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呪われた皇女と獣王  作者: Nono
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第1話 小さな皇女の大きな願い

ふぅ。

何とか意識を保った。

獣国へ向かう馬車に乗り込みほっとした。

眠気がどっと押し寄せ、意識を手放そうとした時、馬車が動き出す。


ガッタン。ゴットン。

初めて耳にする、なんだかワクワクする音。

そして、嬉しいことに、馬車にはなんと窓がついている。


「……窓がある!」

思わずぽつりと声が漏れてしまった。


慌てて、口元をきゅっと閉じるが、自然に緩む。

そして、引き寄せられるように窓の外へ顔を向けた。


(…………素敵)


ベール越しに伝わるふんわりとした陽だまり。


(ぽかぽか気持ちいいなぁ)


きっと、空には宝石のようにきらめく太陽。

そして、お母様や兄様の瞳のような澄んだ水に青をひとしずく溶かしたような色が広がっているのだろうと想像を膨らませる。


馬車の窓は面白い。

景色はころころと変わっていく。

記憶にあるいくつもの建物の輪郭が現れる。

……幸せな思い出が、次々と蘇り胸に広がっていく。


すっかり思い出の中に入っていたからか、お母様に名前を呼ばれたような気がした。

だけど、人の姿はどこにもなかった。


しばらくすると、道が広くなり、建物や人の輪郭が浮かび上がっていく。


(っ……お城の外だ!)


初めて出会う城下の街並みを想像で彩る。


大きな建物。

高くそびえる尖塔がいくつかあって、たくさんの人が集まっている。


あの大きな建物は神聖な感じがするから、昔夢の中で食べた甘い蜂蜜の淡い黄金色に、ミルクをひとしずく混ぜた色をしてるんだろうなぁ。


モコモコした何かが、道の脇にずらりと並んでいた。

あれは、きっと木かな。

ふわふわ揺れている。


なんだか、あのお菓子に似てる気がする。

アルお兄ちゃんがいつか祈祷のお祭りでもらったと言って、食べさせてくれたお菓子。

虹を溶かしたような色。

口の中に入れると砂糖の甘い味が舌の上でほどけていく。


(また、食べたいなぁ)


今度は遠くからでもわかる大きな塔が見えてきた。

塔の高い位置には大きな丸がくっきりと見える。

あれは、ケーキみたい。


円の縁には、同じ間隔でぽやぽやと、なにかが浮かんでいる。

いちごが並んでいるのかも。


円の中心から長さの違う3本の細い輪郭が外に向かって伸びていた。

あれはケーキの上にのっているミルクチョコレートの飾りに似ている。


(ふふっ……幸せ)

胸が弾み、わくわくがとまらない。

塔の中で何度も何度もこうして、外の世界を思い描いた。


眠かったことなど忘れ、夢中になっていると、


「ルシア皇女」

なんとなく、私を嫌っているような低い声。


窓から声の主へと顔を向ける。

目の前には、獣王様とその臣下がいた。


(そういえば一緒に乗っていたんだ)


馬車という乗り物は、とっても広いなぁ。

だってこんなに大きな獣王様と、その臣下が横並びで乗っていてもゆとりがあるのだから。


窓もあって、広さも完璧、腰をかける椅子もあって、好きなところにも行ける。


(私の理想の住まい)


そんなことを考えていると、なんとなく空気が張り詰めていることに気づく。

慌てて言葉をかけると、


「獣王様、寝ていても大丈夫ですよ。私、気にしません」


きっと結婚式で疲れていて、寝てもいいか聞きたかったのだろうと思った。


「っ……」


言葉につっかえたような音が目の前から響く。


「貴様、さては獣王様の寝首を掻くつもりか」


斜め横の臣下は、腹を立てているようだった。

荒い言葉遣いには慣れている。


(どうしてそういうことになったんだろう?)


落ち着いた声で、

「そういうつもりではありません」


弁明しようとして、思い出す。


(……そういえば、皇帝陛下から獣王を殺すように命じられたんだった)


その時再び、心臓が疼く。


あの謁見の間で、陛下の専属魔法使いによって、魔法をかけられた。

その時、胸が締め付けられた感覚を思い出す。


ドックン。ドックン。

心臓が鼓動する。


獣王を殺さないと、私が1年後に死ぬ魔法。


(でも……嬉しいことに1年もある)

そして、新たな希望が芽生えた。


一生会えないと思っていたけど、会えるかもしれない。

これから向かうのは獣国だから。


抱きついた時の、太陽のようにぽかぽかした匂いと、ふわふわの毛並み。


『ルー』


そう名前を呼ぶ優しくて陽だまりのような温かい声。

おぼろげに、その人の輪郭が浮かぶ。

自然と微笑がこぼれた。


その時だった。


「やはり、獣王様を殺そうと企んでいたんだな!」


上ずった声が響く。

大きな手が伸びてくる。


怒った者が手を出すのは、よくあること。


そう思い、微動だにせず手を眺めていた。

けれど、その手は途中で獣王に振り払われ、こちらには届かなかった。


「うるさいぞ。エオン。私が皇女に寝首を掻かれると思っているのか」

低い声が響く。


「いいえ。決してそのようなことは……人間は……」


何か言いかけながら、エオンは押し黙った。


「いちいち突っかかるな」


ため息をつき、獣王は冷淡な声で告げる。


「皇女、私には愛している者がいる。皇女と夫婦として生活するつもりなどさらさらない。形だけの王妃の座はやる。城にある宮を1つ与える。好きに過ごせ。私が望むことは、皇女が私の邪魔をしないことだ。以上だ」


「わかりました」


間髪入れず返答したのだが……微妙な雰囲気になった気がする。


「……本当にそれでいいのか」


まるで、私の言葉が予想外だと言いたげな返答に困惑する。何か間違えてしまったのかもしれない。


「えっと……なにか問題がありましたか」


私は、獣王の言葉を待つ。


それを遮るように、

「騙されるものか。あとで手のひらを返すつもりだろう。人間はいつもそうだ。卑怯で姑息な手を使う」


と先ほどよりも怒気の籠った声が返ってきた。


「そんなつもりはないです」

これは、本心だった。


でも、信じてもらえないのも、無理はないと思う。

人間が卑怯な手を使っているのは事実だもの。

そして、私は人間国の皇女なのだから。


彼が私をどう見ているか、なんとなくわかる。


それに、いつも優しいお兄ちゃんが、人間のことを話す時だけは、顔を歪めて罵っていた姿が脳裏に浮かぶ。


少し間をおいて、


「契約魔法を結ぶぞ」


私はその提案を受け入れた。


契約魔法は、双方の合意によって成立する魔法。

互いの条件を提示し、その条件で双方の行動を縛るもの。

オリベルタ帝国と獣国の停戦にあたっても、契約魔法が結ばれた。

一方的な従属でも、奴隷魔法でもない。


この契約魔法がうまくいけば、この1年間、幸せな毎日を送れるかもしれない。

期待に胸を膨らませる。


(獣王様、実はいい人なのでは?)


噂好きな宮殿の侍女たちの声が脳裏に蘇る。


『第一皇女は、獣王に獣国で痛めつけられて、殺されるんじゃないかしら。いい気味ね』


(もし……そうなっても、仕方ない)


でも、獣王様は、敵である私に宮を与え、好きに過ごしていいって言ってくださった。


獣王様の株が私の中で上がっていく。


うまくいけば、太陽の光を浴びて、お腹をすかせずに過ごすことも夢じゃないかもしれない。


(……日光浴生活!!ふふぅ。なんて素敵な響き)


(何としても、成功させなきゃ!)


今までの知識を総動員して考えていると、

お母様が前に、


『いい、ルシア。自分の願いを相手に聞いてもらいたい時はね。堂々として、こちらが主導権を握るの。

それで、相手が叶えられないと思うような大きなお願いを最初にして、動揺している間にあとから自分の願い事を言うのよ』


(これだ!)


(お母様、ありがとうございます。何としても幸せな生活を獲得します)


心に誓う。


「皇女の望みはあるか」


(ふふぅ!きた!きた!)


言葉を発しようとして、なんとなく斜め前から威圧を感じた。


(もしかして、これは、何かのメッセージ?)


(実は、契約魔法は建前で、従属魔法をお望みなのかな)


獣王様の考えを読み間違えたかもしれない。


生かしてもらうだけでも、十分な温情だったのに、もしかして欲張りすぎたのかも。


おそるおそる、


「いいのですか。私が望みを言っても……」


「ああ、契約魔法の意味がないだろう」


(少なくとも、声から裏はなさそうかな)


「では……」


(遠慮なく!)

私は胸を張り、できるだけ威厳があるように、お腹の底からゆっくりと声を出した。


「3つお願いがあります。

1つ目に、窓があって、雨風を凌げる宮がいいです。

2つ目に、毎日3回食事を出して欲しいです。毎回ふわふわのパンをつけてください。

3つ目に、これが1番重要な願いなのですが、このベールをずっとつけていることをお許しください。その……醜い顔を隠していたいので。決して取れと命じないでください。

難しいでしょうか……」


(よし!言えた!)


「難しい」と言われたら、そこで本当の願いを言うの。


月に1度は太陽を浴びること、ご飯は1日1回は欲しいこと、ベールはできるだけつけていたいこと……


(さぁ、こい!)


そう思っていると獣王ではなく、エオンさんが言葉を発した。


「獣国を馬鹿にしているのか?」


「いえ、真剣です」

 

私は本気だった。


馬鹿にしているつもりなんて、少しもない。


(どうしてそんなことを言われたんだろう)


「それくらい、当たり前のことだ。他の望みは?」


(えっ。あ、そっか。お母様のご助言が効きすぎちゃったんだ。さすが、お母様)


「では、もしできるなら……獣人を探してほしいです」


「誰だ?」


「名前は、アルといいます。昔とてもお世話になった獣人です」


「その者に、危害を加えるつもりでは?」


「そんな! 命に誓って、あり得ません! 命の恩人なんです!」


この世界で、「命に誓う」という言葉は、文字通り命をかけるという意味で、軽々しく口にする言葉ではない。


でも、大切な人に危害を加えようとしていると疑われたことが苦しくて、つい口にしてしまった。


「命に誓えるか。面白い……特徴は?」


「小さい頃のことなので記憶がおぼろげで……大きなふわふわしたしっぽと、耳があったことしか……」

鼻を鳴らす音がした。


「……契約だからな。最善を尽くそう」


先ほどよりも一段と冷たい声だった。


「他に条件は?」


「ないです」


「本当にそれだけか」


「はい。大丈夫です」


「……見栄を張っているのか、馬鹿にしているのか知らないが、後で自分を恨め」


「本当に、こんなに条件をのんでいただいていいんですか。あとで、獣王様が後悔されませんか?」


(期待以上にたくさん条件をのんでもらったというのに、どうしてこんなに繰り返し聞かれたのかな)


それに、感謝はしても、恨むことなんてないのに。


「……はっ。構わない」


獣王がそう告げると、エオンさんが紙を取り出し、契約魔法を発動させたのがわかった。


契約内容を読み上げると、ペンがひとりでに動き始めた。


「契約を違えし時、全身を灼く苦痛をもって報いとする。汝、これを受け入れるか」


その問いかけに、獣王は「ああ」と素っ気なく、私は「はい」と微笑んで答えた。


契約魔法が結ばれ、ほくほくと満足感に浸っていると、なんだか強い眠気に襲われた。


意識が遠のいていく。


ガッタン。ゴットン。


(まだ、寝てもいいか許可をもらっていないのに)


そんな思いとは裏腹に、糸が切れるように眠りについた。


読んでくださり、ありがとうございます。


第1話では、ルシアのちょっとずれた交渉と、獣王との契約のお話でした。

Instagramでは、漫画・イラスト・世界観メモを近日公開予定です


本編とあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


© 2026 Nono

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