11-88 告白未遂と、変わりそうで変わらない芳野兄妹の関係
――芳野幸信の視点から――
山津見エリアでの作業はPPPと山猫一家の人海戦術に任せ、僕らはもう一つの現場である柳敷市を訪れた。
柳敷は古くから交通の要所として栄えた岡山を代表する観光地で柳と昔ながらの街並みが実に趣のあるオシャレな場所だ。
ただ周辺は今回の豪雨災害ではとりわけ被害が大きくいくつか損傷している個所も見受けられる。なので今僕らはまず行政の手が届かない細かい被害について確認、その都度問題解決のために派遣をしているわけだ。
「うーん、困っている人がたくさんいるね。人手は足りるかな」
「足りないだろうね。だから優先順位をつけるしかない。命にかかわるものは可能な限り優先しよう。せっかく助かったのに関連死で死ぬなんて嫌だからね」
タブレットのタッチパネルを操作してデータをまとめている紗幸に僕は少し残酷な事を告げた。
東北の震災の時もそうだったけどあの時は多くの人が関連死で無くなってしまった。過剰なストレスによる病死、狭い場所でのエコノミークラス症候群……津波と比べたら地味な死に方だからあまり話題にならないけどこういう大きな災害では避けては通れない深刻な問題だ。
「優先順位かあ……心苦しいけど仕方ないよね」
「何なら後で僕がやろうか? 人間味がない僕ならすぐに合理的な模範解答が出来るから」
「うん、お願い」
心優しい紗幸はその決断を放棄し僕に判断を委ねる。きっと彼女にはそんな重い判断は出来ないだろうしこっちのほうがいいだろう。
しばらく無言で歩き続け、そわそわしていた紗幸は我慢ならなかったのかこう言った。
「でもお兄ちゃんは人間味はあると思うよ。確かにちょっとズレてるところはあるけど」
「そう?」
「うん。お兄ちゃんはいつだって私を助けてくれた。私があんなに酷い事を言ったのにお兄ちゃんは私を見捨てないでいてくれた。少なくとも私にとっては優しいお兄ちゃんだよ」
紗幸は切なそうに微笑み、僕は不覚にも普段たびたびキャラ崩壊するその妹らしからぬか弱い笑みにドキッとしてしまった。
なんだろうこれ、ものすごく庇護欲を掻き立てられてしまう。紗幸は一体何を想っているんだ。もしかして――僕はあり得ない想像をしてすぐに否定する。
「はは、どうしたんだい、マイシスター。今更お兄ちゃんの魅力がわかっちまったかい?」
僕はとりあえずいつも通りギャグっぽく返した。今まで通り仲のいい兄妹で居続けるためにそれに気付いてはいけなかったから。
「かもね」
「え」
けれど紗幸はえへへ、と笑ってそう答えた。冗談のつもりだったのに彼女は確かに僕が魅力的だと認めてしまったのだ。
参ったな、こりゃ。一体全体いつフラグを立ててしまったのだろうか。そんな好かれるような事をした覚えはないんだけど。
だけどもしそうだとしてもそれは果たして本当の恋心なのだろうか? 両親がいなくなったカヤがそうであった様に、ただ単に父親と姉を失い孤独になってしまったが故に求めているだけではないのだろうか。
「……本当、なんで」
紗幸の顔は紅潮し完全に恋する乙女モードに突入してしまった。いや、ちょっとこれはボケる空気でもないというか、そもそも本気の想いに対しボケていいのだろうか。
僕は慌ててサードマンに助けを請うも残念ながら発動する事はなかった。畜生、役立たずめ。
でもどうするかな、どうにかしてルートを変更出来ないものだろうか。こっちは全然心の準備が出来てないんだけど。
「私ね、お兄ちゃんの事が――」
駄目だ、駄目だ駄目だ紗幸。そこから先を言ってしまったらオーマイガーファンクルだ。普段の様にキャラ崩壊してボケて誤魔化してくれ!
ブゥゥウウンッ!
「ヒャッハー! どけどけババアが通るぞー!」
「そこのババア止まりなさーい!」
けれど彼女の言葉はたまたま通りかかったバイクで爆走するババアとそれを追う白バイ隊員により遮られ聞き取る事が出来なかった。
「え? 何?」
「何でもない」
一世一代の覚悟を台無しにされた紗幸はぷい、と恥ずかしそうに顔を背けるも僕は心の底からババアに感謝していた。人生でこんなにババアに感謝した事は多分ないよ、きっとこれからも。
「妹よ、そんな事よりプロレスだ! 僕らも佐〇光留を見に行こう!」
「あはは、そうだね」
そして僕はいつも通りプロレスネタに逃げる。ヘタレとか言わないでね。実際問題兄妹の恋愛ってマジで諸々の問題があるから。
うーん、でもどうしようかなあ。天然系主人公みたいに全く何も気付かなかったらよかったんだけど半分くらいは気付いちゃったからなあ。
……ホント、これから紗幸にどんな顔をして会えばいいのかな、オーマイガーファンクル。
……………。
その頃、山津見神社にて。
歴史ある神社は土砂崩れによって倒壊して原形をとどめていなかったが、彼女は神社には目もくれず真っすぐ要石のある場所へ歩いていく。
「やっぱり空間が壊れかけているわね。元々ここは不安定な場所だったけど」
セラエノはひびの入った要石を眺め険しい顔をする。彼女は異界化した原因を突き止めるとひどく落胆した様子で踵を返した。
常人には見えないがその時彼女はしっかり確認した。空間がこの世ならざる異形の怪物の様に歪に歪んでいた事を。
おそらくその時が訪れれば東北や西日本を襲った自然災害とは比べ物にならない大災厄をもたらすに違いない。その災厄によって人類は呆気なく滅び、あるいは絶望に抗うため終末の世界で動画を配信する馬鹿な人間が現れるかもしれない。
「この世界もそろそろおしまいね。でも打ち切りエンドだけは勘弁してほしいわ」
要石を直したところで問題は解決しない。これはそんな簡単な話ではないのだ。
秋田の八郎潟もそうだが世界のあちこちでガタが来ている。セラエノはわかり切っていた事を改めてこの目で確認しひどく落胆してしまった。
「もし神様がいるなら祈らせて。どうかもう少しだけ……この世界を護ってください」
セラエノは叶うはずのない儚い祈りを捧げる。誰かのために自らを犠牲に出来るお人好しな天使はいても、人の戯言に耳を傾ける神など存在しない事は身に染みて知っていたというのに。




