11-60 ユキシモの個展と人を選ぶ芸術
フミさんの中学時代の担任について調べるため、私たちはレイカさんとドーラさんと合流し吉備市内の個展を訪れていた。
だけど豪雨災害のせいで経済的にも気分的にもそれどころではないのかお客さんはほとんどいない。個展は新進気鋭の芸術家を売り出す宣伝の場であるので担当の人もかなり落ち込んでいる様に見えた。
「レイカはどないや、この絵を見て。儂には芸術はようわからんけど」
「いい絵だなあってくらいしか。ヤンキーに芸術的なセンスを期待しないで頂戴」
流石に猫の状態では入れないのでドーラさんは人間形態になり絵を鑑賞していたけど、少し前までただの猫で芸術という概念が存在しなかった彼女にはよくわからなかったらしい。そのあたりの事は私も人の事は言えなかったけどさ。
中学時代の担任――ユキシモ先生は主に風景画を描いていたらしく個展を開けるレベルなだけあって絵は確かに上手だった。
だけどそれ以上の感想は湧いてこない。私は彼が描いた絵画からは何も感じられなかったんだ。少なくともポジティブなイメージは……。
とにかく私たちは絵を見に来たわけじゃない。フミさんの同級生が殺されている事件について調べに来たのだ。私は早速スタッフの人に声をかける事にした。
「あのー、すみません」
「あ、はい、何でしょう」
「素敵な絵だなあって思ったんですが、作者の人とかは会場にいたりします? 是非お会いしたいなと」
私はユキシモ先生に会うため思ってもいない事を告げる。今の彼はちょっと名前が売れてきた若手の芸術家であり大御所じゃないからもし断られても交渉すれば会ってくれるかもしれない。もちろんそんな余計な手間はかけたくないのですんなりいってくれたほうが嬉しいけど上手くいくかな?
「すみません、ユキシモさんはその……今どこにいるかわからなくて」
「え? どういう事です?」
けれどスタッフさんは困り顔でそう言った。むむ、これは重要な情報が手に入りそうだしもう少しつついてみる必要がありそうだね。
「ユキシモさんは知り合いに会いに行くと言って山津見村に向かって、豪雨災害が起こってそれっきり連絡が取れなくなっているんです。無事だといいんですけど」
「そ、そうですか……早く見つかるといいですね」
私は口では心配しつつも心の中ではガッツポーズをしてしまった。普通に考えたら彼は今村で起こっている殺人事件に関係しているだろうし早速後でヨシノさんたちに知らせておこう。けどその前にもうちょっと情報を引き出してみるか。
「知り合いって事は元教え子なんでしょうか? 彼は元々学校の先生だったんですよね」
「多分そうだと思いますよ。先生は有名になってからかつての教え子を探していましたから。あ、でも……」
「でも?」
スタッフさんは一瞬言いよどんだので私はすかさず揺さぶってみる。これが法廷サスペンスならここで重要な証言が飛び出すはずだ。
「教え子の中にはユキシモ先生に事あるごとにお金を無心していた人もいましたね。先生はお優しい方だったのでお金を渡していましたが。まあその人もいろんな人から恨みを買っていたのか誰かに殺されたのでそれ以降はお金を払う事はなかったですけどね」
「ふむふむ、ほうほう。ありがとうございます」
もうちょっと探ってもいいけどこれ以上は変に思われる。私はスタッフさんと別れ、伝書鳩の様に芸術鑑賞をしていたセラエノさんの元に向かい小声で話しかける。
「ユキシモ先生は村に行って連絡が取れない状態だそうです。あと強請られていたっぽいです。多分あの件で」
「そう」
セラエノさんはすぐにその意味を理解し絵を眺めていた。彼女はなんとなく芸術とかがわかりそうな雰囲気だけどこの絵の良さが理解出来たりするのかな。
「どうです、セラエノさんは。この絵を見て」
「そうね。技術は普通。表現力も普通。美術教師は芸術家になれなかった人間がなりがちな職業だけどこの実力じゃ日の目を見なかったのも納得ね」
「あらら、随分と辛らつですね」
彼女はまずこれでもかと怒られそうなくらいボロカスに酷評したので私は苦笑してしまったけど、続けてこうも言った。
「けどこの絵からはそれを補って余りあるほどの猛烈な負の感情を感じるわ。妬み、嫉み、憎悪、コンプレックス……それはこの作者にしか描けない。人は選ぶけど確かに芸術と呼べるんじゃない?」
「負の感情ですか」
それは誉めているのか貶しているのかよくわからない評価だったけど言われてみればそんな気がしてきた。
悲劇や苦しみから生まれた名画は確かに存在する。芸術とはそうしたドロドロとした人間の悪い感情とかも含めて芸術なのでそれに関しては私も肯定しておこう。
もっとも私はそんな彼の絵を美しいとは思えなかった。その事実を知った今、私には目の前の湖畔の風景が不良が描いた便所の落書きにしか見えなかったんだ。




