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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第四章 七月四日
20/45

孝宏君と美麗さん

 翌七月四日、孝宏君はいつも通り学校へ。

 私はまた、午前中は家事のお手伝いをして過ごすことにした。




「まだ警察からは何も言ってきてなくてねぇ」

 おばあさんが困り顔で言う。

「私の身元調べが難航しているんですよね……。私って、ほんと何者なんでしょうね……」

 私はすごく心細い気持ちになる。

 自分が何者か分からないままなのは、本当につらい。

「いい加減なこと言いたきゃないけど、きっといつか佐那ちゃんの身元が分かる時がくるとあたしは思うよ」

 おばあさんは力づけるように、声を励まして言ってくれた。




 家事のお手伝いを終えて、自分の部屋で一休みしていた私は、ふと昨日の夏祭りのことを思い出していた。


 美麗さんは、孝宏君のことを好きなのかもしれない……。

 昨日の態度を見ていると、大体想像できた。

 多分、時々私に対する視線に敵意を感じるのも、そこに起因しているんだろう。


 そして……孝宏君も美麗さんのことが好きって言ってたし……両思いに近いんじゃないかな……。

 孝宏君は「ある程度お互いのことを知ってからしか、付き合わない」というようなことを言っていたけど、昨日の夏祭りのような出来事で仲が深まっていけば、二人が付き合うのは時間の問題だと思えた。


 それに、孝宏君と美麗さんは同じクラスっていうことだから、毎日顔を合わすわけだし……。

 まさに今だって、二人は同じ教室で授業を受けているはずだ。

 昨日のことがきっかけで、休み時間には仲良くおしゃべりをしているかもしれない。

 色々なことが頭に浮かんで、じっとしていられなくなった私は、おばあさんに一言伝えてから、家を出て、孝宏君たちの通う寒蝉高校へと向かっていた。

 私にはどうすることもできないことなんだけど、とにかくじっとしていられなくて。




 空はどんよりと曇っていた。

 太陽が隠れているおかげで、やや涼しく、過ごしやすく感じる。

 ただ、雨が降らないかどうかは気になった。

 遠くのほうの雲の色は黒っぽく見える。

 そちらの雲がこっちまで広がってきたら、いつ雨が降りだしてもおかしくないように思えた。




 やがて、私は高校のそばに到着した。

 前来たときと同じように、フェンスの外からグラウンドを眺める。

 孝宏君たちは、どこの校舎にいるのかな。

 グラウンドには誰の姿もなかった。

 私は一人、物思いに沈みながら、グラウンドを眺め続けていた。




 どれくらいの時間が経ったのだろうか、チャイムの鳴る音が響いた。

 まだお昼休みにしては早すぎる時間だから、授業の合間の休憩時間に入ったんだろう。

 かすかながら、そこかしこからざわざわと人声がするのが聞こえた。

 孝宏君、今頃どうしてるのかな。

 そんなときだった―――。


 私の視界の真正面に、校舎と校舎の間の細い通路のような場所が見えているんだけど、そこに人影が現れた。

 どことなく孝宏君っぽいと思って、目を凝らす。

 間違いない!

 孝宏君だ!


 あれ?

 もう一人、誰か来た。

 その女子生徒が誰なのか、遠目からでも私にははっきり分かった。

 美麗さんだった。


 孝宏君と美麗さんが、人目につきにくいところで二人……。

 私はショックのあまり、呆然としていた。

 二人は何か話しているようだけど、ここからは全く聞き取れない。

 それに……立ち聞きなんかしたくないし……。

 私はその光景に耐え切れなくなって、足早にそこから逃げ出した。




 まだお昼ご飯まで少し時間があったので、孝宏君のうちから寒蝉高校までの間にある小さな公園に立ち寄った。

 私はゆっくりとベンチに腰を下ろす。

 周りには人の姿はなかった。

 心細くて、寂しくて、そしてさっき見た光景が悲しくて……少し涙がこぼれた。

 ベンチのそばに立っている木から、葉っぱが一枚ひらひらと落ちてきて、私の膝の上に乗る。

 指でつまもうと手を伸ばしたけど、ささやかなそよ風にあっという間に吹き飛ばされてしまった。

 もう、その葉っぱはどこにも見当たらない。




 かなりの時間が経って、私はようやく重い腰を上げた。

 おばあさんに迷惑をかけたくないので、お昼ご飯の時間までには家に戻っておきたかったからだ。

 足取りも重かったけど、正午前には家まで帰り着くことができた。




「佐那ちゃん、どこか具合でも悪いのかい?」

 お昼ご飯を済ませ、後片付けをしているとき、おばあさんが聞いてきてくれた。

「お気遣いありがとうございます。体調はおかげさまで悪くないです」

「でも、顔色がよくないからねぇ。もちろん、記憶を失くしてることによる不安もあるんだろうけど。でも今朝よりも顔色が優れないから、心配で。何かあったのかえ?」

 おばあさん、鋭いなぁ。

「前にも言ったけど、あたしゃ口は堅いから、悩み事でもあるのなら何でも話してね」

「あ、ありがとうございます」

 私はおばあさんに打ち明けようか、少し迷った。




 後片付けが終わったあと、リビングでおばあさんと一緒に座った私は、ゆっくりと話を切り出した。

「えっと、その……私が孝宏君のことをお慕いしていることは……昨日お伝えしましたが……」

「うんうん」

 おばあさんは嬉しそうに笑顔でうなずいてくれている。

「その……同級生の女子の方が、孝宏君と仲良くされているようなので……。私は身を引くことになると思いますが、それで少し思い悩んでいるんです」

「そうなのかい!」

 おばあさんは驚いた様子だった。

「そんな話は初耳だねぇ」

「えっと、このことは孝宏君には……」

「大丈夫だってば、誰にも言わないからね」

 おばあさんは私の肩を優しく叩きながら言った。


「そうかい……別の子が……。あたしはあくまでも佐那ちゃんの味方だけど、こればっかりはあたしにはどうすることもできないからねぇ、ごめんねぇ……」

「いえ、いいんです。その……ご心配おかけしまして、すみません」

「気にしないでおくれ。それで、佐那ちゃんは気持ちを伝えてはみないのかえ?」

「伝えたいんですけど、いつにしようか悩んでいるんです……。記憶が戻ってからにしようと思うこともあるんですけど、それもいつになるか見通しが立っていませんし……」

「記憶のこととは関係なく、伝えたいときに伝えたほうがいいんじゃないかしら」

「えっ?」

 おばあさんは続けて言った。

「記憶が戻った瞬間、孝宏のことがどうでもよくなるわけじゃないでしょ。一番大事なのは、佐那ちゃんが孝宏を今どう思ってるのか、それだけじゃないかしら。もし、孝宏も佐那ちゃんに好意を持っていたとしても、あの子のほうからは言えないからねぇ。『佐那ちゃんが記憶を取り戻そうと頑張っているときに、言うべきではない』って、孝宏ならきっとそう思ってるから。だから、もし好いてくれているのなら、気持ちを伝えてみるのもいいとあたしは思うよ」

 おばあさんの言うことは、すごく納得できた。


「アドバイスありがとうございます。私、伝えてみます!」

「頑張るんだよ。あたしは、いつでも応援してるからね」

 優しく言ってくれるおばあさん。

 私はもう一度「ありがとうございます」とお礼を言う。

 決めた!

 今日、孝宏君に思いを伝える。

 私は、固く心に誓った。


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