は海の見えるエリアにたどり着く。だけどそこで見た光景は僕がイメージしていたものとは大きく異なるものだった。
「通行止め?」
「ですね」
目の前には幅の広い道路があったけど道は途中から封鎖され先に進めなくなってしまった。その道は一本道で先のほうには大きな橋があり、さらにその向こう側には埋め立てられた人工島が見える。
その人工島は商業目的にしろ住むにしろ最初から計画的に作られているはずなのにどこか歪な形をしていた。それは僕らが今まで見てきたスタイリッシュで洗練された神渡の街とはあまりにも似つかわしくなかったんだ。
ビルの上にビルが建ち、低い建物と高い建物が混在し……きっと無計画に増改築すればああなるのだろう。実物を見た事は無いけどまるで香港の九龍城砦みたいだね。
「そっか、あの場所は」
「ハナコは知ってるの?」
「はい。正史と同じ展開ならきっとあそこを訪れます。戦う相手が同じかどうかはわかりませんが」
先ほどまで穏やかだったハナコは深刻そうな顔つきになり歪な人工島をじっと見つめた。ふむ、よくわからないけどあそこでバトルがある予定なのか。ああいう高低差があって遮蔽物も多い複雑な地形はガンナーからすれば戦いやすいからいいけどさ。
「おや、あの場所が気になるんですか」
「黒鬼さん?」
そのままぼんやりと人工島を眺めていると黒鬼さんたちがやって来た。幸いにして話を聞かれている様子はなかったので、僕らはあえて触れずそのまま受け答えをした。
「ええと、黒鬼さん。あの場所は一体」
「あれは人工島ネオユートピア。かつて栄華を誇っていましたが震災で廃墟になった夢の楽園です」
「ネオユートピア、ですか」
その名前は関西にあまりなじみのない僕でも耳にした事がある程度に有名だった。そうか、あの場所があのネオユートピアだったのか。
「ええ。かつて赤月会と袂を分かち覇権を争っていた黒王会という反社が支配していた地域です。彼らは赤月会と血で血を洗う争いを繰り広げ一般人にも死者が出てしまいましたが、あの震災で拠点がやられた事で大幅に弱体化し警察の手により幹部は軒並み逮捕、解体されてひっそりと日本の裏社会から消えてしまいました」
「それは……良かったんですかね」
「誰の立場に立って見るかによって変わりますね。ただそれは正直どうでもいいです。見栄えこそよかったですが、法律を遵守せず利益を優先するヤクザによって作られたあの島はまさしく砂上の楼閣であり、地盤沈下や耐震基準を満たさない建物の倒壊により特に被害が大きくなり多数の死者が出ました。それだけではなくフロント企業の薬品プラントから漏れ出た有害な化学物質により――まあネクロムの材料なのですが、それによって人が住めない場所になってしまったのです」
「ネクロムが」
僕はネクロムによって精神汚染をされた人の様子を思い出した。もしあんなものが街全体に広がったとするのならきっと想像も出来ないくらい悲惨な事が起こってしまうんだろう。それこそまるでゾンビハザードみたいに。
「そんなわけでネオユートピアは復興から取り残され、誰からも見放され放棄されました。現在は表で生きる事の出来ない人間たちが住むスラム街になっており、いつしか人々はあの場所を失われた理想郷と呼ぶようになりました。そんなわけでご覧の通り現在は立ち入る事を禁止されております。『あの日』からずっとね」
失われた理想郷、か。きっと当時は多くの人が夢と希望にあふれてあの場所に暮らしていたんだろう。今はただのスラムで見る影もなかったけど。
「東北の街もああなったりするんですかね」
「そうならないために私たちがいるんじゃないですか」
「それもそうだね」
センチメンタルな気分になった僕はボソッと弱音を漏らしてしまうけど、ハナコはガッツポーズをしながらそう言って僕を励ましてくれた。
「観光のシメがこんな場所で悪いけどそろそろ時間よ。集合場所に移動して頂戴」
「うん、わかった」
律子は淡々とそう伝え、僕らは言われた通り移動する事にした。震災後の神渡の光と闇が見えたなかなか有意義な観光だったよ。
だけど、僕は最後にもう一度振り向いてネオユートピアを見てしまう。
その行為に意味はない。ただ何の気なしにそうしただけのはずだ。
だというのに、どうして僕はこんなにあの場所に泣きたくなるほどの懐かしさを感じてしまうのだろうか――。
……………。
黒鬼たちは去っていくヨシノたちを見送った後、かつて自分たちの故郷だった失われた理想郷を眺めていた。
そこにあるのに蜃気楼の様に触れる事は出来ない。貧しくも幸せだったあの日々が戻ってくる事はもうないのだろう。
「取り残された、か。私たちもそうなのかもな」
「かもしれませんねぇ」
ギバが潮風に揺れる自らの左袖を眺め自嘲気味に言った言葉に黒鬼は同意する。結局どれだけ足掻いても自分たちの心はあの場所に置き去りにしてきたままなのだろう。
「この後海崎に行くわけですけどどうします? 商店街の振興は建前の依頼ですけど」
「そうだなあ。適当にやってもいいけど……流石に依頼人の私らがそんなんじゃだめだよなあ」
「ですよねぇ。律子さんもその方向で構いませんか?」
「私はどちらでも構わないわよ」
「じゃそうしますか。目を輝かせたピュアなお子様たちにだらしない姿は見せられませんからねぇ」
そして未練を残したまま黒鬼たちも集合場所へと向かう。それが無駄だと薄々理解しつつも、消滅の危機に瀕した誰かの故郷を救う助力をするために。




