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呪われた皇女と獣王  作者: Nono
8/11

第7話 小さな皇女の幸せな日光浴と小さな野望

ぽあぽあ。ぽあぽあ。


暖かな陽射しが頬に当たる。


その心地よさに誘われるように、ぼんやりとしていた意識が、少しずつはっきりしていった。


(ふかふか……。なんだか、もふもふしてる……)


〈ルシア、おはよう〉


頭の中に、柔らかな声が響いた。


すぐそばで、さらさらとした毛並みの尻尾がゆっくり揺れている。


(むにゃ……。フィラッ……)


〈フィラックスじゃなくて、クーだよ!〉


(そうだった。昨日、名前を教えてもらったんだった……)


(もふもふは、クーか……ふふぅ)


「ふぁぁ……」


大きな欠伸をしながら、ゆっくりと身体を起こす。


そのとき、ふと光の差し込む方へ顔を向けた。


目の前には、大きな四角い輪郭。


そこから差し込む光が、ベッドの上まで届いている。


「大きな窓!」


思わず声が弾む。


嬉しくなって、吸い寄せられるようにそちらへ身を乗り出した。


「ふあっ!」


突然、身体を支えていた柔らかなベッドの感触が消える。


(……あれ? 落ちる?)


〈危ない!〉


どんっ。


鈍い音とともに、クーと一緒に床へ転がり落ちた。


けれど、不思議と痛くない。


指先に柔らかな感触。


(……ふわふわ?)


そういえば、床には厚い絨毯が敷かれていたんだった。


クーが、こちらを覗き込む。


〈ルシアはおっちょこちょいだな! 怪我してない!?〉


(怪我してないよ。へへ……ごめんね。ベッドの上にいたこと、忘れちゃって)


〈仕方ないなぁ〉


クーはそう言いながら、身体をそっと寄せてくれた。


その温かな、もふもふとした背中に手をつき、よいしょ、と起き上がる。


(ふふぅ。気を取り直して……)


今度は慎重に窓へ近づいた。


そっと手を伸ばす。


指先に、つるりとした硝子の感触。


陽射しを浴びた硝子は、ほんのり温かかった。


(……あったかい)


頬をぺたりとくっつける。


それから両手で窓を押し開けた。


ふわり。


爽やかな風が、黒いヴェールを揺らす。


全身を包み込む太陽の光。


澄んだ空気が胸いっぱいに広がっていく。


そして、風に運ばれてくる、甘いセルリアの花の香り。


「……ふふ」


思わず笑みがこぼれた。


(幸せ……。これぞ、日光浴生活!)


暗い塔の中では、こんなふうに朝日を浴びることはできなかった。


これからは、好きなときに、窓を開けられるんだ。


(……なんだか胸の奥がぽかぽか)


そのまま広いバルコニーへ出る。


足元を確かめながら歩き、手すりにそっと手を置いた。


眼下には、庭園の輪郭が広がっていく。


庭園の中央からは、しゃらしゃらと涼しげな噴水の音が聞こえてくる。


そして、ぴぴ、と鳥たちのさえずり。


さわさわと風に揺れる木々の音。


(ふふぅ……。幸せ)


(やっぱり、お庭は広いなぁ……)


(これだけ広ければ、きっといろいろなものを植えられそう……!)


そう考えたとき、ふと、お母さまの柔らかな声が蘇った。


『いい、ルシア。何事も備えておくのが大事なのよ。特に食べ物はね』


思い出した言葉に、私はこくりと頷く。


(獣王様が契約魔法を結んでくださったけれど……何かあったときのために、備えておかないと。お母様も、お庭に実のなる木をたくさん植えていらっしゃったもの)


(手前にはブルーベリーを植えて、その横には、イチジク。それからリンゴの木、栗の木も欲しいなぁ……)


頭の中に、次々と甘い食べ物が浮かんでくる。


(奥にはさつまいも。かぼちゃ。トウモロコシ。人参に、ビーツ……)


(みんなでお日様をいっぱい浴びて、すくすく大きくなって……)


(……クーと一緒に収穫するの!)


(それから、甘いお菓子をいっぱい作って……)


「ふふぅ」


(楽しみだなぁ!)


〈僕はね、いちごを植えたいな。とびっきり甘いやつ!〉


足元からクーの声がした。


(あっ、いちごを忘れてた! いちごもいっぱい植えよう! それで、甘いお菓子をたくさん作るの!)


〈きゅう!〉


嬉しそうな鳴き声が響く。


そのときだった。


ぐぅぅぅ……。


お腹が、盛大に鳴る。


(……あ)


(……お腹すいたなぁ)


〈ごはん、食べに行こう?〉


クーが足元にすり寄り、ふわふわの身体をドレスの裾にすりつけてきた。


〈甘い木の実がなってるところ、知ってるんだ〉


(甘い木の実……!?)


(……食べたい)


「きゅっ、きゅう」


〈じゃあ、僕の背中に乗って!〉


(うん!)


クーの背中へ手を伸ばした、そのとき。


「こ……皇女様?」


振り返ると、扉のそばにミーナさんが立っていて、その長い耳は垂れていた。


「お、お食事の用意ができておりますが……召し上がられますか?」


「食べます!」


すぐに答えた。


(クー、木の実は後で食べに行こう!)


〈わかった! きゅう〉


ところが、ミーナさんはなぜか固まってしまった。


「た……食べられる、のですか?」


ぴくん。


垂れていた耳が跳ね上がる。


小さな尻尾までぴくぴくと動いた。


「はい!」


にっこり微笑む。


「作ってくださったんですよね?」


「あ……はい。もちろんです」


ミーナさんは戸惑ったように答えた。


「お、お部屋と食堂、どちらで召し上がりますか?」


「……うーん」


昨日、この部屋へ来たときに上った階段を思い出す。


長くて、大きくて。


とっても大変だった。


(……下りるのも大変そう。だから……)


「お部屋でお願いします!」


(……選択肢は一つしかないよね!)


「わ、わかりました! すぐにお持ちいたします!」


ミーナさんは深々と頭を下げると、慌ただしく部屋を出ていった。


(ごはん、ごはん……)


ルンルン♪


大きな長椅子へ向かった。


よいしょ、と柔らかな椅子によじ登り、腰を下ろす。


足先は床に届かず、宙に浮いたまま。


隣の空いたところを、ぽんぽんと叩いた。


(クーにも分けてあげるね)


〈やったぁ! きゅう!〉


クーが嬉しそうに飛び乗ってくる。


〈僕ね、蜂蜜が大好きなんだぁ〉


(私も! 甘いもの、大好き!)


〈獣国には甘いものがたくさんあるよ! 蜂蜜もあるし、木から採れる甘い蜜もあるんだ。それに、バオバブの実もあるんだよ!〉


(……バオバブ?)


〈甘酸っぱくて、おいしいんだ!〉


(……食べてみたい!)


(木から採れる甘い蜜も、気になるなぁ……)


(……ふふぅ)


(獣国には、まだまだ知らないおいしいものがありそう!)


蜂蜜。


とろりとして、甘くて、口いっぱいに幸せが広がる蜂蜜。


ふわふわのパンにたっぷりのせたら、どんなにおいしいだろう。


「……ふふぅ」


想像するだけで、口元が緩んでしまう。


こんこん。


扉を叩く音がした。


「皇女様、お食事をお持ちいたしました」


「はい!」


扉が開き、ミーナさんとアビゲイルさんが入ってくる。


二人は食器の載った盆を運び、手際よくテーブルへ並べ始めた。


「……ようやく、獣国の食事を召し上がる気になったのですね」


「はい! とっても楽しみにしていました」


胸の前で手を組み、微笑みながら答える。


ぴくり。


アビゲイルさんの猫耳が動いた。


料理を並べていた手も、ぴたりと止まる。


「……そうですか」


どこか素っ気ない返事だった。


(……気のせいかな?)


「獣王様から、毎食欠かさずお食事をお届けするよう、直々に仰せつかっておりますので」


(獣王様……約束、覚えていてくださったんだ……)


窓のあるお部屋。


柔らかなパンのついた、一日三回のお食事。


そして、ヴェールをつけたままでいてもよいという約束。


(……ありがとうございます、獣王様)


感謝を噛み締めていると、横からアビゲイルさんの小さな声が聞こえた。


「……どうせ、ひと口召し上がったら、何かと難癖をつけるおつもりなのでしょうけど」


(……難癖?)


(私、何か言ったっけ……?)


思い当たることがない。


(……まあ、いいか!)


けれど、目の前に並べられていく料理の香りに、すぐに意識を奪われた。


「本日は、かぼちゃのスープに、焼きたてのパン、目玉焼きとベーコン、それからお野菜をご用意いたしました。蜂蜜とブドウジャム、いちごもございます」


ミーナさんが、一品ずつ丁寧に教えてくれた。


ふわり。


湯気とともに、かぼちゃの甘い香りが鼻先をくすぐった。


焼きたての香ばしい匂いを漂わせる、ふわふわのパン。


目玉焼きに、こんがりと焼かれたベーコン。それから、たっぷりの野菜。


そして、小さな器には蜂蜜とブドウジャム。いちごから漂う甘い香りに、思わず鼻を近づけたくなった。


「……わぁ」


思わず、声がこぼれる。


(こんなに、いっぱい……!)


甘い匂いと香ばしい匂いが入り混じり、胸が弾んだ。


(……全部、食べてもいいのかな?)


そっとスプーンを手に取る。


まずは、かぼちゃのスープをひと口。


ふぅ、ふぅ。


冷ましてから、そっと口に運んだ。


「……んっ!」


とろり。


なめらかなスープが舌の上に広がった。


かぼちゃのほっくりとした甘さと、ミルクのまろやかなコク。


二つが溶け合って、口いっぱいに優しい甘さが広がっていく。


(……おいしい!)


すると、頭の中に、まんまるのかぼちゃが現れた。


その隣には、ふわふわのミルク。


二人が仲良く手をつないでいる。


(……ふふ)


かぼちゃが私の方へ手を伸ばしてきた。


(……私も?)


そっと手を取る。


くるくる、くるくる。


かぼちゃとミルクと私。


三人で、楽しそうに踊り始めた。


(……ふふぅ。なんて幸せな世界……)


もうひと口。


(……もう一回、踊りたい!)


スプーンを置き、今度はパンへ手を伸ばした。


指先で押してみる。


ふにゅ。


(……ふわふわ!)


小さくちぎると、柔らかな生地がほろりとほどけた。


そこに、とろりとした蜂蜜をたっぷりとのせる。


甘い香りがふわりと広がり、指先に触れた蜜が、ぺたりとくっついた。


まずは、隣で尻尾を揺らしているクーの小皿へ。


(はい、クー。半分こね)


〈わぁ! ありがとう!〉


クーは嬉しそうに鼻先を寄せた。


ふさふさの尻尾が、右へ左へ揺れる。


私も蜂蜜をのせたパンを、ひと口。


「……んっ!」


ふわふわのパンが、口の中でほろりとほどける。


そこへ、とろりとした蜂蜜がじゅわっと染み出して、優しい甘さが広がった。


(……おいしい!)


思わず両手を頬に添えた。


(ほっぺた、落ちちゃいそう……)


もうひと口。


(……この甘さ)


ふと、手が止まった。


『ルーの好きな甘いものだよ。いっぱい食べて、元気をつけてね』


不意に、懐かしい声が蘇った。


(……アルお兄ちゃん)


夢の中で、一緒に食べたごはん。


あのときも、こんなに柔らかくて、甘くて、おいしかった。


(……また、食べられるなんて)


嬉しくなって、もう一度パンを頬張った。


それから、目玉焼きとベーコンを少しずつ口に運ぶ。


かりっとしたベーコンの塩気に、卵のまろやかな味が重なる。


(……しょっぱいのも、おいしい……!)


〈ルシア、おいしいねぇ!〉


(うん! とってもおいしい!)


〈ルシアと一緒だから、もっとおいしいんだ!〉


(……ふふ。私もだよ!)


クーは蜂蜜を夢中で舐めている。


ふさふさの尻尾が、ぱたぱたと揺れた。


そのたびに柔らかな毛が腕をくすぐる。


(……くすぐったい)


「……ふふっ」


再びパンをちぎって、蜂蜜をのせ、クーに分けて、自分も食べる。


今度はブドウジャム。


パンにたっぷりのせて頬張ると、ブドウの濃厚な甘さがふわりと広がった。


(……こっちも、おいしい!)


それから、いちごをひと粒。


ぷちっ。


甘い果汁が口いっぱいに広がり、あとからほんの少し酸味が追いかけてきた。


(……ふふぅ。甘酸っぱい!)


(……幸せぇ)


気づけば、あれほどたくさん並んでいた料理は、すっかりなくなっていた。


(……あれ?)


(全部、食べちゃった……)


「……ごちそうさまでした!」


(獣国のごはん、最高……!)


ふと顔を上げると、ミーナさんが小さく息を呑んだ。


頭の上の長い耳が、ぴん、と立ち上がる。


「……獣国の質素なお食事など、お口に合わないものと思っておりましたが。ずいぶんと、お腹が空いていらしたようですね」


アビゲイルさんが、ぽつりと言った。


どこか棘のある声だった。


(……?)


「で、でも、よかったです……!」


慌てたように、ミーナさんが口を開いた。


「三日間もお食事を召し上がっていらっしゃらなかったので、心配していたんです。お、お口に合ったようで……」


(……あれ? 聞き間違いかな?)


〈ルシアは三日寝たんだよ〉


(寝すぎないように気を付けるって決めたのに!)


思わず、しゅんと肩を落とす。


〈でも、ルシアと一緒に寝られて嬉しかったよ!〉


(……クー)


〈あったかくて、気持ちよかった!〉


(……ふふ)


なんだか嬉しくなって、クーのふわふわの背中をそっと撫でた。


「……とてもおいしかったです。ありがとうございます!」


ミーナさんの方へ顔を向け、にっこり微笑む。


「……そ、そうですか。よかったです……!」


ミーナさんの声が、少しだけ明るくなる。


「…………」


アビゲイルさんは、何も言わなかった。


ただ、猫の耳がぴくりと動き、それから少しだけ後ろへ倒れる。


ミーナさんの長い耳も、不思議そうに揺れている。


そんな微妙な空気の中、思い切って、ずっと聞きたかったことを尋ねてみた。


「ところで……お庭に出てみたいのですが、いいですか」


「……お庭、ですか?」


「はい!」


アビゲイルさんは少し考えたあと、ミーナさんへ顔を向けた。


「ミーナ、皇女様をお庭へご案内して。私は片づけを済ませるわ」


「は、はい!」


アビゲイルさんは食器を片づけ始めた。


長椅子の端まで、お尻をずりずりと動かす。


それから、よいしょ、と足を下ろした。


ようやくつま先が床に触れる。


そのとき、ふと昨日の階段を思い出した。


(……あの階段、下りるのも大変そうだなぁ)


(……どうしよう)


すると、隣にいたクーがふさふさの尻尾を、ふりふりと揺らした。


〈ルシア、いい考えがあるよ!〉


どこか得意げな声だった。


(……いい考え?)


〈うん! バルコニーへ行こう!〉


(……バルコニー?)


首を傾げながらも、ミーナさんと一緒にバルコニーへ向かった。


「皇女様? お庭へは、こちらでは……」


ミーナさんが言い終わるより早く、クーが広い場所へ進み出た。


ふわり。


あたりの空気が揺れた。


目の前にあるクーの輪郭が、みるみる大きくなっていく。


ふさふさの毛並みが風を起こし、ドレスの裾を揺らした。


「ひっ……!」


ミーナさんが短く悲鳴を上げ、思わず一歩後ずさった。


頭の上の長い耳が、ぴん、と立ち上がる。


〈さあ、乗って!〉


(……なるほど!)


(クー、頭いい!)


〈えへへ〉


「ミーナさんも、一緒に乗りませんか?」


「えっ……わ、私も、ですか!? い、いえ、私は……!」


ミーナさんの長い耳が、ぺたりと垂れた。


「一緒にお庭へ行きましょう?」


「で、ですが……」


そのとき、ミーナさんの身体がびくりと跳ねた。


〈……乗るよね?〉


クーの声が、いつもより少し低く聞こえた。


(……あれ?)


(気のせいかな?)


「の、乗らせていただきます……!」


ミーナさんが慌てて答えた。


クーが、そっと身体を低くしてくれた。


(……よいしょ)


ふわふわの毛に手をかけ、背中によじ登る。


すると、ミーナさんもおそるおそる私の後ろへ腰を下ろした。


「し、失礼いたします……!」


私もクーのふわふわの毛を両手でぎゅっと掴んだ。


〈行くよ!〉


ふわっ。


身体がふわりと浮き上がる。


頬を撫でる風が、少しだけ強くなった。


「きゃああっ!」


背後から、ミーナさんの悲鳴が響いた。


クーはゆっくりと高度を下げ、庭へ降り立った。


(……着いた!)


背中から降りると、クーのふわふわの身体を両手で撫でる。


「ありがとう、クー!」


〈きゅう!〉


クーの尻尾が、嬉しそうに揺れた。


(……あれ?)


(ミーナさん、降りないのかな?)


背後を振り返る。


ミーナさんの輪郭は、まだクーの背中にくっついたままだった。


「……だ、大丈夫ですか?」


「は、はい……だ、大丈夫です……!」


ミーナさんが、おそるおそるクーの背中から降りる気配がした。


どうやら大丈夫みたい。


(……よかった!)


そう思った途端、庭の方からふわりと花の香りが漂ってきた。


(……わぁ!)


もう、気持ちはすっかりお庭に向いていた。


(……広い!)


木々の間を、柔らかな風が通り抜ける。


ふわりと漂う草花の香り。


遠くから聞こえる、小鳥たちのさえずり。


頬に触れる、暖かな陽射し。


庭をゆっくりと歩き、大きな木の下へ向かった。


そっと根元に腰を下ろす。


(……ふふぅ)


木陰は少しひんやりとしていて、通り抜ける風が心地よかった。


クーも隣に寝そべり、ふわふわの尻尾をゆったりと揺らしていた。


(やっぱり、ここに食べ物を植えたいなぁ……)


いちご。


ブルーベリー。


さつまいも。


(……ふふぅ)


考えるだけで、わくわくしてくる。


けれど。


(……あれ?)


ふと、肝心なことに気づいた。


(……種がない)


植えたいものはたくさんあるのに、種がなければ何も育てられない。


(……どうしよう)


〈ルシア! 僕、野菜や種を売ってるところ、知ってるよ!〉


(……本当!?)


〈うん! 僕が連れていってあげる!〉


(……いいの?)


〈もちろん!〉


嬉しくなって、ミーナさんの方へ顔を向けた。


「ミーナさん!」


「は、はい!」


「種を買いに行きたいんです!」


「……種、ですか?」


「はい! お庭で食べ物を育てたくて!」


「そ、それは……」


ミーナさんの長い耳が、困ったようにぺたりと伏せられた。


「お城の外へ出られる、ということでしょうか……?」


「はい!」


「で、ですが……皇女様を、許可なくお城の外へお連れするわけには……」


「アビゲイルさんに確認してきます!」


ミーナさんはそう言うと、慌てて宮へ駆けていった。


〈僕も行ってくるね!〉


いつもより、少し弾んだ声。


クーのふさふさの尻尾が、ゆらり、ゆらりと揺れている。


(……クーも?)


〈うん! すぐ戻るからね!〉


(……うん!)


クーは楽しそうに尻尾をふりふりと揺らしながら、ミーナさんのあとを追いかけていった。


(……何かいいことでもあるのかな?)


私は再び、大きな木の根元に腰を下ろした。


ぽあぽあ。


暖かな陽射し。


そよそよと吹く風。


(……眠たくなってきちゃった)


なんだか、まぶたが重くなってきた。


うとうとし始めた、そのとき。


〈ルシア!〉


(……クー!)


顔を上げると、クーが戻ってきていた。


その少し後ろから、ミーナさんとアビゲイルさんの足音が聞こえる。


「こ、皇女様……」


ミーナさんの声が、どこか落ち着かない。


二人は先ほどとは違う、ゆったりとした服をまとっているようだった。


アビゲイルさんは、もう一着、服のようなものを腕に抱えていた。


(あれっ、なんでだろう)


二人とも、クーから少し離れたところで足を止めている。


ミーナさんの長い耳は、ぺたりと伏せられたままだ。


(……?)


「……何を企んでいらっしゃるのかは存じませんが、そうはいきませんわ」


アビゲイルさんが、きっぱりと言った。


その瞬間。


「……グルル」


低い唸り声が響いた。


(……クー?)


クーの方へ顔を向ける。


すると、アビゲイルさんの声が、ほんの少し上ずった。


「……っ。わ、私は、皇女様のお側で、しっかりと見届けさせていただきます!」


クーの尻尾が、ふり、と揺れた。


(……あれ?)


(クー、どうしたんだろう?)


〈なんでもないよ!〉


いつもの、明るい声が返ってきた。


(……そっか!)


(……でも、企み?)


思わず首を傾げた。


(……お庭に食べ物を植えること?)


「あの……昨日、お庭には好きなものを植えてもいいって……」


「ええ、構いません」


アビゲイルさんは即座に答えた。


「同じことを何度も言わせないでくださいませ」


(……あ! そっか!)


(アビゲイルさんも、一緒にお庭を作ってくれるんだ!)


(……ふふぅ)


(獣国の人は、みんな親切だなぁ)


「それと、これを着てください。その格好では目立ちますから」


アビゲイルさんから、小さなローブを手渡された。


フードに触れると、ふたつの柔らかな突起がある。


(……あれ?)


(……耳がついてる!)


「ありがとうございます!」


「……っ。勘違いなさらないでください。侍女としての務めを果たしているだけですから」


(……昨日から思っていたけど、アビゲイルさんって、もしかして……)


(ツン……ツン……)


(……デレ?)


(……あっ!)


(これが、お母さまの言っていたツンデレさん……!)


お母さまの声がよみがえる。


『いい、ルシア。人はね、思っていることを全部、言葉や態度に出すわけじゃないの。心って、とっても複雑なのよ』


『だから、ツンツンしている人がいたらね、もしかすると心の中では、あなたにデレデレしているのかもしれないって考えてみて』


『そういう人をね、ツンデレっていうのよ』


(……ツンデレさんだ!)


そんなことを考えていると、


〈ルシア、早く行こう!〉


(……うん!)


クーが嬉しそうに尻尾を振った。


「きゅう! きゅう!」


すると、遠くの空から鳴き声が返ってきた。


「きゅう!」


「きゅっ!」


(……あれ?)


顔を上げる。


空の向こうに、ぼんやりとした影がふたつ。


それはだんだん大きくなり、ゆっくりと庭へ降り立った。


ふわり。


巨大な身体が降り立つと、巻き起こった風に草花がさわさわと揺れた。


(……フィラックス?)


「……っ!」


ミーナさんは息を呑んだ。


アビゲイルさんも、一歩後ずさる気配がした。


そんな二人をよそに、クーはご機嫌そうに尻尾をふりふり。


〈みんなで行こう!〉


(……みんなで?)


(……あ!)


(ミーナさんとアビゲイルさんも一緒なんだ!)


(……ふふぅ)


(楽しみ!)


こうして、私の初めてのお城の外への冒険が始まった。

第7話を読んでくださり、ありがとうございます。


まずは、予定していた火曜日に更新できず、2日遅れとなってしまい申し訳ありません。


言い訳になってしまいますが……ルシアの幸せな生活を描いていたら、いつの間にか第7話がいつもの約2倍の長さになってしまいました(笑)。


そして、ようやく「書き終わった!」と思ったら、今度はサイトのメンテナンスが始まってしまい、水曜日にも投稿できず……。


そんなわけで、今日はちょっと早起きをして投稿しています(笑)。


第8話は「お城を出て、いずこへ……?(笑)」というところから始めたかったので、なんとか出発まで書き切れて、作者としては満足しています!


日光浴に、ふかふかのパン、甘い蜂蜜、そして広いお庭。


ルシアにとっては、何もかもが幸せでいっぱいの朝だったようです。


そして、そんなルシアの隣には、いつもクーが。


一緒に朝ごはんを食べたり、お庭へ飛んでいったり。


ルシアとクーの仲も、ますます深まっているようです。


一方、ミーナとアビゲイルは、なぜか朝から大忙し。


ルシアが幸せそうに過ごしている裏側で、二人には二人なりの苦労があるようで……(笑)。


特に、アビゲイルのことを「ツンデレさん」だと思っているルシア。


……さて、アビゲイル本人が聞いたら、どんな顔をするのでしょうか(笑)。


そして、日光浴を楽しんでいたはずのルシアは、いつの間にかお庭を畑にするという、小さな野望を抱くことに。


その野望を叶えるため、次回はいよいよお城の外へ!


ルシアの幸せな生活を、ほっこりした気持ちと、ときどき「???」という気持ちで見守っていただけたら嬉しいです。


Instagramでは、漫画や扉絵、キャラクターのイラストなどを公開しています。


リールでは、ルシアや獣王たちが少しだけ動く、アニメーションのような作品も投稿しています。


最近はなかなか更新できていませんが、これからまた少しずつ頑張っていきたいと思っています!


ルシアやクー、獣王をはじめ、登場人物みんなの可愛さや魅力を、もっとたくさんの方に知っていただけたら嬉しいです。


小説とはまた違った形で、物語の世界を楽しんでいただけるよう、これからも工夫していきたいと思います。


ぜひ、Instagramにも遊びに来てください!


Instagramはこちら

https://www.instagram.com/nono.8893307


今後も週1回の更新を目標に、物語を大切に書き進めていきたいと思います。


次回、第8話も楽しんでいただけたら嬉しいです。


© 2026 Nono


本作品の文章・イラスト・漫画等の無断転載、無断使用、複製、加工、自作発言を禁止しています。


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