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呪われた皇女と獣王  作者: Nono
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第5話 凶暴な獣と夢のような宮

〈食べてやる!〉


背後から低い声が響く。


「や……野生? それに今しゃべった?」


アビゲイルさんは耳の毛を逆立て、尻尾をぶわっと膨らませた。


(後ろにいるのはフィラックスだけのはずだけど……今の声、フィラックス?)


恐る恐る後ろを振り返ると、


〈きゅう。きゅう〉


何事もなかったかのように小首を傾げ、ふさふさの尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


〈僕は、何も言ってないよ。寒いよ。早く中に入ろう〉


(聞き間違いだよね?)


(私はこの特別なドレスのおかげで寒くないけど……そういえば、今は霜降りの月。オリベルタ帝国の首都では、もう雪が降り始める頃……)


(……雪)


お母様の宮で暮らしていた頃。


初雪のあの日の光景と、お母様のお話が脳裏によみがえる。


あの日、窓辺に真っ赤な飴玉が落ちていた。


吸い寄せられるように手を伸ばした、その時。


一羽の小鳥が飛んできて、飴玉をくわえた。


その瞬間、小鳥も飴玉も跡形もなく消えてしまった。


ぶるっと身震いする。


雪が降るたび、お母様は決まってオリベルタ帝国に伝わるおとぎ話をしてくださった。


あの日までは、ただのおとぎ話だと思っていたけど。


『いい、ルシア。霜降りの月になると、空の魔女様がお布団を振るうの。そうすると、雪と一緒に甘いお菓子が降ってくるんですって。でもね、絶対に食べてはだめよ。魔女様に連れていかれて、帰ってこられなくなってしまうから』


(……あの時、もし拾って食べてたら、私も消えちゃってたのかな?)


(……お母様、やっぱりすごい)


(落ちているお菓子は、絶対に拾わないようにしよう)


そう改めて、心に決めていると……


「クシュンッ!」


フィラックスが大きなくしゃみをすると、こちらに顔を向けた。


〈きゅ。寒い。風邪ひいちゃうよ〉


(そうだね。中入る!)


足を踏み出し、宮の入り口へ続く石段を登る。


たった数段。けれど、一段一段が私には高く、ドレスの裾を持ち上げながら、ようやく登りきった。


「ふう」


(……登れた!)


宮の入り口には、フィラックスほどの大きな扉がそびえ立っていた。


扉を通ろうとしたとき、


アビゲイルさんの耳がぴくりと動き、尻尾の先が警戒するように揺れる。


そして、私の後ろを気にしながら、


「皇女様、そのフィラックスは、大きすぎます。宮の中には……」


(……確かに扉を通れないかも)


後ろを振り返り、


(ごめんね。一緒に入れないみたい)


〈くぅん……〉


フィラックスの耳がぺたりと伏せられ、ふさふさの尻尾もしゅんと垂れた。


〈やだ! 置いていかないで!〉


私のドレスの裾をそっとくわえ、くいくいと引っ張ってくる。


〈一緒にいたい。いいでしょ! 役に立つよ〉


「クシュンッ! クシュンッ!」


フィラックスは立て続けにくしゃみをすると、ふさふさの尻尾を身体に巻きつけ、ぶるぶると震え始める。


〈寒くて、死んじゃうよぉ……〉


(……そんなに寒いの?)


なんだか可哀そうになって、アビゲイルさんに顔を向けた。


「一緒じゃだめですか? このままだと、フィラックスが寒さで死んじゃうかもしれません」


「だめです。フィラックスが風邪を引くなんて聞いたことありません。吹雪の中でも、雷鳴の中でも平気なんですから」


アビゲイルさんは、間髪入れずに言い切った。


「でも、今くしゃみしてたような……」


その時、突然地面がぐらりと揺れた。


「わわっ……!」


身体が傾き、危うく転びそうになる。


ふさふさの毛並みがぼわぼわっと揺れ、ドンドンと大きな音が響いた。


「ひぃっ!」


ミーナさんとアビゲイルさんの悲鳴が上がる。


〈やだ! やだ! やだぁ!〉


気が付けば、フィラックスは地面にひっくり返り、まるで駄々をこねる子どものようにジタバタしていた。


四本の足をばたばたと振り回し、ふさふさの尻尾を地面に叩きつける。


ドンッ! ドンッ!


そのたびに地面が揺れ、アビゲイルさんたちの悲鳴が響いた。


あんなに大きなフィラックスが、地面を揺らしながらジタバタしている。


(……すごい)


あまりの迫力に、思わず呆気にとられてしまった。


(……駄々をこねてる)


(ふふっ。可愛い)


(こんなに甘えん坊なのに、みんな怖がってるのは……)


(身体が大きいから、凶暴だって誤解されちゃったのかな?)


(さっきの小さなフィラックスみたいに小さければ……)


その時、


〈……そっか!〉


フィラックスがぴたりと動きを止めた。


耳がぴんと立ち、ふさふさの尻尾がぶんっと大きく揺れる。


何かいいことを思いついたみたい。


〈きゅ。きゅ〉


その瞬間、フィラックスの輪郭がみるみる小さくなっていく。


獣王様よりも大きかった身体が、あっという間に私の腰ほどの高さになってしまった。


〈これで宮に入れるきゅ〉


得意げに胸を張り、ふさふさの尻尾を揺らしながら、私の周りをぴょんぴょんと跳ねた。


(まるで、魔法みたい……すごい!)


(……あれ? この子、もしかして……)


(さっき乗り物から落ちた時に、助けてくれた子?)


〈そうだよ! 褒めて! 撫でて!〉


ぐいっと頭を差し出してきた。


(ふふっ。甘えん坊さん)


「ありがとう」


そう言って、何度も頭を撫でると、フィラックスは耳をぴくぴくと動かし、ふわふわな身体を嬉しそうに擦り付けてきた。


「可愛い……」


(……ふへへ。ふわふわ)


「えっ……大人のフィラックスが、子どもに?」


ミーナさんの長い耳が、ぴんと立ち上がった。


「や……野生のフィラックスを手懐けるなんて。そんな……まさか、魔法? そうよ、魔法で操ってるに違いないわ! 呪いをかけたんでしょう! 噂は本当だったのね!」


アビゲイルさんは尻尾を左右に激しく振りながら、早口でまくし立てた。


「ち……違います」


慌てて否定する。


(魔法なんて使ってないし、操ってもないのに……!)


(誤解を解かなきゃ! で、でも……なんて説明すればいいの?)


あたふたしていたのが、いけなかったのかもしれない。


「私は絶対に屈しないし、従うつもりなんてないわ」


アビゲイルさんは尻尾をぴんと立て、きっぱりと言い切った。


(勘違いされちゃった)


それまで私のドレスにじゃれついていたフィラックスが、ぴたりと動きを止めた。


〈早く。案内しろ〉


また、あの低い声が響く。


アビゲイルさんの猫耳が、ぺたりと後ろへ倒れ、先ほどまで激しく揺れていた尻尾も、ぴたりと止まる。


「……っ」


アビゲイルさんは息をのみ、一歩あとずさった。


「ご……ご案内いたします。ど、どうぞ。お入りください」


声は震えていた。


それなのに、なぜか私に怒っているような気がする。


(……どうしよう。私は何も言ってないのに)


〈きゅっ。きゅ〉


ふいに、背中をぽふっと押された。


振り返ると、フィラックスが鼻先を押しつけていた。


〈早く行かないと、置いて行かれちゃうよ〉


小首を傾げ、尻尾をゆらゆらと揺らす。


「どうぞ、皇女様」


アビゲイルさんのどこかとげのある声。


緊張しながら、重厚な扉をくぐった。


コツン。


小さな靴音が、驚くほど遠くまで響いていく。


魔素の淡い光が、遥か頭上まで続く天井の輪郭を浮かび上がらせた。


吹き抜けの広い空間。


天井にはシャンデリアらしき大きなものが吊り下がり、正面には途中から左右に分かれる大階段がそびえていた。


「わぁ……」


思わず声が漏れる。


(とっても、とっても……広い。お母様の宮より広いかもしれない)


(本当にここが私の宮?)


圧倒され、立ち止まっていると、


コツ。コツ。


アビゲイルさんの靴音が響く。


気が付けば、彼女は大きな階段をそそくさと上がっていた。


(急がなきゃ)


小走りで階段まで急ぐ。


宮の階段は、入り口の石段とは比べものにならないほど長く、遥か上まで続いていた。


(……高い)


(頑張らなきゃ)


ドレスの裾をぎゅっと持ち、一段ずつ登り始める。


(一段目……二段目……三段目……)


「ふぅ。はぁ。はぁ」


〈大丈夫?〉


フィラックスが空中からそっと顔を近づけ、私の腕を鼻先でつんつんとつついた。


(あっ、そうだ! 浮遊魔法を使えばいいんだ!)


(なんで忘れていたんだろう。乗り物から降りるときも使えばよかったのに……へへへ)


〈浮遊魔法?〉


(そう! 物を空中に浮かせる魔法で、とっても便利なんだ!)


(でも、長く維持するのは難しいし、重いものほど魔力をたくさん使うの。階段を数段飛び越えるくらいなら、大丈夫なはず!)


(見てて)


足の裏に魔力を集める。


(ゆっくり……ゆっくり……)


身体がふわりと軽くなり、つま先が床から離れた。


(……ふふぅ。成功!)


思わず頬が緩む。


足元にあった階段が、少しずつ遠ざかっていく。


(よし、このまま……)


慎重に魔力を操り、身体をゆっくりと前へ進める。


一段、二段、三段。


(ふふっ。これなら楽ちん!)


〈きゅう! すごい!〉


フィラックスは私の周りをくるくると飛び回った。


ちょうど、階段が左右に分かれる踊り場にたどり着いたとき、


「何をもたもたしているんですか?」


頭上からアビゲイルさんの声が響いた。


「す……すみません」


(もっと魔力を込めて……)


その時、


〈僕に乗って!〉


ふわりと私の前に降り、身体をかがめた。


「いいの?」


〈うん! 早く早く!〉


そっと背中に乗ると、小さくなった身体は、思っていたよりもしっかりしていた。


私を乗せたまま、スイスイと空中を飛んでいく。


「わぁ。速い!」


さっきまであんなに苦労していた階段を、あっという間に上りきってしまった。


「ありがとう」


そう言って背中から降りる。


〈きゅ。また、いつでも乗せるよ〉


嬉しそうに跳ねた。


私は思わず、そのふわふわの頭をもう一度撫でる。


ふと辺りを見渡すと、左右に長い廊下が続いていた。


足元に柔らかな感触が伝わってくる。どうやら、絨毯が敷かれているらしい。


先ほどまで響いていた靴音も、すっかり静かになった。


振り返ると、ミーナさんが軽やかな足取りで階段を上ってきている。


目の前では、アビゲイルさんが待っていた。


「お待たせしました」


広い廊下に私の声が響く。


(あれ? 反応がない?)


アビゲイルさんの耳はぴんと立ち、尻尾だけがゆっくりと左右に揺れている。


「アビゲイルさん? 行かないんですか?」


「い、行きますよ」


上ずった声で答えると、そそくさと歩き始めた。


窓の向こうから、ひんやりとした夜の気配が伝わってくる。


どこからか、花の甘い香りが漂ってきた。


(……なんだか、いい匂い)


(……夢みたい)


「ここは、本当に全部私の宮なのですか?」


なんだか信じられなくて、思わず聞いてしまった。


「……帝国の宮に比べれば、質素で小さいでしょうが、我慢してください。ここは獣国です。あなたの我儘に付き合うつもりはありません」


アビゲイルさんの鋭い声が響く。


(この宮が小さい? 聞き間違いかな?)


そう考えていると、


「到着しました。こちらが皇女様のお部屋です」


アビゲイルさんが大きな扉を開けると、暖かな空気がふわりと頬を撫でた。


(……あったかい)

読んでくださり、ありがとうございます。


どうしてもルシアと一緒に宮へ入りたいルーク。


まさか、あんな方法で解決するとは……(笑)


そして、ついに自分の宮へと足を踏み入れたルシア。


獣国での新しい暮らしは、まだ始まったばかりです。


これからどんな日々が待っているのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。


Instagramも始めました!


現在、第2話までの漫画や、第3話までのあらすじ・扉絵などを公開しています。


リールでは、漫画のキャラクターたちが少しだけ動く、アニメーションのような作品も投稿しています。


そのほか、イラストや世界観メモ、作品を作ったきっかけ、この物語に込めた思いなども投稿しています。


小説では文章で描いているルシアや獣王、ふわふわのフィラックスたちの姿も、イラストや漫画で楽しんでいただけます。


ぜひ、可愛いルシアやフィラックス、かっこいい獣王に会いに来てください!


小説とはまた違った形で、物語の世界を楽しんでいただけたら嬉しいです。


https://www.instagram.com/nono.8893307/


今回は、昨日に続けて第5話を投稿することができました!


今後も週1回の更新を目標に、物語を大切に書き進めていきたいと思います。


これからもルシアたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


© 2026 Nono


本作品の文章・イラスト・漫画等の無断転載、無断使用、複製、加工、自作発言を禁止しています。

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