第154話 一月の終わりに
一月最後の水曜日の夜。
ピコン。
スマホが震える。
画面には、グループRainの文字。
⸻
梓:
ここ、どう?
[リンク:朝霧シエロアスル キャンプ場HP]
詩音:富士山見える?
梓:ホームページ見ろ
詩音:おー富士山ドーンだ!
メイ:麓高原の近くなんだ
梓:麓より富士山近いと思う
凛々花:空も、近そう
メイ:広そうだね
梓:東京ドーム8個分らしい
詩音:迷子にならない?
梓:お前だけだ
メイ:詩音だけかも
凛々花:詩音ちゃん心配
詩音:三連発、くらった!
梓:全面フリーサイトだから
メイ:テント並べて張れそうだね
凛々花:キツネさん、いるかな?
梓:いるかもな
凛々花:ワニは?
梓:いるわけねーだろ!
詩音:……あーよかった
メイ:詩音、ボケた?
凛々花:詩音ちゃん、ワニはいないよ
詩音:ごめんなさい、私が悪うございました
梓:どーするんだ?
メイ:私は、いいと思う
凛々花:分からないけど、私も
詩音:じゃあ満貫一致で
メイ:それ満場ね
梓:どっちでもいいから
梓:朝霧シエロアスル、予約入れるぞ
メイ:ありがとう
詩音:よろしくね!
凛々花:楽しみ
ーーー
メイはスマホを見つめたまま、
小さく笑った。
◇◇◇
次の日の午前中。
カフェ・ラフォーレ リーヴルスの控え室では、バレンタインフェアの最終打ち合わせが行われていた。
「では、始めましょうか」
店長の鈴原敦子が、いつものように場を仕切る。
テーブルには、葛城書店店長の柳森淳子、カフェスタッフの沙織、そしてメイと詩音が資料を広げて座っていた。
「期間は、知っての通り2月7日の土曜日から14日までです」
敦子の言葉に、全員が資料を確認しながらうなずく。
「まず、今回の目玉企画『ことのはの森』。絵馬みたいに、絵葉っぱ型のポストカードに想いを書いてもらって、掲示ボードに貼っていく企画ね。この担当は――詩音ちゃんだったわよね」
敦子の視線が向くと、詩音は背筋を伸ばした。
「はい。掲示ボードは6日の夜に設置します。最初は店内三か所。事前にスタッフにも書いてもらって、先に貼り出していく予定です」
「了解。そっちはよろしくね。じゃあ次、展示エリア。メイちゃんお願い」
「はい」
メイは資料を手に、落ち着いた声で続ける。
「展示エリアでは“ことのは”の掲示ボード設置のほか、2月8日の午後から、写真展で作品を提供していただいたアマチュアカメラマンの西原柚季さんによる『スマホで綺麗な写真を撮ろう教室』を行います。運営は私が担当します。司会進行は、淳子さんにお願いしました」
「また私なの〜。よろしくね」
淳子が肩をすくめると、敦子がくすっと笑う。
「淳子、すっかり人前好きになったわね」
「もう慣れました。開き直りです」
その一言に、控え室に小さな笑いが広がった。
「カフェの限定メニューの練習も、今日から始めるからね。よろしく、沙織ちゃん」
「はい! バッチリ美味しいやつ、作ります!」
「えー、私も作るの、やりたい」
詩音がすかさず手を挙げると、沙織がにやりと笑った。
「もちろん。でも詩音は、食べるの専門だからなぁ〜」
「えー。だって作ったら、食べなきゃじゃん」
詩音はほっぺを膨らませる。
それを見て、みんなが一斉に笑った。
「はいはい、じゃあ次ね。告知や当日のSNSについては――」
和やかな空気のまま、打ち合わせは滞りなく進んでいった。
「……以上になります。お疲れさまでした」
敦子の一言で、会議は終了した。
「じゃあレポちゃん、議事録作っておいてね」
詩音が言うと、卓上のレポコンが即座に反応する。
『了解です、詩音さん』
「そんなことも、出来るのね」
淳子が感心したように言った直後、議事録が完成した。
そこには――
詩音「えー、私も作るの、やりたい」
沙織「もちろん。でも詩音は食べるの専門だからなぁ〜」
詩音「えー。だって作ったら食べなきゃじゃん」
という、さっきのやりとりまで、しっかり記録されていた。
「レポちゃん、ここはいらないから」
詩音があわてて言った。
『会議の空気感も重要かと……』
「迂闊なこと、言えないな」
沙織の言葉に、またクスクスと笑いが起きる。
席を立ちながら、敦子がぽつりと言った。
「しかし早いわね。もう一月も終わりよ」
「ほんと。うちの書店は、二月下旬から“春待ちフェア”があるのよね」
そんな話をしながら、敦子と淳子は控え室を出ていった。
――二月下旬。
メイの表情が、ほんの一瞬だけ曇る。
「もー、メイちゃんもなんか言ってやってよ〜」
詩音の声に、メイは、はっと我に返った。
『ですが、詩音さんは食べるだけですよね?』
「確かに」
沙織の即答に、詩音が抗議する。
「レポちゃんのいけずー!」
そんな詩音を見て、メイはふっと笑った。
(……いまは、バレンタインフェアに集中しないと)
そう心の中で区切りをつけて、メイは資料を片付け、席を立った。
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