郷愁
俺とセレナが追い付いた時には、道の行き止まりにビートを追い詰めた男達……を逃がすまいと構えているゲイル、の睨み合いになっていた。
ビートを追っていた男二人はゲイルの存在に困惑しつつビートをチラチラと見張り、ゲイルは三人と距離を取りつつすぐ動けるようにじりじりと踵を鳴らしている。出し抜けないかと焦った顔で大人三人の様子を窺うビート。何が起こっているのかと遠巻きに見る街の人達。
「――――――――ゲイル、ありがとう。そこの御二方! 私はスカルラット伯爵家次子、アマデウスと申します。異国の方とお見受けしますが、そこの子供を追いかけていた理由をお伺いしたく騎士に追わせていただきました。驚かせて申し訳ない」
表面だけでも友好的な愛想笑いでそう声を張ると、男の一人がぼそりと「伯爵家……」と言って、もう一人と目配せしてから俺に目を向けた。
「……コチラの言葉、不慣れ。無礼があったら、謝る。聞き取るのはデキる」
「わかりました、言葉遣いは咎めませんので」
「その子供、うちの商品、盗んだ。だから追ってた」
「違う!!」
ビートが素早く否定したが、二人の男はしれっとした顔で聞き流している。
「この子供、盗人。乞食」
「俺は何もしてない!! こいつらは奴隷商人だ!!」
「嘘ツキはこらしめる。貴族の人が気にする、必要ない」
うーん……彼はそんなことしない、と言えるほどまだビートのこと知らないんだよな……。
でも、彼には恩がある。はいそうですかとはいかない。
「……実はその子供、私の知り合いなんですよ」
「!!」
男達はそんな馬鹿な、というような顔をした後険しい表情になった。……これは嘘だな、この二人の言ってることの方が。
「盗んだということは、まだ持っているんですよね。うちの騎士に身体検査をさせましょう。……ビート、盗んでないなら堂々としてな」
近寄ってきたゲイルにものすごく嫌そうな顔をしつつ、ビートは大人しくしていた。ゲイルがベストを脱がせて服のポケットや服の中、靴の中までチェックしたが、盗品らしきものは出てこない。
「……ありませんでしたね」
「走ってる途中で、仲間に預けたか、どっかに捨てたんだロウ」
「なるほど。……因みにどんな商品を盗まれたのですか?」
「……〇×▼ΣΨΘ」
「え? なんですって?」
この国にない商品だからこっちの言葉で言えなかったのかもしれないが、急に外国語を使って誤魔化そうとしてるように感じた。小賢しい。
「……とにカク、この子供捕まえてかないと、親方に怒られる。連れてく」
「うーん……そうだ、私も一緒に行きますよ」
「ア"??」
あ"?? って。ガラ悪いな。
「この子を痛めつけたって何にも出てきませんよ。盗んだ物の値段を確認して納得出来たら私が弁償しましょう。私はこの子の雇い主とも面識があります、弁償金はそちらから返してもらいますから。異国の商品も是非見てみたいですし。面白い物があったら買いますよ!」
男二人は俺の申し出に困惑しながらもぼそぼそと何か相談し「……案内、する」と言って俺達を導く。
俺は後ろからビートの肩に手を置いて「大丈夫、ルーヒルの所にちゃんと連れてくから」と囁いた。
ビートは今にも逃げたそうにそわそわ動いていたが、逃げた方が後々まずいとわかってはいるようでちゃんと付いてきた。
※※※
「お初にお目にかかる、シンツ帝国から来ましタ、商人ズズウと言いマス。ご機嫌麗しゅー、スカルラット伯爵令息アマデウス様。録音円盤を生み出した御高名、聞き及んでおりマス」
少し金に余裕がある中流層向けの宿から数人引き連れて出てきたのは、ダークブルーの三つ編みに笑ったような糸目の青年。細身で背が高く、二十代後半くらいに見える。
胸の前で右手の拳を左手で包むように合わせ、軽く頭を下げる礼をした。地球の方で見たことあるポーズの挨拶! なんてったっけ、拱手?
服装も袖口が広く、中華っぽい感じだ。旅をする中でそうなっていったのか、洋装とチャイナ服を組み合わせたような服を着ている。
因みに録音円盤と再生機は国外に持ち出す場合は国境門で追加金を払わねばならない。言語が似てる範囲の外国にはちょいちょい輸出されているようだが、流石にシンツ帝国ほど遠い所にはまだ行ってないかな。
「ご丁寧に。ズズウ殿ですね。シンツ帝国から! これはまた遠い所から、我が国へようこそ」
「おや、西国の人は私の名前発音ニガテなのに……大抵、ズズウが、ズズー、になりマス。どっちでも間違ってはないアルが。アマデウス様はお上手デス」
「そうですか? それなら良かった。……異国からはるばるいらっしゃった方を疑うようなことは心苦しいのですが、我が国は最近禁止されている奴隷貿易が発覚して大騒ぎになりまして。追いかけられている子供を見過ごすというのは難しかったのです」
「ええ、それはワカル、仕方ないコト。……ウチの徒弟が、似たような子供が何人かいたからもしかしたら盗人はその子ではナカタかも、言ってマス。なので弁償、必要ナイ。商品お見せする、我々奴隷はあつかてない、わかってもらえたら幸いデス」
宿と通りの間に商人の下働きらしき男達が折り畳み式の長机を持ってきて組み立て、上に布をかぶせ、サッサッと商品を机に並べ始めた。俺はちょっとわくわくしながらそれを待つ。
警戒したままのセレナが「見た目からして怪しい……」とぼそっと言うとゲイルが「ああ」と言って頷いた。
やっぱり……?
(偏見だけど……ズズウ殿の見た目、裏切るキャラだな~~!)とか思っていた。笑い顔がデフォの商人系糸目という特徴の胡散臭さは万国共通なのだろうか。
そういえばウラドリーニの人間は日本人(俺)好みの美形揃いで、地球の欧米人というよりは二次元っぽいというか色んな人種の混血っぽいというか……特定の国とか人種だなと思ったことはない。中国っぽい文化を持つと思われるシンツ帝国の人を見てもアジア人だな~とは特に感じなかった。ズズウ氏も糸目なだけで多分服装と口調がこの国のものだったら外国人だとは思わない。
「さあさ、我々の持つ物の一部でしかナイが、どうぞご覧アレ~~!」
「おお~……」
商品を並べられた端から眺めていく。厳選してスペースに出せるだけ出してるっぽい。
目立つのは壺、皿、陶器で出来た置物。箱に入ったネックレスに耳飾り、髪飾りなどのアクセサリー。アジアっぽいのが多いがアラビアンっぽいものもある。前世では近いデザインを見た覚えがあるけど、この国では見かけたことがないデザインや模様だ。
その中で華やかな棒が並んでいるのを見つけた。
「……これは髪飾りですよね? 触っても?」
「ドゾ~。女性への贈り物におススメデスヨ~。帝国では求愛に髪飾りをよく贈りマス」
簪だ。カラフルな石やガラスビーズの飾りが付いていて綺麗。その中でも桜っぽい……セラスオムの花の簪が目を引いた。銀色の軸、赤と白の丸い小石の飾りが連なっている。
ちょっと日本っぽいデザインだなと思った。懐かしいような切ないような気分は、郷愁だ。
「これ、おいくらですか?」
「それは小銀貨一枚ですネ~」
一万くらいだ。ここまでの輸送費とかを考えると安いんじゃないだろうか。安物っぽくはないと思うが、あんまり安いのをジュリ様に贈るのは迷ってしまうな……公爵令嬢だからね……。ジュリ様に似合うと思うし絶対可愛いのでつけた所見たいけど。
とりあえずこれを買わなかったら後悔しそうと思ったので買うことにした。
「買わせていただきます」
「マイド~~!」
「……あっ! これ……」
箱に入れられた、つるりとした長い棒二本一組。
――――――――――箸!!!
「ああ、それは髪飾りではなく……」
「食器ですよね?!」
俺は思わず目に入った箸を持った。材質はおそらく木、漆か何かの塗料が塗られている。高級な箸だ、上部の方に金色で模様が入っている。ちょっと長い。菜箸かな。
は、箸だ~~~~~!! この世界にも存在した~~~!! うわぁなっっつかし~~!! どうしよ、使う機会はないかもしれないけど買っちゃおうかな……?!
「……アマデウス様、よくご存知ですネ?」
「ええまあ、何かで読んだことがあって……あ、それはもしかして……」
俺に見せるために、大きめの長方形の箱を商人の徒弟がぱかっと開ける。
予想通り楽器が入っていた。それっぽいケースだと思ったのだ。
「ミーシェンズをご存知デ?」
「いえ……こちらでは、見たことがない楽器です。弾いてもよろしいですか?」
「ドゾドゾ~」
それは三味線に見えた。蛇の皮が貼ってあり、弦が三本。弾くためのバチは見当たらない。
確か中国の三弦という楽器が日本の三味線や三線のルーツとされていた。俺は三味線の経験はないが、見様見真似で足で支え、軽く音を出してみた。音は三線っぽい。沖縄音楽でよく耳にしていたのと似ている。良い。買お。
「大銀貨一枚ですヨ~」
「買います。弦の予備ありますか?」
十万か、割と安い。切れた時のための予備弦三本と一緒に購入。
もう一つの箱にはフーシェンズという二胡そっくりの楽器もあった。バイオリンとよく似た音。正しい弾き方を教えてくれる人がいないので弾けるようになるかわからんがまあ何とかなるだろ! 買っちゃお!!
「アイエー~~もっと楽器持って来ればよかたアルな~~。楽器はこの二種しかないデス」
「次に来ることがあれば是非色々持ってきてください、こっちで手に入りにくい楽器は私が買いますよ!」
「ありがとゴザマス、そうしマス~~」
簪を買う金はあったが(今日は小物を買うつもりだったので上着の懐に大銀貨を一枚持っていた。それ以上の金はポーターに預けている)楽器を買える現金を今は持ってないので、ズズウと徒弟の一人に同行してもらい王都の組合保管庫に引き出しに向かうことにする。マルシャン商会における分け前はそこの俺名義の保管庫に入っているのだ。
「……ところで、ズズウ殿は他にこの国で何か一風変わった物を、売りましたか? それか、買いました?」
宿の前を離れる前にそう訊くと、糸目の青年は笑い顔のまま暫し沈黙した。
ビートを捕まえようとしていたことから、ヴィペールの関係者かもしれないという懸念はある。何か変なものを売ったり買ったりしているんじゃないかと探りを入れてみる。
「私達が持てるもの全部一風変わてるから、それはしましたネ~~! 帝国の方で売れそうな物も買いましたヨ」
「この国で禁止されている……人を攻撃する物とか、違法な物の売り買いはしてませんね?」
「モチロン! してないデス」
売り捌くほどの量がある武器や見るからに危険な物などは国境門で持ち込みを拒否される。なのでこっそり持ち込める可能性があるとしたら……薬物とか、毒とかか。
ちらりと見るとビートはずっと不機嫌そうな顔をしていた。後でこの発言が嘘か本当か聞かせてもらおう。
「取引をした相手を教えていただいても? なに、言い触らすような真似はしません」
「……構いませんヨ。おい、Θ×ΨΛを」
個人情報保護法とかないので、ちょっと嫌そうな空気ではあったが割とすんなり応じてくれた。商人の部下が持ってきた帳簿にはずらりと名前が並んでいる。大抵は富裕層の平民のようだ。いくつか混ざった貴族の名前を覚える。
……この国の氏名以外の字はシンツ帝国のものなので俺には読めない、見せても大したことはわかるまい――――――と、ズズウ殿は思っているんだろう。
しかし……なんとところどころ、知ってる字が、ある……!!!!!
顔に出さないようにしたが正直めっちゃ驚いている。この世界で漢字を見ることがあるなんて。
異世界ではあるが、この国の名前とか固有名詞とか文化とか地球とたくさん共通点はある。その中に字が入っていてもおかしくは……ないのか。
読み取れた字は……『医』『花』『食』―――――――そして、『毒』。




