11-63 精神が限界に来ているフミ
僕らはニワトリ小屋で餌やりをしていたフミを発見し、小屋から出てきて扉を閉めた所で早速声をかける事にした。
「奇遇ですねフミさん」
「あら? えーと、ヨシノさんと紗幸さんでしたっけ」
「どもです」
タイムリープはしていたけど整合性を保つためのルールによりフミさんは僕らの事を覚えてくれていた様だ。初対面の状態から話を聞くのは大変だから助かったよ。
「この後用事はあります? ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「ええと、畑の水やりはありますけど問題ありませんよ」
「そうですか。まずはこれを見てください」
いろんな方法はあったけど僕はスマホを取り出してストレートに先ほどの卒業式の黒板アートの画面を見せた。やはりここはあれこれ考えずシンプルに行くのが一番だろう。
「これは……」
「フミさんはもちろん知ってますよね。この黒板アートを」
僕はフミのわずかな変化も見逃さない様注意深く観察をしようとしたけれど、そんな事をしなくても目は泳いでいて唾も飲み込んだし明らかに動揺しているのが見て取れた。
「そりゃ当事者なので知ってますけど、これがどうしたんですか?」
「フミさんが知っているかどうかわかりませんが、あなたの同級生が何か不審な死を遂げています。何か心当たりはありませんか?」
「っ」
そして僕は確信する。フミに心当たりがある事を。目は口程に物を言うってことわざがあるけど彼女は全身でやましい事実があると肯定したんだ。
「あなたは前に言いましたよね。クラスが奇数だったのでいつも余っていたと。けどここに描かれている人間は三十五人です。中央の先生も含めてね」
「ッ!」
「あっ」
「これはおかしいですよね。フミさんの言っている事が正しいのなら描かれている人間の数は偶数じゃないといけません。これについて説明してもらえますか? まあ僕個人の見解としては誰か虐められている人がいて、教師が意図的に悪意をもって描かなかったんじゃないかって思ってるんですけど」
僕が黒板アートの謎を解くとフミは言葉を失い、紗幸はしばらく考えてその意味を考えある結論に達した。
そう、ここに描かれていない誰かは何らかの悪意を持って除外されたのだ。それを知ってしまえばこの笑顔もおぞましいものに見えてしまうから不思議だね。
「あの……何探偵や警察の真似事をしているんですか?」
彼女は当然警戒心をあらわにする。ここから更に情報を引き出すのは難しそうだけどこれだけ聞けたら十分だろう。
「心当たりがあるんですね」
「私はこの村で幸せに生きているんです。居場所を見つける事が出来たんです。いえ、騙し騙しどうにか幸せに生きてきたんです。あなたの好奇心で壊さないでください!」
次はきっとないので僕は警戒される事を承知で勝負を仕掛けると無論彼女は声を荒げてしまう。しかしそれは何かがある証拠だったんだ。
「そう、私はこの村で幸せに暮らしていた! 幸せに暮らしていたのにカスミといいあんたといいどいつもこいつも! なんで私が! 何で私ばかり苦しい想いをしなきゃいけないのッ! いつもいつもいつもッ! 何で私ばっかりッ!」
「っ」
そしてフミはヒステリックに叫び壊れてしまい、その普段の優しい柔和な表情とのギャップに紗幸は怯んでしまった。
うすうす気付いていたけどやはりいろいろ溜まっていたらしい。こりゃタイムリープして何度も殺されているって勘づいているのかも。
たとえある程度はやり直しがきくとしても早めにこのタイムリープを終わらせるべきだろう。フミの精神が完全に壊れてしまう前に。
「……すみません。人には隠したい事の一つや二つあるんですよ。なので話す事は何もありません。もう私に話しかけないでください」
ひとしきり叫んだあと、力を出し尽くし憔悴しきったフミは俯いて逃げ出してしまった。後を追ってもこれじゃあもう何も話してくれないだろうから放っておくか。
「ええと、どういう事なのかな」
「そういう事なんだろうね」
「そういう事って」
勘の悪い紗幸はまだ確証を持っていなかったようだけどその真実が陰鬱なものである事は察しがついていたのだろう。
ニワトリは与えられた餌に群がる。けれどよく見ると小屋の端っこで羽がボロボロのニワトリが一匹だけ何もせずにじっとしていた。
「このニワトリさんは皆から虐められているのかな」
「多分ね。ニワトリの世界ではよくある事だけど」
紗幸もまた孤独なニワトリに気が付きしゃがんで憐みの眼差しを向ける。だけどそんな事をしたところでこのニワトリが苦しみから解放される事はもちろんない。
「前に本で読んだけどさ、虐めっていうのは生物としてはごくごく自然な行為なんだって。群れの中の異端分子を集団で攻撃して快楽を得る、それはそういう脳の働きなんだよ。群れで生きる動物にとってグループの和を乱す存在を排除するのは必要な行為で、人間も生き物である以上結局本能には逆らえないんだ」
「……そういうものなのかな」
「まあそれを言っちゃえば大体の犯罪行為は生物だから仕方ないで片付けられるけどね。人間と動物は違うからこの理屈を議論に持ち込むのは違うだろうけど」
僕はニワトリ小屋に背を向ける。こんな話を聞いた紗幸がどんな顔をしてしまうのか見たくなかったから。
「ねえ紗幸。フミはああだから少なくとも気持ちが落ち着くまでは口をきいてくれないだろう。だから次はゲスミに会ってみようと思う」
「弓削さんに?」
「紗幸はどうする? お留守番でもいいけど」
「ううん、私も行くよ」
僕が次の方針を述べると紗幸は少しだけ迷っていたけれどすぐに彼女と会う事を決めた。この前のゲスミの振る舞いを見てやはり思う所が合った様だ。
「私たちは動物じゃない。心を持った人間だから。本当の意味で過去を乗り越えるために……私は弓削さんの事を理解して許したいの」
「そっか」
紗幸は光り輝く双眸で真っすぐ僕を見据えて力強くそう告げる。その眼差しからはもう以前の弱い姿は一切感じられなかったんだ。
「じゃあ行こうか」
「うん」
ならば僕は何も言わないよ。本音では僕はまだ多少なりとも根に持っているけど……彼女がそう決めたのなら部外者の僕が余計な事をすべきではないよね。
でも応援はさせて。頑張るんだ、紗幸。




