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恋架け橋で約束を  作者: 桜坂ゆかり
第三章 七月三日
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17/45

夏祭り

 家に入り、おばあさんに挨拶を済ませたあと、私たちはすぐに二階に上がった。

 夏祭りへ行く準備をするために。


「ちょっと待っててね」

 自分の部屋に入ろうとする私を、孝宏君がそう言って引き止めた。

 何だろう?

 孝宏君は奥の一室に入っていった。




 しばらくして出てきた孝宏君の手にあったのは、一着の浴衣だ。


「これを持って、ばあちゃんのところへ行ってくれるかな。着付けをしてくれるから」

「ええっ?! でも……。その浴衣、お借りしてもいいんですか?」

「うん。僕の従姉のだけど、ばあちゃんが買ったものだし。何より、ばあちゃんが貸してあげるって言ってるから、何の問題もないよ」

「……ありがとう!」

 ここまで親切にしてもらって、ほんとにいいのかな……。

「それじゃ、おばあさんのところへ行きますね」

 浴衣と小物を受け取って、私は言った。

 小物はどうやら、髪飾りのようだ。

 色々お借りしてしまって、申し訳ないなぁ。


「うん、いってらっしゃい」

 そして、私は階下のおばあさんのもとへと向かった。




「ちゃんと持ってきたのね。着付けは任せてね」

 おばあさんは、にこにこして言ってくれた。


「本当にすみません、色々とお借りした上に、お手間をかけさせてしまって」

「いいのよ。あたしが好きで貸してるみたいなもんだしさ。さぁさ、おいで。着付けをするからね」

「ありがとうございます。お願いします」

 そして、私はおばあさんに浴衣の着付けをしてもらった。




 浴衣は紺色で、黄色い帯だった。

 色のコントラストが鮮やかだ。

 髪飾りは帯の色に合わせて黄色だった。

「素敵な浴衣ですね。お貸しいただいて、本当にありがとうございます」

「いえいえ、いいのよ。うちの孫娘より、似合ってるよ。あの子も、佐那ちゃんみたいなおしとやかな子だったらいいのに。おてんばだからねぇ」

 お世辞でも嬉しかった。

 でもちょっと、孝宏君の従姉さんに申し訳ない。

 おばあさんに何度も何度もお礼を言った私は、元着ていた服などを置いてくるため、自室へと戻ることにした。




 準備を済ませて自分の部屋から出ると、孝宏君が待ってくれていた。

 孝宏君は特に着替えず、Tシャツにスラックスという、普段どおりの服装のままみたい。

「うわっ、よく似合ってるね! 可愛いよ。そういう落ち着いた色合いのも、佐那ちゃんにぴったりだね」

「あ、ありがとう……」

 嬉しいけど、何だかくすぐったい。


「それじゃ、行こっか。草履は下駄箱の中にあるから、出してあげるね」

「何から何までありがとう。よろしくお願いします」

 そして、私たちは階下に降りた。




「ここで待ち合わせのはずなんだけど、智たちはまだ来てないみたいだね」

 待ち合わせ場所に到着し、脇に立っている電柱のそばに寄りかかりながら、孝宏君が言った。


 この近くに臨海公園があるらしい。

 いつか行ってみたいな。


 道の先には、もう出店が並んでいて、人が歩いているのが見える。


「多分もうすぐ来るんじゃないかな」

 私たちはおしゃべりをしながら、智君と美麗さんを待つことにした。




「お待たせ!」

 しばらく立って待っていると、声がしたのでそちらを向いた。

 やはり智君だ。

 後ろに美麗さんの姿もある。

 美麗さんは相変わらず優雅な歩き方だ。

 智君は普段着だったが、美麗さんは黒を基調とした浴衣を着ていた。

 下駄がカランコロンと良い音を立てている。

 帯はピンクで、かなり似合っていた。

 綺麗だなぁ……。


「お待たせしてごめんなさいね」

 美麗さんが言った。

「いえいえ、気にしないでね。それじゃ、行こう」

 先頭にいる孝宏君はそう言って、歩き出す。

 私たちは、ゆっくりと出店のほうへと歩いていった。




「金魚すくい、やってみようぜ」

 出店の一番端にあった金魚すくいのお店を見るやいなや、智君が元気よく言うと、さっそくお金を払って挑戦しはじめた。

 他の三人は黙って見守ることに。

「意外とムズイな……。ちっ、もう破れちまった」

 二匹すくったあと、ポイが破れてしまったみたいだ。

「佐那ちゃんも挑戦してみる?」

 私に聞いてくれる智君。

「はい、やってみますね」

「それじゃ、私も」

 美麗さんも手を挙げて言った。

 競争みたいで、同時にやるのは気が引けたけど、こうなってしまったからには仕方ない。




「やったぁ!」

 美麗さんは器用に次々と金魚をすくっている。

 対する私は……一匹もすくえず苦戦中。

「破れなかったけど、このくらいにしておきますわ。あまり取りつくすのもよくないから」

 美麗さんは六匹すくったあと、そう言って余裕の表情で立ち上がった。

 ううう……何とかして一匹はすくわないと、惨めなことに……。

 美麗さんは、男性陣二人と共に、私の挑戦……というか悪戦苦闘……を観戦しはじめた。

「神楽坂君もやってみてはいかがですか? 楽しいですわよ。このポイをそのままお渡ししますわ」

 美麗さんが孝宏君に言って、自分の持っていたポイを差し出した。

「え、ああ、ありがとう」

 孝宏君が答えたそのとき―――。


「ああ~。破れちゃいました」

 結局一匹もすくえないまま、終了……。

 惨めだぁ……。

「気を落とすなってば。俺のを二匹ともあげるよ」

 智君が、自分のを渡そうとしてくれる。

「いえ、そんな……申し訳ないですし」

「いいっていいって、俺からのほんの気持ちだからさ」

 なおも金魚の入った袋を私に向かって差し出してくれたので、あまりしつこく断り続けるのも失礼だと思って、「ありがとう」と言って受け取った。


 そのあとは孝宏君が挑戦することに。

 しかし、美麗さんの使ったあとのポイだったせいか、1匹すくったあと破れてしまった。

「これは悔しいなぁ……。新しいので挑戦してみるよ」

 孝宏君は心底悔しそうだ。

「その必要はなくってよ。はい、私のすくったのを全部差し上げますわ」

 智君が私にしてくれたのと同じように、孝宏君に向かって袋を差し出す美麗さん。


「申し訳ないですよ。それに、もう一回だけ名誉挽回のチャンスをください」

「私の金魚じゃ満足できなくって?」

 ちょっと不機嫌そうな様子で美麗さんが言った。

 何もそんな言い方しなくても……。


「いえ、そういう意味じゃありませんよ。誤解させてすみません。そうですね、ありがたくいただきますね、ありがとうございます」


 新しいポイで自ら挑戦したそうな孝宏君だったけど、美麗さんの袋を申し訳なさそうな様子で受け取った。


「あの……。孝宏君がもう一回挑戦するところを見てみたいです」

 抑えきれず、つい思ったことを言ってしまった私。

 美麗さんが私のほうをじろりと見た。

 視線が痛い……。


「俺のあげた金魚だけでは不満かぁ。二匹しか取れずにごめんな」

「いえ、そういう意味では……。金魚、ありがとう」

 慌てて智君に言う私だったけど、美麗さんの冷たい視線が怖い。

 たしかにわがままな言動に思えるかもしれないけど、そんなに睨まなくても……。

 私、美麗さんのこと苦手かも。

 以前、孝宏君と共に、ちらっと顔をあわせたときにから、何だか美麗さんに私だけ嫌われてるみたいだけど、私のほうからはそんな印象を持ってなかったのに……。


「まぁでも、佐那ちゃんがそこまで推薦するのなら、孝宏のお手並み拝見といこう。俺も観戦しててやるよ」

「プレッシャーかかるなぁ」


 苦笑いしながら、お店のおじさんから新しいポイを受け取る孝宏君。


 そして孝宏君がすくい始めたが、あまりの上手さにびっくりだった。

 あっと言う間に六匹をすくいあげてから、「このポイももうすぐ破れそうだし、このへんで」と言って、孝宏君はすくうのをやめた。


「すごいですね!」

 私は孝宏君に声をかけた。

 孝宏君の満足そうな様子が、私にとっても嬉しかった。

「俺の株が下がるじゃないか。孝宏~、余計なことを。挑戦させるんじゃなかったぜ」

 おどけて言う智君に、孝宏君と私はくすくす笑った。

「それじゃ、次いきましょうか」

 美麗さんがこころもち冷ややかな調子で言う。

 美麗さん、やっぱり私のこと嫌いなのかな?

 今も私のほうをじろって見てから、言ったし……。

 その考えが、だんだん確信に変わりつつあった。




 その後、わたあめとチョコバナナを買って、みんなで食べた。

 孝宏君のそばだと、何を食べても、信じられないほど美味しく感じる。

 うすうす気づいていたけど、私にはこれといった苦手な食べ物がないらしかった。


 いつの間にか、あたりはかなり薄暗くなっている。

 奥の土手のほうからは、虫の音も響いていた。




「お、射的だ! 俺の名誉挽回のチャンスが、早くもやってきたようだな」

 射的のお店を見つけた智君は、不敵な笑いを見せる。

「楽しみにしてるよ」

 笑顔で言葉を返す孝宏君。

「智君は射的が得意なのですか?」

「いや、初めて」

 私の質問に即答する智君。

「じゃあ、その自信はどこから来てるんでしょ」

 美麗さんも笑って言った。

「まぁ、見てろって」

 みんなにそう言って、真剣なまなざしになった智君は、景品めがけて銃をかまえ、狙いを定めた。

 どうやら弾は三発撃つことができ、落とした景品は全部もらえるようだ。

 でも、周りの人たちが挑戦するのを見ていると、けっこう難しいらしく、全部外した人たちもいた。




「よっし、ゲット!」

 ラストの三発目でゾウのぬいぐるみを撃ち落した智君は、満足げに言った。

「すごい! おめでとうございます」

「さすがは御木本君ですわね」

「智、やるな」

 みんな、口々に智君を褒めたので、智君はいっそう得意げな表情になった。

「じゃあ、これを佐那姫に」

 智君はそう言って、私にそのぬいぐるみを渡してくれた。

「えっ! いいんですか?」

 なんだか、もらってばかりな気が。

 それにいつの間に「姫」に……。


「いいっていいって、もらっておいてよ」

 智君がぬいぐるみを私の手に押し付けて言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。

「あ、ありがとう。もらってばかりでごめんね」

「気にするなってば」

 智君は笑顔で言ってくれた。


「じゃあ、今度は僕が」

 そう言って、銃をかまえる孝宏君。

 真剣な横顔にドキッとした。

 孝宏君は一発目でクマのぬいぐるみを、三発目で花火セットを撃ち落した。

「きゃー! すごい!」

 私はテンションが上がって、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまった。

 かっこよすぎ!

「また、いいところを持っていきやがって~! 俺の見せ場を全て潰す気か!」

 おどけつつ、口を尖らせる智君に、孝宏君は苦笑いしていた。


「はい、九十九さん、これを」

 孝宏君はそう言って、美麗さんにぬいぐるみを渡した。

 いいなぁ……。


「まぁ、ありがとうございます!」

 満面の笑みを浮かべる美麗さん。

「こっちは佐那ちゃんに」

「えっ!」

 もらえると思ってなかったので、かなりびっくり。

「でも、それじゃ、孝宏君自身の景品がなくなってしまうのでは……」

 申し訳なく思って、私は言った。

「ううん、気にしないでね。その花火、帰って一緒にしようよ。それで僕も満足」

「あ、ありがとう……」

 孝宏君と一緒に花火……。

 私は嬉しくて嬉しくて、言葉が出ないほどだった。

 なんて優しいんだろう。


「それじゃ、次は私が」

 そう言って美麗さんが、銃をかまえた。

 しかし、二発立て続けに外れてしまった。

「神楽坂君、お上手でしたでしょ。教えてくださいな」

 美麗さんは三発目を撃つ前に、孝宏君に声をかけた。

「え、いや、その……さっきのは運もよかったですし、毎度うまくいくとは限りませんよ」

「それでもよくってよ。私一人でやっていては、当たりそうにないんですもの」

 孝宏君は銃をかまえて、美麗さんが狙っている小物入れ目がけて照準を合わせた。

 美麗さんは孝宏君のすぐそばで、かがみながら顔を近づけている。

 急接近……。

 美麗さんがうらやましいなぁ。

 私は、かなり美麗さんに嫉妬しはじめていた。


「このまま、撃ってみてくれませんか。外れたらごめんなさい」

 そう言って銃から離れた孝宏君は、すぐそばに美麗さんが顔を寄せていることに気づいて、驚いたようだった。

 孝宏君は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。

 美麗さんは、ゆっくり銃をかまえると……弾を放つ。

 しかし、軽くかすめたものの、惜しくも撃ち落すまでには至らなかった。

「残念でしたが、神楽坂君のおかげで惜しいとこまでいけましたわね。ありがとうございます」

「いえいえ、上手くいかずに申し訳ない」

 孝宏君はすごく残念そうだった。


「じゃあ、次は佐那ちゃんの番だね」

 智君の言葉に、私は「ええっ?!」と言って驚いた。

「だって、俺、孝宏、九十九さんと順番にやってきて、佐那ちゃんだけパスっておかしいでしょ」

「佐那さんがお嫌でしたら、無理にさせるのはよくなくてよ。そろそろ移動してもいいんじゃないでしょうか」

 美麗さんが言う。

 しかし、智君は譲らない。

「俺が手伝うからさ。さあさあ、早く早く」

 智君はもうお金を払って、銃のそばにいる。

 勢いに押されて、私も挑戦する流れになってしまっていた。


 さっき孝宏君がやってたみたく、銃の向きを調整してくれる智君。

 智君と私が狙うのは、美麗さんも挑戦していたあの小物入れだ。

「これで撃ってみてよ。と言っても、孝宏ほど結果が出なかった俺の言うことなんか、信用ならないかな」

「いえ、そんなこと……。それじゃ、やってみますね」

 しかし、外してしまった。

「やっぱダメなのかよ~。もう一度チャンスを! 今度こそ」

 智君はそう言ってまた銃の位置を再度調整してくれた。

 でも、そのまま撃ったものの、またしても僅かに外れてしまう。

 すっごく惜しいところまでは、いってると思うんだけどな……。


 本心を言えば、最後だけでも孝宏君に調整してもらいたかったけど、そんなことは智君に失礼だし、私からは言えるはずもなかった。

「じゃあ、僕にもリベンジのチャンスをぜひ。智、僕に合わさせてくれないか?」

 思いがけず、孝宏君が私の望んでいたことを言ってくれたので、私はびっくりした。

 まるで、心の中が読まれちゃったみたい。

「うわ、また俺が引き立て役に成り下がりかねない展開に。ダメだ、ダメだ」

「智はもうすでに二回やっただろ。僕はさっき一回だけだったから、公平にお願いするよ」

「ちぇっ、わかったよ」

 しぶしぶ場所を譲る智君。

 孝宏君は「ありがとう」と智君に言ってから、銃の向き調整を始めた。

 さっき美麗さんがここで、孝宏君に急接近していたことを思い出し、勇気を振り絞って私も接近してみた。

 大胆すぎるかな……。

 すっごくドキドキする。

 身体が震えを抑えきれなかったから、智君や美麗さんに怪しまれないか心配だった。

 孝宏君のかっこいい顔が、目と鼻の先に……。

 ドキドキが止まらなかった。


「ちょっと、佐那さん、神楽坂君に近づきすぎじゃなくって?」

 美麗さんに鋭く指摘されて、慌てて孝宏君から離れた。

 ちょっと驚いた様子を見せて、孝宏君も私のほうを向く。

 でも……美麗さんだって、さっき同じようなことを……。

 私は抗議したいのをぐっとこらえて、「ごめんなさい、つい」と言った。


「まぁまぁ、佐那ちゃんも孝宏も、最後の一発に集中しているわけだから。多少はしょうがないでしょ。気にしない気にしない」

 智君がフォローしてくれた。

 孝宏君はまた顔を赤くしている。

 多分、私の顔も赤いはず。

「御木本君、どういうおつもりかしら。約束とちが……」

 美麗さんの声色がいつもと違い、怒りで震えているようだったので、全員がそちらを見た。

「約束って?」

 私が疑問に思ったことを、孝宏君が代わりに聞いてくれた。

「な、なんでもない! こっちの話! 美麗ちゃん、この埋め合わせはするって、すまんすまん」

「そ、それなら、もうよくってよ」

 少し焦った様子の智君がなだめると、美麗さんはすぐに納得したようだった。

 何の話なんだろう……。


「気を取り直して、最後の一発、頼んだぞ!」

 孝宏君と私のほうに向き直った智君が言う。

 私は再び集中力を高めて、景品と銃を注視する。 


 再び集中して、銃を調整してくれていた孝宏君が銃から離れた。

「これでどうかな。失敗だったらごめんね」

「いえいえ、その……ありがとう」

 お礼を言って、私は銃のそばに行く。

 この一発……何としても決めたい……!

 孝宏君が調整してくれたんだもん……。

 私は銃を握ると、祈りながら撃った。


 すると、弾は小物入れに命中し、ゲットすることが出来た!

「やった! 孝宏君、やったよ! ありがとうね!」

「よかった!」

 お店のおじさんから小物入れを受け取った私は、孝宏君と喜び合った。

 この小物入れ、もう私の宝物だ……。

 私は、それをきつく胸に抱きしめた。


「くっそ~。またおいしいところを孝宏が持っていってるじゃないか!」

 半分笑いながら、悔しそうに智君が言った。

「そんなつもりはなかったけど、ごめん」

 素直に謝る孝宏君。

「あら、あちらにたこ焼きのお店がありますわよ。行ってみませんか?」

 美麗さんが、遠くを見ながら言った。

 今も私を見る視線に、とげとげしさを感じた。

 あの小物入れを私が取ったのも、気に入らなかったみたい……。


「あの……九十九さん、ごめんなさい。私が小物入れを取ってしまって」

「あら、気にしなくてもよくってよ」

 意外にも、自然な口調で美麗さんが言った。

 あれ?

 それほど、嫌われていないのかな。

 私の自意識過剰だったのかも。


 じゃあ、なんで時々、あんな目で私を見るんだろう。

 よく分かんない。




 それから私たちは、たこ焼きやりんご飴、水風船などを買い、夏祭りを後にすることにした。

 たこ焼きは、おばあさんへのお土産の分も、孝宏君が買ってくれた。

 美麗さんの冷たい視線は時々感じて怖かったけど、でも色々と楽しめたから大満足。

 孝宏君から小物入れと花火を、智君から金魚とぬいぐるみを、それぞれもらっちゃったし。

 すでにあたりは、すっかり暗くなっていた。

 虫の声がにぎやかさを増している。




 帰り道、おしゃべりしていると、話題が趣味のことになった。

 記憶を失くしている私には参加しにくい話題だったので、みんなにあらかじめそう伝えてから、聞き役に徹することに。

 孝宏君の趣味は、鉄道と星を見ることだと本人が言ったけど、これはすでに私も知っていた。

 美麗さんは華道や書道、お菓子作り、ピアノなどが趣味らしい。

 美麗さんらしいなぁ。

 そして、智君の番になった。


「俺は歴史が好きだな。戦国時代と幕末、最高に面白いぜ!」

 やや興奮気味に智君が言った。

 よっぽど好きなんだなぁ。

「なんとなく分かるな。僕も好きなほうだ」

「私は、好きでも嫌いでもないわ」

 孝宏君と美麗さんが、口々に感想を言った。

 智君は熱い口調のまま続けた。

「そうだ、知ってる? 豆知識。武将の加藤清正と、新撰組局長の近藤勇は、こぶしを口に入れることが出来たらしいぞ!」

「拳を口に?」

 孝宏君が聞き返した。

「そう、握りこぶしのこと。俺にはできないけどな」

 じゃんけんのグーのように右手を握り、口に持っていきながら、智君が答える。

「たしかに……これ、僕も無理だ」

 孝宏君が言った。

 つられて私もこっそりやってみる。

 すると―――。


 右手の握りこぶしが、すっぽりと口に入ってしまった。

 出来ちゃったよ……。

 これって、難しいことなのかな?


「佐那ちゃんと九十九さんはどう?」

 智君が、美麗さんと私に話をふった。

「やってみるまでもなく、出来るわけありませんわ」

 美麗さんは言った。

 うん、たしかにこれ……女子は、あまり人前で安易にやるべきことでもない気がする。

 美麗さんがやる様子なんか、想像できないし。

 なので、私も同じくできないふりをしておくことにした。

 ウソをつくことになっちゃって居心地はよくないけど、でも……「できる」って言えば、みんなの前でやらなくちゃならなくなるし。

 仕方ないよね。


「私もできないと思います」

 というわけで、そう答えておいた。

「ほら、なかなか出来ないことでしょ。加藤清正と近藤勇、すごいよな!」

 なぜか自分のことのように、得意げに言う智君。

「でも、どうしてそのお二人はそのようなことを? どういう意図があって、拳を口に入れていたんですの?」

 美麗さんが訊ねた。


「なんでも、近藤勇は加藤清正が好きだったか、尊敬していたかで、清正ができたというソレを、自らも出来るということで、喜んでやっていたとか、どこかで読んだな」

「じゃあ、その加藤清正は、なんでソレをやってたんだ?」

 今度は孝宏君が聞いた。


「これはうろ覚えだけど、なんでも……中国の関羽だったかな、ソレができるという武将の逸話があったらしくて、そこから自分もやってみたとか。あれ? 近藤勇が関羽のマネをしたんだったっけ。忘れた。とにかく、清正と近藤勇は、出来たってことで」

「へぇ~」

 孝宏君が感心したように言った。

「よくご存知ですわね」

「物知りですね~」

 美麗さんと私も、口々に智君を褒めた。

「まぁ、好きなもんで」

 ちょっと得意げに鼻の下を指でこすりながら、智君が言った。




 それからまた、たわいもないおしゃべりをしていると、いつの間にかあの十字路まで着いていた。

「ここで解散だな」

 智君が言った。

「今日はとても楽しかったですわ。また誘ってくださいな。それでは、神楽坂君、佐那さん、ごきげんよう。御木本君は同じ方向でしたわよね」

 美麗さんが言う。

「うん、そうだね。それじゃ、佐那ちゃん、孝宏、また明日な!」

 手を振りながら、孝宏君と私に言ってくれる智君。

 孝宏君と私も、手を振り返す。

 そして、智君と美麗さんは連れ立って、ゆっくりと歩き去っていった。




「さて、僕たちも帰ろう」

 二人っきりになると、孝宏君が言う。

「ええ。あの……今日は本当に楽しかったです。ありがとう」

「僕もすごく楽しかったよ。来てくれてありがとうね」

 孝宏君からそう言ってもらえて嬉しくて、来てよかったと心からそう思った。




「えっと……ごめんね」

「え?」

 帰り道の途中で、突然、孝宏君が謝ってくれたけど、私には何のことか分からなかった。

「ああ、その……射的で、ぬいぐるみと花火を取ったとき、先に九十九さんに声をかけて、ぬいぐるみを渡したことだよ。佐那ちゃんはゾウのぬいぐるみを智からもらっていたし、九十九さんにもぬいぐるみを渡さないとって思って……。ほんとにそれだけの理由だから、誤解しないでね」

 そんなことを気にしてくれてたんだ……。

 私は全然、気にしていなかったのに。

 私だって花火をもらってるのに。

 孝宏君の深い気遣いに、感激してしまった私は、思わずにじんできた涙を必死でこらえた。

「いえいえ、気にしていないので、孝宏君も気にしないでね。花火ありがとう、嬉しかったです」

「帰ったら、ばあちゃんも混ぜて、みんなでやろっか」

「賛成です!」

 そして、私たちはおしゃべりを続けながら、家へと向かった。


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