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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第七章 七月七日
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恋架け橋を目指して

 外へ出ると、さっきよりも雲の色が濃くなっている気がした。

 これは本当に、いつ雨が降りだしてもおかしくないと思う……。

「お天気、心配だね」

 私が言うと、孝宏君の表情も空と同じように曇った。

「そうだね、急ごう! 伝説によると、天候のことは全く触れられていないけれど……七夕に雨って、何となく伝説の効力も弱まる気がしないでもないし。やはり、雨は嫌だよね」

「うん」

 そして私たちは、いつもよりも早足で、恋架け橋へと向かった。




 空はますます暗くなっていく。

 夜に近づいてるからという理由もありそうだけど、それだけじゃないように思った。

 雨雲が増えてきている気がする。

 そして……暗くなっていくのと同時に、はっきりとした不吉な胸騒ぎを私は感じた。

 背中に突然冷たい水をかけられたような気分。

 でも、言い出すと、また孝宏君をいたずらに心配させるだけなので、黙っておく。




「雨が降ってきた?」

 交番を通り越した辺りで、孝宏君が聞いてきた。

 私は手を広げてみたけど、雨粒はどこにもない。

「うーん、分からない」

「そっか。でも、急いだほうがいいね。雲が急速に黒くなってきている気がするよ」


 孝宏君の言うとおり、空の色はどんどん悪くなっている。

 それにともなって、私の悪い予感も増幅していった。

 やまない胸騒ぎ……。

 それは、恋架け橋に近づくにつれ、いっそうひどくなってきた。

 何だか、私は気分まで悪くなってきた。

 だけど……。

 孝宏君を心配させたくなくて、言い出せない私。




 恋架け橋がかすかに見えてきたとき、とうとうポツリポツリと雨粒が落ちてきた。

 季節が夏であることを、束の間忘れさせるほど、冷たい雫。

 そして、私の胸騒ぎも、気分の悪さもどんどん強まって……。

 耐え切れなくなり、私は思わずしゃがみこんでしまった。


「佐那ちゃん! 大丈夫?!」

 すぐに足を止め、駆け寄ってくれる孝宏君。

「ごめん、ちょっと気分が悪くて……。以前、頭痛がしたときもすぐ治ったから、多分今度も大丈夫」

 何の根拠もなかったけど、ただただ安心させたくて私は言った。




 一気に雨脚あまあしが強まり、孝宏君が傘を広げる。

 私も傘を持ってはいたんだけど、しゃがんでいるので差せず、それを見た孝宏君が何も言わずに自分の傘を私の上に広げてくれた。

「ありがとう。ごめんね……」

「気にしないで。あまりに気分が優れないようなら、このままお医者さんへ行ったほうがいいかも。うちから、そう遠くないところにあるから。恋架け橋の伝説は、また来年ってことでいいよ。佐那ちゃんの身体のほうが大事」

 孝宏君が言ってくれた。

「でも、恋架け橋……あそこに見えてて……もうあと百メートルもないでしょ……? せっかく来たんだし……頑張る……」

「無理は駄目だってば」

「お願い……。せっかくこうして孝宏君が連れてきてくれたんだから……どうしても行きたい……。誓いの言葉を言うだけでいいんでしょ。すぐ済むから……頑張りたい……」

「しゃべらないで! 相当つらそうだね……」

 私の様子を見かねた孝宏君が、傘をいったんどけて、私の前にしゃがんでくれた。

「さあ、僕の背中につかまって。おんぶしていくから」

「ええっ?!」

 おんぶだなんて……。

 気持ちはすごく嬉しいけど、もし誰かに見られたら……。

「でも……。いいの? 知り合いに見られちゃったら……」

「気にしなくていいよ。佐那ちゃんのつらそうな様子、見てられないから。僕もつらいんだ……」

「その……心配かけてごめんね。それじゃ……」

 私はそう言うと、孝宏君の背中に抱きついた。

 孝宏君の背中は思ったより広く、大きく感じられる。

 でも、そんなことを考えている余裕があまりない。

 気分が優れず、うつむく私。

 それでも、必死に平静を装って、隆弘君に声をかける。

「傘は私が差すね」

「ごめんね。でも、僕のことは気にしなくていいから、佐那ちゃん自身が濡れないように気をつけて」

 そう言って、孝宏君は私をおぶった状態で立ち上がった。


 孝宏君がちょっとふらつく。

「大丈夫?」

 思わず心配になる。

「平気。さあ急ぐよ」

 孝宏君はそう言うと、早歩きになった。

 私をおんぶして、大変なのに……私のために……。

 私は泣きそうになっていた。

「迷惑ばかりかけて……ごめんね……」

「迷惑なんかじゃないよ。佐那ちゃんのそばにいられるだけで、僕は幸せだから。ただ、そんなに苦しそうにしている佐那ちゃんの様子が、僕にはつらい……。早く元気になってほしいよ」

「うん、頑張る……」

 私は涙をこらえた。


「その……今日は……ごめんね。僕が連れ出したせいで……。佐那ちゃん、元々、今日は気分があまり優れなかったんじゃないかな? 出かけることに気乗りしていない様子だったから。それなのに、僕が強引に連れ出してしまって……」

「孝宏君のせいじゃないよ。家を出るときは、ほんとに何ともなかったの。何が原因なのか全く分からないけど、突然だったから……」

「早く治りますように……。僕が代われるものなら、代わってあげたいよ……」

「ありがとう……」

 孝宏君の優しさが心にしみた。

「恋架け橋まで、もうすぐだよ。終わったらすぐに、お医者さんへ向かうからね」

 力強い声で、励ましてくれる孝宏君。

 前を見る余裕もないので、どのくらい恋架け橋に近づいたのか、私には分からなかった。

「でも、また迷惑をかけちゃうね……。私は健康保険証なども持っていないから、診察料が高いんでしょ?」

「身体のほうが大事だから、気にしないで。ばあちゃんも納得してくれるし、心配いらないよ」

「それじゃ……もう歩くのもつらいほど気分が悪いから……お言葉に……甘えようかな……」

 すでに、頭痛やめまいもしていて、身体のだるさも異様なくらいだった。

 うう……気持ち悪い……。

 そして、不吉な予感がいっそう強まり……何だか、孝宏君と二度と会えないような、そんな予感までしてきた……。

「ねぇ、孝宏君……孝宏君……ずっと、ずっと……一緒にいてくれるよね?」

「もちろんだよ。いつまでも一緒だから。何があっても」

 唐突な質問だったのに、孝宏君はすぐに答えてくれた。

 真剣なまなざしで。


 私の頭痛やめまいなどは一向におさまらず、ひどくなる一方だった。

 胸騒ぎのせいで、精神的にも参っていた。

 心細くて、寂しくて……。


「もうあと、数十メートルほどだよ! 頑張って!」

 私をおぶっていて、相当つらいはずなのに、そんな様子を微塵を見せずに、孝宏君は私を励ましてくれた。

「うん……ありがとう……孝宏君。ずっと……一緒……だよ……」

「もちろん! ずっと、ずっと、一緒だからね。ほら、橋まであと十メートルもないよ! もう一息!」

「ありがとう……恋架け橋の……上で……誓おうね……。ずっと……一緒だって……約束だよ……」

「うん、約束だよ! ………佐那ちゃん?!」


 私は何だかふわふわと浮き上がるような感覚を全身に感じた。

 頭痛やめまいはそのままで、気分も悪いのに……身体中の力が抜けていくような、不思議な感覚。

 そして襲い来る胸騒ぎと不吉な予感。

 孝宏君と、これっきり二度と永遠に会えないような……。

 嫌!

 こんな予感、消え去って!


「しっかりして、佐那ちゃん!」

 私の異変に気づいたのか、孝宏君が何度も呼びかけてくれた。

 心配してくれているせいか、大きいけど、かすれ気味の声だ。


 めまいが強烈になってきて、目の前がゆがんだ。

 これ……もしかしたら……このまま気を失うのかも……私……。

 孝宏君の声がどんどん遠くなっていく。

「佐那ちゃん! 佐那…ゃん…! さ……ちゃ…!」

 私の記憶はそこで途絶えた。


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