12-18 中華街を観光するスパイ一行
――悪原ひかげの視点から――
「ずぞぞぞぞー! このフカヒレラーメン美味いな、ヒカゲ!」
「ああうん」
ヨシノに親友が寝取られてしまい、私は仕方なく共食いをしていたサバトの子守をする。
テイクアウトのラーメンにフカヒレを使うだなんて随分と贅沢だ。ただそれはそれとしてやはり魚類のサバトが食べてしまうと残酷な感じが否めない。自然界のサメは普通に共食いをするけども。
「ふう……」
そしてやっぱり今回も当たり前のように背景に溶け込んでいた哀歌もラーメンを食べていた。
今回もなんだかどことなく艶めかしく食っていらっしゃる。けどいじるのも面倒くさいからスルーしておいたよ。
「ひかげ、どうしただか? 元気ないだあよ」
「いやいいんだけどね。皆がいるからぼっちじゃないし」
やまもとは焼き芋ブリュレを美味しそうに食べながら私を気遣った。うーむ、しかし元々がホルスタインだから相変わらずデカいなあ。街行く人の視線、特に男性陣の視線を集めちゃってなんだかこっちも気まずいよ。
「なるほど、ひかげちゃんはしっとしてるんだねー」
わかりやすい私の変化はキノコにすら見抜かれてしまった。普段は可愛いくせにニヤニヤする顔がなんか腹立つよ。
「いいもんいいもん。皆がいるもん。私たちだけで楽しんでやるもん。人の金で豪遊してやるもん。ほらさっきそこで買ったよくわかんない中国の魚の缶詰あげる。ぬるぽも上海焼きそばをお食べ!」
「わーい」
「うぱー!」
悔しくなってしまった私は散財する事でストレスを発散する。ただ邪神のくせに常識人のきぃは困った顔をしてしまった。
「ええと、ご馳走してくれるのは嬉しいんですけど……そのぉ、食べきれる程度に」
「わかってるよ! 胃に良さそうな漢方も片っ端から買うから! どんな材料なのかよくわかんないクソ高い奴を!」
「余計胃を痛める気が」
後でアキヅキさんに怒られても知らないもんっ。まったく、現実逃避にホストに貢ぐ女ってこんな気分なのかな。
「がむがむがむっ!」
私はイライラしながら豚まんを貪り食らう。ああもう、肉汁があふれ出て美味すぎるよ! いっそ激太りしてやろう!
「サブ! 美味しいものがたくさんあってここは天国だな! 次はあの店に行くぞ!」
「はいはい、つーかどんだけ食うんだよ」
「いいんじゃない。もうすぐお金が使い放題じゃなくなるし」
「なら普通に宝石とか金券を買えばいいだけの気もするが……いや、んな足が付く事したら怒られるか」
「あら?」
だけどふと賑やかな声と同時に怪しげな会話が聞こえてきたのでそちらのほうを見るとそこには何故かサブロウにカンパネラ、それにシオン君までいた。
なんで三人がここに? ああそっか、よくわかんないけど今は揉め事があってピリピリしてるんだっけ。ならアラディア王国の工作員のシオン君たちがいても変じゃないか。
「おお! 久しぶり! お前誰だっけ!」
「ああうん、ひかげだけど」
カンパネラはスパイである事を微塵も感じさせない程親し気に元気よく挨拶をした。これが小学生が朝にする挨拶なら百点満点だけど。
彼女は歩きながら大きな豚まんを食べていた。中華街は歩き食べは駄目だったはずだけど法律を護らないスパイにそんな事を言うのは野暮か。
「やあひかげ、観光は楽しんでいるかい?」
「ヨシノにハナコが寝取られた」
「はは、そりゃ可哀想に」
さっきまで寂しかったけど、優しく声をかけてくれたシオン君のおかげで私は少しだけ幸せな気持ちになってしまった。
もういっそシオン君と……観光は出来ないか。立場もあるしもうすぐタイムリミットだし。余りものの私はサバトたちとのんびりしておこう。
「シオン君たちはその、仕事? 後なんかお金がどうのこうのって聞こえたけど。他にはええと、アロウレスが潜伏してるとか」
「建前があるから観光とだけ言っておこうか。それ以上でも以下でもないよ」
私はダメもとで聞いてみるけどシオン君はニコニコしながら煙に巻いた。そりゃまあここで馬鹿正直に質問に答えるスパイなんているわけがないよね。
「そっか」
そして会話が途切れ気まずい空気が流れてしまう。たくさん話したい事はあったのに、立場のせいでそれが出来ないのがもどかしかった。
アラディア王国は最近きな臭い話題にまみれている。スパイでもあるシオン君は当然目的のために手を汚し、同時に世界が滅ぶ未来を変えるという悲願のためになんだってするだろう。酷い事も、辛い事も心を殺して……。
「えと、えと、ええとっ」
だけどそんな事をしないでなんて言えるわけがなかった。何故なら私はシオン君の覚悟を知っていたから。
これを逃せば多忙なシオン君とはまたしばらく会えなくなってしまう。なんでもいいから少しでも長くお話をしなくちゃ!
「そ、その、いろいろあるみたいだけど……あんまり無理しないでね……?」
無理しないで。それが私に出来る精一杯の労いの言葉だった。
「わかってるよ」
そんな私の想いを察してくれたのかシオン君は優しく微笑んでくれた。あの頃と変わらない、優しい笑顔を。
ああ、シオン君は何も変わってなんかいない。それだけ分かれば私は十分だった。
「ひかげこそ無茶しちゃだめだよ。危なくなったら無理せず逃げるんだ。今回は触らぬ神に祟りなしっていうか、君たちが何もしなくても終わるからさ」
「うん、ありがとう」
シオン君は大分ギリギリなラインで私のために情報を教えてくれる。言われた通り大人しくすべきかどうか判断には困ってしまったけれど。
「ふーん、お前もそんな顔するんだな」
「俺だって血の通った人間、とも言い切れないけど一応人間のつもりだからね」
「はは、そうだったな」
「?」
シオン君はサブロウと親しげによくわからない会話をする。もしかしてスパイにしかわからない特別な事情があるのかな?
だとしても関係ない。シオン君は私の恩人で家族だから。それは疑いようのない事実だ。
「なー、サブー、シオンー、早く行くぞ? 食べ放題は今日までだからな!」
そして食いしん坊なカンパネラがぐずりはじめタイムリミットが訪れる。だけど最低限の事は話せたから十分だった。
「はいはい。んじゃあな。シオンももういいか?」
「ああ、いいよ。じゃあね、ひかげ」
「うん、シオン君も気を付けて」
私の立場でこんな言葉を言うべきじゃないかもしれないけど、私はシオン君にそう伝えた。今度会う時は肩書とか取っ払って普通におしゃべり出来たらいいな。
「ひかげちゃんうれしそうだねー。ぼくもにこにこー」
「ぼくもにこにこー」
「ぼくもー」
「にこー」
「オレもにこー!」
「ふふっ。にこー」
私のフニャフニャとした笑顔に触発されたマタンゴさんズ他も小躍りしながら幸せそうに笑う。よし、いろいろ難しい問題はあるけど私たちもギリギリまで中華街を楽しもうか。




