約束
放課後、俺は単独でニフリート先生に会いに行った。
騎士コースの教官用準備室がいくつかあり、その一つに先生はいた。窓のカーテンを開けると訓練場がよく見える一室だった。
「ーーーという流れで、ジャルージ辺境伯家にご協力いただけないかと」
「……その三択なら、伯爵家と子爵家の方が声をかけやすかろうに。悪い噂を流されたと言っても、君、べイヤートとシプレスにそれほど怒っていないだろう。何故我が家門を……」
ニフリート先生とニェドラー様の方が面と向かって俺に態度悪かったもんな。
先生の言う通り俺はあの二つの家に然程腹を立てていない。"信奉する会"の皆に心労をかけてしまったな、という申し訳なさくらいしか残っていない。それくらいのもんなのに、シモーネ・べイヤート嬢は修道院行きになりスチュアート・シプレス殿は事実上の廃嫡となった。かわいそう。
しかしジュリ様とも相談した結果、ジャルージ辺境伯家へ依頼することにした。
「『全民裁判義務法令』を出す貴族は高位であればあるほど、平民にとって意義があります。それに……辺境伯家の評判が悪い状態が長く続くのは国にとっても良くないでしょう? 辺境伯家から出たこの法令を王家が速やかに認めれば、第二妃殿下が間に入って取り持ち、信頼関係が回復したように見えますし……」
ジャルージ辺境伯夫人が奴隷貿易に携わった罪で逮捕された後、鬼のような強さで知られたニェドラー様は別人のように老け込んでしまったという。
ニネミア嬢が"サンドリヨンの義姉"と呼ばれ評判が落ちた上に辺境伯夫人が捕まり、ジャルージ領で俺が発見されたことから陰で誘拐に加担していたのでは? とうっすら民に疑われ……後を継いだ長男イグニート様はまだ若い。近隣のいくつかの領以外と社交もほとんどしていなかったので、都会の方で悪い評判を払拭したりして庇ってくれる貴族はいない。評判を回復する糸口がないのだ。
領主の評判が悪いと人の往来が減ったり有能な人材が入ってこなかったりで衰退しやすい。辺境が、国境に面する領地が荒れるというのは防衛力の低下だ。外国につけ込まれる隙にもなるし回避したい事態。王家も何か対策を考えている最中ではないかとジュリ様が言っていた。
「ああ。ジャルージ家にとっては利点が上回る。うちから出すなら最も優秀だったニネミアからということにするのが自然だな……提案者になることで悪評が下火になれば、条件の良い縁談も出てくるかもしれない」
「提案者になるのをニネミア嬢が承知するかは、どうかな~~と思いますが……」
「確かに、妹は君を嫌っているから……いや、恐れているといった方が正確か。躊躇うかもしれんが……そうなっても私が何とか説得する。よく話せばわかってくれると思う」
恐れている、か。
そういえば(自白薬を)一緒に飲みましょう! という俺の誘いに蒼くなったのは、コンスタンツェ嬢に嫌がらせをしていたからではなく母親の罪が露見するのを恐れていたからだった……とネレウス様から聞いた。
「そうだ、これの提案者を引き受けてくれたら、私が自白薬を飲むことになっても一緒に飲む人としてニネミア嬢を指名することはないって伝えてもらえますか? ああ、一筆書いた方がいいかな……ちょっとお待ちください」
あの時のお誘いを撤回しておこう。法令について説明した便箋の一番最後に、追伸として書き足すことにする。ニフリート先生からニネミア嬢へ送る手紙に同封してもらおうと持ってきたものだ。
もう彼女の母の罪は露見してしまったので自白薬を飲んでもそこまで困らないだろうが、何を聞かれても赤裸々に答えてしまう薬を飲みたい人はそんなにいないだろうし。俺はヤリチン疑惑を払拭できるなら飲むが。
自白薬を飲む宣言は有耶無耶になる予定ではあるんだけども、撤回されてた方が安心だろう。
「……アマデウス君には、ジャルージ家を代表して謝罪申し上げる」
ニフリート先生はすっと立ち上がり、筆記具を置いた俺に向かって頭を下げた。
「……えっ? 謝罪?」
「ユリウス殿下とコンスタンツェ嬢が噂になった時期から、ニネミアは度々悪質な嫌がらせを受けていた。
犯人の証拠は掴めなかったが、時折罠の近くをシレンツィオ派の貴族が通りかかった、君を"信奉する会"の令嬢が近くにいたという目撃情報があり、パシエンテ派の仕業もあるだろうが君達シレンツィオ派の仕業もあると思い込んでいた。
……だが、自白薬を飲むと宣言したことと併せて、こんな話をうちに持ちかけてきたことで、遅ればせながら確信した。君は己の利益の為に無辜の者を攻撃するような真似はしないと。
君は我らジャルージ家よりもよほど国全体のことを考えて動いている。聖女の後ろ盾の名に恥じない、未来の王妃の後援に相応しい行いだ。
君に対して敵対する言動を行ってきたこと、深謝する。君が望むどんな罰でも受けよう」
ちょっと前にも似たような申し出をされたなぁ……なんて思い出す。
誠意の表れなんだろうけど罰を与えてくれって言われるの困るんだよな。誤解が解けたんなら良かったけども……。
「えーと……じゃあ、仲良くしてください」
「……何だって?」
「俺と……いや、シレンツィオ派とジャルージ家が仲良くなれるように、尽力してください。これから」
「シレンツィオ派に入れ、ということか?」
頭を上げた先生は逆八の字の眉のまま首を傾げた。ちょっと面白い。
「いや、派閥に入れとか傘下に下れとかは言いません。朗らかにお付き合いして、困った時は報告し合って協力できるような、そんな仲になれたら理想的です。そう思いません?」
言うだけなら簡単だ。綺麗事かもしれない。でも綺麗事を諦めてしまうと何も良くなっていかないと思うから、目標に据えるのは良いことだと思う。
「……難しいことを言うな、君は」
「難しくて時間がかかりそうで、我ながらなかなか厳しい罰なんじゃないでしょうか」
「……やはり君は、人に対する敵意が薄すぎるな」
「敵意が薄すぎる……?」
「戦うには一番厄介だ、そういう人間は。警戒しても攻撃の予測が出来ん。幼児のようだ」
褒められては……ないな!
以前『警戒しても無駄といった感じの男』と言われたけど、そういう意味だったのか。子供って変質者に対する警戒が薄かったり、突如予想できない変な行動をしたりするよね。
警戒心が薄いとはちょくちょく言われてるから昔よりは気を付けているつもりなのだが。根っから戦意に乏しいというか、誰かと敵対することに向いてないんだろうな、俺が。
「だが、きっとそういう人間だから君は頼られるのだろう。そして人を頼ることが出来るのだろう。……承知した。私は生涯をかけてジャルージ家とシレンツィオ派の融和を目指そう」
【 ニフリート・ジャルージが 仲間に加わった! 】
少し苦笑した先生と握手しながら、そういう字が書かれたゲームの画面的なものを思い浮かべた。
※※※
フェデレイ新誌に知り合いがいるデミオに工房へ手紙を届けてもらい、返事が来て、ルーヒルと面会する日が来た。
俺は王都の店を少し見て周るつもりでかなり早めに家を出た。
近いうちに花を贈るとは言ったものの、学院に花を持ってって渡すのはあげる方も貰う方も少々置き場所に困るので(グレゴリーは朝から堂々と持ち歩いていたと後日小耳に挟んだ)、ジュリ様への贈り物に花をモチーフにした何かを見繕えないかなと思っていた。あまり気に入る物がなければ商品だけコレと決めて工房に注文するのでもいいし。
比較的富裕層向けの装飾品店の前に馬車を付け、ポーターには馬車の中で待っててもらうことにして、セレナとゲイルと一緒に店頭に並んだ商品を眺めていると「わぁっ!」「きゃっ!」と近くで騒ぐ声がした。
反射的にそちらを見ると、人にぶつかりながらも走ってくる少年が見える。少年の後ろにも男が二人走っている。
少年が……追われている? とわかると同時にそれが知ってる顔であることもわかった。
ビートだ。
ツンツンした髪に鋭い目付きの、嘘がわかる少年。
彼は俺を見つけて少し驚いた顔をしたが俺を気にしてる場合ではないのか、うちの馬車の近くをそのまま速度を落とさずに通り過ぎて行く。
ビートを追っている男達の服装がなんとなくアジアっぽい雰囲気に見えた。この国の服ではない。
「……ゲイル! あの子、確保して!!」
「え!? ハッ!!」
ビクッと驚きはしたけどゲイルはすぐに動いてくれた。低い姿勢で走り抜けかなりの早さで男達の背中に迫る。ムキムキなのに走るのが早くてすごい。
男達が何者かまだわからないが、ビートがピンチであることは違いないだろう。ビートの方が悪いことをした可能性もなくはないが……男達を捕らえるよりひとまずビートを確保した方が良いと判断。
見失ってしまう前に俺達も追うことにする。周囲に目を光らすセレナに並走されながらゲイルの後を慌てて追いかけた。




