ウィザー・ブラックウォーターは安堵する
長く時間が掛かりました。
かなり悩んで、ちょっとうわーとしながらまとめた感じです。
ウィザーの胸に矢が吸い込まれる直前、ウィザーの心にあったのは、後悔でも恐怖でもなく、安堵だった。
その心の動きに理由を付けるように走馬灯のように、倒れ伏しながら、彼の脳裏には、これまでのことがよぎっていった。
国を追われ、どのような状態となっても、お世辞にも器用とは言えないウィザーは、きっと誰かのためにごく当たり前のように剣を振るっていただろう。そして、街から街へと、根無し草のように放浪して、ほそぼそと過ごしていたはずだ。
そうやって、いつか自分の力が及ばない瞬間が訪れたら、命を落とすのだと思っていた。
しかし、10年前、ウィザーに届いた小さな救いを求める声は、得るはずの無かった喜びと仄かな絶望を引き連れてやってきた。
子供たちの存在がウィザーに得るはずのなかった人生の喜びを与えてくれた。彼らはウィザーの告げた言葉や見せた動作を糧に、それを真綿のように吸収し、知識や技術を物にしていった。それぞれが持つ、壁を乗り越え、切磋琢磨し、伸び伸びと生きていく様に、ウィザーの心は打ち震えた。
そして、一人ひとりの成長や才能の発露に立ち会う度に、一つの現実に打ちのめされる。彼らが自由な生き方を選ぶことすらできない、という現実を。
彼らの外見に施された劣悪な傷は見る者に恐怖や嫌悪させるには十分だった。いくらそれが本人の望みではなく一方的に施された物であっても、それを声高に叫んだところで、それは届かない。
そして、その原因となる諸悪の根源である者たちの存在を訴えたところで、気狂いとおもわれるのが関の山で、仮に信じる者があったとしても、被害が増えるだけ、というのは長い生活の中で痛いほどに理解をしてしまった。
一介の騎士の手に負える段階は、とうに過ぎていた。
この現状に陥ったところで、すでに後の祭りだが、奴らの搦め手のひとつかもしれないことは、薄々感じていた。
保護する子どもの数は着実に増え、直接的な攻撃は散発的であったが、じわじわと弄るように疲弊していった。
何かこの状況を打開しなければならない、そう逼迫した時に、ジュード・ミュゼレム・クラレント卿・・・彼がこの地の領主となり、状況に変化が訪れた。
言葉を交わした数は少なく、交わした剣の数の方が多いが、聞きしに勝る撃剣、敵と定めた者には容赦なく降り注ぐ、夏の日差しのようでありながら、身の内に入る者には、夏の木漏れ日のような清々しい青年であった。
彼ならきっと、子どもたちを救ってくれると、根拠のない確信があった。
そう、だからウィザーには、時が訪れたのだと。
「力の及ばない瞬間」が訪れたのだと、安堵したのだった。
矢の衝撃と急速に失われていく意識の中、深い闇に沈みかけていくような感覚の中で、かつて聞いた懐かしい声を思い出した。
『・・・・けて』
微かな声だった。鼓膜を通すのではなく、熱い魔力の奔流の中を念話のように流れてくる誰かの思考・・・。
『・・・たすけて。先生・・・。』
その声を聞いた瞬間に、ウィザーの止まり掛けた心臓がドクッと強く脈動した。
◇◇◇◇
正面に、残り僅かな魔力を集中させて、魔力障壁を展開する。
それでも、頬は熱波に晒されるように熱く、気を抜けば、一発アウトな状況だった。
「くっ・・・さすがボス、これまでとはレベルが違う・・・!」
ぼくキミには、お先真っ暗にさせる色んな要因が・・・いやもう本当に色々あり過ぎて嫌になるんだけど、その一つが、“紅蓮の魔女”フィオナ・クラレント・・・目の前で真っ黒になりながら膝立ちしている彼女だ。
彼女は、ミッドドルガ帝国が暗躍する人造魔導士計画の被験者の一人・・・正確には、彼女をベースに多くの被験者が生み出された。
そして、彼女は他の被験者たちと帝国の魔の手から逃げ出し、とある騎士に保護され、唯一無二の存在を得るも、帝国の罠に掛かり、お尋ね者として騎士は討伐されてしまう、そして、彼女は全てに絶望し、全てを憎み、世界を焼き払おうとした。
もちろん、女王シャルロッテとその仲間たちに打ち取られる。
けれど、彼女はスーパーチートのシャルロッテの渡り合えるほどの才能を持つ魔法使い。そんな相手が起こす魔力暴走は初めてだった。
「しかも、周りの森まで燃え始めるなんて、紅蓮の魔女半端ない!」
これまでの魔力暴走は、凄まじい魔力の奔流くらいで、ここまでの反応を見せたことは一度も無かった。
しかし・・・。
(あれ?さっきよりも勢いが落ちてる・・・ジュードか!)
頬を撫でる熱が下がり、どんどんと燃え広がる速さも、若干だが、遅くなってきた。
さすが、スーパーを超える、ウルトラなチートだ。
この魔力暴走にも多少時間が掛かったようだが、同調と制御が効き始めている。
あとは、この幕引きを彼に任せるだけでいい。
◇◇◇◇
ーーーーーザー!
自分を呼ぶ声がする。
粘るような熱が体に纏わりつき、しかし、どこか体に馴染むような不思議な感触に包まれていた。
ーーーーウィザー!!
ウィザーは、ハッと気づく、周囲は炎に包まれ、一瞬、灼熱地獄で目を覚ましたのかと思うほどの有様だった。
「起きなさい!ウィザー・ブラックウォーター!」
自分を怒鳴りつけていたのは、栗色の緩やかな長い髪をした侍従服に身を包んだ若い女性だった。彼女は、前面に魔法障壁を張り、背にいる私を守るように立っていた。
「君は一体・・・」誰なのだ、と告げるところで。
フィオナ、そうだ。さきほどの微かな声はフィオナの声だ。
私は、この灼熱地獄を見回すとそのの中心、嵐のような炎の奔流の中で、見るも無惨な姿となったフィオナを見つけた。
彼女は苦しげに、空を仰ぐような体勢で硬直していた。
フィオナ・・・!一体、何が起きている。
「魔力暴走よ!」
私の疑問に答えるように侍従服の彼女が叫ぶ。
「今は、ジュードがこれ以上燃え広がらないように抑え込んでる!」
だけど!と彼女は続けた。
「フィオナをこっち側に戻すには、あなたの声が必要!あなたが無事だって、届けなさい!立つのよ!ウィザー・ブラックウォーター!」
叱咤され、足に力を込める、不思議と体は軽く、これまでの不調が嘘のように晴れ晴れとしていた。
腹に力を入れ、喝を込めると、それを一気に吐き出した。
「フィオナー!!」
次からはちょっと楽になるかな、というところです。




