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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第六章 七月六日
37/45

交錯する不安と幸せ

 孝宏君の部屋で、またおしゃべりをしていたけど、私の心は晴れなかった。

 もちろん、こうして二人っきりで話していることは楽しいんだけど。

 でも……不吉な胸騒ぎが一向にやまなくて。


「佐那ちゃん、大丈夫? 気分が悪いの?」

「あ……うん、大丈夫だよ、ごめんね。何だかちょっと寂しくて」

 この感情を単に「寂しい」と表現すべきかどうかは分からなかったけど、説明するのが難しいので、そう伝えた。

「雪乃姉ちゃんとは、またしばらく会えないかもしれないけど、僕がそばにいるから。僕では力不足かな?」

「ううん、そんなことない!」

 慌てて否定する。

 ちょっと大きな声を出しちゃった……。

「ご、ごめんね。つい大きな声を」

「大丈夫だよ、気にしないで。記憶がなかなか戻らないこともあるし、寂しくてつらいよね。そんな佐那ちゃんの気持ちは、痛いくらいよく分かっているよ。僕には、そばにいてあげることしかできないけど、それでも……佐那ちゃんの力になりたい」

 孝宏君の優しい言葉に、思わず泣きそうになる。

「孝宏君!」

「うわっ!」

 知らず知らずのうちに、私は孝宏君に抱きついてしまっていた。

 座ったままで。

 恥ずかしさはあるけど、そっと孝宏君の膝に乗っかる私。

「驚かせてごめん……。どうしても、こんな風にしていたくて……。重くない?」

「いいよ、気にしないで。全然重くないから、しばらくこうしてようよ。佐那ちゃんの寂しさが少しでも和らいだらいいな」

「ありがとう……」

 それから私たちは、ほとんどしゃべらずに、しばし抱き合っていた。

 言葉は必要なくて。

 ただただ、この時間が永遠に続けばいいな、と私は願っていた。

 少し身体を動かして、孝宏君の顔を見てみる。

 孝宏君は目をそらすことなく、じっと私の目を見つめていてくれた。

 ドキドキして……気づけば、そっとまぶたを閉じて、孝宏君を待つ私。

 すぐに、唇が温かくなった。

 そのぬくもりが静かに去っていくを感じ、目を開けて孝宏君の顔を再び見る。

 顔を赤らめてはいるけど、しっかり私を見つめていてくれていた。

「ずっと、こうしていたい」

 私がつぶやくと、孝宏君は消え入りそうなほど小さな声で「僕も」と短く答えてくれた。




 それからしばらくそうして抱き合っていると、お風呂が沸いたというおばあさんの声が聞こえたので、私たちは順番にお風呂に向かい、歯磨きなども済ませた。




 そして、再び孝宏君の部屋で二人っきり。

 また、私が膝の上に乗っかる体勢で、正面から抱き合った。

 幸せいっぱい…………のはずなのに、胸騒ぎはどんどん酷くなってる。

 私は不安をかき消すために、孝宏君の身体に強く抱きつく。

 孝宏君は何も言わずに、私を受け止めてくれていた。




 やがて、孝宏君が言った。

「本当はずっとこうしていたいけど……そろそろ寝なくちゃ」

「もうそんな時間なんだね、ごめんね……私のせいで」

「ううん、佐那ちゃんのせいじゃないよ。僕だって、ずっとずっとこうしていたいから。本当に」

 そう言って、またキスしてくれる孝宏君。

「明日は一週間ぶりに、部活に出るから、少しだけ帰りが遅くなるけど……待っててくれるかな、ごめんね」

 そうだった、たしか天文部に所属していたっけ。

 あまり部活の話題が出ないので、すっかり忘れていた。


 …………。


 もしかして……。

「まさか……今まで、放課後ずっと私に付き合ってくれていたから、部活に出られていなかったり……しない?」

「え、あ……まぁ、僕が自ら部活を休んでただけだし」

 やっぱり……!


「ごめんね……。私、迷惑ばっかりかけてるよ」

「そんな風に思わないで。僕だって……佐那ちゃんのことずっと好きで……一緒にいたいから、休んでたんだよ。僕が勝手にやったことだから、佐那ちゃんは悲しまないで。佐那ちゃんがそうして悲しそうな顔をするのが、本当につらい。ずっと笑っててほしいよ」

「孝宏君……」

 私は言葉が出なかった。

 こんなにまで想ってもらえることが嬉しくて。

「ちょっとだけ、表情が明るくなったね……よかった……」

「孝宏君……孝宏君……!」

 私はもう気持ちが抑えきれなくなり、きつくきつく抱きついた。

「佐那ちゃん、ありがとう。ただ、佐那ちゃんがそばにてくれるだけでいい。もう絶対、離したくないよ。佐那ちゃんが僕のことを好きになってくれなかったら……あの日、気持ちを伝えてくれてなかったら……そう考えると、背筋が寒くなるよ……。ずっと、ずっと一緒だからね」

「うん……うん……」

 私の顔は涙でぐちゃぐちゃになって、何も言うことができない状態だった。

 孝宏君は、ささやくように言葉を続けてくれる。

「明日、恋架け橋で、約束しようね……。ずっと、ずっと、一緒にって……」

 そうだった。

 秘密の場所でも、そう言ってたっけ。

「約束しようね……」

 そう言う私の心に、また不安の影がよぎる。

 でも……私は必死でそれを追い払った。

「大好きだよ。心から……」

 耳元で優しくささやいてくれる孝宏君に、私はまるでしがみつくように抱きついていた。




「長々とごめんね。そろそろ寝ないといけないよね……」

 私からそっと身体を離した。

 本当は、ずっとずっとこうしていたい。

 でも、そんなことを言って、困らせたくないから。

 明日は、部活まであるらしいし、孝宏君にとって大変な一日のはず。

 負担をかけたくなかった。


「謝らないで。大丈夫、また明日いっぱいできるから。部活は、集会だけだから、そんなに時間がかからないと思う。多分、午後五時ごろには終わってるはず」

「待ってるから……。頑張ってきてね。気をつけて……」

 そう言って、私は立ち上がった。

 身体を離しただけで、こんなに切なくなるなんて……。

 すると、孝宏君も立ち上がり、また優しくキスをしてくれた。

「ありがとう……。おやすみ、孝宏君。……大好きだよ」

「こちらこそ。佐那ちゃん、おやすみ。僕も大好きだよ。また明日ね」

 本当は離れたくない!

 でも……でも……。

 そんなワガママを言うのは、困らせるだけだと重々分かっている私は、ドアへと向かう。


「じゃあ、また明日ね」

 ドアを閉める前に、もう一度言うと、孝宏君も「うん、おやすみ。また明日」と言って、笑顔で手を振ってくれる。

 私は静かにドアを閉めると、自分の部屋へと入った。




 電気を消して寝ようとするけど、予想通りなかなか寝付けない。

 あれだけ孝宏君に想ってもらってるのに……幸せより不安のほうが大きいって、どういうこと……。

 しかも、「恋のライバルがいるから」みたいな具体的な理由は一つもないのに……。


 それでも、無理やり目を閉じる。

 すると―――。


「七月七日、夢は終わる。恋架け橋で……」


 はっきり声が聞こえた気がした。

 どこから?

 誰の声?

 全く分からない。


 幻聴?

 夢?

 それも分からない。


 だけど、私の不安を増幅させるには十分だった。


 恋架け橋で……何かあるの?

 でも、明日、私たちはあそこで約束をするつもり。

 ずっとずっと一緒って約束を。

 だから……幸せなはず。

 なのに、どうしてこんなに不安なの……?


 私は心配のあまりじっとしていられず、ベッドから起き上がった。

 そして部屋をうろうろする。

 駄目……こんなんじゃ、寝られない……!

 つらくて苦しくて……涙がこぼれた。


 孝宏君……!

 助けて……!


 だけど……迷惑をかけるわけには……。

 どうしたらいいの……。


 すると、ドアをノックする音が聞こえて、私は驚きのあまり飛び上がった。


 だ、誰……?!


 しかし、次の瞬間、聞きなれた声がして、私は安堵のため息を漏らす。

「佐那ちゃん、ごめん。僕だよ」

「孝宏君? どうぞ。入ってきて」

 どうしたんだろう……。


 パジャマ姿の孝宏君は静かに部屋へと入ってきてくれた。

 私は急いで電気をつける。

「ごめんね、突然。その……理由を説明しにくいんだけど……なんだか急に佐那ちゃんが心配になって。どうしてそんな気持ちになったのかは、僕自身、分かってないんだ。訳分かんないよね、ごめんね」

 まさか……私が心の中で叫んだのが、何らかの形で伝わったのかな……。

 私は正直に言った。

「ううん、えっと……その……実は、さっきからずっと、不安で心配で……全然寝付けなかったの」

 そして、その理由についても、洗いざらい話すことにした。

 頭がおかしくなったんじゃないかって思われるかもと不安で、ずっと黙っていたんだけど……孝宏君なら、信じてくれるかもしれないと思って。




「そうだったんだね。話してくれてありがとう。大丈夫だよ、安心して。僕はずっと佐那ちゃんのそばにいるから。何があっても」

「ありがとう……」

 また涙があふれてきた。

「だから、泣かないで。大丈夫だからね。安心して」

 そっと近づいて、私を抱きしめてくれると、頭を撫で始めてくれた。

 それだけで……。

 不安が少し消えた気がする。

 私は思い切って言ってみた。

「あの……。お願いがあって……。こんなこと言うと軽蔑されると思うんだけど……」

「佐那ちゃんを軽蔑するなんて、僕にはあり得ないよ。何でも言ってごらん」

「ありがとう……。その……。今日だけでいいから、そこのベッドで一緒に寝てくれないかな……?」

「えっ?!」

 驚いた様子の孝宏君。

 そりゃ、そうだよね……。

 誤解を解くため、急いでしっかり説明する。

「あ、えっと……ただ、横で寝てくれるだけでいいの。そばにいてくれるだけで……。不安で胸が苦しくて、一人だと全然眠れないから……。お願い……」

「いいよ」

「えっ」

 今度は私が少しびっくり。

 すぐにオッケーしてもらえると思ってなくて。

「あの……はしたない女だと思わないでね。ほんとに、そばにいてほしいってこと、ただその気持ちだけだから……」

「佐那ちゃんのこと、そんな風に思うわけないよ。だから、心配しないで……ね」

 孝宏君は、穏やかで温かい表情でそう言ってくれた。

「じゃあ、ちょっとじっとしててね」

 孝宏君はそう言うと……私の足に片手を回して、持ち上げてくれた……!

 驚きが大きすぎて、声も出ない私。

 これって何ていうんだっけ、その……抱っこというか……。

「お姫様抱っこ、してみたかったんだ」

 そう、それだ……。

 知らないうちに、私の不安は消えており……喜びと、少しの恥ずかしさで私の心はいっぱいだった。

「恥ずかしいけど、嬉しい」

「誰にも見られてないから、恥ずかしがることないのに」

 孝宏君は楽しそうに笑うと、そのままベッドまで移動して、私を降ろしてくれた。

 そして自らもベッドに入ってくれる孝宏君。

 私の心臓は、早鐘のように打っていた。

 これから、孝宏君に……添い寝してもらえるんだ……。

 

「それじゃ、電気を消すね。おやすみ、佐那ちゃん」

「孝宏君、おやすみ。……ありがとう」

「いえいえ」

 私はさすがに恥ずかしいので、孝宏君の反対側を向いて、横向きに寝そべる。

 孝宏君はこっち向きで寝てくれるのかな。


 すぐまた不安な気持ちが湧いてきたけど、まるでそれに気づいているかのように、優しく髪を撫でてくれる孝宏君。

「嬉しいんだけど、くすぐったくて寝られないよ~」

 私は笑いながら言った。

「じゃあ、こうするね」

 私の身体に、腕を上から回して、抱き寄せてくれた。

「これならいいでしょ?」

「うん……。すごく安心する……。ねぇ、朝、起きたら一緒に私も起こしてね。もし、私が起きたときに、隣に孝宏君がいないと、ものすごく心配になっちゃうから……」

「分かったよ。すぐ起こすから。心配しないでね、僕はどこへも行かないから、大丈夫」

「うん……ありがとう……」

 孝宏君は、私の身体に回した腕をグッと自分のほうへ引き寄せてくれる。

 すると、私の背中に、孝宏君の温かい身体が密着するのを感じた。

 ドキドキして、嬉しくて……身体が熱くなる。

 胸もキュッと苦しくなったけど……決してそれは嫌な感覚じゃなくて……。

 苦しいのに、嬉しい……。

 説明するのが難しい感覚……。

 背中に孝宏君のぬくもりを感じながら、すっかり安心した私はいつしか眠っていた。




 でも、その晩の夢も、決して楽しいものではなかった。

 孝宏君とはぐれてしまったのか、一人で山道を駆け下りていく私。

 孝宏君の名前を懸命に呼び続けながら。

 しかし、孝宏君の姿はどこにも見当たらなくて……。

 私は寒蝉神社の前で、くずおれてしまった。

 かすれた泣き声で、孝宏君の名前を呼びながら……。


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