レイナは療養する
クラレント領は、夏の避暑地である。
今は、『寂れた』という枕詞が付いてしまうが、今でも貴族に限らず、成功した商人が滞在用の館を所有することが成功の箔付とするなど、それなりの認知度があるが、残念ながら、その所有者も頻繁に訪れることはなく、館の所有者もコロコロ変わるのは、お察しくださいというところだ。
そんな避暑地にあるからか、建物は比較的涼しげな白を基調としたものが多く、これは、王族の所有だったクラレント領主の館に合わせたのが理由の一つとのことだった。
白亜の館の群れ立ちは、青々とした緑の中に冴え渡り、熱射に喘ぐ王都を脱出してきた貴族たちに憧憬を与えたことだろう。
では、冬はどうだろうか。
答えは簡単だ。雪に埋もれ、何も映えないのだ。
雪に埋もれた白亜の館は、まるで隠蔽された秘密の館のように、分かりにくくそこに存在していた。
◇◇◇◇
レイナ様が目覚められてから、早くも一週間の時間が経った。
相変わらず、手入れの行き届いた鮮烈な赤い髪は、そのままに。一方で大きな黄金色の瞳が痩せこけた顔に合っておらず、ギョロリと眼球が動く度に一瞬だけ不気味な印象を与える。
しかし、フィオナにとっては、そんなことは瑣末なことで、何日も何日も食事を与えられず餓死寸前の子供達を保護してきた身としては、レイナの様子を見る限り、心配は不要だろう。
彼女は、そのお淑やかな、というか、深窓の令嬢風な、吹けば飛んでいってしまいそうな風貌で、大飯をかっ喰らい続けているのだから。
「あの・・・おかわりをお願い、できますか?」
という彼女の一応控えめな様子に、フィオナは心からの笑顔を乗せながら、「たくさん召し上がってください。お嬢様」と答えた。
◇◇◇◇
私のイメージでは、魔力というのは、もやもやした毛糸の塊だ。
触れれば、弾力のある柔らかい感触。
包まれると暖かい気持ちになるが、過剰となれば蒸され、息が上がってしまう。
魔法は、この毛糸から一本の糸を作り、それを編み上げるようにして作り上げていくのだ。
まあ、魔力の無い私が言うのも、少しおかしい話ではあるが・・・。
精神が少し、横道に逸れてしまったが、改めて、私は改めてしっかりと繋がれた両手に意識を集中させる。繋いだ手の向こう側には、これまで感じたことのないような大きな毛糸の塊があった。
(大きい・・・)
塊は、絡み合いながら渦を巻き、雁字搦めになっている。まるで編み物をやったことのない人が見よう見まねで作った毛糸玉のようだった。
左手に更に意識を集中させ、毛糸玉から太く強い糸を引っ張る。
「・・・・んっ」
手を繋いだ相手であるレイナが小さく声を上げる。
同調は異物感が強く、精神的な感応・・・魔力への適性が高いほど、拒絶反応が強い。
この段階で、反応をしたのは、これで3人目だ。
「申し訳ありません。レイナ様、お止めになりますか?」
「いえ・・・大、丈夫です。続けてください。先生」
先生、と言うのは私のことだ。彼女が目覚めてからその容体を見ている内に、彼女にとって医者の先生のようなものなのだろう。
わかりました、そういうと、私はさらに左手に意識を集中させると、掴んだ糸をさらに引き出すが手応えに反して、その糸はするりと抜け去ってしまい、解けたそれを自分の身体に引っ張り込んだ。
取り込んだ糸を決められた形に織りこみ魔法を形作ると、それをグルリと身体の中で回し、右手を通じて、レイナの身体の中にそっと送り出す。送り出した魔法は、彼女の身体の中で、魔力の粒となって身体に拡がっていった。
繋いでいた手を離すと、目の前にあった塊の気配が繋いだ手の感触と共に消えた。
「すごい、これが治癒魔法ですか・・・」
レイナは、自分の身体の中で起きた変化を感じ取ったようで、驚きながら、その黄金色の瞳を瞬かせた。
彼女に施した治癒魔法は、効果の薄いものだが、全身に行き渡らせることで、疲れた身体や痛んだ神経の滞りを解消するくらいのことはできる。
全身を苛まれていた彼女には、特に劇的な変化を感じていることだろう。
嬉しそうな表情は、馬車から降り立った時の悲壮や焦燥感を感じさせない穏やかなものだ。
気勢の昂りようは、今にも走り出してしまいそうだった。
「身体を動かすには、まだ時間が必要ですよ」と注意を促し、
今は、とにかくご飯をしっかり食べてくださいね、と離席しようとすると
少しだけ口を尖らせ、子供っぽい様子で「はあい・・・」と彼女は返事をした。




