心ならず
「……ありがとう、お返しします」
俺は(特に何もなかったか~)という感じの表情を作ることを意識しつつ、ズズウに帳簿を返す。
下働きが商品を片付けているのを横目に俺一行とズズウ一行は保管庫へ向かい、無事取引を終えた。
「それでは、ご縁があればマタお会いしまショウ~」
「ええ、いずれまた」
拱手した商人を見送り、俺はセレナにフーシェンズの箱をビートに渡すよう言った。
「は? 何で……」
「騎士の手は開けておきたいからさ。うちの馬車まで持ってって。盗人疑惑晴らしてあげたじゃん」
その理由も嘘ではないが少年を逃がさないためでもある。少年は嫌そうな顔で箱を受け取った。ゲイルが持っていたミーシェンズの箱は俺が持ち、来た道を戻る。
※※※
アマデウス一行と別れた帝国商人一行は早歩きで宿へ戻り、荷物をまとめ始めた。
慌ただしく帝国語で「すぐに出国する」と指示を飛ばしたズズウに皆従ったが、仲間の数人は不思議そうにした。
「ズズウ、いいのか? フーリイアン族の小僧は高く売れるのに……」
「少し惜しいがそれどころじゃない。視線の運び方からしてあの若造、ビートの力を知ってる……ってことは今頃私の嘘はバレてる。
それに……箸を食器と知っていて、ちゃんと食える持ち方で持った。シデラスよりも西で箸を使う国など無いはずなのに……東国の楽器のことも以前から知っているかのような持ち方と弾き方をしていた……
アマデウス・スカルラット……確かこの国の次期公爵家当主の婿だったはず。聖女の後援として王族にも繋がりがある……どうやら我々が考えているよりもかなり多く帝国の情報はこちらに流れている。もしかすると我々の裏魔術も……ヴィペール先生は全く知られていないと言ってたが、おそらく彼ほどの人でも知り得ない王家や公爵家の情報網があるんだ……」
「でもヴィペール先生達は問題なく出国させられたぞ?」
「まだバレてはいないということだ、しかし時間の問題かもしれん。だから違法取引の証拠を押さえられる前にとっととずらかるんだよ。……暫くはこの国での取引は控えた方がいいな」
小一時間で荷をまとめた帝国の隊商は、あっという間に王都から姿を消した。
※※※
「デウス様! ……何ですかそれは」
馬車のあった店の前に戻るとポーターが険しい顔でうろうろしていた。俺を見つけて一瞬ホッとした表情をし、楽器の箱が目に入って険しい顔に戻る。
心配してる侍従を放って何暢気に買い物してきてんだ??? と怒られる気配。すまん。わざとじゃないんだ。
「ごめん! ポーター、少し待ってて。ビート、馬車で話そう」
馬車に少年を連れ込み(と言うと何か怪しいがやましいことはない)、懐から手帳を取り出し忘れないうちに帳簿で見た情報を急いで書き出した。書き終わって顔を上げると少年は俺の手元を神妙な顔で見ている。
「ビート、ズズウは嘘を吐いてた?」
少年は目を瞠ったが、リェーヴ湖の船にいた時に能力を悟られたと気付いたらしい。酔っ払ったアフアさんと結構明け透けな会話してたからな。すぐに目を細めた。
「……"人を攻撃する物を売ったか"の答えは、嘘だ」
売ってないって言ってたけどやっぱ嘘かあ。怪しいのは見た目だけにしてほしかった。
「だよね~~~……ズズウ達もビートのその力を知ってるの?」
少年は頷いた。そうなると……俺がビートに訊いてズズウの嘘を知る、ということを多分ズズウも悟るわけで……今頃証拠隠滅か逃亡されてるかなぁ。でも引き止めたり逮捕できるほどの大義名分がないんだよな。
「因みに、ビートはこれらの文字が読める?」
花、医、食、毒の漢字を書いて見せてみる。彼は船の上で手紙を読んでいた、ウラドリーニの字は読めるはずだが。
「……あんた……何で帝国の字を書けるんだ……?」
ビートは不気味そうに俺を見た。さっき見たからと言って知らない言語の文字を書くのは普通は難しいよな。超記憶能力持ってるアンドレア様ならイケると思うけど。
「あー……帝国の言葉がわかるわけじゃないんだけど……字は、いくつかわかった。昔習ったことがあるんだよね」
嘘ではない。昔というのが前世であることを言っていないだけである。ビートにも嘘には聞こえなかったようで驚きつつ納得したようだ。
「そうなのか……この国の奴らは帝国のことなんて何も知らないと思ってた……」
「ほとんど知らないと思うよ。私の知ってることも合ってるかは怪しいし。だから確認したいんだけど、いいかな。この字……"毒物"って意味で合ってる?」
「ああ」
花、医、食の文字も俺の思った意味で合っていた。同じ漢字でも日本と中国だと違う意味になる字もあるって聞いたことあるからな。鮪とか。確認できて良かった。
異界から来た聖女とか来訪者の伝説が残ってることからもわかってたが、地球からの転生者がちょくちょくこちらの文化に影響を与えているのは間違いなさそう。
「ていうかビートすごいね、こっちの字も帝国の字も読めるなんて……出身が帝国の方なの?」
「まあ……」
あまり話したくはなさそうに目を逸らす。
読み書きが出来るとなると確実に富裕層の出身だ。いつかの船の上でヴィペールがビートに……なんとかアン族? がどうとか言ってたけど、没落貴族の子だったりするんだろうか。
向こうの書物を手に入れて簡易的なシンツ帝国の言葉の辞書とか作れないかな。いつ必要になるかはわからんが無いよりは在った方が良いと思うし。
「あいつら、ビートを捕まえようとしてた? 今後また狙われる可能性ある?」
「さっきあんたが威嚇したから大丈夫じゃねえかな。貴族の庇護があるって勘違いしてくれただろうよ」
「あれで諦めるんならいいけど……」
貴族を敵に回す危険を冒してまで捕まえたいってほどではないということか。あいつらの重要な秘密を知ってるとかで狙われたわけではないのかな。嘘がわかるという能力目当てか?
その能力は尋問する役人とかならめちゃくちゃ役に立ちそうだな。しかし……人には知られていない方が生きやすそうな力ではある。
まあそのへんは今は置いておこう。
「うーん、しかし怪しい商人の帳簿を見て名前の横に不穏な字があったってだけじゃ、弱いよな……」
漢字に関しては新聞社の関係者が知ってたってことにしていいとしても、それだけだと公的な捜査に乗り出す根拠としては足りなさそう。違法の商品が具体的にどういうものかわかってないと捜査を切り抜けられてしまう可能性もあるし……。
ネレウス様に相談すれば王家の影を使って調べてくれるかもしれんが……。
「……ルーヒル達なら貴族の後ろ暗い情報を集めてるから、何か知ってるかも」
「なるほど……相談してみるか。仲介してもらえる?」
ビートから証言してもらえれば、ルーヒルもすんなり情報提供してくれるかも。
「…………ルーヒル達には、俺が"二つ黒子のヴィペール"一味に加担してたこと、秘密にしてほしい」
「……秘密にすれば俺に協力してくれるってこと?」
「ああ。……俺は、一族の平穏のために悪人に協力してた。でも……悪人を懲らしめたいと思ってる、ずっと。……いつかは、正義の味方になれたらって、思ってる……思ってるだけだけど……嘘じゃ、ない……」
ビートは俺の膝辺りを睨みつけるような顔で静かに言った。その声は明瞭だったが、どこか怯えているようにも聞こえた。
ついこの前まで悪人に協力していたのに今は善性を信じてほしいだなんて恥を知れ、と叱責されるのではないか――と怖れているんだろうか。
「わかった。一緒に毒物を使って悪さしようとしてる奴らの企みを阻んでやろう」
「……ガキ扱いすんな」
小さい子の機嫌を取るような心持だったことを見抜かれ、睨まれた。でもその声には安堵が滲んでいた。
ポーターに事情を簡単に説明し、ビートを伴いルーヒルの印刷工房へ向かう。
以前は雑多な新聞やチラシを印刷していた工房だったが、フェデレイ新誌が頭角を現した後に名前を改め、『フェデレイ印刷工房』になったルーヒル一味の拠点。
まだ約束の時間には一時間ほど早かったが、のんびりしていられない事情が出来たので突撃した。
「――――えっ!? もう来た?! 少し待ってもらってくれ……―――」
工房の警備を通して中に訪問を告げると慌てた声が漏れ聞こえる。
実のところ、客として出向く側は約束の時間に少~しだけ遅れて行く、というのがこの国のマナーというか、暗黙の了解なのだ。
元日本人としては早めに着いておきたくなるのだが、ぴったりもしくは時間より早く行くと準備が完了していない可能性もあるしホスト側を慌てさせてしまうから良くない、という考え方らしい。
応接室らしい部屋に通され三分ほど待った。
「ん、んん"っ……ようこそ、アマデウス様。随分とお早いお着きで……って、ビート?! お前何でそっちに……」
依然見た時よりも小奇麗なルーヒルと彼の数人の仲間が、直前まで飲み食いしてたっぽい雰囲気で口元を触ったり喉を微かに鳴らしながら俺を出迎えた。景気づけに何か食べてたのかも。中断させたとしたら申し訳なかったな。
少々慌ただしい足取りで応接室に来た彼らは俺がビートと隣り合っているのに面食らっていた。
色々と彼らの出鼻をくじいている気がする……。わざとじゃないよ。すみません。




