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呪われた皇女と獣王  作者: Nono
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第3話 赤い夜空の下で

「死にたくないなら動くな」

頭上で低く重い声が響く。


気が付けば、椅子の上に降ろされていた。


外からは、エオンさんがあの大きな獣を宥める声が聞こえる。


「あれは、フィラックスという獣だ」


「フィラックス?」


初めて耳にする名に思わず聞き返してしまう。


「獣国にしかいない凶暴な獣だ。獣人ですら懐かない。……ただ、ここにいるのは王家で調教され、獣人に従うよう訓練されたフィラックスだ」


(さっきの唸り声、怖かったな)


「彼らは人間を忌み嫌う。噛み殺されたくないなら、近づくな。それに、悪人を見抜く」


獣王はぎりっと拳を握りしめた。


私はこくりと頷いた。


悪人を見抜く獣、フィラックス。


(敵国の皇女。それに、呪われた私の姿)


(私は、悪い人だと見抜かれるのかな)


昔お母様の宮にいた時、兵士たちが獣国にしかいない獣の話をしていた。


大きくて、獰猛な獣。


その獣に襲われ、何人もの魔法使いや兵士が命を落としたと聞いた。


(そういえば……空を飛ぶとか言ってたような)


その時、背中が椅子に押し付けられた。


次の瞬間、お腹がふわっと浮く。


どんどん高く高く上がっているような気がする。


(空を飛んでいるのかな?)


(どんな景色が広がっているんだろう)


胸を弾ませ、窓に顔を近づける。


頬に当たる光の暖かさに驚く。


ものすごく明るい。そして、もこもこしたものが浮いている。


(雲だ!)


「昔読んだ絵本に、雲はとっても甘いって……ふふ」


「美味しそう」


(食べたいな)


「……フィラックスをか」


かすかに声が聞こえた。


だけど、外の景色に夢中で、すぐに忘れてしまった。


魔素を感じ取ると、眼下に大地の輪郭や窪みが浮かび上がる。


(あんまり、木は生えていないみたい)


獣人の騎士が、フィラックスに跨り、横を飛んでいるのが見えた。


魔素が揺れ、さらさらと毛並みがなびいている。


(ふわふわ。大きくてかっこいいし、空を飛べるなんてフィラックスはすごい)


再び頭の中に声が響いた。


〈きゅうん、きゅう、きゅう、きゅう〉


なぜか、〈も…っと…ほ…め…て〉〈す…ご…い…で…し…ょ〉〈か…っ…こ…いい…で…し…ょ〉と言っているような気がする。


つられて、私も心の中で叫ぶ。


(すごい! すごい!)


その途端、身体が横に持っていかれ、そのままぐるりと景色が一回転した。


お腹がむかむかする。


一瞬のことで、何が起きたのかわからなかった。


「あっ……」


大きくバランスを崩す。


(床に落ちちゃう)


だけど、大きな腕にしっかりと抱きとめられた。


(ふぅ……)


「ありがとうございます」


「……ちっ。勘違いするな。人間など……助けたくもない」

獣王は吐き捨てるように言った。


外では、騎士たちの困惑した声が響く。


「言うことを聞け。勝手に動くな」


「ガウッ。グルルル……」

抗議するような唸り声が返る。


「本当にどうしたんだ?」


「今までにこんなこと一度もなかったよな」


「皇女のせいだ。皇女を乗せたくないという意思表示に決まっている」

エオンの声に他の騎士たちも同調する。


胸が少しチクリと痛んだ。


そっと窓から顔を離し、耳に手を当て、お母様の言葉を思い出す。


『いい? ルシア。落ち込んだ時はね、幸せなことを考えるのがいいわ。それでもだめなら、美味しいものを食べて、寝るのよ。そうすれば大抵のことは忘れられるわ。でも、やけ食いはダメよ』


(幸せなこと……)


お母様と一緒に食べる、ティータイム。


甘いお菓子にふわふわのパン。


そこにたっぷりはちみつをかける。


そういえば、夢の中でアルお兄ちゃんに食べさせてもらった、みたらし団子。


獣国にしかないおやつだと言っていた。


はちみつみたいにキラキラしたたれ。


(甘くて、もちもちしてて。美味しかったなぁ)


(ふへへ。幸せ)


美味しいものを考えていたら、急に――


「ぐぅ」


(お腹がすいちゃった)


そういえば、木の実がまだあった。


口の中に入れると、甘酸っぱい味が舌に広がる。


(ん。ちょっと酸っぱい。でも美味しい)


夢中になって食べている間に、また眠気に襲われる。


(まだ、寝ちゃダメなのに。起きてないと)

そう思って何度か眠気をこらえたけれど、いつの間にか眠っていた。


「……ルシア皇女……ルシア皇女」


自分を呼ぶ声に目覚めると、辺りは暗い。


窓からほんのりと光が差している。


「もうすぐ、城に着く」


「ふぁい」


思わず、噛んでしまった。


獣王は気にすることなく、そっぽを向く。


窓から外を眺めると、さっきよりもずいぶん低いところを飛んでいることがわかった。


空にはいくつもの光が浮かび、その中にひときわ強く輝く丸い輪郭があった。


(お星様とお月様だ)


眼下には、それを映すように無数の光がゆらめいている。


幻想的な風景だった。


その一つひとつの光が、暮らしの灯り。


建物がたくさん並んでいる。


(さっきよりもまばらなモコモコは、マシュマロみたいな木かな。くねくね続く道は、ねじねじパンみたい。光を反射して揺れているのは、はちみつみたいな川かな)


遠くには、もこもこしたものがぎゅっと集まっている。


(マシュマロの森みたい)


(何年ぶりの夜空だろう。それに、素敵な景色)


見入っていると、


「……そんなに珍しいのか。獣国の夜が」


「赤い月に、赤い夜空。不気味だろう」

どこか寂しそうで、冷たい声だった。


「赤い月? 赤い夜空?……」


(何のことだろう……?)


「なぜ、このような色か知っているか?」


私は首を傾けた。


少しの沈黙の後、獣王の憎しみのこもった声が響く。


「……それはお前たち人間のせいだ」


「……」


(人間のせい?)


(どういう意味なんだろう?)


でも、それを聞くことが許されない雰囲気だった。


乗り物の中を静寂が支配する。


対照的に外からは、賑やかな笑い声が聞こえていた。


それに、ふんわりといい匂いが漂ってくる。


くんくん。


(なんだかいい匂いがするな……)


香ばしいお肉とお魚の焼ける匂い。


(お肉!お魚!ずっと食べたかった)


よだれが出そうになる。


(この乗り物の下はたくさんの獣人が暮らしているのだろうな)


笑い声や楽しそうな弾んだ声が町を満たしていた。


(よかった)

ほっと息を吐く。


(この中に、知っている声があるかもしれない)


そう思って、必死に耳を澄ませた。


城下の上空を抜けると、すぐに王城が見えてきた。

オリベルタ帝国の皇城に引けを取らないほど、立派なお城だった。


(すごく大きい……)


乗り物は、くるくるとゆっくりまわりながら、王城の一角に到着した。


外から「獣王様の帰還だ!」と騎士の叫ぶ声が響く。


窓からは、乗り物の両脇を囲むようにして屈強な騎士たちがずらりと並んでいるのが見えた。


その迫力に驚いていると、


「皇女」


「はい。獣王様!」


「二度と会うことはないと思うが、契約通り、宮で静かに過ごせ。私の邪魔をするな」

獣王は冷淡に言い放った。


「かしこまりました。身に余るご配慮、感謝いたします」


(ふふぅ。日光浴生活)


刹那、感じたことのない気配に身体が震える。


「くっ……ば、」


獣王は言葉を途中で切り、苦痛に耐えるように口を閉ざした。


そのまま乗り物をおり、騎士たちとともにお城の中へ消えていった。


首を傾げる。


(何を言いたかったのかな?)


そういえば、さっきの仕草はお腹を痛めた時の仕草に似ている。


(それであんなに急いでいなくなっちゃったんだ)


その時、外から「こ、皇女様!」と震えた声が聞こえ、扉が開く。


前に出ると、地面までかなりの距離があった。


足掛けの一段一段が高い。


裾を持ちながら下がればバランスを崩しそうだった。


(これじゃあ、きっと落ちちゃう。どうしよう)


(そういえば、乗る時は獣王様に乗せてもらったんだった)


でも、もう彼はいない。


ふと、お母様の言葉を思い出す。


『ルシア、いい? 焦ったときこそ、冷静になって、遠回りでもいいから確実にできる方法を探すのよ』


(できる方法?)


小さな頭を働かせて考える。


(どうやったら安全に降りられるかな?)


そして、一つの方法を思いついた。


(そうだ)


後ろを向いてしゃがみ、ゆっくりと足を下ろす。


もぞもぞと、芋虫のように。


もちろん、大真面目だ。


(これで、安全。安全。ふふぅ)


このまま、降りられると思った時、


(あっ)


ドレスの裾を踏んでしまい、身体がずるりと滑る。


咄嗟に入口の床の縁をつかんだ。


「ギシッ」と足掛けが根元から外れ、身体は宙ぶらりんになってしまう。


そして、残念なことに、長くぶら下がっていられるほどの力はなかった。


縁を掴む指が少しずつ滑っていく。


ふいに、冷たい風が強く吹き付ける。


(あっ、落ちちゃう)


頭から落ちていく。


その瞬間、目の前に広がったのは――


たくさんの光がひしめき合う本物の夜空だった。


(きれいだな)


その時、どんっ、と何かにぶつかった。


〈きゅん〉


可愛らしい鳴き声が頭の中に響く。


何かふわふわしたものの上に落ちた。


(あれ? 痛くない)


身体の下で、何かがもぞもぞと動いている。


〈きゅう〉


――また頭の中で声が響いた。


知らない生き物が顔を上げ、まるで〈大丈夫?〉と聞かれているような気がした。


先ほどのフィラックスと同じように魔素が強く、顔の輪郭がはっきりと見える。


頭には角が生えていた。


「ごめんなさい。大丈夫?」


慌てて、身体を起こした。


〈きゅっ。きゅっ〉


〈良かった! 良かった!〉


勢いよく飛びつかれる。


(ふへ)


バランスを崩し、地面に倒れる。


そして、容赦なくぺろぺろ、ぺろぺろと顔を舐められる。


(くすぐったい。そして、ふわふわ)


何が起きているのかわからないまま、周りを見渡すと、いつの間にかフィラックスたちに囲まれていた。


(顔が……似てる?)


さっき、下敷きにしてしまったこの子も、フィラックスなんだ。


(これは、まずいかもしれない)


そう思った時には、もう遅かった。


(食べられちゃうかも)


読んでくださり、ありがとうございます。


第3話では、ついに獣国へ到着し、ルシアがフィラックスたちと出会いました。


赤い月と赤い夜空。

そして、なぜかルシアにだけ聞こえるフィラックスたちの声。


この先、獣国でどんな暮らしが待っているのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。


Instagramも公開しました。

現在、第2話まで漫画を公開しています。


そのほか、イラスト・世界観メモに加えて、作品を作ったきっかけや、この物語に込めた思いについても投稿しています。


https://www.instagram.com/nono.8893307/


小説は週1回更新を目標に、これからも頑張っていきます。


本編とあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


© 2026 Nono


本作品の文章・イラスト・漫画等の無断転載、無断使用、複製、加工、自作発言を禁止しています。

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