連行
その日の朝、早めに登校したので読書をしていた。
「ありがとうございました」
「いえ、あなたの為なら何処へでも馳せ参じます」
白馬の王子を具現化したような長身の男子生徒がリースに付き添っていた。
「あれ、誰だろう?」
「きっとリース姫の婚約者じゃない」
そんな声がクラスメイトから聞こえる。
「君、ちょっといいかい?」
その男子生徒から話しかけられる。
「何だ?」
「エリックという生徒がこのクラスにいるはずなんだが、見なかったかい?」
「確かにあいつはこのクラスの生徒だ。だけど、今日はまだ見てないな」
「そう、ありがとう」
その男子生徒は教室を去っていった。
「おはようございます、ローランド」
いつものようにリースに挨拶される。
「おはようリース。あいつは一体何者なんだ?」
単刀直入に聞いてみる。
「彼はエドゥアルド。風紀委員会の委員長でいらっしゃいます」
風紀委員、そんなものがこの学園にあるのか。
「だが、なぜこのタイミングで風紀委員なんかが帯同するようになったんだ?」
ニコ不在の穴を埋める目的ならもっと早く動いてもいいはずだ。
「訓練用の魔物が逃げ出したので念のためにとおっしゃっていました」
「……そうか」
果たして本当にそうなのだろうか。いずれにせよ何か事態が悪いほうに転がったことは間違いないだろう。
もうすぐ授業開始の時間だ。ほとんどの生徒はすでに登校していたが、ジュロードスはまだ来ていない。
「おはよう」
先生が教壇に立つ。
「今日は2人休みか」
ニコはともかく、ジュロードスが休みなのは珍しい。
「授業を始める前に話がある」
先生は神妙な面持ちで話し始めた。
「先日、訓練用の魔物が檻から逃げた。この魔物は闇属性の魔法を使う危険な魔物でな……ジュロードスが犠牲となった」
生徒たちがざわつく。
「ジュロードスはどうなんですか?」
リースが険しい表情で訊ねる。
「彼は重傷を負って入院している」
「……そんな」
教室がさらにどよめく。
「静かに! 魔物が捕まるまで不要な外出は禁止だ。それと、本日の魔物討伐演習は中止。他の科目に変更だ……それでは授業を始める」
ニコがやられたときに、周りの先生は魔物のせいにしていたが、ニコは魔物がやったとは一言も言っていなかった。それに、本当に魔物だとして、数日間みつからないのはどう考えてもおかしい。どんな魔物か知らないが、小さくて強力な魔物なんていう都合のいい存在はそうそういないだろう。
ジュロードスは魔物ではなく帝国のスパイにやられた。魔物の仕業にして隠蔽しようとしていると考えるのが妥当なところだろう。風紀委員が動いたことにも頷ける。
「失礼します。風紀委員長のエドゥアルドです。エリック・バートリーはいますか」
さっきリースと一緒にいた奴が、何人かの風紀委員を連れて教室へ乗り込んできた。
「何か用かエドゥアルド」
「君には魔物を逃がした疑いがかけられている。同行を願おう」
「何を言っているのかわからないな。何故俺様がそんな事をする必要がある」
「それを今から聞こうとしてるんじゃないか」
「ふざけるのも大概にしろ!」
エリックが机を強く叩き、怒りを露にする。
「目撃者も複数確認されている。」
「目撃者? そいつらが本当のことを言っているという証拠がどこにある!」
「落ち着くんだエリック」
「落ち着いていられるか! 断固として拒否する」
「拒否しても構わない。でも、君が本当にやっていないと言うのならここでおとなしく同行して無実を証明しておいた方がいい。それとも、何か不味いことでもあるのかい?」
「ああ、わかったよ!。行けばいいんだろう?」
「では行こう」
エドゥアルドの後ろにいた屈強な風紀委員2人がエリックに近づき両腕をつかむ。
「触るな!」
エリックは抵抗するも、腕をほどくことができない。
「連れていけ」
「「はい」」
そしてエリックは連れていかれた。
しかし不思議だ。いつもバートリー家の名を振り回して周囲を困らせているあのエリックがおとなしく連行されるとは、意外だ。
自分の身分を盾に拒否することもできるはず。なのになぜだ?
先生が手を叩く。
「気を取り直して、授業を始めるぞ」
クラスメイトが魔物に襲われ、さらに別のクラスメイトが連行された。不安なのか怒りなのかはわからない。だが、いつもと違う雰囲気が教室に漂っていることは確かだった。